クラウス様と黒魔女2
……これは、もしかして実は魔力を枯渇させて意識を失っている私が見る、都合の良い夢なのでは……?
本当の私はクラウス様に魔力を注ぎすぎて、気を失っているか、最悪死んでしまったのかもしれない……?
そんな風に茫然としているマルガレーテをよそに、王妃様は冷静だった。
「で? 気に入ったんだな?」
「…………まあ。いやそれよりも、彼女の魔力の大きさに驚きましてね。」
「ほう。で、気に入ったんだね?」
「……会話はしていませんよ。遠くからちょっとだけ見ただけです。彼女は厳重に馬車の中でしたから」
とても気まずそうに明後日を向くクラウス様。
容赦ない母の追求には答えたくない様子である。
「しかしお前はまた相変わらずフラフラしていたんだな。それでも無事に帰ってくれば問題も起きなかったものを。どうして犬になった」
王妃様はじとっとした目で息子を見ていた。
王妃様の最近の言動をよく知っているマルガレーテは、その目つきを見て「なに罠にひっかかってんだこの馬鹿者」くらいの台詞は飲み込んでいそうだな、と思ったのは内緒である。
「……実は、王都に入るあたりで魔女に襲われました。魔女が突然現れて、そして私に魔術を埋め込んだのです」
「魔女……?」
その因縁の単語に思わず反応するマルガレーテ。
「ああ、魔女と言ってもレイテの魔女とは違いますよ。我が国の魔女は、いわゆる黒魔術師の女性です。あなたとは全然違う」
そう言いながらさりげなくマルガレーテの前に来てマルガレーテを見つめるクラウス様に、マルガレーテは自分が真っ赤になったのを自覚した。
つい見つめ返し続けられなくて、なんだか恥ずかしくなって視線を落としてしまったマルガレーテ。
だけどもクラウス様の視線が自分に突き刺さっているのをチリチリと感じる。
しかし王妃様はそんなマルガレーテを気にもせず、呆れたように言った。
「お前、何を油断していたんだ。魔術を埋め込まれるなど。お前が持っていたあの防御魔術の数々はどうした。全部ゴミだったのか?」
「申し訳ありません。つい急いで帰ろうと狼の姿でいたもので、魔導具の類はあまり持てず」
狼の姿。つまりは丸腰……?
マルガレーテはつい先ほどの濃紺の狼を思い出した。
「ではその魔女は狼がお前だと知っていたということか」
「はい。私の狼の姿を知っているのはごく少数のはずなので油断していました。でも私にその女の見覚えはありませんでした」
「女ではあるのか」
「声が女でした。黒マントをすっぽり被っていたので顔はわかりませんでしたが」
「今時そんないかにも黒魔術師という格好をする者はいないと思っていたのですが。なんとも流行遅れで恥ずかしい魔女ですねえ」
イグナーツ先生が突然言った。
流行遅れ。え? そこが気になる? そこ?
「夜だったから、夜陰に紛れるには一番効率的なんだろう」
クラウス様はあまり疑問には思っていないようだけれど。
「それなら他に隠蔽魔法がありますので今はそれで不意打ちが主流ですよ。なのに姿を現してから襲うなんて、よほど自己顕示欲が強いのでしょうか……」
イグナーツ先生がまだブツブツ言っているが、王妃様はそんな先生を放って置いて会話を進めることにしたらしい。
「で、その女に襲われたんだな?」
「はい。相手は私だとわかっているようでした。その上で私に魔術を仕込んで消えました。その手際と魔術から、あれはよほど優秀な魔術師ではないかと」
「女……しかしゼルマではない……あれには無理だろう。では誰だ? お前の狼の時の姿を知っていて、それほど優秀な魔術師を抱えていて、そしてお前が消えて利のあるものは……」
「ええっ? 私ではありませんよ! 私に利はありません。私はラングリー公爵家には末永く繁栄していただきたい立場ですから! 私は今の立場に不満はありません。って、姫! 姫は私の味方ですよね!?」
王妃様とクラウス様にちらりと見られて慌てたイグナーツ先生が、その麗しい顔に困惑の表情を乗せて言った。
と同時にマルガレーテに縋るような視線を送る。
「まあ確かに、レイテの王女がこちらにいる限りはイグナーツ先生は完全にマルガレーテのしもべだろうな……」
「お前! イグナーツ! 俺の嫁をそんなにジロジロ見るんじゃない!」
突然クラウス様はそう叫んでマルガレーテとイグナーツ先生の間に割り込んで、イグナーツ先生の視線を遮ったのだった。
それは、今までのクロの姿だったクラウス様と何ら変わらない態度で。
マルガレーテは理解した。
ワンコの姿だろうがオオカミの姿だろうが人間の姿だろうが、クラウス様はクラウス様だったのだと。
そして今にもガルガルと唸りそうなクラウス様の態度が、マルガレーテにはやっぱり嬉しくて。
憧れの人が自分を大切に思ってくれている、そんな態度に思わず自分の顔が緩んでしまうのを止められなかった。
「クラウス様……。犬の姿ならかわいらしいものを、そんな大人の姿でやるのは王子としていかがなものかと思いますよ……まあ、姫もお幸せそうなのでいいのですがね……」




