東屋1
どうしてなのかしら。
マルガレーテは不思議に思った。
昔は回復していたのに、今は回復しない。
イグナーツ先生がしきりに文句を言うように、この辺りは昔より悪意のある魔術が濃くなっているのかしら?
この東屋も、ほとんど森に埋もれてしまっていたし。
こんなに居心地が良くて、そして魔力も補充出来る場所なのに。
そんなことを思いながらマルガレーテは今日も東屋でのんびり過ごしていた。
クロ、いやクラウス様もこの場所が好きなようで、今も東屋の周りの広場を楽しそうに駆け回っている。
あの人も、もしかしたら今の方が幸せだったりするのかしら。
心から楽しそうに過ごしているクロを見て、思わずマルガレーテは思った。
黒い悪意に満ちた魔術に囲まれて、第二王妃や第二王子と権力闘争をすることが、幸せな人生には思えないから。
その結果今の姿になったのだろうし。
そんなことを考えながらクロを眺めていたら、クロが「ワン!」と吠えた。
そしてじっとマルガレーテの方を見るということは。
ここに来て、と言っているのかしら?
そう思ってマルガレーテはクロのいるところに向かった。
近くまで来てから見たクロが指し示す場所には……。
何もない。はて。
「なあに? 何を言いたいの?」
マルガレーテが聞いても、クロは鼻先で地面の草の匂いを嗅ぐばかり。
「ワフワフ」
それでも地面を探りながら何かを訴えている。
「なあに? 地面の中?」
そう聞くと、クロは違うというように首を振り、そしてまた鼻先で草をいじってた。
ということは……?
「なあに? この草なの?」
さっきからクロが鼻先でつんつんといじっているのは、様々な雑草の中の一つだった。
「ワッフ」
クロがいかにもその通り、と言うようにマルガレーを見たので、きっと正しかったのだろう。
「摘んだ方がいい?」
「ワッフ」
「これね?」
「ワッフ」
そうして、マルガレーテは一本の草を引き抜いた。
その草は薄黄緑の、すんなりとした葉が何枚も重なっている普通の草だった。うっすらと金色の細い線が葉脈に沿って見える様子が綺麗な草だった。
だけれど。
「ワッフ。ワフ!」
クロはその草を持っているマルガレーテの手を鼻でしきりに持ち上げるのだった。
「なあに? 匂い? いい匂いなのかしら?」
「ウウー」
違ったらしい。
「でもクラウス様が何かを伝えたいのでしたら、王妃様にも見せてみましょうか」
「ワッフ」
どうやら王妃様にこの草を見せることには同意してくれたようだった。
ふと見ると、マルガレーテが摘んだ草の周りにはもう二、三本、同じような草が生えているようだった。そしてマルガレーテが摘んだ草が生えていた場所が、ちょっとだけキラッとしたホコリのようなものが舞っているような気がした。だからそのときは、今日はいいお天気ね、なんて呑気に思っただけだったのだけれど。
それが、こんなに重要なことだったなんて。
マルガレーテが早速離宮に帰ってその草を王妃様に見せると、王妃様はしみじみとその草を見た後に、突然驚いた顔をして叫んだ。
「なんと! これはおそろしく新鮮なルルベ草だ! マルガレーテ、それ、今すぐ食べよう! 急げ!」
そして有無を言わさずいきなりその草をマルガレーテの口に突っ込もうとした王妃様だった。
「王妃様!? でもこれ洗ってもいませんから、せめて洗わせてください! 土がまだついています!」
「マルガレーテ様!? 問題はそこなのですか!? わかりました洗ってきます!」
なんだか驚いたらしいマルガレーテの侍女のリズが叫んだ。けれどもそれを王妃様が即座に止めた。
「お待ち! この草をこの場から出してはならぬ。洗うならここに水を持ってきてここで洗うのだ! その草がこの部屋に戻らなければお前の首が飛ぶぞ!」
「ひいい! わかりました! いますぐお水をお持ちします!」
そうしてリズは飛び出していった。
「首が、飛ぶのですか……?」
マルガレーテがびっくしりしていると。
「ルルベ草はそれほど貴重なものなのだ。そしてそのせいでとても盗まれやすくてのう。ルルベ草とわかってこの部屋を一度出したら、いつ誰かがくすねようとしてもおかしくはない。むしろよくそのむき身のままでこの部屋まで持って来れたのう」
感心したように王妃様が言った。
「そんなに貴重なのですね……」
「その草一本で、庶民が三年は裕福に暮らせるな」
「そんなに!?」
「それほど新鮮なルルベ草はとても貴重なんだよ。そして効能がとても高い。本当は今すぐそれを食べて欲しいところなのだが、さすがに土付きでは嫌か」
「さすがにちょっと抵抗が……」
「お水をお持ちしましたあ!」
そこにリズが飛び込んできた。
すると王妃様がひょいとマルガレーテの手からルルベ草を取り上げて、水の中で丁寧に洗い、そして今度こそ有無を言わさずマルガレーテの口に突っ込んだのだった。




