離宮のワンコ2
普段はとても威厳のある気難しい人なのだと後から聞いても、マルガレーテには最初は信じられなかった。
しかしそんな公爵様は、やっぱり公爵様だった。つまりは権力のある大金持ち。
愛娘である王妃様が、
「マルガレーテの部屋を一番豪華な客間に移したのですが、それでもまだまだ小さくて地味で」
とこぼすと、
「なんとそれはいけないな! うちの孫の嫁には全く相応しくない!」
と即応して、そしてあれよあれよといううちに、この王宮の離宮に第二の立派な主寝室が出来上がったのにはマルガレーテもびっくりしてしまった。
マルガレーテの部屋のために潰した離宮の客間、三室。
客間と言っても十分に広い部屋だったので、正直庶民育ちのマルガレーテにはそんな立派な部屋を潰すことにとても罪悪感があったのだけれど、それも新しい部屋が出来上がるまでのことだった。
あまりの豪華さに前の部屋が普通の宿の一室だったような気がするほどの絢爛さ。
しかもこれが全てラングリー公爵のポケットマネーで作られたということにも驚いた。
表向きは王妃様の気まぐれということになるらしいのだが、気まぐれでこんなことをするということ自体がマルガレーテには想像の外である。
しかもついでのように自分の部屋もさらに広く豪華に改装したちゃっかり者の王妃様は、最後に出来上がったマルガレーテのこの豪華な部屋を見た時も、
「ふむ、まあまあだな」
と言ったのでマルガレーテは心底驚いたのだった。
これがまあまあ……。
すっかり度肝を抜かれたマルガレーテは最初の日、いつの間にやら侍女の手で着替えさせられた後ふかふかの大きな天蓋付きのベッドに放り込まれるまで、まるで夢を見ているような気がして現実感が全然なかった。
思わず「まるでお姫様の部屋みたいね」と言ったら、侍女のリズには
「まあ、本物のお姫様が何をおっしゃっているんですか」
と言って笑われた。
そういえば私、王女だからお姫様ではあったわね……。
しかし世の中のお姫様というものが、本当にみんなこんな豪華な部屋に住んでいるのだとしたら、驚きしかないわね、と思ったマルガレーテだった。
クロは賢い犬だった。
人の言うことを理解しているように返事をする時があるし、時には返事どころか言われたことに対してワンワンと文句まで言っているようなそぶりの時があった。
そして、最近は頻繁にマルガレーテに撫でてもらいに来るようになった。
最近のクロは、王妃様とマルガレーテの間をひたすら行ったり来たりしている。
そんなクロに、もうマルガレーテは大喜びだった。
なにしろもふもふである。温かいもふもふである。黒いふさふさとした毛皮ときらめくつぶらな瞳にマルガレーテはもう夢中だ。
大きな黒い体はしなやかで、とても美しいとマルガレーテは思っている。
今日もやってきたクロをひたすら撫で繰り回していたマルガレーテは、クロがマルガレーテにもたれかかって気持ちよさそうに目を閉じたのを見て歓喜していた。
こんなに無防備な様子を見せてくれていることが嬉しい。
心を許してくれている態度が、心から嬉しかった。
考えてみれば物心ついてから今までずっと、こんな風にまるで家族のように親しげに接してくれる人も動物もいなかった。
なのに今はこの静かな離宮で何不自由ない衣食住、そして優しい王妃様と親切な使用人たちに囲まれた賑やかな生活をしていて、マルガレーテは今までの人生で一番幸せだった。
「もうずうっと一緒にこうして暮らしていたいわね」
気持ちよさそうに鼻をピクピクさせつつまどろんでいるクロを見ながら、思わずそう呟いたマルガレーテ。
クロは、そんなマルガレーテの言葉が聞こえたらしく、ピクリと耳を動かしてちらりとマルガレーテを見上げた後に一言「ワッフ」と言ってから、また目を瞑ってまどろんでいた。
そんなクロが可愛くて愛しくて、マルガレーテはいつもずうっとそのままクロが飽きるまで撫で続けるのだった。
そんな平和な日々がしばらく続いた。
離宮の外ではいろいろな事が起こっているようだったけれど、マルガレーテに直接関係することなんて何もないので、すべては他人事としてあっさりと流れていく。
王妃様ものんびり実家からいろいろ取り寄せたり密談したりしていてとても楽しそうだ。
もはやランベルト王子と聖女フローラの婚約が大々的に発表されようとも、近く結婚式を行うと発表されようとも、心からお幸せにと思うだけでマルガレーテには全く気にならなかった。
いつしかクロは、いつもマルガレーテにくっついて回るようになった。
王妃様が半笑いで「なんだ、やっぱり若い娘の方がいいのか」と言った時は、クロが嬉しそうに「ワン!」とタイミング良く答えてその場にいた人たちを笑わせた。
けっして王妃様を嫌いになったわけではないようで、相変わらず王妃様には従順である。
でも、普段一緒にいるのはマルガレーテにしたようだった。




