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王位継承

2話目です。

目指す島を中継する為の最後の港に降り立つ。


「王太子。この港を出たら3日後には魔の海域に入ります。」


魔の海域に入れば、荒れ狂う波と格闘しながらの航行となる。

数日ぶりの陸地に、同行する者たちの表情はホッとしているようだった。

食糧の補給と船員達の休養の為、明日の朝までの丸一日をこの港で過ごすことになる。


「お疲れでしょう。こちらのお部屋でお寛ぎ下さい。」


小さな港だが、王家所有の城がある事から、雇用状況も悪くはない、活気のある街だ。


「湯の用意もございます。いつでもお声をおかけ下さい。」


従者が部屋の外に消え、俺は一人、窓から月明かりに照らされた穏やかに波打つ海を見ていた。

次に船を降りるのは、魔女の住む島だ。

そこに辿り着くまでは、荒れ狂う海と戦う事になる。

他国の船を彷徨わせ、その海に沈めてきた魔の海域。

これまで、我が国の船が迷う事無く、航路を進む事が出来たのは大昔に魔女から授かった羅針盤のおかげ、いかなる荒波に揉まれても船が沈まないのは魔女の加護を受けているからだと聞く。

それでも海は荒れる。

荒れ狂う波と戦わずして前に進む事は出来ない。

それどころか、魔女の加護さえ失ってしまう可能性もある。

それは過去にあった事実だ。

今でこそ王太子という立場であるが、10年前の俺にはその資格はなかった。

俺の家系……レインフォード家が王位に就いたのは祖父の代からだ。

レインフォード家は王族としては末席にある家柄でしかなかった。

祖父も父も才のある人だったから、地位こそ低くはあったが、それなりに裕福ではあったけれど。

そのレインフォード家が王位につく事になり、祖父が王となった時の戴冠式を俺は幼い頃に見た。

祖父が魔女の住む島に出航する姿も。

そして父が王太子となり、その後継者が俺である事も諭された。

レインフォード家が前王家に代わって、王位を引き継ぐ事となったのは、ほんの十数年前の事なのだ。

前王家の王太子が慣例通りに島を目指したが、王太子が戻ってくる事はなかった。

魔女の怒りに触れたからだと囁かれ、誰もが恐れを抱き、届くかどうかも定かではない祈りを捧げ魔女に赦しを乞いた。

程なくして、現れたのは王位交代を示す魔女からの暗示。

姿は見えずとも魔女はそこにいて、この国を見ている。

下位の地位にある祖父の王位継承。

地位を越えた王の交代を反対する者はいなかった。

当時の王でさえも。


国中の誰もが認めた王家の交代。

それには、それを納得させる事態が国民の前で起きていたからだ。

前王家の王太子が船に乗り込むのを多くの民が見ていた。

女性を同伴させての航海に民は眉を顰ませ、魔女の怒りに触れないかと冷や汗を流していた。

女性を船に乗せたのが悪い訳ではない。

全ては彼の素行に起因する。

王太子は片手では余る程の恋人を抱えていた。

他国の王族が愛妾を抱えるのは当然の事であっても、俺の国では妻は妃はただ一人だけとされている。

魔女は王の不実を許さない。

王太子が王になる自覚を持てば気持ちを改めるだろう……そんな皆の期待を裏切り彼は海に出た。

その出港から一ヶ月を満たずして、幽霊船のよう漂う王太子が乗っていった船が漁師に発見された。

戻るには、まだ早い時期だった。

船には損傷はない。

疲れ果ててはいたが船員達は皆無事だった。

王太子とその情婦を除いては。

今、俺達がいるこの港までは何の問題もなく航海が出来たのだと聞いた。

しかし、魔の海域に入ってから事態は変わった。

海は荒れに荒れ、船の進路を塞いだ。

行く先を示す羅針盤も狂い、意味をなさなくなった。

様子を見に甲板に姿を現した王太子と情婦を待ち構えていたかのように大波が襲い、彼らを連れ去ってしまったらしい。

主を失った船は翌日には母国の沖を漂っていた。

半月以上かけて進んだ海を一日で戻るなんて有り得ない。

だが真実だ。

船員達が嘘をついている訳ではないない事もわかっている。

通常より時間をかけながらも、船は魔の海域に近づいていた。

消えた王太子が最後の目撃されたのもこの港だ。

とても一日で戻れる距離では無い。

誰もが魔女の仕業と疑わなかった。


”レインフォード家の現当主を王とせよ”


突然、脳裏に響いてきた若い女の声。

国中の誰もがその声なき声を認識した。

魔女でしかあり得なかった。


魔女は知っていたのだ。

王太子が旅の間でさえ、不実を行っていたことを。


魔女の怒りに恐れた前王家一族は退き、その地位をレインフォード家に譲り渡した。

普通の国であるならば、有り得ないだろう。

しかし、それだけ魔女の影響力は強かった。

この国を支配するのは王ではない。

海の向こう遠き島に住む姿なき魔女こそが、この国の支配者なのだ。


祖父は戴冠式を済ませ、数日後には海に出た。

歳の割に精悍な祖父であっても、楽な旅では無かったらしい。


その数年後には父が王太子として島を目指した。

その父が王となり、今度は俺が魔女の島へと向かう。


正直に言ってしまえば何が呪いなのか分からない。

祖父と父は口を揃えて『無くした大切なものを取り戻しに行くのだ』と言った。

帰ってきた後に、二人とも『お前にもいつか分かる。』と言った。


俺はいったい何を失ったのだろう。


『お前にも分かる。』


その根拠を二人は語ってはくれなかった。

この旅が終わったら、俺の中の何が変わる?

何を得る事が出来る?




真実はまだ、見えない。




”貴方の………はここにあるわ。”


声がした。

若い女の声だ。


”私のところへいらっしゃい。貴方の無くしたものを返してあげる。”


それは遠い海の向こうから聞こえる囁くような声。


”だから、今はゆっくりお休みなさい。”


海風に運ばれて届いた囁きは、とても優しくて、心を穏やかにさせた。


”待っているわ。”


その声に従うべく、開け放った窓に手を伸ばす。


「おやすみ。」


今なら俺の声も届くだろう。

それに応えるかのように、ふわりと甘い香りがして見た事もない美しい一輪の花が風に乗って窓から入ってきた。

まるで”おやすみ”と返してくれたかのようだ。

手を差し出すとゆっくりと手中に舞い降りた、小さく可愛らしい花。

こんな事ができるとすれば、噂に聞く魔女しかいない。

水差しからグラスに水を移し、魔女からの贈り物を活けた。




島に着くまで、美しいままでいてほしいと願う。

この花を魔女の島に還すその時まで。





またお付き合いくださいませ。

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