ルルベ草2
マルガレーテは知らなかったが、一番最初のマルガレーテの婚約相手はクラウス様だったそうな。
そもそもの発端は、王太子だったクラウス様を追い落とすために、第二王妃が王を言いくるめて薦めた縁談だった。
その目的は、クラウス様に無能の妃をあてがうため。
魔術師としての能力も王の資質として重要視されるこのルトリアでは、妃となる相手にも王を手助けできて子も魔力を持つ可能性が格段に上がる魔術師が望まれる。
そこで第二王妃は、それよりも隣国との関係改善の方が大事だと王を説得して、魔術師はいないはずのレイテから「無能の」嫁をとらせることにしたのだそうだ。
もちろん自分の息子の第二王子には、魔力の強い魔術師を娶らせるつもりで。
なのに、いざレイテから差し出された王女は、まさかの魔術師だった。
しかも事前情報でその王女の魔力が非常に大きいらしいと聞いて、慌てた第二王妃は急遽その王女を横取りすることにしたらしい。
レイテ側からしたら、おそらくマルガレーテが結婚する相手が第一王子だろうが第二王子だろうが重要ではなかっただろう。
レイテはとにかくこの政略結婚をやり過ごせればよかったのだから。
しかしルトリア側としては、より有力な妻を持った方が王になる可能性が高まるので問題だった。
ということで、全くマルガレーテの知らないところで、第二王妃によって勝手にマルガレーテを与えたり取り戻したりされていた。
そして結局、魔力はあってもその魔力が白だった事を理由に最後は捨てられて今ということに。
「あの時は私もすっかり弱って寝込んでいたしクラウスもどこに行ったかわからなくて、抵抗出来なくてね。まあ結果、あなたがここに来てくれて私は助かったんだけれど」
苦笑いでそう教えてくれた王妃様だった。
「私もここに来られて良かったです」
あの第二王妃親子よりも、ここの王妃様とクラウス様の方が、ずっとずっとマルガレーテに優しい。特にこの王妃様は、いつもマルガレーテを本当の娘のように可愛がってくれるので、そんな王妃様を母のいないマルガレーテは心から慕っていた。
マルガレーテはここに来て、初めて家族として受け入れられる幸せを知ったのだ。
「もしマルガレーテの白の魔力が他人の魔術を無効化できると知られたら、そんな珍しくて貴重なスキルを持つ魔術師をあっちは絶対に放ってはおかない。無理矢理あのランベルトの嫁にされるだろうな」
「絶対に嫌です」
思い出すのはあのプライドの高そうな高慢な顔と表情。マルガレーテの指から乱暴に指輪を抜いたときの怒りの顔。
もはやこの第一王妃様と愛してやまないクロ、いや本当はクラウス様とずっと一緒にいたい。
マルガレーテは心からそう思うのだ。
「だから決して知られてはいけない。決して。私の病状も魔力の泉も、そしてマルガレーテの能力も」
だから王妃様は改めて離宮の人たちに念押しをしたのだった。
特にマルガレーテの能力は、知られてはいけない。王宮にも、そして世間にも。
この魔力は貴重すぎる上に魅力がありすぎる。もしもマルガレーテの能力が広く知られてしまったら、その希有な能力を手に入れたい人たちが国中から群がるだろう。
するとその先にあるのは誘拐、監禁、脅迫、最悪の場合は暗殺。
そしてその争奪戦には必ず王族も参加する。
とにかくこの離宮には秘密がたくさんあるが、決して知られてはならない。
第一王妃とマルガレーテはこの離宮で弱り続け、そのうち勝手に死ぬ。
特に王宮には、そう思わせておかなければならない。
王妃様は、そう厳しい顔をして言ったのだった。
なので王宮がこの離宮の異変に気づく前に、一刻も早くマルガレーテは魔力を復活させなければならなかった。
しかしこれまで最善を尽くしてきたつもりだったのに、まだマルガレーテの感触では魔力は半分にもなっていない。
イグナーツ先生が言うには、マルガレーテが持てる魔力の量が膨大だということが一番の理由のようだ。
でも、そのマルガレーテが持てる魔力のほとんどを使っても、王妃様の呪いは完全には消せなかった。
ということは、クラウス様を人間に戻すにはそれと同じくらいか、もしかするともっと沢山の魔力が必要だと思われた。
しかも、
「もしかしたら勢いも必要なのかもしれません。今のクラウス様の状態は、王妃様の時を考えると回復が遅いように思います。もしかすると王妃様の時のように魔力を一気に入れないと消えづらい可能性があります」
とイグナーツ先生が言い出していた。
なにしろ白の魔術の効果的な使い方なんで、誰も知らないのだ。だから、とにかく状況から判断するしかない。
そして出た結論は、「出来るだけ沢山の白の魔術を一気に入れる方が効果的かもしれない」。
ならば出来るだけ魔力を貯めてから、一気にクラウス様に入れてみよう、そんな方針になったのは自然な流れだろう。
そのためとにかく魔力を貯めたいと思っていたマルガレーテは、湧き出した魔力の泉を見て、これからは毎日あの東屋の跡地に行って魔力を補給しようと決めた。
だから、来た。
クラウス様と一緒に、早速朝食を食べた後にすぐ来たのだ。
あの、魔力がこんこんと湧き出ている場所に。
というのに。
なんと、マルガレーテはその場所に立てなかった。




