堕落
昼食代にはかなり多めの金を手にした3人は、カツラ屋で髪の値段を調べた。
「質、量、長さ、どれも最高ですから1万2千で買い取らせて頂きました。」
彼らの手には、4千ずつが渡っていた。
自分達もバイトを探そうと思ったが、それぞれハンデを負ったばかりで、自分の身の回りさえも危うい状況なので、職種を択ばなくても引っ掛る所は無かった。
いつもの店に戻って、昨日のツケを払ってから昼食。途方に暮れていると、
「それ、魔具ですよね?」
翔太が着けているウエストポーチに反応したAランカーは3万で買い取った。最低限の治療と、食費、宿泊費になり、数日間の命を繋ぐことが出来そうだ。
夕方、ギルドに行くと、階級章の再交付が済んでいて、
「お荷物は馬車に積んであります。新しく結成された、オニオン3の供託金は、旧パーティーの供託金から30万、残りは10ヶ月分の会費に充てさせて頂いています。新しい階級章と明細、それと残りの現金です。」
トレイには銀のバッジ3つと明細、現金は数えると30万と少し、明細の残金と一致していた。
明細を確認すると、300万からスタート、馬車の買い戻し、馬は同じじゃないが、同程度の馬を購入、道具屋で武器や防具の買い戻し、取り敢えず困らない程度の着替え、便利屋の手数料、階級章の再発行、オニオン5解散の諸経費、オニオン3の登録費用が記載されていた。
馬車で荷物を確認すると、3人の持ち物は全て買い戻してあったが、葵の持ち物は一つも無かった。道具屋に行って確かめると、葵の持ち物は、そのまま売り場に残っていて、買えなかったのではなく買わなかった事が解った。ギルドが閉まるまで待ったが葵は現れなかった。
ギルドを出た3人は、回復して仕事の目処がつくまで、宿賃もバカにならないので、キャンプ場に泊まる。キャンプグッズも取り戻したが、食材はなく、閉まりかけた市場で買ったが、今まで料理は風太と葵が担当していたので、取り敢えず、胃袋を満たすだけの物しか出来なかった。戻ってこない葵を心配しつつ眠りについた。
翌日、治癒師の元を訪れる。3人で診察室に入ると、
「誰に治して貰ったんだ?王家の治癒団か?」
興奮した老治癒師が落ち着きを取り戻すと、葵の処置が神憑り過ぎて驚いていたとのことで、興奮の様子が理解できた。
それぞれ大怪我の他に毒を受けていて、目立つ外傷に気を取られ解毒が少しでも遅れていたら、既に命は無かったらしい。魔力はDランクほどに落ちている、
「ラクして身に付いた分がチャラになるだけじゃ、何人のパーティーだったんじゃ?」
「僕ら3人と、ヒールがメインの女子とポーター兼ナビの男が独りでした。」
「それは不思議じゃのう。グローワー、アジャスター、リザーバー、ブースターの4人は居た筈なんじゃ、心当たりは無いか?」
風太が抜けた途端の惨敗を話すと、
「一人がそんなに能力を持ってるとは考えにくいのう。」
色々相談したが、葵の処置は完璧で、これ以上は治りそうに無いらしい。自分達の力は、
・魔力の成長サポートするグローワー、
・魔法の精度を高めるアジャスター、
・魔力量を補うリザーバー、
・魔法の出力を増幅するブースター
の能力のお蔭らしい。居なくなった誰かが持っていた筈と言う事なので、その事実からは、風太がその4つを提供してくれていたと考えられる。驚きとがっかりでギルドに向かった。
リハビリと言って、Dランクオススメの依頼を請けて山に入った。雑魚を蹴散らす予定が、一体一体結構な時間を要した。なんとかミッションを達成、ギルドに報告したが、上がりは殆ど無かった。翌日はEランク相当の依頼を請けて、今度こそ、雑魚を蹴散らした。
不自由な身体でも、元々身体能力の高い彼等は直ぐに適応し、ひと月程で、Cランク相当の依頼を熟す様になり、難易度の高い山を中心に攻め、険しい山頂付近で、他のパーティーと遭遇した。
「皆さん揃ってBランクですね!新人さんの引率なんで、引き返そうかと思ってたんですよ。」
「ココのボスって狼系だよね?確か、D相当だったんじゃ?」
大樹はやる気満々だった。
「いえ、繁殖期なんで、番いで居るみたいでね、どうしようかって迷ってたんです。」
復調してきた彼等は、一人一頭でも余裕と判断、
「じゃあ俺たちが獲物貰っても良いか?」
ガイドの女性は、
「そう言う事でしたらお願いします。自分たちは遠くで見学させてもらいますね!」
森を抜けるとゴツゴツした岩場が広がっていた。ところどころ、高山植物が生えていて、ガイドにあった9合目の目印だった。ザスザスと砂利を踏みしめて登る。暫くは緩い登りが続いていた。壁にぶち当たり、ロッククライミングが必要になると、周囲に魔物の気配。
「番いってオスメスで2頭じゃねぇのか?」
ガイドブックを見直すと、繁殖期にはオス一頭にメス10から20頭程のハーレムを形成するそうだ。2頭を想定して余裕で乗り込んだが、十数頭に囲まれてしまった。
奇襲で一人一頭しっかり仕留めたが、仲間が黙って見ている筈もなく、噛まれて引っ掻かれ、体当たり。喰い千切られてはいないが、あちこちから大量に出血、止血の魔法を掛けながらまた一頭ずつ。残りを魔力刃で切り刻む、優勢なのはまぁ優勢?魔物の数は着実に減ってはいるが、受けたダメージは限界に迫っていた。ボスの様なオスにもかなりのダメージを与えていたので、以前ならここで葵のヒールを受け、ピンピンの状態でボスにトドメってパターンだったが、今の3人では、良くて相打ち。3人揃って生き延びるのは、予想が甘過ぎだろう。残るのは自分なのか、ちょっとした駆け引きになった。
「先輩、助太刀しますね!」
さっきのパーティーが追い付いて、瀕死のボスをあっさりと屠った。
「ご褒美はヒールのスキルアップですって!」
トドメを刺したパーティーメンバーに効果はあるが、お膳立てした彼等はタダ働き。新人たちの覚えたてのヒールで、なんとか命は取り留めたが、
「チッ!余計な事を。」
ガイドの女性が不満げに舌打ちをした。
「葵がいなくなったアンタ達には、喉から手が出るご褒美だったわね。」
口調がフランクになり途中からは、さくらの声になっていた。
「でも、驚きだよ。仲間の女を売り飛ばしてまで冒険者を続けるとは思わなかったねぇ。」
「えっ?何の事だ?葵の事、何か知っているのか?」
「知らんよ、っつうか、女が半日掛からずに大金を手にするって、カラダを売るしか無いだろ?」
「そ、そんな!」
「まさか、ホントにそう思ってなかったのかい?あんたらの脳ミソ、何でできてるんだい?」
ガイドの女性は3人の首にピンクのリボンを結んだ。
「私のガイドツアーの参加者の印です。ほら、向こうの皆さんと一緒です。余計なコトを言ったりしたら、チョキンですからね!新人の皆さんも一緒に!」
元の声に戻って、歩ける程度にヒールを掛けた。
下山は特に何も無く、ガイドの女性は、3人を誂うように話続けた。当時のさくらは、急な出費で100万程必要だったそうだ。
フリー冒険者のさくらは、都度パーティーと契約して10万程の報酬を得ていたが、オニオン5が手柄を先取りしてミッションを果たせない事が続いていた。横取りって訳では無いが、結果的に今日の反対の立場になったケースも数回あった。その逆恨みが、急な金策のターゲットになったようだ。
「あのポンコツに300もやるなんて何考えてるんだろうね、現金があれば、身ぐるみ剥がすようマネはしなかったんだがね、ま、自分のカラダでチャラに出来たんだからハッピーエンドだね。」
怒りを越えて、気力を失う3人に追い打ちをかける。
「じゃあ、あんた達、葵を売る前に、味見もしなかったのかい?あの胸は女のアタイから見ても魅力的だったね、風呂で揉んだ感触が、忘れらんないよ。エロ貴族に買われて案外良い暮らししてるかもしれないよ!」
馬車置場で解散したが、3人は放心状態でその場に座り込んでしまった。
その後、ギルドで彼等を見掛けることは無くなっていた。