さらなる追放3
晴れて無能の烙印を押されてしまったマルガレーテは、その後周りに促されるままに相手に会うこともなく、新たな婚約に同意するというサインをした。
マルガレーテにとってこれは「国同士の関係に寄与する」ための結婚なのだから、別に相手が誰であれ迷うことはなかった。
それにルトリアの王族と婚約するということは、祖国レイテに送り返される心配もなくなったのだろうと思うと、むしろ安堵したくらいだ。
なにしろレイテに帰っても、自分の居場所なんてどこにもないのだから。
下手に一度「王の娘」という身分を得てしまったために、どうせ祖国へ帰っても一番良くて他国へまた政略結婚と言う名で再度捨てられるだけだろう。
ならば今と何も変わらない。
どうも今までの話を総合すると、新たなマルガレーテの婚約相手は今は行方不明になっているらしいけれど、でも、それにも何の問題があるのだろう?
そもそもマルガレーテは和平のために送られた人質みたいなものである。
この国にいることこそが大事なのだから。
だから、その後「マルガレーテ様には、これからこちらで生活していただきます」と案内された場所が王宮の広い敷地の中でも随分とはずれにある、ひっそりとたたずむ小さな離宮のような場所だったことにも特に不満はなかった。
むしろほっとしたくらいだ。なにしろちゃんと屋根がある。
大きな王宮に比べたらとてもこぢんまりとはしているけれど、ちゃんと手入れもされている様子にマルガレーテはとても安堵した。
なにしろこの国では「無能」な魔術師には価値がないようだったし、そのせいで王子の婚約者をクビになったばかりだったのだから。
それにその離宮には、ちゃんと使用人もいた。
出迎えた使用人たちの中から、上品な女性が進み出て言った。
「マルガレーテ様、ようこそいらっしゃいました。私はこの離宮をお預かりしているハンナと申します。何かと不自由もございましょうが、できるだけ安心して暮らしていただけるように務めますので、なんなりとお申し付けください」
「マルガレーテです。どうぞよろしくね」
全く敵意を感じさせないハンナの言葉に、マルガレーテは思わず嬉しくなってにっこりと挨拶を返す。
よかった、私はここで暮らして行けそうだ。
マルガレーテはルトリアに来て、いや王女になって初めてちゃんと息が出来るようになった気がしたのだった。
部屋に行く間にもすれ違う使用人たちがにこやかに挨拶をしてくれる。
マルガレーテはあのプライドの高そうな王子から離れて、ここに来られたのは良かったのかもしれないと思い始めていた。
地味な生活には慣れている。なにしろつい最近まで、捨て子として普通に庶民と変わらない地味な生活をしていたのだから。
それにハンナはしきりにこの離宮を小さいとか地味だとか言っているけれど、マルガレーテには十分に立派な建物に見えた。
部屋に着いてから、ハンナが言った。
「ご存じかもしれませんがこの離宮には今、王妃様がご病気で療養されております。そのため主寝室にご案内できなくて、こちらの小さなお部屋になってしまい申し訳ありません」
王妃様……?
マルガレーテにはそれは初耳だった。
ではあの王様の横にいらした方は、王妃様ではなかったのかしら?
そう思ったとき、かつてこの国について教わったときに第一王妃様と第二王妃様がいらっしゃるという話を聞いたことを思い出した。
今この離宮にいらっしゃるのがどちらの王妃様かはわからなかったが。
「まあ、そうなのですね、知りませんでした。でも私はこのお部屋で十分ですので気にしないでくださいね。それよりも王妃様がいらっしゃるならご挨拶をしなければ。近いうちにご挨拶をすることはできるでしょうか」
「はい。王妃様もマルガレーテ様にお目にかかれるのを楽しみにしておりました。ただ王妃様は午前中の方が容態が安定していらっしゃるので、明日の午前中でもよろしいでしょうか」
「もちろんです。王妃様の一番良いときにしてください」
「あとマルガレーテ様には侍女がいらっしゃらないとお聞きしましたので、こちらで選ばせていただきましたがよろしいでしょうか」
「まあ、ありがとう。助かるわ」
「では後でご挨拶に伺わせます」
そう言って、ハンナは仕事に戻って行った。
マルガレーテの部屋は質素ながらも清潔に掃除され、ハンナや他の使用人たちがきちんと働いている様子が感じられた。
ハンナもいかにも有能そうな雰囲気だ。
建物に対して使用人はちょっと少なそうだったけれど、きっと優秀な使用人たちが上手く仕事を回してこなしているのだろう。
その後マルガレーテの侍女になったというリズがやってきて、早速挨拶をしてくれた。
「私はマルガレーテ様と年が近くて話し相手にも良いだろうと選ばれました。ここは王宮に比べたら寂しいところですが、精一杯お仕えしますのでよろしくお願いします!」
そう言ってぴょこんと頭を下げ人なつっこい笑顔を見せてくれたリズのことを、マルガレーテはすぐに好きになった。