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再会

荒れ狂う波に揉まれ激しく船体が揺れる。

たたき付けるような激しい雨。

昼であるはずなのに、厚い雲に覆われて日の光りは一筋さえも見えない。

代わりに辺りを照らすのは轟音を伴う激しい閃光……稲妻が空を駆け抜けた。

そんな嵐の中、羅針盤の示す先に向かって進むこと3日目にして日の光りが差し込んだ。

父の航海にも乗船していた船員によれば、その時に比べれば幾分マシな航海だったらしい。


嵐を抜け出してから丸1日。

空には晴れ渡った空が続いた。

見張り台に上がっていた船員が望遠鏡を覗き込みながら叫んだ。


「島だーっ!島が見えるぞっ!」


目的地が見えたようだ。

しばらくすると肉眼でも、島影を確認する事が出来た。

あれが魔女の住む島か。

まだ遠い島影。


”いらっしゃい。私のところへ。”


魔女の声が俺を誘う。

香しい花の香りとともに。




島には大きな船でも接岸出来るように港が整備されていた。

船の甲板から見渡せる景色に見惚れた。

とても美しい島だった。

緑と花に溢れた楽園というに相応しい島。

島の名はミリア島。

魔女の名でもあるらしい。

魔女の名が島の名になったのか、魔女が島の名を名乗っているのかは定かではない。

下船の準備が整い、船を降りた。

香しい花の芳香がふわりと香る。

あの花の香りだ。

そして、一人の少女の存在に気が付く。


「お待ちしておりました。クロード王太子殿下。」


島の美しい風景に溶け込むように一人の少女が立っていた。

黒く艶やかな髪、白皙の肌に薄紅色の唇、大きな目縁取る長い睫毛の美少女だ。


俺の名をいつ知ったのか、それとも最初から知っていたのか。

長旅で従者達と然程変わらぬ出で立ちの俺を迷う事なく、王太子として真っ直ぐに見つめてくる少女。


「お迎えに参りました。」


可愛らしい口から紡がれるその声は宿の窓辺で聞いた声だ。

あの花の香りを纏い、柔らかく微笑む少女。


「花。ありがとう。」


少女は笑った。

花の贈り主は…間違いなく彼女だ。


「君が船を護ってくれたの?」


それは確信。


「それが私の役目ですから。」

「君が魔女ミリア?想像してたイメージとは大分違うね。」


それこそ何百年と生きていそうな老婆を想像していたから。

幼い頃に聞いた童話の影響だろうけど。


「いいえ、私は魔女ではございません。」

「でも、この花をくれたのは君だよね?」


船を降りる時に船内の自室から持ち出した。

嵐の中、これだけはと必死に守った一輪の花。

港を出てから幾日も経つのに枯れる気配のない小さく可愛らしい花。

まるで目の前にいる彼女のような花。


「多少は魔力が使えますから。お気に召して頂けましたか?」

「やっぱり、これをくれたのは君なんだね。ありがとう。君の名前は?」

「私はアリアと申します。」


彼女の、その笑顔に感じた既視感。

何故か彼女を知っているような気がした。

どこかで会ったような……そんな不可思議な感じだ。


「お疲れでございましょう。お泊り頂く屋敷にご案内致します。」

「他の者達は?」

「私がご案内するのは貴方様だけです。魔女に近づけるのも貴方様だけ。島にご滞在中は私の館にて、お過ごし頂きます。」

「君の?」

「はい。ここからも見えますわ。」


彼女の指し示す方向に小高い丘があり黒い塔建っている。

すぐ側には、こじんまりとした小さな建物が見えた。


「あの黒い塔には魔女がいます。その側に建つ白い建物が私の預かる館。狭いところではありますが、精一杯お世話させて頂きます。」


彼女が膝を折り、頭を垂れた。


「………。」


人に傅かれる事など慣れている。

だけど、何故か、彼女のその仕種が嫌で堪らなかった。




心配気な部下達を残し、彼女とともに歩を進める。


「皆様の事ならご心配なさらないで下さい。他の者がご滞在頂く宿へご案内致しますから。」

「他にも人が?」

「ええ。近くに村があります。魔女の許しさえ得られれば、どなたでも住めるのです。王太子殿下……貴方でも。」


驚いた。

この島には他にも住人がいた。

祖父にも父も聞いていない。


「この島で見聞きした事は口外してはならない決まり。この島を訪れた者には、3つの選択肢のうちどれかを選んで頂きます。恐ろしい魔女との誓約を交わし生涯口を閉ざすか、この島での記憶を消すか、この島に残るか。この島に残る事を希望した者は……人々の記憶の中からその存在を消されます。この島にやってきた事だけでなく、生まれた事実さえ消されてしまう。」


祖父と父は生涯口を閉ざす事を選んだわけだ。

あの人達らしい選択だ。


「そうか…この島は美しいからね。ここで生涯をと思う人もいるだろうね。……それとも、この女性と恋に落ちたのかな。故郷を捨ててでも残りたいと思わせた何かがあったんだね。」

「ええ、実際にご夫婦になられた方もいらっしゃいますよ。」


そこからは他愛もない話しをしながら歩いた。

朝日が綺麗に見える岬があるのだとか、小船で海に出るといたずら好きないるかたちがが頭上を飛んで驚かせてくるのだとか、海の中は色とりどりの珊瑚が宝石のように輝いているのだと、そんな話しだ。


二人で歩いていると丘へと続く坂道近くの道端に座り込む少年の姿を見つけた。


「アリア様!」


少年は彼女の姿に気づいて立ち上がり満面の笑みを向けた。


「ロイ。」


本当に魔女や彼女以外に住人がい たんだ。


「今日の分の野菜だよ!」


カゴいっぱいに詰め込んだ野菜を抱えて子供が、駆け寄ってきた。

子供が持つには重そうなカゴだ。


「まあ、こんなにたくさん。」

「オウタイシデンカが来るんだよね?だからたくさん持って行けって、母さんが。」

「ありがとう。お母様にもありがとうって伝えてね。」

「その人がオウタイシデンカ?」

「そうよ。ちゃんとご挨拶して。」

「こんにちは、オウタイシデンカ。」

「こんにちは。」

「アリア様にいじわるしたら、僕がやっつけにいくからね!」


………どうやら、彼には歓迎されていないようだ。


「ヒカル!!なんて事を。」


少年はそのまま走り去って行った。


「申し訳ありません。失礼をお許し下さいませ。この島には王族も貴族も平民もないのです。彼らが恐れるのは唯一……あの黒の塔に住む魔女だけ。」


小高い丘に繋がる坂道。

その先にそびえ立つ黒い塔を見上げ、彼女は寂しげに笑った。


「さあ、参りましょう。」


少年が置いていったカゴを抱えようとするのを制する。


「俺が持つよ。」

「殿下にそのような事は。」

「この島には、王族も平民もない。島で偉いのは魔女だけなんだろう?それなら、君も気にしなくていい。」


俺は彼女の屋敷へと繋がる丘へと続いく道を歩き始めた。

ここから先は彼女と俺と魔女以外立ち入れない領域なのだろう。

俺の隣を微笑みながら歩く少女。

少しだけ彼女との距離が近づいたような気がした。




辿り着いた彼女の預かっているという屋敷。

王宮と比べるわけにはいかないが、きれいな屋敷だった。

各所に手入れが行き届いている。


「こちらのお部屋でお過ごし頂きます。ご滞在中、ご用がございましたら、なんなりとお申し付け下さいませ。」


俺が滞在する部屋は意外な程の広さがあった。

家具も揃っている。

寝台も立派なものだ。

衣服も用意されているというから、ここにいる間、困る事はなさそうだ。

ただ気になるのは、この島にきた目的についてだ。

そう俺には使命がある。


「魔女には、いつ会えるの?」


魔女に会って、俺が無くしたものが何かも知りたい。

俺は大切な何かを奪われている。

この旅が、魔女に会うことが、それを取り戻す鍵ならば、早く会いたい。

何をなくしたのかは、記憶にない。

しかし、大切なものであったのは確かなはずだ。

けっして無くしてはならないもの。


「魔女の塔に行けば、いつでも会えるの?」

「いいえ、あの塔には魔女が良しとするまで近づけません。魔女のお許しがいつ出るかは、私にもわかりらないのです。」

「え?」

「魔女の許しが無い限り、次代の魔女たる私であっても、魔女に会う事はできません。」

「君も魔女になるの?」

「いつかは、そうなるのでしょう。多分、そう遠くない未来に。」


彼女も魔女になる?

そうなれば、彼女に会う事は出来なくなるだろう。

この島に辿り着けるのは生涯一度だけ。

つまり、彼女に会えるのもこの島にいる間だけ。

それも彼女が人である間だけ。


「いつから?」

「?」

「いつから君はここにいるの?」


何故、俺はこんな事を聞くのだろう。

この島は閉鎖されているようなもの。

彼女はこの島で生まれ育ったと考えるのが普通だろう。

だけど、俺の中の何かがそうさせない。


「いつから君はここにいるの?」


どうしても聞かなければならないと思った。

彼女の手を取って、強引に引き寄せる。


「きゃっ!」


勢いで倒れ込んでくる彼女を支えた拍子にカタンと何かが床に落ちた。

それは菫色の石。

まだ加工されていない原石のかけら。

レインフォード家の男子が妻にしたいと思った女性に贈るもの。

この石は大陸にしか、それもレインフォード家が代々受け継いできた鉱山でしか採掘されない希少価値の高い物。

それを何故、彼女が持っている?


「君……前にあった事があるよね?」


何を言っているんだ、俺は?

そんなはずないだろうと思いつつ、本能が先立つ。

今、この時を逃してはいけない気がした。

潤んだ瞳で見上げてくる姿には見覚えがある。


「………シリウス様。」


彼女はクロードではなく、シリウスと呼んだ。

俺をシリウスと呼んだのだ。

何故、彼女がその名を知っている?

それは神殿で最高位の神官から授けられた俺の真実の名。

俺が真実の名を教えていいのは、生涯を共にすると決めたただひとりの女性にだけ。

望んだものでは無いにしろ国に残してきた婚約者にすら教えていない真実の名。

あの姫と結婚する事になったとしても生涯教える気も無かった。

なのに何故、その名を?

彼女が次代の魔女だから?

違う。

俺は、彼女を知っているはずだ。

思い出せ。


「お会いしたかった。」


この腕の中の温もりを俺は知っているはずだ。

記憶が無くとも、身体が覚えている。

思い出せ。




”シリウス様”

随分昔にそう呼ばれた事がある。

”様はいらないよ。”

”必要です!あなたはいつか王になるのでしょう!”

まだ幼さを残す女の子に名前を教えた。

彼女が好きだった。

”でも……妻になる人にしか教えてはいけない名前なのでしょう?”

”うん。だから君が俺の妻になるんだ。未来のお妃様だよ。”

幼い頃に出会い、いつの間にか恋をした。

身分の差に絶望しても、好きで好きで諦めきれなかった女の子。

祖父が王座に付き、身分の差を埋めることが出来た俺はその子に名前を教えたんだ。

”私がシリウス様のお妃になれるの?”

”そうだよ。アリア。俺の妃になって下さい。”

そう言って、俺はその子に青い石を上げたんだ。

王宮に上がる少し前の頃だ。

レインフォード家の屋敷近くにあった小さな森の小川の辺で誓った大切な約束。




「アリア。」

「シリウス様。」




彼女だ。

俺は彼女に真実の名を教え、未来を誓い、その証に青い石を渡した。

何故、俺は彼女を忘れていたのだろう。


「シリウス様?」


幼い頃に将来を誓った少女が今ここにいる。

この腕の中に。

愛しさが込み上げてきて、惹かれるままにその愛らしい唇に口づけた。


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