初・ 紅いてふてふ ①
初めまして。帆南 みそらです。このたび初投稿となります!宜しくお願いします!
ヒョー、ヒィヨーッと雄叫びを上げて鷹が空を大きく旋回した。
長い尾がぶわりと吹き上がり、風の手が琥珀色の光を辺りに舞い散らす。太陽に見紛うほどの神々しい光を湛えた姿は、寿 紅蝶目を瞬いた瞬間、空の彼方に消えていた。
後には静かな朝だけが残った。
紅蝶はふわりと長い襦裙の裾を返し、窓際に寄り掛かった。ゆるく編み込んで肩に流した髪が、風に浮く。雫を象った芙蓉石の金簪がシャラリと涼やかな音色を奏でて揺れた。
ほっそりとした手を窓枠に添えて外を眺めた。
紅蝶の瞳にちらつくのはどこまでも碧い空と新緑が顔を覗かしつつある翠緑色の木々だ。
外に出たい。外に。でも、どこに?
「どこに?」という問いに答えるように柔らかな草笛の旋律が流れ込んできた。
これは、始まりの合図だ。
紅蝶はハッと息を呑み、窓際から急いで離れた。早まる気持ちで鏡台の引き出しを開け、中の化粧道具や小物など中の全ての物を一気に出す。引き出しを空にすると、次は人差し指を曲げて底を軽く叩き始めた。
トントントン、トンッ、トン、とっ
硬い木を叩く音から「とっ」と軽やかな音に変わり、紅蝶はそこで手の動きを止めた。珊瑚色に染められた爪が慣れた様子で薄いべにや板を掬い取る。
ふうっ、と無意識のうちに詰めていた息を吐いた。
(良かったわ...ちゃんとここにあるんだわ.....)
奥に吸い寄せられるようにして小さな四角い空間があった。
これは紅蝶が密かに作った隠し箱だ。
中には黒々と伸びた髪のかつらと白い粘土の塊が注意深く仕舞い込まれていた。
紅蝶はこれら二つを腕に抱え、元通りに小物類を引き出しの中に戻し始めた。底には炭で薄く点が打ってある。後は目印に合わせて数少ない小物類を配置すればいいだけだ。
「あとは、そうね....」
そっと引き出しを仕舞い、最後に小さな香油の瓶を手に取って鏡台から離れた。再び窓際に腰掛け、瓶の蓋を取る。キュッと音がして丸い蓋が抜け、甘い薔薇の香りが部屋中に広がった。
適量を手にのせ、優しく両手を擦り合わせた。香油をなじませた後、膝の上のかつらに塗布していく。
昨夜入念に梳っておいたので、香油を塗ったかつらは生き生きと光を反射する様になった。
紅蝶は自分の髪と引けを取らない出来栄えに我ながら納得し、口元に艶やかな笑みを浮かべた。
興にのったまま、白い粘土を几架の上に置く。水差しで桶に水を張り、粘土を水の中に優しく沈めた。
紅蝶は指で触って柔らかさを確かめ、良い塩梅になったところで粘土を引き上げた。周囲が濡れない様、念入りに布で包んで湿気を取る。
指で丸く整え、釣り合いが取れた所で二つ、人差し指で穴を開けた。それから目の前にかざした華奢な腕から腕輪を引き抜いた。それは、黒真珠が連ねられた腕輪で色合いが不吉なため、いつも袖下に忍ばせて身につけている貴重品だった。
紅蝶は迷いなくその結び目を解き、まろび出た黒真珠を二つ、つまみ持った。静かに声を掛けながら、黒真珠を粘土の穴に配置する。
「我が主を映しとる黒く美しい瞳とおなりなさい。」
そう囁くと、黒真珠にどこからともなく強い光が湧き出た。まるで火を纏ったかの如く泳ぐ鯉が水面に金色の花火を弾けさせた様に。
紅蝶を見返す双眸は彼女の姿をしっかりと留めていた。黒き濁りは消え、それは澄み切った人間の瞳だった。
「外の香りを感じ、音を噛み締め、瞳を好奇心で輝かせ、早くお目覚めなさい。」
最後に紅蝶は指を髪に巻き付けて、一筋の髪を抜き取り、人形の首元に結んだ。その瞬間、「はい」と声がこだまし、瞳が乾きを潤すかの様に瞬きを繰り返した。胴はない顔だけの人形であるとはいえ、鈴を転がすような高い声、小首を傾げてじっと物を見つめる仕草も、紅蝶とそっくりだ。
「宜しい。私が戻るまでしかと勤めを果たすように。よいですこと。」