1、沙比とハムスターと霧隠れ Ⅵ
それから沙比はいろいろと試してみました。
タンスにしまってあった陶器のティーカップ、甲冑が持っていた長剣、羊の剥製。棚を丸ごと倒したこともあります。けれど、どれも駄目でした。ぶつける方もぶつけられる方も傷一つつきません。
傷に当てる布を探していくつかの服を破ろうとしたが、無駄でした。それで沙比が着ていた喪服用のドレスを裂いて、包帯にしました。
唯一、チェスの駒だけは違いました。
どの部屋にある駒でも、その素材がなんであっても、簡単に砕けたのです。
そして不思議なことに、どの駒も、どこか見覚えがあるような気がしました。沙比はこれほど大量のチェス盤どころか、そもそも実物さえ見るのは初めてのはずなのですけれど。
沙比はとりあえポケットに入るだけチェスの駒を入れ、重くてろくに振れそうもない剣と盾を持ち、他に館を出られる場所がないか探し始めました。
隠し通路や隠し部屋はいっぱいあったのですが、外につながる道はどこにもありませんでした。屋根に出られそうな場所もなく、抜け穴もなく、あと探していないのは一階から下だけでした。
地下はどうでしょう。
いかにも何かありそうだと沙比が目星をつけ、二階から降りる階段に足を置いた瞬間、気配がしました。
なるほど、現れる時に現れる、ね。
向こうが分かっているのかは定かではありません。
ただ確かに沙比は感じたのです。
沙比は忍び足で近くの部屋へ戻り、どこか隠れる場所を探しました。
いくつもタンスや棚がある中で、外の様子を覗えそうなものを選んで、引き出しを開けました。
それは沙比よりずっと背の高い古びた衣装ダンスでした。中身は元から空で、小さな穴が引き出しにいくつか開いていました。
相当大きなタンスだったのでしょう、一番下の段に横になると沙比の身体はすっぽり嵌まりました。剣と盾は入らなかったので、タンスの傍にそっと置いておきました。
できるだけ音を出さずに、一つ上の段の底に手の平を押しつけながら、引き出しを閉めていきました。
中はだいぶ湿気ています。おまけに真っ暗で何も見えません。どうやら一番下の段の小さな穴まで、天井で燃える灯りは届かないようです。
沙比はため息を一つ漏らすと、そのまま息を殺し続けました。