悪意のある魔術3
この国は、今は王がまだ比較的若い上にとても健康で元気だったから、近い代替わりはないだろうという見通しも後押しして、王宮も一応は第一王子を探してはいるのだろうけれど、今一番覇権を握っている第二王妃様の目も気にしてかそれほど大々的には捜索をしていないままという話である。
「聖女フローラという人がとても美しい人で、人々のために尽力した前歴もあって今や大変な人気になっているようだね」
久しぶりに離宮を訪れたラングリー公爵が、ぶすくれた表情で言っていた。
「そうなのですか。うちの嫁も綺麗なんですけどね。繊細な金色がキラキラで」
王妃様は相変わらず飄々としている。が、ラングリー公爵としては後見をしている娘の敵でもある第二王妃と第二王子の方に人気が出ていることが心から気に食わないようだった。
「たしかに。でもあちらも黒髪の綺麗な女性ではある。あとは庶民なのに聖女として功績を挙げて王子に見初められたという経緯がますます民衆に人気のようだ」
いわゆる立身出世物語ということだろう。
ランベルト王子にプロポーズされて、涙ぐみながらも頷いていた可憐な女性の姿をマルガレーテはおぼろげながら思い出していた。
「うちの嫁だって白の魔術師ですごいんですよ」
なぜか王妃様が敵意むき出しで言うのだが。
なんだろう、この嫁合戦みたいな様相は。
「しかしそれは公表できないからねえ。いまやあの第二王妃は正妻気取りで王妃の宮に住んで有頂天だよ」
ラングリー公爵はさも忌々しそうにため息をついた。
「まあ今は好きにさせておきましょう。こちらはまだ準備が整ってはいないのですから」
「でも今まで散々金をかけて作ったイリーネ好みの内装を全て壊したらしいからな。そして国庫から莫大な改装費を出させたそうだよ」
「ゼルマの実家はゼルマの威光であれだけたくさんの一族を要職につけているのに、まだ改装する金がないのですか」
「そんなわけなかろう。でも元々は貧乏な小貴族の家だから金を貯め込んでいるんだろうよ。金の使い方も知らんで恥ずかしくないのか」
ラングリー公爵はどうやら相当おかんむりである。
第一王妃イリーネ様といえば、王の正妃かつルトリア王国最大の貴族ラングリー公爵家の長女。
対して第二王妃ゼルマ様というのは、元々はその美貌で王の愛妾となった地方貴族の娘だということだった。
そんな話を聞きながら、ある意味立身出世物語の主人公のような人たちがあちらには多いのだな、とマルガレーテは呑気に思っていた。
「まあ私も結局息子は一人でしたからね。たとえ権力欲からとはいえ、スペアとして第二王子、つまり嫡子にしろという要求も王は断れなかったというのはわかります。なにしろ今の王子たちがいなくなったら、次の王は遠縁の外国人ですし」
「だからといって、第二王妃なんていう地位が必要だったとは思えんが」
「でも形だけでも王妃にしなければ、第二王子も作れません。それに嫌ですよ、あんな見栄っ張りで頭が空っぽな義理の息子なんて。あんなめんどくさそうなのは生母が面倒見ればいいんです」
「義理の息子、ですか」
「王の子として王子にしてゼルマを愛妾のままにするなら、あのランベルトを私の義理の息子として扱わないといけないだろう。でもあいつ、生母に似て私にはとことん反抗的だし頭は空っぽだしでねえ」
そう言って王妃様はいかにもうんざりという顔をしていた。
「お前が王にそんな態度をあからさまにするから、あのゼルマに第二王妃なんていう称号を与えることになったんだろうが」
「だって嫌なものは嫌だったんですよ。私に面と向かって『王妃様、私の方がクラウスより美しいし国民の人気もあるとは思いませんか。私が王妃様から生まれなくて残念でしたね。でも王妃様もクラウスより僕の方が父上の跡継ぎに相応しいとお認めになるとは思いますが』なんて言うバカは嫌いなんだよ」
「私、危うくそのおバカさんと結婚するところでした」
王妃様の言葉にびっくりしたマルガレーテは思わず胸をなで下ろしながら言った。
あの人なら本当に言いそうだな、とちょっとだけ思ったマルガレーテだった。
「まあワシから見たら、頭が空っぽな王子と見た目犬では結婚相手としてどちらが幸せなのかは微妙だがな……」
ラングリー公爵が、ちょっとだけ眉尻を下げてマルガレーテを見て言った。
「いやいや犬の方があっちより被害がなくていいかもしれないぞ? たとえ犬でもこっちの方が頭もいいかもしれない。少なくともクラウスは人の言葉がわかるからなー」
はっはっは。
なぜか和やかな雰囲気になったのが不思議だ。
「ま、あっちは無事聖女と結婚して売約済みだ。それにこの懐き具合では人間にさえ戻れればクラウスの方がマルガレーテをずっと大事にするだろうから、マルガレーテには良かったんじゃないか? 私も気に入っているしな。かわいい嫁だ」
そして王妃様は、相変わらずマルガレーテにべったりと付き従っているクラウス様と、そのクラウス様を無意識になで続けているマルガレーテを見比べて笑ったのだった。




