最初の追放3
彼がマルガレーテをどう思っているのかは、その視線や顔からは全くわからない。
だけども「レイテの魔女」特有の美しい容姿と金の瞳を見ても少しも表情を変えないことから、他の人と同じようにマルガレーテをただの異国の綺麗な人形だとでも思っているのかもしれない。
それでもマルガレーテの方は、彼を初めて見た瞬間から不思議なほどに惹きつけられた。
なのでそれからは旅の間は何もすることがないマルガレーテには、たまに見かけるその彼をこっそりと見つめるのが楽しみになった。
もちろん自分はルトリアの王族に嫁ぐ身である。それはとてもよくわかっている。
レイテの王女として生きると決めたのだから、そんな運命にも政略結婚にも不満はない。
ただここに来て、ちょっとだけ心残りが出来たような気がした。
一度は自由な恋を、してみたかった。
恋する人に胸をときめかせたり、素敵な恋人と見つめ合って、未来を語り合ってみたかった。
そんなほろ苦い感傷とともに見つめるその彼は、いつもマルガレーテとは反対にとても自由そうで楽しそうで、マルガレーテの目にはとても眩しく映るのだった。
いつしか馬車は王都に入っていった。
王都に入ってしばらくしたとき、マルガレーテは密かに見つめていたあの彼がいなくなっていることに気がついた。
何か他に仕事があったのだろうか、それとも王都の入り口までは同行するという約束だったのだろうか。
マルガレーテとしてはちょっと寂しかったけれど、でも、もしかしたらこれで良かったのかも知れないと思い直す。
気持ちを切り替える時が来たのだ。
そう思うことにした。
ありがとう、名も知らぬ黒髪の人。私につかの間の幸せな思い出をくれて。
王宮に入ったマルガレーテは一定の準備の後に、ルトリア王に謁見した。
王の隣には美しい王妃、そしておそらくはその息子だろう王子が座っている。
「レイテ国から参りましたマルガレーテでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
美しい金の豊かな髪と輝く金の瞳を持ち、優雅にお辞儀をするマルガレーテ王女に王は感心したように言った。
「ようこそ、レイテのマルガレーテ王女。私がルトリア王国の王、ガルデアである。そしてこちらが妃と王子のランベルトである」
威厳のある王と美しい妃、そして見目麗しい金髪の王子。
あの王子が私の結婚相手なのだろうか、と王子を見てなぜか人ごとのように思ったマルガレーテだった。
しかしそんなマルガレーテと目が合った王子は、ふんとプライドも高そうにマルガレーテを鼻で笑ったあとに、機嫌良く満面の笑みを浮かべて言った。
「王女、ようこそルトリア王国へ。お噂通りの美しい金髪、そして強い黄金の瞳。とてもレイテの方とは思えない、大変な魔力の量と美貌です。あなたならば私のお飾りの妃として大変相応しい。完璧ですよ!」
お飾りの、妃……?
それはマルガレーテには初耳だった。
でも、政略結婚であればそういうこともあるのかもしれない。
残念だけれど、きっとこの方には、本当に大切な方は別にもういらっしゃるのね。
マルガレーテはちょっとだけ首をかしげて考えてから、そのまま納得をする。
すると今度は王妃様が、やはりご機嫌で言った。
「まあランベルト、そんなにはっきり言うものではありませんよ。しかし彼女の魔術師としての魔力の強さと美しさは、今見てよくわかりました。これならあなたに相応しいと言えるでしょう。マルガレーテ、これからはランベルトに感謝の気持ちを持ってよく尽くしなさい。ルトリアはレイテよりもはるかに進んだ国です。その王子であるランベルトに妃として仕えられるということは、レイテのような国の王女としてはとても幸運なことなのですから」
「……はい。精一杯努力いたします」
マルガレーテは答えた。
どんな運命でも受け入れる覚悟をして来たのだから、言われたとおりに努力するべきなのだろうと真面目なマルガレーテは思っていた。
「それであなたは、なんの魔術が得意なのですか?」
「はい?」
なんの、魔術……?
王子の質問の意味を計りかねるマルガレーテ。
王子は突然きょとんとしたマルガレーテを見て、驚いたように言った。
「魔術ですよ。魔力をどれほど多く持っていても、それを有効に使えなければ意味がないでしょう? さぞや素晴らしい魔術をお持ちなのでしょうね。もちろんどれほど魔力が多くても有用な魔術が使えなければ、私の妃としては不足です。なにしろ私は王子なのですよ? 私の妻になるような人が、ただの綺麗な無能の人形というわけにはいかないでしょう」
「もちろんあの魔術嫌いのレイテの王が認める程なのですから、さぞや素晴らしい魔術が使えるのでしょうね。一体どんな魔術です? レイテからの報告書には、なぜか一番大切なそのことが何も書かれていなかったのです」
王妃も当然のように聞いてくる。
が。
マルガレーテはすっかり困ってしまった。
なにしろ今までの人生で、魔術を使ったことなどほとんどなかったのだから。