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虹色の季節に

 視界の端を通り過ぎていく部屋の中から、虹花は自分の目的地を見つけると「あ」と言って黒姫を止めた。黒姫は困惑して数秒、その部屋を凝視していたが、やがて素直に虹花を離してくれた。


「これ、本当に私の部屋?って思ってる」


虹花はにんまり笑いながら黒姫の心情を代弁した。そして腰に手を当て、一歩後ろに下がって自室を品定めする。


「確かに、とても窮屈そうではあるけれど…。でも、仕方ない。これ、もともと掃除用具置き場だから。」


「ガアァーーッ!?」


黒姫のくちばしから濁った鳴き声が響いた。そうそう、と虹花は熱心に頷く。


「もとは掃除用具置き場とはいえ、工夫さえすれば豪邸にもなるんだよ。まーーあ、誰も信じてくれないけど。」


虹花は黒姫の反応に大変満足しながら、自分の部屋に誇らしく招待した時の侍女の反応を思い出していた。誰かに自慢したかったのだけれど、「埃っぽい所は苦手なので、また別の機会に....。」とか茉野には「はぁ?掃除用具置き場?またよくそんな所に寝泊まりするよね。安心して、誰も羨ましがらないから。」と吐き捨てられた。


(それなら、嫉妬されて『虹花さんだけ一人部屋持ってずるい!!』ってひがまれた方がずっと良かったなぁ………)


通常は怠慢と無知と心ここに在らずの虹花も、いざ自分の部屋となると掃除くらいするし、改装もするのだが………。


「さぁさぁ、黒姫様、どうぞこちらへおいで下さい。」


虹花は恭しく片手を胸に置き、深々と頭を下げた。扉を開け、黒姫を先に通してから自分も後から中に続く。


………すぐに雪崩となって落ちてくるガラクタの山の餌食となった。



「はぁぁぁーーっ、もう駄目だ、もう動けない、もうすぐ心肺停止する。黒姫、友よ、ちゃんとお経を唱えてね。成仏できる様に。私も一応天国行きたいの。」


廊下まで溢れたガラクタを一つずつ運び、もとの山に戻しながら黒姫が華麗なる無視をきめる気配がした。


虹花はぼすん、と天井から吊り下げた寝網(ハンモック)に飛び込み、巧妙に編み込まれた干し草に顔をうずめた。森の香りがする。新緑に包まれ、森の精霊にそっと体を揺らされているようだ。


眠りに沈みそうな意識で虹花は頭に手をそわせた。天秤の皿から羽の束を取り、ついでにしゅるり、と髪紐をほどく。一瞬、花が咲くように亜麻色の髪が肩を舞い踊り、背に流れ落ちた。


「…….....ねぇ、黒姫。」


携帯している小刀を注意深く持ち、どこか夢心地で羽の先端を削り続ける。時折手を休めては、黙々と作業し続ける黒姫の姿を眺めていた。


底に穴が開いた鍋、切れる寸前の縄、破れた色鮮やかな和紙などを良好な状態で保存する虹花に黒姫はこれどうすんだよ、早く捨てろよと湿った視線を浴びせ続けている。


「どうして私がガラクタを捨てずに集めるのか。」


良い塩梅に尖りつつある羽を目の前にかざしながら虹花は言葉を重ねた。


「物は壊れたら終わりじゃないの。」


虹花の表情がふと真剣になったのを見て、黒姫が翼をはためかすのを止めた。虹花は口元に穏やかな笑みを浮かべ、両手を広げた。


「木は枯れても落ち葉は地に戻り、肥料となって新しい芽を、命を、咲かしてくれる。こうして、命の環は巡っていく。時代を超え、歴史を超えて。」


だから、と虹花は息を吸った。


「私の役目は物の奥底に宿る魂を眠りから覚ますこと。姿形を変え、その魂を燃やすこと。だと思う。」


虹花は手の中でクルリと軽やかに羽を回すと、唐突に上体を起こした。床を蹴り、その勢いを利用して寝網の上で立ち上がる。人差し指を突き上げ、声を張り上げた。


「私の人生はコレから始まった!!!」


虹花の人差し指に従い、黒姫が天井を見上げ、また素早く下に移動した人差し指を辿って視線を下にやる。部屋の天井からは何百本もの草が髭のように干されていた。まだ緑が色づく草もあれば、完全に干上がって茶色になった草もある。


「ガ」


黒姫が喉を詰まらせた。錆びたやかんや欠けた陶磁器などを利用して、生命力みなぎる草が育っていた。壁一面に草の植木鉢が陳列し、自家栽培まで始めている。黒姫の視線が窓の外に走った。


「あ、あれ?すごいでしょ。」


虹花が満面の笑みを浮かべながら見せたのは、窓から外に吊り下げられた巨大な網だった。


「草で編んだ網の上に、板を置いたの。床の代わりよ。こうすれば、あいにく天井はないけど部屋が窓の外にも広がるってわけね!」


虹花は大きく跳躍すると窓の外の網に飛び降りた。そこの中央に置かれている、丸太に板をのせて作っただけの机に滑り込む。一心不乱に硯で炭をすり、硝子の器にうつして慎重に羽の先を炭につける。


「なぜ、ただの草がこれだけ強靭な縄や網になりうるのか。この秘密を黒姫だけに伝授するね。」


「カー」


「しーっ、黙って見てて。」


虹花は懐から破れた侍女の白い服の端切れを取り出し、そのしわを伸ばした。そして羽の先端を布の上に置き、手を横に滑らせた。


織り込まれた糸一本一本に炭が浸透し、布に影が現れた。


羽を持ち上げた、その下には細く、精密な線が一本、深く、躊躇いなく画されていた。


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