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壱・虹色の季節に ③

「おしとやかで、落ち着いていて、上品で美人で冷静で素敵な女性……と、」


泉明 虹花(せんめいにじか)は両手で屋根につかまって片方の足で窓枠にまたがり、もう片方の足はご丁寧にも茉野に引きちぎる勢いで引っ張られたまま、懸命に屋根の上に逃れようとしていた。


「んん、どこが?」


「おのれっ、逃がさん」


両者とも必死の掴み合いで茹で蛸のように顔を真っ赤にしているが、なおも虹花の口は器用に動き続ける。


「おっかぁ、いいの?お弟子さん達にこんなみっともない姿晒しちゃったら、先生としての面目は丸潰れだよ??」


「私はお前の()()()()()()!!」


茉野は歯を食い縛りながら唇から言葉を押し出すように、一語一語ゆっくりと発音した。

なおさら足を引っ張る手に力を込めるものだから、虹花の足は今度こそ本当にもげそうになる。


「こぉの!恥知らずめ!」


んまぁっ!と虹花は目を丸くして驚きの声を上げ、わざとらしく目を伏せた。


「あらあらあら、先生がこーんな下品で乱暴な言葉をお使いになるとは……。思いもよりませんでしたわ。流石の私も心が傷付きましたわぁ!せめて、髪くらいお梳きになって。先生は………、()()()()()()()こと?うふふっ」


虹花は肩で口元を隠しながら顔に微笑をこじつけ、やんわりとたしなめる振りをした。


茉野は「お前は引っ込んでろっ」と声を荒げつつも痛い所を突かれたのか、無意識に手を髪にそわせた。


(おお!)


足を握る手が微かに緩んだ瞬間を突き、虹花は間髪入れず猫のように上に飛び上がり、茉野の手から足を自由にした。


「このっ」


既に時遅し。虹花は厨房の小窓から体を押し出し、軽やかに屋根に着地していた。


虹花は頬を緩め、にんまりとほくそ笑んだ。

瓦に手をついて屋根にまたがり、茉野と十分な距離を取ったことで、虹花の身の安全は確保され、心の安寧は取り戻された。


虹花は頭を逆さまにして厨房の小窓を覗き込んだ。茉野も虹花を追うべく窓から体を半分乗り出しているが、中から伸び出る無数の白い腕をみれば、躍起になって侍女達が抑え込んでくれているのは想像できた。


(諸君よ、恩に着る。)


「さてさて、」


なびく雲に合わせて癖毛がぴょこぴょこと宙を漂う。虹花の亜麻色の髪は梳かされることなく無造作に団子にまとめられ、そこには小ぶりの枝がぶっ挿されていた。その枝は葉っぱや分かれ枝は丁寧に取り除かれ、自身の髪とは裏腹に磨き上げられている。


さて、その枝には小籠が二つ吊るされており、団子頭で揺れる天秤化としていた。虹花は後宮に入ったことも、見たことも、ましてや聞いたこともない下っ端の人間だが、ここら辺の使用人達には「天秤頭」として顔をよく覚えられている。


虹花はお手製の頭の天秤からすももと人参を取り出し、早速かぶりついた。

まろやかな甘味のすももと、太陽の光をよく集めた人参と、空。格別に美味しい朝ごはんに胸を高鳴らせ、虹花はむしょむしょむしょと一心に頬張った。


*****



「ようやく話が聞けるわね、泉明虹花。あなたは自分が何をしたのか、分かっているのですか。」


虹花が遅めの朝ごはんをたいらげ、屋根に寝そべって睡眠の延長を楽しんでいた頃、地上ではようやく落ち着きを取り戻したらしい。


現に今、夏々茉野は厳しい顔付きで毅然と顔を上げ、真っ直ぐ虹花を睨み据えている。茉野の髪はほつれなく梳かされ、また服は薄緑の普段着に変わっていた。先程の乱れは微塵も感じさせない出立ちだ。


厨房には人が多く集められ、茉野を先頭として後方に侍女達がずらりと鎮座している。皆一斉に斜め上を見上げ、視線が集まる先 ー 厨房と対にある建物の屋根 ー には虹花が背筋を垂直にして正座していた。


「泉明虹花。いい加減にしなさい。即座に屋根から降りなさい。」


「えー、私泉明虹花は屋根から降りることを拒絶します。」


「歯向かうのもほどほどにしなさい。あなたには罰を与えます。この態度は一体何です。屋根の上で人の話を聞くとでも?」


うん、うん、と茉野を取り巻く侍女達は頷いて賛同の意思を示す。


「えー、異議を申し立てます。えー、私泉明虹花はこうして屋根の上でも正座しているのであります。私の態度は厳然粛々たるもの以外何ものでもございません。」





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