王女モドキが読んだ景色~桜の花びらに埋もれし八本足の蜘蛛~
ある春の桜の下、黒と黄色の配色で、八本足の蜘蛛がいた。
彼の種類の蜘蛛は、基本、目が悪いが、彼は特殊だった。
とても美しい桜が、鮮明に、色鮮やかに見えた。
そして、体も仲間より頑丈で生命力にあふれている。
さて、桜は、黒っぽい幹に薄いピンク色の花をつけ、風に吹かれるたびに、ゆるやかに、その花びらを地に落としていった。
それがとても美しいと目の良い蜘蛛は、感じ、いつまでも見ていたいと考え、ずっと、ずっと桜の木を眺めていた。
ただ、日がたち、桜は、だんだんとその美しさを失くして行きました。
花びらが半分以上落ちてしまったのです。
目の良い蜘蛛は、それを悲しみ、過去の花びらがたくさんついた魅力あふれる姿に戻そうと自らが出せる糸で茶色い地面に散らばっている桜の花びらを木に貼りつけて行きます。
拾っては、枝につけ、拾っては、枝に貼りつけ。
何度も、何度も地面と、木を往復しました。
気の遠くなるほど花びらをつける作業を繰り返しても、かつて見た全盛期、美しい桜の姿には、戻りませんでした。
時間がたち、色褪せた花びら、そうでなくとも、大きな動物達に踏まれ、びりびりに破れた花びら。
それらをいかに上手く貼りつけても、青空に咲くあの綺麗な姿には、戻りませんでした。
目の良い蜘蛛は、困りました。どうしても、過去の姿に、桜に戻って欲しいのです。
けれど、やはり、完全には、元に戻りませんでした。
奮闘むなしく、桜は、緑の葉っぱを伸ばし、目の良い蜘蛛の、彼が思う美しい姿から離れてしまいました。
目の良い蜘蛛は、絶望し冬を迎える。
けれど、次の春が訪れたとき、かの桜は、あの時、落ちた、葉っぱや、花びらを栄養とし、年輪を増やし、枝を伸ばし、以前といくらか、姿は、変わっては、いるけど、とても美しい姿を見せていました。
体が頑丈だった、少し特殊であるあの蜘蛛は、なんと、冬を越し、桜の姿を見た彼は、過去見た姿と、枝が伸びていたり、強い風で一部折れていたりして、当時の姿と変わってしまっていても、その新しい形の美しさに喜び、目を輝かせ思いました。
なんだ、あんなに、過去の姿に戻ろうとさせなくとも、こだわらなくても、良かったんじゃないか。
そう思ったとき、桜の花びらがやさしく目の前に降りて来ました。
もう、蜘蛛は、それを無理に貼りつけようとは、しませんでした。
【おしまい】