序章
序章
「なんで私、こんなところにいるんだろ」
誰にも聞こえないように、押し殺した声で沙比は呟きました。
仮に聞こえたとしても、その相手はハムスターとチーターだけなのでしたが。その上、片方は沙比を食い殺すと脅してきましたし、もう片方は沙比がそこにいると知っているのかさえ分かりません。ここに入ってからいったいどれほどの時間が経ったものか、それもまるでわかりません。ええ、まったくひどい状況でした。
さきほどの言葉はつい、口をついて出たものでしたが、それは一週間前の、あの生活を急に思い出してしまったためでしょうか。あのどこにでもあるような、それでいて沙比がもう疲れ切っていたあの生活。あんな、落ち葉の枚数を数えるような日常でも、懐かしく感じたりするものでしょうか。
そこは暗闇でした。沙比よりもずうっと背の高い古びた衣装ダンスの、一番下の段、湿っぽい引き出しの中、そこに身を隠すように縮まっていました。いえ、正真正銘、隠れていたと言って差し支えないでしょう。
そこに潜む間中、ほんの少しも身を捩らすことさえ敵わず、時折、額のこぶや手の平の傷が思い出したようにうずきます。変化のない世界は、沙比の気を狂わそうとたえず暗闇のなかに潜み、機会を窺っているようでした。
沙比はひとり、息苦しさの中で、かつての生活と、小さな怪物ハムスターとのゲームを改めて天秤にかけました。
答えは、やはり出すまでもありませんでした。
さまざまな苦痛を一心に耐えながら、沙比は、そのまま息を殺し続けました。