呪いという魔術1
「王妃様、あの東屋は悪い感じは全くしません。それに、むしろあそこにいると元気になる気がするので違うと思います」
「ふむ。では他のものか? 先生、ちょっとこの離宮の中を見てはもらえないだろうか。怪しいものがないか探して欲しい」
と王妃様が言ったのだった。
「ようございますよ。心配なところは全て見てみましょう」
そして優雅な動きで王妃様の後について出ていったのだった。
この展開に驚いて唖然と見送るマルガレーテ。
と、その時リズがため息をつきながら言った。
「ああ眼福です……。あれで七十歳のおじいちゃんだとは、本当に信じられませんよね。いつ見てもお若くてなんて美しい……」
「七十!?」
心底びっくりするマルガレーテ。
でもどう見ても二十代後半くらいにしか見えなかったけれど!?
と、呆然としていたら、リズが説明してくれた。
「魔術師は魔術で自分を若く見せられるらしいですよ」
「えっ!? ほんと!? どうやるのかしら!?」
マルガレーテは思わず聞いた。
そんな夢のような魔術があるならぜひ出来るようになりたいではないか。
たとえ自分が魔術師としてはへっぽこだとしても、それだけはマスターしたいものだと思わず真剣になる。
「マルガレーテ様は必要ないじゃないですか。十分お若くてお綺麗です」
「でも私だって、そのうち年をとるし容姿も気にするようになるでしょう……」
そう、まだ十代で若いとはいえ、もしもっと長生きしたらきっと気になるに違いない。
まあ、長生き出来ればの話なのだが。
「今度イグナーツ様にお聞きしてみたらいいですよ。いいですねえ……私もいつか何か用事を作ってでもあのイグナーツ様と見つめ合ってお話してみたいです」
そう言ってリズはうっとりとするのだった。
きっとあのまま王妃様や王妃様の侍女たちと一緒にイグナーツ先生について行きたかったのだろうと、ちょっとマルガレーテはリズに申し訳気持ちになった。
と、そのとき、扉が開いてクロが入ってきた。
「クロ?」
マルガレーテは驚いてクロを呼んだ。
入ってきていいのかしら?
「ワン!」
クロはうれしそうに尻尾を振りながらマルガレーテのベッドの横まできて大きな体でちょこんと座った。
やっと入ってやったぜ、とでも言うように嬉しげに胸を張っている。
そうしてからまたクロが頭を差し出してきたので、マルガレーテは手をだして少しだけ撫でてやった。
クロは気持ちよさそうにしていたが、リズは複雑そうな顔をしている。
止めるべきか止めざるべきか。
そんな顔をして。
でもマルガレーテはクロが自分を慕って来てくれたのが嬉しかったから、
「クロ、いい子ね」
そう言いながら、マルガレーテは手が疲れてしまうまでの少しの時間クロを撫でてやったのだった。
だんだんまた疲れを感じてきたので、マルガレーテはベッドに横になることにした。
信じたくはないが、何もしていないのに魔力が漏れ出ていっていたようだ。
私の体は、もしかしてぽんこつなのかしら……。
今までそんなことを思ったことはなかったのだけれど、原因がわからないということが、マルガレーテの不安にさらに影を落としていた。
もう少し、もう少しの間でいいから私はここでこのまま幸せにくらしたい。
そう思って、大人しく横になっていることにしたのだ。
クロはそんなマルガレーテの様子を見て、「くうん」と鳴いたあとはその場でそのままうずくまった。
動く気はさらさらないらしい。
クロは最近はマルガレーテの番犬のようになっていた。
マルガレーテは横になりながら、クロの餌付けを頑張ってよかったとしみじみ思っていた。
なのに。
しばらくして帰ってきた魔術師イグナーツ様と王妃様が、マルガレーテの寝室にいるクロを見て驚いていた。
「おまえ、クロ、どうしてここにいるんだ。おまえは外で待っていなさいっていっただろう」
王妃様がクロをちょっとにらんでから言った。
「申し訳ありません!」
リズが慌てて頭を下げて青くなっていた。
なのでマルガレーテも慌てて言った。
「王妃様、私がここに呼んだのです。申し訳ありません」
「いやどうせ勝手に入ったんだろう、このわがまま犬が。外で待てって言っただろうよ」
それでもクロを睨む王妃様。
王妃様には本当の事がわかっているようだ。
クロはといえば、しゅんとしてうなだれている。
怒られているのはわかっているらしく、そしておそらく何を怒られているのかもわかっているのだろう。
それでもその場から動かないのはクロの意思なのか意地なのか。
「この犬はどこから来たのです?」
突然緊迫した声がした。
イグナーツ先生だった。
「ん? なんか前に迷い込んでそのまま居着いたんだが……クロがどうした?」
王妃様が言う。
クロも話題が変わったのを感じたのかきょとんとしていた。
「この犬には魔術がかかっています」
「は? クロに!?」




