ランベルトの提案1
てっきり「白の魔力」を持つマルガレーテが、その宿命の通りに弱って死ぬのをただただ待っているのだと思っていた。
なのに、なんで呼ばれたのか。
王妃様は困惑し、そしてクラウス様はクロの姿で不満げに唸っていた。
王宮から使者が来るというので、今は間違っても姿を見られては困るクラウス様は、急遽クロの姿になって「私は何もわからない犬でござい」という顔をして、それでもマルガレーテにくっついていた。
クラウス様は、一度かけられた魔術は自分でも使えるように出来るという特技があるそうで、クロとして過ごした日々のうちに、表面上だけクロになる技を習得したらしい。
マルガレーテが、
「そんなことが出来るのですか」
と驚いたら、クラウス様はその端正な顔を得意気ににっこりとさせて、
「私は母上と同じで魔力の色が見えるんだ。そして、変身する能力もあるだろう? だからこういう魔術は真似しやすいんだよ。他にも簡単な魔術ならたいてい真似できるよ。特技なんだ」
そんな風ににこにこと自慢げに胸を張るクラウス様がかわいかった。
なんだかその様子が、芸を覚えたことを褒めて欲しいワンコとそっくりに見えたのは内緒である。
王宮からの使者には、王妃様はまだ病気で寝込んでいるということになっているので会うことはできない。
そのためマルガレーテが一人で対応したのだけれど、使者の用件は「王宮へランベルト王太子を訪ねるように」とのことだったのだ。
用件がさっぱり見当もつかない。
でも、呼ばれたならば行かなければならなかった。
今、ランベルト王子に喧嘩を売るわけにはいかないのだから。
これならうっかり使者と会わずに体調が悪いことにしておけば良かったと後悔しても、もう遅い。
いつもは楽な格好をしていたマルガレーテは、かつてラングリー公爵が山ほど贈ってくれた豪華な衣装を身につけて、しぶしぶ指定された日時に王宮へと赴いたのだった。
久しぶりに踏み入れる王宮は、なんだか目がチカチカするほどに豪華でマルガレーテは落ち着かない。
どうもすっかり華美な装飾とは無縁の質素な離宮での生活に慣れてしまったようだ。
こんなに豪華で威圧的な建物を作れるなんて、すごいわね……。
そんな庶民育ち丸出しの感想を抱きつつ、一見しずしずと案内人について歩くマルガレーテ。
しかしマルガレーテが一歩進むごとに、たまたま居合わせた人々がみな驚いたようにマルガレーテを見ていることにマルガレーテはしばらくして気がつく。
普段はすっかり忘れていたけれど、そこは「レイテの魔女」らしい美貌が周囲の目を奪っていたのだ。
ふわふわの金の髪が歩くたびにキラキラと周りの光を反射し、そしてちらと視線を動かせば珍しい黄金の瞳が煌めく。そんな金の色に彩られた整った顔。
「レイテの魔女」はお人形のように完璧で美しい、そんな評判をマルガレーテもまた、体現している一人だった。
忘れていたけれど。
それでもちょうどこちらを見ていた貴族の男性と目が合うと、その男性は口をあんぐりとあけて固まった。そしてやはりマルガレーテを見ていて前を見ていなかったらしい貴婦人が、その貴族の男性にぶつかっていた。
そんな周りの様子を見て初めて、マルガレーテはクラウス様も王妃様も、私のことを外見であれこれ言ったことがないと気づいたのだった。
お二人とも、私のことを一人の人間として見てくれている。綺麗な鑑賞物としてではなく。
ふふっと、思わず嬉しくてちょっと微笑んだら、近くで使用人が何かを取り落としたらしい音がした。あら、王宮の使用人でもそんなことがあるのね。
そうして長い長い廊下を進み、王宮の中でも特に奥にある威厳漂う大きな扉の奥に、ランベルト王子は待っていた。
「ようこそ、私の部屋へ。お久しぶりですね、マルガレーテ様。ああ相変わらずなんてお美しい。天上の美とはまさにあなたのためにある言葉だと私は思うのですよ。それに白い魔力をお持ちの方とは思えないくらいお元気そうで」
「離宮でゆっくり静養させていただいているおかげですわ」
「それはよかった。あの離宮は第一王妃様も療養されているから、あなたはいろいろ気を遣って大変な思いをしていらっしゃるのではと心配していたのですよ。あの方はなかなか我が儘な方でしょう?」
「まあ、そんなことは」
マルガレーテは表面上は笑顔を保ってはいたけれど、王妃様を「我が儘」と言ったことでマルガレーテの中のランベルト王子への評価はまた一段と下がったのだった。
それでも優雅に会談は進む。
一見和やかな、優雅な会話とお茶やお菓子、そしてにこやかな王子様。
でもマルガレーテには疑問だった。
既婚者である王子が、こんなに堂々と自分の私室に未婚女性を招いていいもの?
しかし、その疑問はあっさりと解明されたのだった。
とうとうランベルト王子が今回の本題を切り出した。




