生誕祭の晩餐5
「まあまあ王妃、ランベルトも妃が犬になってしまって動揺しているのだろう。誰しも愛する者の姿が突然変わってしまったら取り乱すものだ」
「……申し訳ありませんでした。決して本心ではありません」
ギリギリと歯を食いしばりながら、ランベルト王子はそれだけ言って沈黙をした。全ての怒りをフローラに向けているようだった。
失敗しやがって。そんな言葉が聞こえてきそうな目だ。
マルガレーテは、そんなランベルト王子の視線を追って、そのままじっとフローラを見つめた。
フローラという人は……もしかして……。
犬の姿になったフローラは、今は呆然と座り込んでいた。
犬の姿だからなのかショックで呆然としているからなのか、今までフローラの魔術によって隠されていたものが、マルガレーテには見えるようになっていた。
「しかし一体、どうしてしまったのだろうね?」
王妃様もさすがにこの事態には困惑をしているようだ。
でも。
マルガレーテは、今ここでどうするのが一番いいのかがわかった気がした。
うん、毒を食らわば皿まで。
今後のためにも、フローラにはここで退場してもらおう。
マルガレーテは大げさな身振りを交えながら言った。
「フローラ様……! もしかして、クラウス様にかかっていた魔術がどこかに残っていて、それがフローラ様にとりついてしまったのではないでしょうか? まあなんてお可哀想に! クラウス様の代わりに犬になってしまわれたなんて!」
そしてマルガレーテは聴衆を背に、フローラに抱きついたのだった。
しゅうううううう……。
そんな音さえも聞こえそうな勢いで、黒い犬だった姿からフローラに、そして――
「ぎゃああああーーーー!」
絶叫するフローラ。必死にマルガレーテを振りほどこうともがいたが、マルガレーテも必死にそんなフローラを渾身の力で抱きしめた。
離すものか!
マルガレーテの全身から大量の魔力がフローラに送り込まれていった。
それは悪意のある魔術ではなかったから、マルガレーテが自分の意志であえて解除する必要があった。
しかし今や優秀な魔術師となったマルガレーテには見えたのだ。フローラ自身に様々な魔術がかかっていることを。
マルガレーテはフローラを抱きしめその全ての魔術を解除しながら、自分の目の前に来ている自分の手の指輪についていたルルベ石を囓り取ってかみ砕いた。
一つ、二つ、そして三つ目。
湧き上がるマルガレーテの大量の白い魔力を吸って、消滅していくフローラの魔術。
それは若返りの魔術だった。
普通は他愛の無い、ちょっと綺麗に見えるように、若く見えるようにとかける魔術。
しかしそれを何十年と腕の良い魔術師がかけ続けると、その魔術はやはり何十年もののとても強力な魔術となるのだろう。
やっとマルガレーテの体から魔力の流出が止まったとき、そこにいたのは美しい聖女ではなく、枯れ果てた小さな老婆の姿だった。
唖然と自分の手をみつめて座り込んでいる、一人の老婆。
「なぜ……どうして……」
そうつぶやく口元から、歯がポロポロと落ちていった。
その姿を見てランベルト王子が「フローラ……?」とだけ言って固まっている。
「なんと、これが聖女さまの本当の姿とは。マルガレーテのクラウスへの愛は、クラウスだけでなく聖女さまの魔術も逃げ出すほど素晴らしいものだったのだな。しかしなるほどその年齢では子を成すことは出来まい。だから理由をつけてマルガレーテに生ませて横取りしようとしたのか」
王妃様が呆れたように言った。
「だ……騙されたのです! 陛下、可哀想なランベルトは、この女に騙されたのですわ! まさかこんな女だったなんて!」
ゼルマ第二王妃が金切り声で叫んだ。
「父上! 僕は、何も知らなかったのです! 本当です! まさかあの美しいフローラの正体がこんな醜い老婆だったなんて、本当に全く知らなかったのです! よくもフローラ、僕を騙したな!」
怒りでふるふると震えるランベルト王子のその顔に、マルガレーテは見覚えがあった。
あのマルガレーテの魔力が白だと知った時の、マルガレーテに婚約を破棄すると叫んだ時のランベルト王子の顔だった。
怒りと羞恥の顔。
よくも自分に恥をかかせたな。
その顔は、あの時も今もまざまざとそう語っていた。
「ランベルト、なんて可哀想な子でしょう。この子は悪質な魔術師に騙されてしまったのですわ」
ゼルマ第二王妃がランベルト王子に駆けよって抱きしめた。
明らかにフローラだけに罪をなすりつけようとしている二人に向かって、怒りに震えるフローラが叫んだ。
「なんで! わたひに呪いを注文ひたのはゼルマしゃまではないでしゅか! ゼルマしゃまの言うとおりに、わたひはしゅばらひい呪いをたくしゃん作ったではないでしゅか! なのにそのわたひをみしゅてるというのでしゅか!」




