表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

虹色の季節に ④

「あぁもうっ、勝手にしなさいッ」


こいつには何を言っても無駄だと顔中に書かれている。


(当ったりめぇだ!今ここで地上に降りたらどうなるよ!棺桶の中に葬られなければいいけど……)


 ミシリ、と拳の中で微妙な音を立てるほうきに目をやり、虹花はゴクリと唾を呑み込んだ。瞬発力、逃げ足の速度、塩さえかければ雑草をも貪る食欲に、屋根によじ登って鍛えた腕力。茉野は虫嫌いなので素手で捕らえた虫を茉野の顔にぶっ放してやるのも良し。


しかし、そのどれもをとってもお怒りの茉野をまいて逃れるとは思えない。いつの間にか集まった群衆を眼下に見て、虹花は諦めの息をついた。こんな人がいる中でからくりは発動できない。。


(仕方ない……。今夜はここで野宿します)


「虹花、落ち着きなさい。先程から視線が右往左往して非常にはしたないっ!!」


茉野の声が下から響く。パシンッとほうきで壁をひっぱ叩くので虹花が座る屋根が左右に揺れた。


「はい、すみません。はい、なんでしょう。」


「まず、事情を説明しなさい。なぜ今朝はあれ程の騒音を立てねばならなかったのです?」


いかにも嫌な答えに身構えているのか、彼女の眉間に刻まれた皺が濃くなった。


「それは、とても良い質問です。で、ですね……」と、虹花は襟と襟の間から草笛を取り出した。短く息を吸うと、複雑に織り込まれた草笛の端に唇を寄せる。ヒュィーーーッッと笛が一声叫ぶなり、辺りは一瞬のうちに静まり返った。


黒姫(こっき)ーーーーっ!!!」


虹花は空に向かって大きく手を振った。


「こっち、こっちーーーっ!!」


まさか、と事の始終を固唾を呑んで見守っていた人々がぎょっとして見上げた時、異様な程に大巨大な闇の影が覆い被さった。


黒曜石の様に光を封じ込めた瞳と翼。立派な鉤爪(かぎつめ)が風を切り、羽が淡雪の様に地に滑り落ちる。黒い瞳に囚われれば、体は強張って動かなくなる。


恐ろしい、黒い魔法だ。


虹花が手を差し伸べると黒姫は肌にそっと嘴を触れさせて愛着を示した。優雅に肩に留まり、一歩も動く気はないと威厳を示して翼を畳む。


「……………これは、何です。」


いち早く動揺から立ち直った茉野が腰に手を当てて黒姫を見据えた。黒姫も全く動じず彼女を見返す。


「いやぁ、失礼、失礼。紹介がまだでした!……先生、黒姫は「これ」ではなく、「彼女」です。本当に美しいと思いません?」


虹花は微笑むと黒姫の羽を撫でた。「姫」と呼ばれて気を良くしたらしい黒姫は目を細めて大人しく撫でてもらっている。


「それに、他の鳥と比べて黒姫は美しくて、賢くて、でも従順で……。色んな意味でも本当に素晴らしい方です。尊敬せずにはいられません!」


目を輝かせて黒姫を褒め称える虹花に、人々は一歩二歩と後ずさった。従順。確かに従順だろう。飼い主には。しかし、虹花は奇妙な所で異常に器用な所があり、あのからすを手懐けたとしてもなんら不思議ではない。鳥を「人」として敬う姿も、まぁ人間を尊敬しろとも言いたくはなるが、こんな真っ黒くろすけを「姫」と呼ぶ所も普通の人には真似できるものではない。だからこそ。


「せ、先生………?私、少し用事を思出したので、お先に失礼しますね……」


「そ、そうね。私も………」


「あ、ぼくも少し用事が……」


「やべーーー!俺もちょっと便所、便所。」


(泉明 虹花に関わるな。奴にはあの手下がいるぞ。あぁ、下手に怒らせたら何しでかすか分かんねぇ!からすに目ん玉ほじくり出されて肉を突かれるぞ……。やべーーーー、関わりたくねぇーー)


集まって来た下働きや侍女がそそくさと逃散することに茉野は全く気付かず、何やら胡散臭いものを見るような目つきで黒姫を非難がましく見た。


「で、飼い主は貴女。飼い犬かからすかは知らないけど、そいつがやった仕業はす、べ、て、貴女の責任ですよ。飼ってるのだから当たり前のことよね?」


「はい。先生。」


虹花は黒姫から視線を離すと申し訳なさそうに厨房を見た。厨房の卓上には大きな鍋が置かれ、湯気を冷ましていた。  


「黒姫に悪気はないんです………。だけど、今朝は、そのぅ、ちょっとした事故で厨房に入り込んじゃったみたい、で………。」


虹花が口ごもり、何かを察した侍女の顔が曇る。


「そして、何かをやらかしたわけね。」


茉野が冷たい視線を虹花に浴びせ、侍女の一人に振り返った。


「貴女、見てきなさい。」


彼女は静かに立ち上がり、厨房の様子を見に行く。


「私も、もうびっくりして叫んで、そしたらーーー」


ガシャンッと金属がひっくり返って床に打ち付けられる音がして虹花は反射的にひるんだ。続いて遅れた悲鳴。


どうなるかは、目に見えていた。だからあらかじめ忠告しようとしたのに!










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ