1、沙比とハムスターと霧隠れ Ⅱ
洋館の周りは真っ白な霧で覆われていて、何も見えませんでした。太陽が出ているわけでもないようです。にもかかわらず、一帯は昼間のように明るいのが、奇妙でした。
しかし、沙比がそれに気づくことはありませんでした。
「宮川沙比、キミはどうせこのまま生きていても苦しみの中ですぐに死ぬか、骨の抜けた皮のまま生き続けるかのどっちかでしょ。ね、そうでしょ?」
「……まあね」
なんでそんなことまで知っているのか、さっぱりわかりませんが、確かにそれは当たっているような気がするので、頷かないわけにはいきません。なんでも見通されているようで、いくぶん小鼻をふくらませる沙比でしたが。
「きっとキミはどちらも望まないでしょ。それなら、ゲームをしよう」
ハムスターは大きくなったせいか、小さくかわいらしいという雰囲気は欠片も残っていませんでした。黒玉よりも黒く深淵な瞳、揺らめく炎のような体の色、前歯は齧歯類より食肉類のそれに近い気がします。
「ゲーム?」
「そう、ゲーム」
沙比の膝くらいの背丈になっていたハムスターは、重々しい館の扉を暖簾でも押すようにいとも簡単に開けました。
沙比が押しても、ぴくりともしませんでした。
「さあ、こっちだよ。宮川沙比」
沙比は流石に少し不安を覚えました。
ハムスターはすでに館に入って、急かすように顎をしゃくっています。
扉が閉まったらどうしよう。沙比の力では開きそうもありません。
「なに? 不安なの? それなら先に教えるね。キミの為すべきことはただ一つ、この館から脱出すること、それだけ」
それはつまり、簡単には出られないということです。先に聞いて沙比の不安は増しました。
「なに? 戻るなら戻るで好きにしたら? ま、私はどっちでも構いやしないから」
言うだけ言うと、ハムスターはそのまま奥へと歩いて行ってしまいました。
確かにハムスターの言う通り、沙比にはこれ以上失って困るものはとくになかったのです。それにあの日常に戻ったところで、待っているのもまた、ハムスターの言う通りでした。やはりどうやら、何もかもお見通しのようです。
その事実にどうにも釈然としないものを感じながら、沙比は耳を澄まして恐る恐る館に足を踏み入れました。背後で急に扉が閉まるかもしれません。そう思って警戒していたのですが、物音一つしませんでした。
ほっとして振り向いてみると、扉はすでに閉まっていました。