研究の成果2
「回復量がどれくらいか、他の魔術師では測れないくらいの効力ですので、まずは一滴から」
そう言うイグナーツ先生の言葉に従って、マルガレーテはまず慎重にほんのちょっとだけ指先に出して、ペロッと舐めてみた。
ちょっとお行儀は悪いかもしれないけれど、しかしあまりに貴重なものだから、器に出すことも躊躇したのだ。
とたんに自分の中に湧き上がった魔力の量を推し量ってから、マルガレーテは言った。
「まあ……とても回復しますね……。これは素晴らしいです。もう少しいいですか?」
「どうぞどうぞ。お好きなだけ。これはマルガレーテ様のために作ったものですので、必要でしたら直接口をつけて飲まれてもよろしいですよ」
そんなイグナーツ先生の言葉を受けて、今度は小瓶に口をつけて少しだけ飲み込んだ。
その濃縮液は、いつも食べているルルベ草の爽やかな香りとは違って香りも味もとても濃く、少し苦みも感じるくらいだった。
が、なぜか嫌な感じはしない。心地よいほろ苦さ。本当に不思議なことだった。
そしてとたんに感じる、湧き上がる大量の魔力。
「ああ……この液は、まるで魔力そのものを液体にしたような感じですね」
マルガレーテは驚いて言った。
本当に飲んだ液がそのまま体の中で何倍にも膨れ上がり、そしてマルガレーテの体の隅々に、たぷんと音を立てて入ったような気がしたのだ。
今まではちょろちょろと湧く湧き水で補給されていた場所に、突然大きな桶でザブンと水が補給されたような、そんな感じ。
マルガレーテは驚きで目を丸くしながらも、正確に自分の魔力の量を量ろうとした。
うん、これくらいなら。
そしてマルガレーテは、その小瓶を全部あおったのだった。
「姫!? 大丈夫ですか!?」
イグナーツ先生が青くなった。
でも、大丈夫。
「大丈夫です。まだ大丈夫そうです。私の魔力の容量は、随分大きいみたいですね」
そう言ってにっこりとしたマルガレーテだった。
マルガレーテは自分の体の中で膨れ上がった魔力の発する幸福感に、思わず恍惚としてしまった。
そんなマルガレーテの様子を見て、王妃様がおそるおそる小瓶の中身をペロッと舐める。
とたんに。
「うえっ! なんて苦いんだこれは!」
王妃様が盛大に顔をしかめた。
「……もしかすると魔力が不足していない時には、とても苦いと感じるのかもしれませんね」
イグナーツ先生が、驚いたように言った。
「これは飲めんぞ。苦すぎる。何か苦みを誤魔化すような味はつけられんのか?」
「申し訳ありません。なにしろ劇薬ですので試飲できる人間がほとんどおりません。しかし今後の検討課題にいたしましょう」
「ワン?」
ふと見ると、近くで我関せずといった感じでダラッとしていたはずのクラウス様が、とても不思議そうにしながら王妃様の顔を見ていた。
「おおクラウス、お前も舐めてみるか?」
そんなクラウス様に、イタズラをしかける子供のような顔をして言う王妃様。
「ワン!」
対して、何かおやつでももらえるのかというような期待の目をしてすっくと立ち上がったクラウス様。
が。
王妃様の指先に付けられたその濃縮液の匂いを嗅いで、とたんにクラウス様はじっとりとした目つきに変わったのだった。
なにこれ不味そう、そんな顔で見返している。
しかし王妃様はめげずに、
「ほれほれ。ペロッといきや。それはそれは珍しいものなんだぞ」
なんて言ってクラウス様の口に自分の指をねじ込んでいた。
そしてそれをついつい舐めてしまったらしいクラウス様は、一言「キャウン!」と叫んでマルガレーテのところに逃げ帰ったのだった。
ぺっぺっぺ。
必死で口の中の苦みを振り払っているようだ。
そして涙目で縋るようにマルガレーテを見つめている。
マルガレーテはちょっと可哀想になったので、水を飲んでいらっしゃいと言ったのだった。
「どうやらクラウスも魔力が不足しているわけではないようだな。ということは、やはりマルガレーテだのみということか」
王妃様が残念そうに言う。
王妃様もクラウス様も、自分にかけられた呪い級の魔術はどんなに自分に魔力があろうともやはり解くことはできないようだ。
「でもこの液があれば、近いうちにクラウス様の呪いを消せるような気がします。もう少しこの液をいただければ」
そう言うマルガレーテに、イグナーツ先生は、その麗しの顔をにっこりとした微笑みに変えて答えた。
「早急に作らせましょう。ええ、たとえ徹夜になろうとも。時間外手当も惜しまずに出せることですし」
それから数日して、本当に追加分がもたらされたのだった。
「早いですね。これを作っている魔術師の皆様は大丈夫なのですか?」
あまりの早さに思わず驚いて聞いたマルガレーテだった。
なにしろ大量の草を魔術で濃縮、しかも高度で複雑な技が必要だという。ということは、魔術師たちの負担は大変なものなのではないか。
するとイグナーツ先生は、
「なんとお優しい。しかし大丈夫でございますよ。弟子の魔術師たちにとっては技術の研鑽の場、そしてその技を伝える場としても大変有効に活用しておりますから。その結果、これを作れる人数も増えました。ですがお心遣い痛み入ります。さすが我らが姫君」
と言って感動のあまりにマルガレーテの手をとってキスをしようとした。
「ワンワンワンワンワン!」
すかさずクラウス様が割り込んだのでキスは出来なかったのだが。




