呪いという魔術4
そんなクロ、いやクラウス様の様子を見て、マルガレーテはちょっと嬉しかった。
マルガレーテもクロが大好きだったし、元々政略結婚なのに相手が気に入ってくれたのだとしたら、それは一人の女性として幸せなことだから。
少なくとも、嫌々娶ってその後はないがしろ、ということにはならないだろう。
「で、いつ意識が戻ったんだい」
「ワオワオワオン。ワオ。ワーオ」
「ワオだけじゃわからないんだよねえ。もうちょっと上手く伝えてくれないと」
「キュウン……」
なんだか見ていて楽しい親子の会話だった。
でも一貫して尻尾が嬉しげに振られ続けているということは、きっと正体をわかってもらって嬉しいのだろうとマルガレーテは思った。
もしも自分が姿を変えられて誰にも自分だとわかってもらえなかったら悲しいだろうと思ったから。
「おそらくですが」
そこにイグナーツ先生が言葉をはさんだ。
「ん?」
「これは憶測の域を出ないのですが、今はおそらくマルガレーテ様の魔力で少し魔術が解けた状態ではないかと。最初は完全に意識も犬のままだったと思います」
「ワン!」
クロ、いやクラウス様がいかにも「その通り」というように吠えたということは、きっとその憶測は正しいのだろう。
クロは最初、ただ何かがマズい、王妃様のところに行ってなんとかしてもらわなければ、とだけぼんやりと思ってここにたどり着いたのだろうとイグナーツ先生は言った。
「ではマルガレーテの魔力を吸っていたのはこのクラウスということで間違いはなさそうだな。ということは、魔力の制御用の指輪を渡していなかったら、危なかった」
王妃様がクラウス様を見ながら言った。
マルガレーテはしみじみと自分の指に嵌まっている豪華な指輪を見たのだった。
この指輪をつけていなかったら。
そうしたら王妃様にかかった魔術を消したあの時みたいなことがまた起こってしまっていたのだろう。
そしておそらく……魔力が完全に元通りになる前にそれが起こった可能性は高くて、そしてそうだったらマルガレーテの命は危なかったということだ。
「私は、王妃様のこの指輪に命を救われたのですね」
しみじみとマルガレーテは言った。
「この国にはやっかいで悪質な魔術があまりにも多いからな」
王妃様はやれやれという顔で言った。
「特に王宮は異常ですよ」
最後はイグナーツ先生だ。
きっと公爵家や王妃様を通して、いろいろなものを見てきたのだろう。
「ただその指輪は魔力が流れ出るのを制限するもので、止めるものじゃあない。だからその指輪の制限いっぱいの量の魔力が常にクラウスに流れ続けてしまっていたんだろう。最近こいつはマルガレーテにべったりだったからな。もう少し調整して流れ出る魔力の量を減らした方がよさそうだな」
王妃様が言った。
「その指輪は私が作ったものですので、ここで調整出来ますよ。マルガレーテ様、少々その指輪をお借りしても?」
そう言ってイグナーツ先生は指輪を受け取り、手のひらの上にのせて何やら魔力をかけていた。
なるほど公爵家の魔術師は、そういうお仕事もするのかと学ぶマルガレーテだった。
出来上がったらしい指輪を再度受け取りはめ直すマルガレーテ。
そのやりとりの間は王妃様がクラウス様に、
「今、お前がマルガレーテに飛びついたらマルガレーテが死ぬからな。絶対に触れるなよ? 絶対だからな? でも大好きだからくっつきたかろう? でもいいか、これからはお前がマルガレーテに近寄るときは、絶対に指輪を確認してから近づけよ。大好きな婚約者を自分で殺したくは無いだろう? 私だってお気に入りの嫁には死んで欲しくない。だからいいか、絶対だぞ?」
などとずっと脅しのような言葉を浴びせかけていてちょっと可哀想だった。
クラウス様はその間、ずっとしゅんとしながら王妃様の言葉を聞いているようだった。そして時折「ワウ」と答えていた。まるで「わかっているよ」とでも言っているかのように。
マルガレーテが指輪をするのを確認してから、クラウス様はほてほてとマルガレーテのいるベッドの横に来てからマルガレーテには触れずにその場に座った。
その様子を見て王妃様が、
「クラウス……。お前、本当にマルガレーテが好きだな。我が息子とは思えない素直さだ」
と、ちょっと呆れていた。
「クラウス様は魔術を解いてクラウス様としての意識を取り戻せるようにしてくれたマルガレーテ様に恩義を感じているのかもしれませんね。でも今はまだ犬としての意識の方が強いはずです。なにしろかけられた魔術があまりにも強力ですから。今はマルガレーテ様が魔術を解いたといっても、全体に比べたらほんの少しです。むしろそれだけで自我を取り戻されたクラウス様の意思の力は素晴らしい」
イグナーツ先生が感心したように言った。
「いや単に気に入ったんじゃないか? こいつ元々面食いだし」
「でもまだ犬の意識が強いので、人間の美醜はわからないと思いますよ」
「じゃあ匂いか? 匂いが好きだったとかか?」
「ワン!」
「……そうか匂いか。すっかり犬なんだねえ……しかし息子が匂いフェチだったとは……」
なぜか王妃様が苦笑いしていた。
そしてマルガレーテは密かに、毎日お風呂に入っているのに……私匂うの? とちょっとだけ落ち込んでいた。
ま、まあ気に入ってもらえたのは良かった……のかしら?




