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銀河アンドロメダの猫の夢  作者: 久里山不識
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ひまわり惑星

  プロローグ

 吾輩は部屋の中で目をさました。なんだか、長い夢を見た。窓の外にチューリップが咲いている。黄色と赤がそよ風に揺れている。目のまえの畳の上に「銀河アンドロメダの夢」という本が置いてある。そして、ハルリラよりというメモが置かれていた。ハルリラ。ぼんやり記憶をたどると、あの魔法の異界からやってきて、アンドロメダの銀河の中で、大きな経済的格差がなく、カント九条のある国のある惑星を探して旅している一刀流の達人ではなかったか。確かに、夢の中でそんな奴と長い旅をした。ヴァイオリンが得意で、時々詩も書く吟遊詩人のことも頭に浮かび、急になつかしくなり、その本を手にした。

なにしろ、メモには寅坊さん、あなたの夢を編集して、本にしておいたから、読んでくれと書いてある。

読み終わって、何か自分が見た夢の記憶と少しずれている。ハルリラの魔法もそのくらいのものだろうと思った。

一つ、肝心のことがぬけている。魔界のことが書かれていない。これは猫である吾輩の記憶にしっかり刻まれている。ハルリラは正義という言葉の好きな剣士だから、魔界を嫌っていた。だから、この夢の世界を描いた本には魔界のことをカットしてあるのだ、そう吾輩は納得した。しかし、吾輩の見たあの長大なアンドロメダの夢を忘れないうちに正確に書き加えておかないと、魔界のことは忘れ去られ、あの「銀河アンドロメダの夢」という本は未完成のものとなってしまう。

それは寂しい。


そこで、吾輩は日課としている銀閣寺の散歩から帰ってくると、主人の銀行員の書斎に閉じこもり、本を完成させることに決意した。

まずおさえておかねばならないことはハルリラの故郷である魔法の異界と魔界はまるで違うということだ。魔法の世界は吾輩の銀閣寺周辺に住んでいる人間と同じで、違うのは魔法を使うということだけだ。それに比べ、魔界は悪を好む人が住む所で、この娑婆世界に来ると、彼らは透明人間にもなれるし、生身の人間にもなれる。鳥になることもある。相手の普通の人間に悪をささやくことも出来る。ささやくだけでなく、相手の人間の心に入り、心の中で悪をつぶやくから、人は自分がそういう悪を自分が考えていると思うが、実際は魔界の連中のいたずらなのである。


猫である吾輩は自分の記憶をたどり、ハルリラがくれた本の中に、色々と自分の記憶を入れて、本物の自分の夢を残しておきたいという欲望にとりつかれ、書き込んで、完成したのがこの本「永遠平和を願う猫の夢」である。

 




  1 ひまわり惑星


 あたりは金色の優しい日差しがあふれ、ぽかぽかと温かで陽気がよく、桜が満開である。ふと気がつくと、吸う空気もおいしい。そう言えば何か夢を見ていた。教会の鐘の音が美しく、吾輩は猫であるのに、生意気にも黒い蝶ネクタイをして上から下まで立派な服装である。横にはオフィリアがいる。目がねをかけて、白い長い口髭をつけたウサギ族の牧師が結婚の誓いの言葉を読んでいる。吾輩はひどく満足していた。

「愛こそ、宇宙をささえ、夫婦をささえている。汝らもこの神の愛の前に、猫としての愛を誓え」

吾輩はオフィリアを見た。ういういしい洋風の白い結婚衣装の上に猫族のオフィリアの顔が喜びに輝いている。

何故、オフィリアなのか。そういえば、一昨日の夜、銀行員の主人と一緒にハムレットの映画を見たせいかもしれぬ。


それは吾輩の結婚式の夢だったが、吾輩はこんな楽しい夢をよく見る。この前は長いマゼラン銀河を旅した夢を見た。確か、あの時の最後はアンドロメダ銀河への旅ということで終わったと思う。本当にそんな夢を見たのだろうか。吾輩の性格が生来、呑気で、いつも朦朧とした気分でいるのが好きで、敏捷になるのはカワセミを見た時や他の猫を見たかネズミを見た時ぐらいなもので、楽しい夢ばかり見る。それだけが生きがいである。


この日も、京都の銀閣寺のそばの川の所で、目覚め、少し散策し良い陽射しの中でカワセミを見た。カワセミは好きな友達であるが、向こうでは、そう思っていないのかもしれないけれど、吾輩は好きだ。全体にブルーで、腹の方はみかん色がいい。

カワセミを見たあと、何故か、吾輩は吟遊詩人の面影を追っていた。

どこかに、内の銀行員の主人と似ているような気もするが、やはり、詩人は違う。もっと、ハンサムである。それに、声がいい。主人のは、動作から、がさつだが、詩人は優雅である。主人の顔は四角く、白いが、詩人は細面で、浅黒い。

主人の目は、大きく怒ったりするが、詩人はいつも微笑している。

その時、カワセミがないた。うっとりするような声で、吾輩は吟遊詩人の声に匹敵すると思って、詩人の名前を思い出そうとしたが、思い出せず、美しい陽射しの中で、眠くなった。


気がつくと、アンドロメダ銀河鉄道の中にいて、「ぼくだよ。詩人のカワギリ【川霧】だよ」という声が聞こえた。青磁色のジャケットを着た背の高い詩人が立って、後ろにいる和服姿の侍を「ハルリラ」と紹介した。

吾輩の座っている席は空いていたので、詩人は吾輩の前に座り、ハルリラは横に座った。アーモンド型の詩人の優しい目は、きらきら輝き、唇にはほのかな微笑が浮かんでいた。腰に日本刀をさしているハルリラは若々しいが、童顔を隠すかのように、いかめしい顔つきをしていた。

「ここは」と吾輩が聞いた。

「向日葵惑星が近づいてきたよ」と詩人のカワギリはうれしそうに笑った。


虚空のいのちにさざ波をたてるかのように鐘の音が鳴り響き、東の空から、太陽より少し大きい緑がかった赤い恒星が昇り、その横に銀色に光る星はダイヤのような宝石に見える。青みがかった空には、遠くを白い蒸気を吐き出してゆっくりと、逞しく走るSLが小さく見える。


我らがアンドロメダの惑星の駅から、その不思議な惑星の地上に降りていく動く雲のような長い坂を下りると、いつのまにアンドロメダの宮殿のような駅は金色の雲のなかに隠れた。

その惑星の町の朝が旅人を迎えるかのように、緑と花の多い街角が現われ、銀杏のような形の赤い花がひらりと落ちてきて、柔らかな陽射しが平地を光の絨毯のようにする。

東の赤い恒星の下を走るSLは玩具のような郷愁をかなで、あちこちに小鳥の声が響き、生命への賛歌が聞こえるようだ。


広場にある巨大な噴水が赤や緑や黄色の光を放ち、白い澄んだ水の美しさを浮かびあがらせる。ここは何という惑星なのか、吾輩は大空のある所から向日葵のように見えた惑星の姿を思い出した。

噴水のそばで、姿勢をきちんとして、ペンギン族の老人が何やら喋っている。

吟遊詩人の半分ぐらいの背丈なのに、灰色の顎ひげは大地にまで、届きそう。

頭の上はつるつると光っている。目は丸く小さく、足が気の毒なくらいひどく短いが、杖を持っている。民族衣装風の赤や黄色や緑そしてブルーが格子じまにまざりあったジャケットをはおっていた。

声はやわらかな歌うような響きのある小声で、なにやら重要なことを喋っているようだ。

「最近、わが惑星に異星人がきて、権力を手に入れようとしているようだ。特に、清流の坂瀬川の上流にある銅山に異星人の本拠地がおかれているときく。

新政府には、大砲をつくることを勧め、銅を買うように交渉している。

銅が我が国の発展に重要なことは、わしもみとめる。最近、馬車と一緒に走っている自動車というのに、この国では採掘の難しい鉄ではなく、豊富な銅を使っている。正確に言うと、銅とすずの合金である青銅が使われている。


エネルギーはガソリンだが、排気ガスがひどい。車の後ろから吐き出されるガスを吸うだけで、たいていの者は気分が悪くなる。それに、銅は下流に鉱毒を流しているというではないか。あゆが死ぬ、水をひいている田の稲が枯れるというではないか。

わしは予言する。この芸術を愛する麗しの我らの惑星も、このままいけば、空気と川は汚れ、道は騒音であふれ、景色は美観を失い、人と人の親しみは失われ、人々は神を見失う。いたる所にいる神々の方でも、そうした惑星には愛想をつかし、姿を隠す」


彼の肩には、九官鳥がいて、「異星人に気をつけろ、」と言い、老人は馬車に乗った。

「もし、異星人とは」と吾輩は思わず、かけより聞いた。

ペンギン族の老人は、吾輩をじろりと見て、「今だに鋭いつのを頭にはやしているサイ族だよ。普通は余計なものは退化するのだが、サイ族だけは違う。わしは、民族平等主義者だが、サイ族だけは、油断がならんと思っている。もっとも、魔界から来た連中だという情報もある。もしも魔界から来た連中とすれば、ことは厄介だ。何故なら、魔界の連中が何を考えているか、わしとても見当がつかないからな」

「魔法界とはそんな恐ろしい所ではないぞ。魔法界の多くは善なる意志が貫かれている」とハルリラが言った。

「魔法界ではない。魔界だ。魔界には悪魔メフィストが支配する悪の異界だ。魔法界と区別するために、毒界という場合もある」

「毒界。うん。それなら、知っている。あそこは悪いことばかり考えている連中が多い、良いことをしょうとする人を邪魔しようとすると親父から聞いた」

「そうだろう。しかし、あの異星人はやはりサイ族じゃよ」

「何で」

「わしの直観だ。それでも、気をつけた方がいい。確かな情報があるわけではないのでね」

老人が立ち去ると、ハルリラはいきなり、大刀をぬいて青空に向けた。

「わしの正義の剣が悪をほろぼす」と言って、しばらく日差しが長い銀色の刃に輝いているのを眺め、それからさやに納めた。

「向日葵の惑星も問題がありそうだな。ともかく、わしにとっても、初めての所だ。ここがわしの志と合う惑星だといいのだが、やはりペンギン族の長老が言ったことは気になる」とハルリラが言った。

「今の所は町は綺麗ですし、あの変な車も滅多に通らない。それでも、鉱毒というのは心配ですね。」と吟遊詩人が言った。

「坂瀬川といったな。そこへ行けば分かるだろう。その内、分かるさ」とハルリラは答えた。


しばらく行くと、両側に柳の巨木が立っている砂利道を三人で歩いていくと、城をつくり、この町の基礎をつくった人の銅像の立っている小さな広場に出た。そこに鹿族の若者が座っている。

鹿族のつのは退化しているし、サイ族のようなごつい顔立ちでなく、卵型のやさしい顔つきである。彼はよれよれのズボンに、着古した茶色のジャンバーをはおっていた。、

その広場から、二つの道が分かれていた。

右手には花壇の横に、石畳の道がずっと続いている。

左手は普通の砂利道である。

「どちらが城に行くのかい」とハルリラが聞いた。

鹿族の男は「もちろん。花壇の方さ」と指さした。

「もう一つは邪の道だよ」

「変わった名前だな」

「それはそうだ。行きつく先はサタンのいると言われている洞窟があるからな」

「サタンなんかいるわけないだろう」

「いるんだよ。邪の道を説くんだよ。愚かさを知る正道を忘れ、悪を好み、愛語のないレベルの極度に低い邪の道を説くサタンがその洞窟を出入りしているらしいが、その姿を見たものはないと言われる。ともかく、その洞窟から魔界に通じているという噂がある。いのちの深さを知ろうとしない産軍共同体の悪への誘惑と同じ道だ、その邪の道を説くサタンはいるのだよ」

「俺たちは城を目指しているのでね。そんなサタンに興味はないよ」

「それなら、その薔薇の花の咲く花壇のある道を行くことだよ。そちらには面白い人たちがたくさんいるからね」

「面白い」

「誠実な人。愛に満ちた人、少し意地悪な人もまじっているから気をつけな。しかし、多くは良い人たちで、心底から平和を願う人達が住んでいる」とその鹿族の若者は微笑した。


どこからともなく、吾輩の耳に聞こえた。

「旅が始まる 不思議な旅が

アンドロメダの街角は善があるのか悪があるのか

春のような日差しがわが心を天にのぼらす

鳥の声、青空にたなびく白い雲

地球とどこが違うというのか

けれども、どこからか魔法の笛が聞こえてくる

目の前に、巨大な美しい花が蜃気楼のようにたちのぼり、

何と、赤い唇がほほえんでいるではないか」

吾輩は砂利の道がちょっと気になって、双眼鏡を出し、サタンの道の向こうを見ると、女が立ってこちらを見ている。眼鼻だちの整った美人であるが。眼が緑でどこの民族か分からない。年は三十には届かない感じで、肌は白く、髪は金色に輝いていた。ハルリラが吾輩の様子を不審に思ったのか、双眼鏡を奪うように取り、自分で見て、「興味ない」と言った。ハルリラは吟遊詩人に双眼鏡を渡そうとすると、詩人は受け散らず「出発」だと言った。


      


2 プラタナスの街角

そこの町は楕円形の城壁に取り囲まれていた。十万人ほど住むというその旧市街に入る前にも、旧市街のあるその丘陵地帯に達するまでのより低い平地を我々は歩かねばならなかった。馬車はあるが、そこの田園と住宅と街角のいりまじる中を歩くのも良いと思ったし、並木道や花壇のある美しい道が整備されていたので、我々はずっと歩く方針だった。


花壇のある石畳の道をしばらく歩くと、小さな池のある所に出た。池には、鯉が泳いでいた。赤や黄色や黒いのや色々あって、空気は穏やかだった。そこからプラタナスの並木が続いている。

池のそばのベンチにタヌキ族の男が座っていた。目が大きく、その上に丸いメガネをかけて、丸顔である。温厚な青年だった。膝から下が細い美脚に見せるブルーのデニム風パンツをはき、長袖の緑のジャケットを着ていた。彼は我々を見ると、立ち上がった。

「あのプラタナスの並木は美しい」と彼は穏やかな調子で我々に言った。「それに、いたる所に、ベンチがあるし、地下水のあふれる水道がついているので、歩くのが楽しくなりますよ。

道に沿って、大きな川ではありませんが、清流が流れ、水車も見かける。これで電気を起こすのです。季節ごとに咲くこの土地ならではの花も沢山咲いていますからね、馬車でいくことも出来ますが、このアンドロメダ並木は健脚の人にはお勧めです。

城壁まではかなりありますけど、途中で一泊するホテルや宿屋もありますし、」

我々は礼を言って、プラタナス並木の道を歩いた。しばらく歩くと、ハルリラが「あのタヌキ族の青年の魂は色合いが明滅して、不安定ですね。青年期にはよくあることです。外見は普通でも、魂は進化しているわけですから、悩みごとがあれば、嵐にあった難破船のように揺れが激しくなり、色合いも変化するわけです」と言った。

「魂に色合いがあるのですか」と吾輩は驚いて、ハルリラを見た。

「あると言って良いのでは」とハルリラはにやりと笑った。

「七色のスペクトルのように、赤、緑、黄色、茶、白、黒とあるだけでなく、同じ赤でも咲き始めたカンナの赤のような綺麗な赤、薔薇のように魂を吸い込むような華麗な赤、よどんだ赤、輝いている緑、くすんだ緑」

「赤はカンナと薔薇だけなんですか。」

「そんなことはありませんよ。これは譬えですからね。私はたまたま好きなカンナと薔薇を思い浮かべただけで、紅葉の赤も綺麗でしょ。夕日の赤もあるし、色々あるから、色合いというのです。

色というよりは、綺麗に輝いている魂とか、どんよりしているとか、宝石のようだとか、花のようだとか、それはもう色々たとえでしか、魂というのは表現できないのですよ。やはり嫌なのは汚い色合いのもが混じっているのは困りますよね」

「そんなものが見えるのですか」

「見える時もある。見えない時もある」とハルリラは笑った。「外見で判断するのはやさしい。外見ではまず言葉ですな。あとは礼節のある態度があるかないか」

その時、カラスがかあかあ鳴いて、飛び立ち、ハルリラの目の前に何かを落とした。

「あのカラスは駄目だな」と言って、太刀を抜き、一瞬空を切ると、又、太刀を腰におさめた。

吾輩はカラスのことよりも、ハルリラの会話に少し、戸惑ったが興味も持った。

「私は綺麗な順に、魂をとりあえず百七十に分けていますよ。普通の人はだいたい百ぐらいのレベルを上下している。もちろん、同じ百でも、色合いは色々違いますよ。緑から、茶色、ブルーまで、あるのですよ。」

「そんな話は初めて聞いた」

「ただ、これも難しいことがある。魔界がいたずらに人の魂の中に入り、つぶやくことがあるのです。本人は自分がそういう悪いことを自分が思っていると。勘違いするのですが、実際は私の最も嫌う魔界の連中の独り言ということがある」

「悪魔のささやきというのは比喩としては聞くが、それにキリストも釈迦も悟りに入る寸前に悪魔の誘惑にあわれ、それをはねつけたという伝説も知っている。しかし、だからといって、そんな魔界を信じたことは一度もない」

「そうでしょうよ。私も魔法次元で学んだことですよ。ですから、宇宙インターネットで知ることの出来る地球の空海のような高尚な分け方ではありませんがね。我々の魔法次元でもこういう魂も分け方に反対する人も少数ですが、いましたけれど、この百七十の分け方が一般的なんです。噴水の所にいたあのタヌキ族の若者の魂は百三十から九十の間を揺れ動いています」

「まるで血圧みたいですね」

「血圧ね。いいかもしれませんね。ただ誤解してもらっては困るのは、血圧は血圧計ではかることが出来ますが、魂のレベルは器械ではかれないということです。原理的に目に見えない数字なのです。それに魂は百とか綺麗に線で切れるものではありません。ある種の厚みがあるのが普通です。愛と憎しみが恋人の中にあるなんて話はよく出てくるでしょう」

「なるほど」

「私が何故、こんなことを持ち出したかというと、あの青年は外見は高雅でしょう。まあ、魂レベル百三十以上はあると思われるのに、何かそうでないものでひどく不安定に見えたので、そういう推理をしているわけです。この惑星の人たちの最初の人物観察ですよ。だって、この惑星にどんな人達が住んでいるかで我々の旅の様子も変わってくるわけですからね」とハルリラは言った。

それに対して、吟遊詩人カワギリが厳しい表情で、反論した。

「私はそういう風にいのちを見るのは好きではない。いのちは数字で分けるなんて、とんでもない。

確かに、魂は明滅しているというのはたとえとしては面白い。あるようなないような存在ですし、消えたと思ったら、どこか別の所で、花を咲かせるということもあるのかもしれない。

綺麗に咲いたものはそうやって、移動する時にさらに輝いて移動する。

これもポエムとしては素晴らしい。

魂には確かに優れたのと、そうでないという差はあるかもしれないが、それは固定したものではないのですから」

「それはそうです。ですから、わしも血圧の数字に変動があるように魂にも変動があると言っている」とハルリラは笑った。

「いのちというのも、魂も数式であらわすべきでない。いや、数式が作る魔訶不思議な世界をさらに超越した不可思議なカミのようなものだ。魂は若々しく光のように輝いているのが良い。確かに、ハルリラさんの言うように、灰色の雲におおわれているとか、時に黒くなるとかなるのはまずい。ともかく、数式であらわすのは、魔法次元の文化ではないかな。」

「吟遊詩人といえども、わし等を侮辱するとは、ためになりませんぞ}

ハルリラは刀に手をかけた。

吟遊詩人は笑った。

「おぬしは仏性だぞ。それに気づかないで、まだ、刀なんかを振り回す愚か者か」

「私が刀に手をかけたのは冗談ですよ」ハルリラははっとしたような顔をして、「仏性とは、何だ。それは。初めて聞く」

「不生不滅のいのちとでもいうのかな。本来、言葉で言い表せない。人間と大自然そのものですよ。一個の明珠です」と吟遊詩人は古びた木のベンチに落ちていた赤い実を指さした。ベンチの背後に巨木があって、そこに沢山の赤い実がなっていた。「今、私とあの赤い実は分離していない。ですから、あの赤い実は仏性なのです。私のいのちなんです。つまり、赤い実の赤もその間の空間も小鳥のさえずりも皆、一個の明珠で、仏性なんですよ。いのちなんです。これは数式で現わされると、骨だけになってしまう」と吟遊詩人が言った。

「世界は数式であらわされるという考えもある」とハルリラは言った。

「そうではない。物質系だけみていれば、そう見える。しかし、ひとの大いなるいのちは数式ではあらわせない。いのちは仏性だから、不生不滅で、もっとしなやかな愛に満ちたものさ」

「魔法次元では、そういうことは教わらなかった。やはり旅はいいものだ。おぬしみたいな人間に出会えるからな」

珍しい議論を聞いて、吾輩は胸がときめくのを感じた。


並木道の外側の広い道路には、時々何かが走り去る音がする。

その内に馬車の他に、車のような大きな不格好な四角い物が灰色のガスをもくもく出して、走っているのをみかけて、ハルリラは言った。

「まずいな。あんな物が走っているとは」

確かに、馬のいない馬車のような乗り物が動いているので何だか奇妙である。

猫である吾輩の飼い主である京都の銀行員のスマートな自動車とは大違いである。

その車の窓から見えるのは、野球帽をかぶったウサギ族のおっさんが物凄く金持ちなのか、指にダイヤの指輪をして、首には宝石のいくつもついたネックレスをしている。

目は丸く、この世の極楽という顔をして鼻歌を歌いながら、運転している。

「神々がいるような美しい町もよほど対策をきちんとしないと、小悪魔の沢山住みつく嫌な町になってしまう。」とハルリラは言った。

「車もいずれ進化しますよ。はやく移動できて、いいじゃないですか」と吾輩が言った。吾輩は京都の主人が車を運転する時は、たいてい乗せてもらった。その快適さと速さに随分と感心した記憶を持っている。

「発達のしかたと、町のつくりかたによるよ。 地球でもうまくやっているところと、そうでないところの差はかなりある。

うまくいってない所は、空気が汚れて、息をするのも大変な町もあるという。それに、交通事故もね」

「日本を知っていますか。あすこはうまくいっていますよ」と吾輩は言った。

「それは、猫だから、そんなのんきなことを言っていられる」とハルリラは言った。

吾輩はハルリラだって、猫族のくせにと思った。ただ、彼の先祖は猫でも、ヤマネコかチーターに属しているのではないかと思うこともあった。やはり、彼の敏捷な身体の動きは普通の猫を上回るという気持ちから、そんな妄想を抱いたのかもしれない。アンドロメダ銀河では、多くの動物はヒト族に進化していると聞く。この惑星でどんな動物がヒト族になりどんな民族をつくりあげているのか、どんな風に生活しているのか、興味あるところである。

「地球という惑星には静けさ、澄んだ空気があるかね」とハルリラが聞いてきた。

「山や里山には、ありますよ」

「車はね、排気ガスを出す。それに、ここの惑星の車は青銅でできているから、鉱毒の問題も起きる。確かに、車は便利な乗り物になる。ただ、量が多すぎると、交通渋滞や事故、歩行者、特に子供は常に車を意識しないと道を歩けない。これは子供の精神の健康にも何らかの影響をおよぼす。わしは、ここの為政者にそれを進言する。今なら、まだ間に合う」

「最近は地球でも、歩行者天国の良さがみとめられてくるようになってきましたね。科学技術はプラス面とマイナス面がありますよ。便利というのがプラス面だとすると、核兵器などはやはり、廃止に持っていかねばならないマイナス面でしょう。私が銀河の旅に出たのも、広島に行って資料館を見てショックを受けたことにあるのです。アメリカ人の祖父があの太平洋戦争で何をやったか、聞かされてしまいましたからね。ショックでした」と吟遊詩人が言った。

吟遊詩人は日本人の母とフランス系アメリカ人の父の混血だったことを思い出した。

その時、例の青銅の車がプラタナスの並木の外側の道を通り過ぎた。

「そうさ。マイナス面。銅そのものは貨幣にもなる。便利なものだ。しかし、掘り出す時に、鉱毒をだす。困ったことに、この向日葵惑星のテラヤサ国では、鉱毒を出す大銅山を異星人が占拠しているというからな」とハルリラがぼやいた。


青空の下には、木造のビルが見える。高くはないが、三階、五階、時に十階ぐらいの木造のビルだ。多くがブルーや赤や緑や黄色の壁であるが、木目がはっきり分かるので、木造と分かる。低いビルはたいていバルコニーが付き出て、薔薇などの華やかな花のある花壇が見える。そうした家並みの向こうに、緑の丘陵地帯が見える。茶畑や野菜畑が広がっているようだ。その上が城壁に囲まれた町だ。

突然、吟遊詩人カワギリ【川霧】がヴァイオリンを奏で、微笑してベンチに座った。

彼は歌いだした。

 ああ、波うつ丘も畑も緑に包まれて

 青い空に緑のじゅうたんの町は 今 我らの歩く道

 さあれ、城壁の向こうには 君待つという声あり

 人生は一瞬、薔薇の花のように、

城壁の門が美しく開くと良いが

ああ、神々の愛の哄笑が聞こえてくる

  


3 高邁な志


吾輩と吟遊詩人とハルリラが郵便局とパン屋のある所まで来ると、そこは薔薇の花に囲まれた小さな広場になり、三つの方向に石畳の路地が広がり、路地の周囲は赤や黄色や青や緑の壁と色とりどりの家が並んでいた。


さらに、並木道を歩くと、美術館ともホテルともとれるような建物の前に、地下街への入り口があった。その入り口の所に、レストランやカフェがいくつかあるという看板が立っていた。そこに二人の若い女と中年の女が並んで立っていて、どこの店が一番うまいか、どんな風にうまいかなどいう会話をしていた。

それが歌うように会話するのだから、面白い。

中年の女が「ここの蕎麦屋はうまいよ。のどにするすると入る時のうまさは極楽。そばは天下一品だよ」と言う。

その歌うような声に答えるような顔をして、若い女が言った。

「わたしの所のカレーはインドにも負けない」

「そば屋に並ぶのは中華。ラーメンは胃の中に入ったら、胃がウマ―イと言うほど」

「何。何。カレーと並ぶのはすしだな。ここのすしは海を泳ぐまぐろが目に浮かぶほど、新鮮。口の中にとろけるように入るのは最高」

こんな風に二人は歌うように会話して、宣伝しているのだ。



我々は腹が空いていたので、赤い葉の樹木に取りかまれた建物のことも気になったが、ともかくめしだということで、地下街に降りて行った。そして、おしゃれなレストランを選び、中に入り、テーブルの前に腰かけた。

みな、それぞれ、自分の好きな食品を選んだ。吾輩の前に出たのは、柿に似た赤い果物と、ほうれん草に似た野菜のいためものと、魚はさんまのようなもので京都の秋の味覚のさんまを思い出した。ごはんには栗が入っていて、この味はカボチャに似ているような気がしたが、地球では食べたことのないという感触もあった。

吾輩の好きな果物は主食の合間にも少しずつ口に入れた。

味は地球で食べたりんごとも言えない、柿とも言えない、しかし両方に似ているような甘いかりりとするものだった。

ハルリラが注文したのは カレーだが、吾輩のイメージするのとは違って、色は緑色がかっていて、中には小魚が入っているみたいだった。

詩人はスープの中に野菜や魚が料理されているものを食べていた。


食べていると、耳の長いウサギ族の女の子が盆を持って、出てきて、それを落としてしまった。コップがいくつも載っていたから、かなりの音がして、ガラスが飛び散った。

一つ、かけらがハルリラの足元にも飛び散った。

その時の音が吾輩の耳に京都の銀行員の主人のよく聞いていたオペラ「セビリアの理髪師」のある場面を思い起こさせ、その舞台よりもオペラ全体の不思議な音色が耳に響いた感じだった。

オペラの中の女の「ああ、何の音でしょう」という声。男の皿八枚に、カップ八枚われてしまったというイタリア語の声を吾輩は思い出した。

そして、何故か、映像に映った指揮者の外観の面影が吾輩の頭にちらりと浮かび、目の前にいる吟遊詩人と似ているような気がしたのだった。


白いブラウスと紺のガウチョパンツ姿の女の子はあわてて、目の前のガラスを拾ってから、周囲に散らばったのも拾っていた。

その時、ハルリラは不思議なことをした。

一種の呪文を唱えると、飛び散ったガラスがみんな元にもどり、完全に回復して、盆の上に元のガラスのコップが並んだ。女の子は驚いたような顔をしていた。



「不思議だ」

「うん。でも、完全ではありませんよ。割れたひびが模様になって残ってしまっている」

我々は見せてもらう。

不思議だ。確かに ガラスのコップはひびが入っていて模様のようになっているが、元のコップになっている。

「使えるの」

「使えますけど、長持ちはしませんね。しばらく使ったら、廃棄した方がいいと思いますよ」

「それにしても不思議だ」

「何をしたのですか」

「魔法ですよ」



プランターに植えられた観葉植物の緑の葉がさわさわと揺れ動いていた。

「風もないのに」と吾輩は葉を指さした。

「わしの魔法ですよ。ハハハ」

「どうしてそんなことが出来るのですか」

「僕は魔法次元から来た男ですから。でも、これ、他の人に言わないでください。銀河鉄道のお客さん、特に地球から来た方へのプレゼントで言っているのです。一般的には喋らないんです」

「秘密。何故ですか」

「紳士道です。礼節が大切なのです」

「礼節ですね。確かにね。でも、この惑星ではまだ旅の始まりですからね」

うさぎ族の女の子は茶色のキュロットをはき、白いニットを着ていた。顔はリンゴのような赤さと白がまざりあって、目は大きかった。

「ガラスが我々のテーブルの下まで飛んできたのですよ。」とハルリラは言って、テーブルの下にもぐり、ガラスのかけらを見せた。

「これだけのかけらがこちらに飛んできて、さらに嫌な音をたてているのに、『すみません』も言わない。他に客がいないのにですよ」

「忙しくてうっかりしていたとか。もしかしたら、ハルリラさんの魔法に驚いたからでしょう」


「確かにね。もしかしたら、あの女の子は素晴らしい子なのに、毒界【魔界】の連中のいたずらなのかもしれませんな。そういうことも大いにありうる。」

「魔界の連中は姿が見えないのですか」

「わしのような正義をめざす剣士の邪魔をするのが好きな連中。わしの魔法レベルがまだ三段ですからね。メフィストの子分は透明人間で姿が見えないことの方が多いです」

「それでは魂が綺麗とかそうでないとかいうハルリラさんの錯覚ということですな」と吾輩は皮肉をこめて言った。

「いや、わが魔法界ではそういう判定法がはやっているのですよ。特にアンドロメダの惑星の旅に出た時はね。魂の色合いには、固定的なものはないけれど、常時輝いていて美しい人と、常時よどんでいる人とかあると思いますよ。美しい人も怒ると曇る。よどんでいる人も親切にしたり、微笑したりすると輝く」

「ふうん、面白い理屈だね」

「これは宇宙インターネットによると、地球では空海なんか魂が異生羝羊心という善悪をわきまえない迷いの心と動物的な所から、真理のあることを知り人に親切にするようになる愚童持斎住心という第二段階へとのぼり、さらに学び、階段を昇っていくように魂をみがき、浮揚していくとやがて自我に実体がないという第四段階になり、そうやって階段をのぼっていくと、最高の悟りの秘密荘厳心に至るという話が書いてあったけれども、これと符合するのではないかな」


ハルリラはそう言って、美しい微笑をした。


城の周囲の町に入った途端の偶然のハプニングに、なんとなく変な気持ちを味わいながらも、外に出た。


並木道の道々、ハルリラは自分の志を話した。これは銀河鉄道の中でも、聞いた話だが、この道の話には彼の情熱がこもっていた。

平和な国づくりだった。銃も大砲も戦車もない国が理想だった。何故か、刀だけはいいようで、サムライ精神の重要性を言った。

そして、革命によって時代が変わり、新政府が憲法をつくっているが、それは良いことで、その中に平和の宣言とカント九条を入れるべきだと主張した。

「カント九条とは」と質問されると、ハルリラは目を輝かして説明した。アンドロメダ宇宙インターネットによると、多少の誤差のある情報ではあるが、天の川と言われている銀河系宇宙に、ある惑星があって、カントという偉人が出て、永遠平和の惑星をつくるべきだとして平和の提言をしている。噂によると、そのいくつもの提言の中の九条がまるでモーゼの十戒のような美しい響きを持っているという。なにしろ、戦争を否定し、武力による威嚇、又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄すると書いてあるそうだ。これを俗にカント九条という。

宇宙でもハルリラの知る限り珍しい考えである。ハルリラの希望は これを向日葵惑星のテラヤサ国の新政府にのませることだという。


それから、格差のない社会だった。ワーキングプアのない社会だった。価値観が金銭や競争にあるのでなく、いのちの美しさにある社会だった。エネルギーは自然エネルギーを応用するのを夢見た。水素エネルギーと太陽エネルギーが理想だった。神々が感じられる町。神々が小川にいる、道端にいる町、そんな国がアンドロメダ銀河にあったら、そこで仕官し、結婚相手を見つけ、家族をつくり、その惑星の発展に貢献して、またいずれ、魔法次元に返る気持ちだった。それがハルリラに託された使命だと思っていた。



「カント九条は素晴らしい話だ。私はそれに福音を伝えたい。」と吟遊詩人カワギリが言った。

「福音とは」

「人間や宇宙の色々なことを考察していくと、空しいと思うことが多い。最終的に人は死にますしね。でも、人生には真実のものがある。」

「それは何ですか」

「そうですね。そこの薔薇の花を見なさい。自分がこちらにいて、客観的に薔薇があると見るのでなく、自分が薔薇になったと思うまで、じっと見ることですよ。そうすれば、本物の薔薇のいのちが見えるかもしれません。

それは一人一人が見つけるものです。

私が言えるのは永遠に確固とした価値のあるもの、それは不生不滅のいのちと言っても良いのでしょうけど、そういう風に言うだけなら、簡単なんですけど、それは物凄く奥が深く、理性がとらえられる範囲を超えているという意味で、人生そのものの航路の中で見つけるものでしょう。

私が言えるのはそういう素晴らしいいのちの実在があるということだけです。それは愛に満ちているのだと思います。それをこの目でしっかり確認したいために、私はアンドロメダの旅に出たのです」

「いい詩が生まれるといいですね」

「そうです。優れた芸術の多くはこの福音を表現したものだと思っています」

「では、セルビアの理髪師もそうですか」


吾輩は京都の銀行員の主人がこのオペラが好きで年中聞いていたことをあのコップの割れる音で思い出したからだ。

「セビリアの理髪師」と吟遊詩人はつぶやいた。

「理髪師って、何でもできるというか、何でもやなんです。彼が出入りしている金持ちは姪の両親の死のあとの遺産と彼女との結婚を狙っていた所、若い伯爵がこの姪に恋をする。しかし、伯爵は伯爵というブランドのない生の自分をこの女性が愛してくれるかという不安があったのか、彼女の誠実な人柄を知りたくて、貧乏な男に変身し、求愛して成功するという物語だったね。

こんなどこにでもあるような喜劇の中に神秘な音色が流れる。これはたとえ音楽がなくても、我々の生きるという生活の中に既にある神秘ないのちが目にも見えず耳にも聞こえない音色が響いているということかもしれないね。それを音楽でプッチーニが表現したものではないのかね」

「平凡な生活の中に、既に永遠の神秘ないのちが流れているというわけですね」

「そう」と言って、吟遊詩人は笑った。

     

           



4 異星人


並木道をさらに進むと、面白いベンチが見つかった。屋根のあるベンチである。

後ろに、立派なトイレがある。

そのベンチで鹿族の中年の男とうさぎ族の若い男は絵をかいている。

我々は興味を持って声をかけた。

中年の男は自分の家を持っているらしいが、若い男はホームレスだという。

話によると、若い男の方が絵ははるかにうまいというのだが、我々もそんな気がした。向こうに見える低い山を描いているのだが、どこかセザンヌを二人ともまねしているのかと思うほど、似ているような気がしたのは吾輩の目の錯覚か。

このあたりの伯爵は芸術、特に絵を好み、白壁に囲まれた町の中央の城のそばに美術館を置いている。時々、展覧会を開催し、入選した者には年金が支払われ、中でも優秀なものには名誉博士を与え、住宅などの生活が保障されるということだ。全国から集まる若者には、金のないものも多く、ホームレスも沢山になり、そういう者のためにも、ベンチには屋根がつけられ、万一のためにも、泊まれるようにしてある。(勿論、屋根のないベンチもたくさんあるが )   この国は大変温暖な気候なので、ホームレスが生きるのに困ることがないように、政治も自然もそうなっているという話だった。

中年の男は言った。

「わしは日曜画家になりさがったが、この男は才能がある」と若い男を指さした。うさぎ族の男は髭もそり、耳の長い所でやっとうさぎ族と分かるほど、顔が整い、服も小奇麗なブルーのトレーナーを着て、全体に清潔な印象を受けたので、我々は、ホームレスと聞いても信じられなかった。

我々は若者に数日分の食事代になるようにと、この国の通貨を渡したら、これまで書いた数枚の絵を見せてくれた。


その時、空で例の魔ドりがルリ、ルリリと鳴いた。皆、空を見上げた。樹木の指に数羽の魔ドリがいる。

「嫌な鳥が来たな」とハルリラが言った。

「そうですか。」と中年の男は「どうだい」と若い男の意見を聞いた。

「魔ドりは絵をかくには悪い時もあるけど、いい時もあるのですよ。何かインスピレーショーンみたいなものがわあーと吹き出すようになって、筆が動くのです。


我々は絵をかいている二人と別れて、さらに歩いた。歩いている最中も、今のホームレス画家やゴッホなどの印象派の画家の話に花を咲かせた。

「魔界も物語に必要な時があるということかな」とハルリラは言った。


ゴッホの話は三人に人気があった。

「それだけの才能があっても、生きている間、認められない。信じられませんな」とハルリラが言った。

「それはきっと以前の絵の形式がいいという思い込みがあるからでしょ。新鮮なイメージで絵が創造されると、以前の形式しか知らない人には理解できないということはあります。こういう狭い視野で批判しようとする人はいつの時代にもいるものですよ」と吾輩は京都の主人のよく言っていた理屈を思い出し、同じようなことを言った。


「ゴッホは気の毒でしたな。この国のような画家を優遇する制度があって、御覧なさい」とハルリラはゴッホに盛んに同情した。

「ゴッホは物自体を見ようとして、それを書きたいと思った。それが彼の苦悩の一つであったのかも」と詩人、川霧は言った。

「物自体とは」

「物自体とは。例えばそこにある花そのもの、樹木そのものということです。それなら簡単で、分かりやすいかな。それとも、まだ分かりにくいかな」

「確かに花そのものを描く、誰でもやっていること」


「でもね。キリストは野の百合の花は ソロモンの栄華より美しいと言った。その百合の花は、普通に我々が言う百合そのものとは違う。

真理【真如】の世界での百合の花なんですよ。

我々人間は物を見る時、脳の枠をつくり、それで見ている百合ですから、真理の世界の百合ではない、禅では主客未分の世界と言いますが、そうして見られた百合はソロモン王がつくった宮殿やその中のあらゆる豪華で華やかなものよりも百合一輪の方が美しいと言ったのです。」

「ゴッホの描いた椅子はそういう真理【真如】の世界の中での椅子なんですか」

「ゴッホがそれをめざしていたかどうかは分かりませんが、どちらにしても

椅子そのものを描こうとしたのでしょうが、彼の天才をもってしても、描ききれなかったのではないですか。それほど、真如の世界に入るということはむずかしいということでしょうね。昔の偉い僧は修行でそれが出来たということでしょう」


その時、大きさと形がカラスに似た茶色の鳥が吟遊詩人の肩に何かの液体のようなものを落とした。すると、不思議や、詩人の服が囚人服に変わってしまったのだ。

小さな穴がいくつもある太い黒い横縞の入った薄汚い黄色い服だ。

「魔ドリのいたずらだ。それにしてもひどい。着替えはないし」とハルリラが言った。吟遊詩人はそれほど困った顔をしていない。「魔界というのはあるようだね」

我々は詩人の言葉に呑気さを感じ、感心したが、しばらくその並木道の所で立ち止まり、ああでもないこうでもないと話していた。

「どうしたんですか」と言う女の声があった。吾輩は驚いて、彼女を見ると、見覚えがある。邪の道を双眼鏡で見た時にブルーの服を着た若い女がいたが、その女ではないか。

「あら、あなた。川霧さん。囚人服なんて着て町を歩くと、皆から、変な目で見られますよ。この国は囚人には厳しい国ですから」と女は緑の目を光らせて言った。

彼女はいきなりポケットから、横笛を出し、不思議な音色の曲を流した。

不思議や、詩人、川霧の囚人服は消えて、元の美しい青磁色のジャケットになっていた。

「あたし、知路と申しますの。よろしくね」

我々があっけにとられて、いると、彼女は、そばにあった自転車に乗って、さっと消えてしまった。

我々はまた彼女のことをああでもないこうでもないと噂ばなしをして、歩きつづけた。ハルリラの結論では、あの女は川霧が好きなのかもしれないが、気を付けた方がいいという話だった。


やがて、土蔵や焦げ茶色の家が並ぶ所に、高い時計台があり、その横に案内所があった。そこを我々は中に入った。

案内所の中の壁に、大きな看板がかかっていた。


【異星人  よりの布告

価値観を変える株田真珠党に早急に入ることを歓迎する。 】


「あの看板は何だ」とハルリラが聞いた。

出てきた初老の鹿族と思われる背の高い男が説明した。

「つまりですね。株を配当して、金を集め、あの銅山を株式会社にしようとしているわけなんでしょ、株主には会社がもうかれば配当が配られるという風ですよ」


「ふうむ。会社組織というのは既にあるというのは知っている。町のあちこちの看板に、会社の名前のついているのを見た。

しかし、株式会社というのは面白いアイデアではないか」とハルリラは言った。

「地球では、大変さかんですよ」と吾輩は言った。猫であった吾輩の主人の京都の銀行員の父親は株で億の単位で儲けて、京都の郊外に豪邸をかまえていると聞いたことがある。

「株式会社と言えば、我がテラヤサ国ではまだだが、隣のユーカリ国では、もう採用している」と初老の鹿族の男が言った。

「それを異星人が広めたというのかな」とハルリラが聞いた。

「そうですよ。そういうのって、異星人が広めたのですよ。でもね、わが国は伯爵さまがおられるから」

「伯爵さまはそういうの、嫌いと思っているのかね」とハルリラが言った。

「さあ、好きではないでしょう。我々庶民の多くはそう思っていますよ。伯爵さまは神々のいる町を理想としていらっしゃるから」

「神々のいる町とは」

「うわさでは、清流に木の水車を置き、町の家々に電気を送るというような自然そのものを大切にした町づくりだそうだ」

「水車で電気をつくる。いいね。株式会社そのものも面白いアイデアだと思う。その会社が有望だと思って、お金を投資し、伸びれば自分も配当をもらえる。経営者は工場をつくったり、機械をつくったりして、会社を大きくするには、資金が必要だ。そういう金は株主から集められる。中々、合理的ではないのかね」とハルリラは言った。


「会社というのは生き物なんですよ。恐竜みたいになってくると、貪欲になる。こうやって、よその国の惑星にまで入ってきて、鉱山や工場では、よその惑星だからと言って、遠慮もなく、労働者をこき使う」と初老の鹿族の男は話し、さらに続けた。「安い賃金で長時間、働かす。

住宅はひどい所に住まわし、安くこき使う。もう随分と死者が出ているんですよ。

パワハラなんて日常的にありますし、過労死も、沢山あります。病気になるものもあとをたちません。新政府は異星人に何も言えない。なさけないですね。

株式会社は放っておくと、そうやって労働者を人間として扱わない。その方が会社の利益になりますからね。

そうやって、会社は大きくなり、儲けることを背後の株主も喜び、ギャンブラーのような心境になってしまうのですよ。株主もそうやって儲かるわけですから。

異星人がわがテラヤサ国に入ってきて、現にそういうことが、起きているわけです」

「確かに、過度の競争が株式会社を利益第一主義に追い立てることはあるし、それは良くないことだ。しかし、会社は働く人達のためにあるというもともとこのテラヤサ国にあった会社の理念をそのまま引き継げば、そんな心配は法律で規制すればいい」

「しかし、カジノと株式会社をセットして、異星人はわが国に輸出しようとしている。

異星人はカジノを貴族がやっていた歴史があるが、わが国はそんなことを許さないアニミズムの伝統がある。

わが国には邪の道と言われている所がいくつもあるが、議論の的になっている森林地帯がある。

そこは熊族の祖先、熊と言う野獣の住処になっていることもあり、誰もよりつかない。熊の神様が、我々人間が入ることを禁止しているという信仰がある。

それを異星人は新政府に圧力をかけて、森林と熊を殺し、カジノをつくれと言っているのですよ。」

「それは魔界のメフィストのささやきのようにも聞こえる」とハルリラが言った。

「魔界? そこまでは考えていませんが、異星人の考えている株式会社と、あなたの考えている理想的なスタイルの株式会社とでは相当な違いがあるということですよ」

「お宅は中々の見識を持っているな」とハルリラは言った。

「私はスピノザ協会の会員なんです」

「ほお。スピノザ主義。わたしのもろもろの事物の中に、宇宙の真実が表現されているという信条と似ていて、大変面白い」と詩人、川霧が言った。

「スピノザ主義は拝金主義を嫌う。大自然の中に神を見るのですから。素晴らしい。その神の愛の意思の流れが我々人間になり、社会になっているのですから、我々はこの自然の法則の中で、社会の仕組みを考える必要があるのですよ。一体、熊の住む森林地帯に通じる道を我々は邪の道だなどと断定している。【確かにこの国にはいくつも邪の道といわれる所があり、本物の魔界【毒界】へ通じる道もあるかもしれないが、この森林地帯は違う 】

近代化路線が自然の法則にのっとって進化するためには、大自然にひそむ神の意思をくみとらねばならない。カジノなんてとんでもない。大森林も熊も一緒になって、我が国の発展を見守ってくれるような近代化が望ましいとは思いませんか。」


吾輩にスピノザ主義の詩句が耳に響いた。 

「かぐわしい草花があたりに緑のじゅうたんとなる頃、美しい蝶が舞う。そして、樹木の上には梅の花から、桜の花へと、満開を楽しむと、それはやがてひらひらと地上に降り、土色の大地は雪が降ったように、白くなる。その白さの中に春のいのちのピンクが見えるのは何という美しさだ。スピノザの神はこのピンクのようなものだ」


美しい蝶は今、どこ

美しい鳥は今、どこ

ここはまだ平凡な並木道

雲は悠然と動いているが

川の向こうに城の壁が見え、そこに緑の樹木と果物が見える

ああ、その森と湖と町が混在した神秘な町に早く行きたいものだ

日暮れも近い

並木道に日差しにまぎれて夕べの香気がしのびよる

何故か、心は憂愁にひたる

ああ、ワインがあれば。




5 異星人の文化


我々は話に夢中になり、「魂の出張所」の中にいることを忘れていたようだ。

それほど、その初老の男の語り口は音楽のようで、表情も魅力に富んでいた。

風景画が天井一杯に描かれていた。並木道、川、そうした風景を取り囲むような低い山、そして真ん中に城壁に囲まれた町の中の御伽の国のような湖と城と樹木。つまり、このあたりの風景そのものが正確に描かれているようだった。

我々は話に夢中になりながらも、その天井をちらりと見ていたのだと思う。

それで、スピノザ主義の詩句が響いてきたのだと、吾輩は解釈した。

我々は男に勧められるままに、テーブルの前の椅子に座り、グラスにそそがれたワインを見た。

ワインがあればと思ったら、目の前にワインが出てきたという不思議な気持ちをハルリラに言った。

「わしはそんな魔法は使っとらんぞ。こちらの方の接待じゃ、飲むがいい。わしは飲まん。アルコールを入れると、魔法の力が落ちるという学説が、最近有力になってきたのでな」

初老の男は微笑して、吾輩と吟遊詩人にワインを勧めた。

赤いワインは上質で、吾輩は少し飲んでみたが、陶然とした気分になった。


我々はそのスピノザ主義に傾倒する初老の鹿族の男の弁舌に興味を持ったが、男の後ろから中年のリス族の女が出てきた。(少数だがリス族もいるとは聞いていた。) 男の魅力的な発言とは裏腹に、そのリス族の女は何か陰うつな感じを我々に与えた。初老の男は用事があると言って、隣の部屋に移った。

リス族の女はやや小太りで、さらに美しい顔立ちをしているようにも思えたが、一方で納豆のような目をしていて、暗いねばねばした気を身体全体から発酵させていた。さらに奥の方の椅子に座って事務をしている若い女がいる。


「案内してくれないか」とハルリラが少しどもった。ハルリラがどもるということは滅多になさそうに思えるので、心の中に何か嵐のようなものが吹いたのかもしれない。それが何であるのか、考える間もなく、リス族の女は質問した。

「旅館ですか、ホテルですか」

ハルリラは「士官したいのだが」と答えた。

「士官って、お城にですか。」

「当たり前でしょ」とハルリラは答えた。


ハルリラは相変わらず、いつの間に百合の花を持っていた。

「花を見詰める。わしの心を無心にするためさ。わしの魔法は無心の時に、一番よく働く。同時に、この花はわしの魔法で長持ちする。今・ここの百合の美しさを見ることに没頭する。わしの神経は無心の時に一番働く。魔法の感受性もよく働く。そうすると、この『魂の出張所』の雰囲気も隅から隅までよく分かる」

吾輩の耳元でハルリラはそうささやいたので、吾輩は微笑した。


「そちらの方もですか」と女が聞いてきた。

吾輩と吟遊詩人は顔を見合わせた。

「いや、そちらの方はアンドロメダ鉄道で来た旅人ですよ」とハルリラが答えた。

「アンドロメダ鉄道」と女は驚いたような顔をして目を大きくした。


「それで、あなたは剣道何段くらいの腕前をお持ちなのですか」

「三段だけど、それはそういう資格を取ったということだけで、実際の実力は相当のものよ」

「でも、あんまり、強そうに見えませんけど」

「俺が猫族だから、そんなことを言うのだな。猫族はたいてい優しい顔をしている。あんたはオラウータン族のようだな。

人を顔で判断するものではない。拙者を侮辱するとただではすみませんよ。本当を言うと、俺は剣の達人なのじゃ」とハルリラは言って、腰の刀に手をかけた。

「乱暴は駄目ですよ。それに、あたしリス族ですから」と女はにらむようにハルリラを見ると、「今、電話機で聞いてあげますから、待って下さい」と言った。


地球から見ると、かなり古い感じがして大正時代の頃のような電話だった。受話器を手に持って耳にあて、送話器に向かって話しかけていた。

長い事、連絡しあっていた女は電話を終えてから、地図を見せて、赤い丸印がついた所を指さして、「この旅館に行って、待機して下さい」と言った。

「何日ぐらい待機するのだ」とハルリラが聞いた。

「さあ、それは分かりません」


我々が『魂の出張所』を出ようとする時、もう一人の鹿族の女がこちらを向いてにっこり笑い「気をつけていってらっしゃい」と言った。

目が宝石のように輝き、美しい笑顔で、まるで観音菩薩のようだった。


「同じ『魂の出張所』に、魂の色合いが違う女性が二人いた」とハルリラは言った。

「魂の色合いの差。そんなものを僕も感じた。ハルリラさんに少し感化されたのかな。」と吾輩は言った。

ハルリラは笑った。

「わし等、魔法次元のものは、空海の考えを発展させて、ヒトには魂のレベルがあるということは前にも言ったことだが。

それはともかく、同じ『魂の出張所』に魂の色合いの美しいものと、曇っているものがいる。」

「確かに、同じ『魂の出張所』に顔立ちは綺麗だが納豆のような目をしたリス族の女と観音菩薩のような女が勤めていた」と、吾輩は言った。

「おそらく、わしの直観では、あのリス族のような女は異星人の可能性がある。異星人はもうあちこちにスパイを放っている。彼らは変身の術を持っている。この惑星では鹿族やウサギ族あるいはリス族にまぎれこむ。

オラウータン族と、わしは少し茶化したが本当はサイ族の可能性がある。彼女は銅山の本局に情報を提供しているのかもしれない。これで、我々のような旅人がこの向日葵惑星にいることが本局に知られる。我々が彼らにとって利益になる人物か害になる人物か徹底的に調べられるだろう」

「僕と吟遊詩人はただの旅人ですよ。ハルリラさんは士官という目的があるから、異星人に目をつけられるかな」と吾輩は言った。

「わしはこのテラヤサ国がいい国になることを願っているだけさ。異星人はよその惑星をコントロールしようというのだから、そして、金とダイヤを儲けようというのだから、吾輩はもしかしたらにらまれるかもしれないな」とハルリラは笑った。


「異星人はみんな、あんな魂の色合いをなしているのですか」、

「魔法次元の秘密の教科書には、同じ人間でも、一日の内に極端な例では五十から百五十まで、経験するという。普通のアンドロメダのヒトの例では、百ぐらいの所をうろうろしているのだろう。異星人はよからぬ目的を持って、よその惑星に来てやっていることを考えると、魂の色合いが美しくなるのは無理だろう。

あの納豆のような目をしたリス族の女は八十か七十ということだろう。」

「血圧なら、貧血で、倒れてしまいますね。しかし魔界のささやきがあったのかもしれない。中々こういう問題はむずかしい」

「そうよ。そうなれば、魂の色合いの曇った連中は自分の魂が曇ったことに気がつく。曇ったまま、気がつかないというのは不幸なことさ。


百七十の高貴な魂のなかにも、三十の地獄のものが混じるとかいう話は聞いたことがある。二十の地獄の魂のなかにも、高貴な百七十のものがまじるとかいうのも聞いたことがある。」

「それは魔法で分かるのですか」

「魔法でわかる場合もあるし、言葉で分かる場合もある」

「言葉で」

「言葉をぞんざいに扱ってはならぬ。言葉で魂の色合いが分かる場合があるのだ」

「言葉は神なりきともいいますからね。それに、魂は進化するものではありませんか。魂はみがき、学習することにより、進化するのだと思います」と吟遊詩人が言った。

「なるほど、それは面白い。魂は生きものだから、流動的なのでしょう。」


再び、並木道をしばらく歩き、豪華な喫茶店のような所に来た。


我々はのどが渇いていたし、疲れていたという気持ちで、中に入った。入り口にいた女中は刀をあずかりますと言った。

武士の魂を預けるのは伯爵【殿様】に会う時ぐらいだと思っていたハルリラは「これはわしの魂じや。持って入るぞ」と言った。

「いえ、それはなりませぬ。それではお城からのお達しに違反します。ここは星印のついた喫茶なのです」

確かに天界から響くような音楽がなり、美しいステンドグラスに金色の陽光が差し込み、壁には素晴らしい風景画がいくつもかかって、椅子もテーブルも豪華だった。

「それでは仕方ない」とハルリラはあずけた。

コーヒーとパンを注文した。

食べて、窓から往来の様子を眺めていた。ハルリラのような武士はあまりみかけない。和服姿の商人風の男とネクタイに背広のサラリーマン風の男が目立つ。


突然、彼の前に半袖の黄色いTシャツを着た大男が現れた。白熊族なのだろうか、肌が物凄く白い。大きな顔、大きな丸い目、腕も太い。しかし、顔の表情は柔和でひどく優しい雰囲気が漂っている男だ。

大男はずっとレストランの中を一通り、眺めると、我々の方に視線を向けた。空いている席が他にもあるのに、「ここに座ってよござんすか」と言った。

なんだか、毛むくじゃらの大男の癖に、言葉は女っぽい。

「いいぞ」とハルリラは言った。

「お宅も士官を志しているのですか。実を言って、わしもそうじゃ。わしは水車をつくることを得意としている。ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと言っているそうだ」と大男は言った。

「水車の技術を持っているのか。それなら、採用されるかもしれんぞ」


「旅は道ずれ、世はなさけ。一緒に城に行きませんか」

彼は座り、ハルリラと同じものを注文した。

「腕が太いなあ」とハルリラは言った。

「そうでしょ。腕相撲なら、誰にもまけません。それに相撲も強いですよ」

しかし、この男はひどく気が弱いのが表情で分かる、これは猫の秘伝で分かると吾輩は思っていた。それともハルリラの魔法が伝染してきたのか判断に迷う。

「しかし、おぬしは腕相撲の力で、城には雇ってもらうのではなく、水車の技術でしょ。全国版の新聞広告によると、腕に自信のあるものは高給によって雇う」と書かれているのだぞ」

「その通りです。わしは水車をつくりたいので、ここに流れる川に鉱毒がまじっているのを危惧しているのです。」

「鉱毒」

「そう、銅山があるのですよ。車と大砲と戦車をつくるために必要なんでしょうけど」

「そんなら、理解のある伯爵【殿様】に頼めばなんとかなるのでは」

「いや、それが鉱山と工場は殿様の管轄の地域を少し離れていましてね。異星人が占拠しているのですよ」


「異星人については、ペンギン族の老人もそう言っていたな。」

「ああ、あの方」

「知っていますよ。あちこちに、神出鬼没で顔を出します。私の話も、彼から、得たもので。惑星の温暖化のことを言っていました。アンドロメダのこの向日葵惑星の近くの惑星で、温暖化で文明が滅びたという情報が入ったと、あの例のペンギン族の老人が言っていました」

「何者だい」

「仙人でしょう」

「仙人か。話には聞いていたが」とハルリラは言った。

「それはともかく、この国は 鹿族が多く、惑星全体としても鹿族とうさぎ族と温厚な気質の祖先を持っているのが多い。少数にオラウータン族とか熊族などいるが、この異星人というは一説によると、サイ族ということらしいが、いつの間に住み着いて占拠して、国のあちこちを買い占めている」

「異星人というからには、どこかの惑星から来たのですか」

「いや、それが皆目分からん。なにしろ、向日葵惑星は文明段階がまだ低い。

そこを狙われた アシアン巨大島に秘密の国があって、そいつらがこちらをねらってきたという説もあるが、あそこは寒冷地、国家なぞ昔からないというのが説。今のところ、あの科学技術のレベルから見ても、よその惑星から来たというのがもっぱらの噂。なにしろ、秘密のヴェールを閉じて我々に見せないように、隠密裏に行動するのが得意ですし、今の所、もめごとを起こす気はないらしく、経済活動を狙っているらしいのです」

「この国の価値観も変えたいらしい」

「価値観」

「競争と金銭がかれらの価値観。我らの惑星にはアニミズムの素朴な信仰がありますから。近代化を進めようとしてはいますが、神々はまだ死滅していない。ですから、違和感を感じます。

それに、一説によると彼らはミサイルと特殊爆弾を持つとも言われている。人数は少数でもあなどれないのはここですよ。彼らはそういう怖ろしい武器を持っていることで、よその惑星に来て、あんな勝手なことをしていられる。これをどうすべきかですよ」


ハルリラはカント九条の説明をして、白熊族の大男が感心してポカーンとしているのに、さらに続けて言った。

「カント九条を作っても、警察力は必要だ。警察の特殊部隊が迎撃用の大砲を持ってはどうかな。大砲で、異星人の銅山の本局を攻撃できる」とハルリラは言った。

「それでは異星人と同じことを言っていることにならないかな。異星人は新政府に銅を売り込み、それで大砲をつくれと勧めているのですよ。儲かりますからね。つまり、異星人にとっては、大砲なんか怖くないんですよ。大砲は隣のユーカリ国相手の武器競争を駆り立て、自分たち異星人は儲けようという死の商人の魂胆がありありと分かるではありませんか」

「それなら、気球で銅山の本局に乗り込み、我ら剣の達人が襲い、彼らを縛り上げる」

「不意打ち作戦ですか。面白いけど、うまくいきますかね。向こうだって、そのくらいのことを考えて、強力な武器で反撃してくるかもしれませんよ。それに、今、説明してくれたカント九条の理念に反するではありませんか。カント九条は素晴らしいが、防衛のための力は必要だとおっしゃるのでしょう。もちろん、必要ですよ。それと並行して、お互いの文化の交流をすることの方が平和への近道という気がするのですがね」と大男は言った。

「貴公はみてくれと違って、意外に理想主義者だな。面白い意見だ。で、異星人の文化は」

「彼らは踊りが好きなのですよ。その踊りの衣装には、莫大な金をかけるらしく、踊りも様々なものがあるらしいのです」

「ほお、それでは接点があるではないか。踊りの中には、神々がいらっしゃるものだからな」

吟遊詩人がヴァイオリンを奏でた。レストランにちらほらいる客の目が輝き、うっとりするような顔をした。

そして、詩人は歌った。

「おどれよ。踊れ。

自分を忘れてしまうまで踊ろうよ。

さすれば、もろもろの自然の事物は宇宙の真実が表現されたものとなる

花も 

昆虫も

空の川も

小川も

我を忘れて 夢中で踊れば、全ては友達になる

全ては一個のいのち 全ては友達、一個の明珠

それが分かれば、異星人の価値観も変えられる

そして、鉱毒も消え、清流がよみがえる」





        6 祭りの準備


楕円形の城壁の所に来た。

そして、その土手の下に鉄の門があり、関所のようなものがあって、旅行者は身分などを調べられる。

「この町に何しに来た」と男が大きな声で言った。

「あのう。わしは水車をつくることを得意としている。ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと聞いている」白熊族の大男の唇が震えている。

「仕官だよ。おっさん。ここで何しているのよ」とハルリラは言った。

「わしのことをおっさんだと。わしはこのあたりの治安と旅行者を監視するのが任務の役人じや。ヒトが安全に商売して、国が豊かになるように仕事しているのじゃ。この国は農業以外に、焼き物と絹織物が盛んでな。名品が多い。

それに、今、祭りの準備で忙しい。

邪魔にならないようにな。

分かったか」

「祭りがあるのですか」

「年に一度の素晴らしい祭りじゃ。宮殿の近くの大広場を華麗な山車が練り歩く。その周囲では踊りさ」

「それはいいな。見たいものだ」

「お前たちは旅行者になるから、ここに名前を書いておけ。住所はないのか」

「我々はアンドロメダ鉄道の乗客だ」とハルリラは言って、カードを見せた。

「おお、そうか、それは失礼した」と役人はやや驚いたような顔をして、急に親切になった。

それで、ともかく通してもらえた。

 

我々は、役人に礼を言って、その場を離れると、ハルリラが早速

「ほお、踊りだとさ。レストランで話していたことが実現しそうな不思議な話だな」と言った。

「そうだ」と大男が答えた。

「『共時性』というのは科学の事実だと聞いたことがありますよ。つまり、部屋の中で蝶々の話をしていたら、窓からその美しい蝶が入ってきたというのかな。その不思議な一致が宇宙にはあると」と吟遊詩人、川霧が言った。


城は広い丘陵地帯の茶畑が広がっているその上のかなり高台になっている所に見える。その高台がいわゆる町で、無数の家とビルが立ち並び、中心にある城の周囲には広場や貴族の館があるのだという。小さな湖もある。その町に行くまでの道のりも中々到達できない仕組みになっている。

これは敵が攻めてきた時に守りやすいという城の掟によって、つくられた道だろうが、それにしても奇妙に入り組んでいる。ハルリラは故郷のと大分違うと思った。


しかし、小高い所にある町に到達するのには、行けどもいけども、くねくねとまがりくねっていて、人家と小さい要塞がその道に立ち並び、その裏に広大な平地は茶畑と野菜畑が広がっている


やがて、寺院が見えた。太鼓の音が聞こえる。

寺院の後ろには座禅道場があった。ふと、見ると中に座っているのは三十名ほどの十才前後の少年ばかり。それを大人の坊主が二人で見ている。

ハルリラと大男に気づいて、一人の小柄なウサギ族の坊主が出て来た。

「どうです。座禅でもやっていきませんか」と坊主は声をかけてきた。

「でも、少年ばかりじゃありませんか」

「確かにね。でも、大人が加わってはいけないという規則はないのです。むしろ、旅人は色々な地方の話をしてくれるので、しばらくここにおられると、わしらもそういう話が聞けて勉強になる」


「異星人の話ですか。鉱毒の話は地元のおぬしの方が知っておるじゃろ」とハルリラが言った。

「お坊さんでもそんなことに興味を持ちますか。わしは帝都ローサに一泊してきてはいるが」と大男は言った。

「わあ、話を聞きたい。実を言って、わしらは坊主ではない。侍なのじゃ。伯爵さまから、子供達を座禅で鍛えてくれと、頼まれているのじゃ。向こうの方は本物の坊さんだけどな」

「世の中は動いているぞ。で、伯爵さまはそういうことで、腕のある者をめしかかえようとなさっているのかな」と大男は言った。

「いや、分からん。純真無垢な人での。民族の友愛主義者だ。人種偏見のような教養のない偏見を嫌う方だ。

国内の経済の発達と民の生活の安定を一番に考えておられる。ここは神仏のいらっしゃる田舎じゃ。しかし、わしは国王陛下のおいでになる帝都ローサ市の状況に興味がある」と坊主のように見えるウサギ族の侍が言った。


ハルリラと大男と吾輩と詩人、川霧は座禅をすることにした。一時間ばかりという約束で、少年達の端っこに座った。ハルリラも座禅をするのは久しぶりだった。

ハルリラは「座禅は死ぬ気でやらなければな」と笑った。

大男は初めてらしく、不安そうな怪訝な顔をして、坊さんに足の組み方を教わってなんとか、座れたようだった。

三十分もしない内に、大男は寝ている。頭がふらふらしている。

子供たちは一斉に終わって、立ち上がったので、その時の物音で大男は目をさまし、また足をくみなおしていた。

ハルリラはみだれずに、足を組んでいたが、故郷のことが思い出されてならない。


故郷の川で泳いだり、魚をとったり、女の子に声をかけられたり、

ああ、あの子はどうしているかなと思ったり、ハルリラより三つ下の女の子で目が丸く、可愛らしかったが、いつもハルリラに竹刀でうちかかってくるのはまいった。彼はたいてい、外してしまうのだが、たまに、ごつんとやられると、「油断大敵では、強い武士にはなれぬぞえ」と笑う。

忘れようと思って、数を数えると、今度はハルリラの頭に、別の妄想が湧いてくる。


吾輩寅坊は自分でも座禅をしながら、吟遊詩人、「川霧」の座禅を何故か良寛のようだと思って見ていた。そして、吾輩の耳に、良寛の和歌が響いた。「良寛に辞世あるかと人問はば南無阿弥陀仏といふと答えよ」

良寛は禅僧で、道元を尊敬し、法華経、阿弥陀経、荘子、論語を読んだと言われ、法華経を賛美する漢詩をいくつも書いているのに、辞世はちょつと意外な気がしないでもなかった。でも、これが素晴らしい良寛の教えなのかもしれないと吾輩は思うのだった。


寺院では住職が歓迎してくれた。子供達を指導していたもう一人の禅の坊主は副住職のようだった。さきほどのウサギ族の侍も夕食の誘いを受けて、ハルリラさんたちの話を聞きたいと言った。


「帝都ローサ市では、坂本良士というのが活躍していてな」とハルリラは言った。

「おお、わしの所まで、そやつの名前は轟いているぞ。どんな奴じゃ。改革派なのか、それとも保守派なのか、どちら側なのか」とウサギ族の侍が聞いた。

「坂本良士は両方を結び付けようとしているようじゃ」と大男は答え、ため息をついてから、またしゃべり始めた。「国の中で争っていてはユーカリ国や異星人につけこまれるからな。

改革派の哲学はニヒリズムなんだ。良士は理解できるが好きにはなれんと言っているようだ。なにしろ、改革派は金銭至上主義で、ルールのない株式会社とカジノを導入すべきと異星人と同じような主張をしていた。良士は心情的には

保守派に共感しているのかもしれんな。今までどおりの働く人のための会社で良いとしている。


異星人は改革派を応援しているが、中身が違う。金もうけ大いに結構という特殊宗教も押し付けてくる。そうだ。地球でもあったろう。安土桃山時代にキリスト教が入ってきて、信長・秀吉は歓迎したが、秀吉は途中から、キリスト教の目的は自分の国を占領することにあると思い、家康は鎖国した。あれを思い出せば、異星人のビジネスとこの特殊宗教はセットになっていると誰でも思う

のではないか。

この惑星は金と銅が豊富、鉄は海の下、宝石特にダイヤは豊富―異星人は商売でこの金とダイヤを手に入れたいらしい。銅はビジネスだな。大砲と戦車と車を銅でつくれと言っている


一応、彼らのビジネス宗教からすれば、戦争でものを奪うのはダメだから、ビジネスでということになる。そういう考えを広めようという魂胆なのだろう。すでに銅山を占有して、政府の許可が下りていないのに、株主を募集し、銅山の株式会社とその関連会社を軌道に乗せている」

「新政府はそれで黙っているのか」とウサギ族の侍は聞いた。

「分からん。政府の役人、林文太郎が今は実権を握っているが

いつこの二つの勢力に追い落とされるかしれない。日和見でなんとか、政権のトップにいるような男じゃ。異星人とはうまくやっているが、まあ、別の言い方をすれば、異星人の言いなりということではないか」

「改革派と保守派はことごとく意見が違い対立することが多いという噂も聞いているぞ」とウサギ族の侍は言った。

我々はそんな話をしながらも、めしを食べていた。玄米食だった。玄米食と言うのは初めてだった。よくかんだ方がいいという話は聞いていたから、ハルリラは大男が喋っている間、三十回ぐらい数を勘定してかんで食べていた。大男は時世についてよく喋っていたが、ハルリラが思うに、玉石混交の情報のようで、どれが正しい情報なのか、ちょつと考えてみたが、ふと気がつくと、太鼓の音が聞こえる


ハルリラはそこの寺院の窓から見える城を見ながら、ぼんやりと夢想に耽っていた。


白い壁に金色の筋が入った立派な城は大きな白鳥を連想させたが、つやがあり、斜めから射すやわらかな日差しに美しく青空に伸びて、今にも飛び起つようだった。

「時代が変わるのかな」と侍が独り言のように言った。

「時代は変わったばかりじゃないか、革命からまだ三十五年しかたっていない。

帝都ローサ市が動揺しているようじゃ、異星人につけこまれる」と白熊族の大男が大きな口で言うのをハルリラは見て、大男が初めてまともなことを言ったような気がした。

「それじゃ、改革派と保守派の綱引きは当分続くということか」とウサギ族の侍は言った。

「ハルリラさん。おぬしは、どう思う。坂本良士が何かやらかすか。彼はどちらにも属していないからな。そしてどちらにも仲間が沢山いるという不思議な奴じゃ」と大男は聞いた。

「色々、噂はあるけどな。どれが正しいのか分からん。それより、わしはここの城に仕官に来たのじゃ。お前さまは取次が出来んのかな」とハルリラは答え、侍に取次のことを聞いた。

「もう城は昔と違う。ただの役所よ。伯爵さまも知事と中央の議員をかねておられる」と侍は答えた。

「でも、お宅は仕官している。立派なものじゃ 」と大男は言った。

「わしか。わしはここの城という名の役所では、自慢じゃないが、一番の下級武士よ。サムライはまだ廃止されていない。

そんな取次が出来るくらいなら、自分の帝都ローサ市行きを交渉しているよ。住職なら、少しは力があるから、彼に取り次ぎを頼んでみたら」


食事が終わって、ハルリラと大男は住職の部屋を訪ねた。

「仕官したいとおっしゃるか」

「ここで、座禅の本格的な修行をしてから、行った方がいいのじゃございませんか」

「禅の修行、わしらはそんな悠長なことを行っておられんのじゃ。第一、あんな風に座っていて、何年したって、同じじゃありませんか」と大男は言った。

「それじゃ、わしからは城に取り次ぐことは出来んな。しばらく先に行くと、村長がいる。祭りの支度に忙しいが彼が取り次ぐだろう」


庭に出て、座禅道場の近くを通ると、先ほどよりも年齢の高い男の子たち、十五才ぐらいかが二十人ほど集まっていた。

午後の部の座禅らしい。さきほどの侍もいて、にやにや笑っている。

侍は男の子数人と話している。どうやら、一人の背の高い少年に

我らを村長の所に案内するよう命じているらしい。


「君達は武士か」

「ぼくは百姓です。でも、伯爵さまがこれからの男子は百姓も武士もない、腕のある奴はめしかかえる。座禅と剣をみがけとおっしゃるので。でも、今は祭りの手伝いをしています」と彼は言った。

「村長さんとこにか」

「ええ、公民館の横に、山車を組み立てる建物があるんです。そこへ皆さんを案内しろといいつけられました」


「それはありがたい。村長さんがいらっしゃるのじゃろ」

「はい」

「案内してくれ」

我々は林の中を突き抜けて、三十分ほど歩くと、公民館らしい白壁のビルと横にそれよりも少し大きめの煉瓦づくりの建物があった。

少年の話によると、その建物が山車を納めて、祭りが近づくと組み立ての作業をする場所なのだそうだ。


「村長に会う前に、祭りの準備を見たいな」と大男が言った。

少年はうなづき、中に入った。

体育館のような広い空間の中に、焦げ茶色の美しい材木が並べられていた。

既に、何度も使用したものらしく、壁側の置き場に、整然と並べられ、

それを数人の男たちが取り出し、組み立ての作業をしているらしかった。


「向こうに村長さんがいらっしゃいます」と少年が言った。

「おお、わしらのことを紹介してくれ」

少年は村長の所にひと走りした。

村長はこちらに軽く、頭を下げたので、礼儀正しい人だと思った。

彼が近づいてきて、「ようこそ。アンドロメダ銀河のお客さんとか」と言った。

「それに、わしは仕官が目的じゃ」とハルリラは言った。

「仕官ですか。わたしが伯爵さまにご紹介しましょう」と村長は微笑した。

「今は祭りの準備が忙しくてね。もう夕方も近いですから、今晩は近くの宿も手配しますよ」と村長は言った

しばらく我々は 山車の組み立ての作業を眺めていた。

「素晴らしい祭りですよ。もう広場では踊りの練習が始まっていますよ。本番では、この山車が大きな広場をぐるぐる回り

その中を人々が踊りを熱狂的に踊るのです

あなた方も踊ると良いです。」


吾輩は京都の祇園祭と阿波踊りを思い出した

祇園祭は自分という猫を飼ってくれていた京都の銀行員に連れて行ってもらい一度だけ見たことがあるからである。阿波踊りは銀行員の家のテレビで、見た。

なんでも、パリにまで行って踊ったという有名な踊りなんだそうだ。テレビで見ていたら

阿波踊りなら、猫でも踊れると思い、ひそかに、一人【いや、失礼一匹】になった時

阿波踊りをやってみた記憶がある。しかし、あれはやはり、沢山の人と一緒にやるのが楽しいのだろうと思い、やめてしまったことを思い出した。


その後、我々は一杯のお茶をご馳走になった。そのうまかったこと、天にものぼる心地というのはこのことをいうのかという思いが吾輩の脳裏をかすめた。

      

 





7 庭の蛍

 村長の所に案内してくれた少年が、今度は宿屋まで案内してくれるということだった。

「伯爵さまは立派な方だろうな」と白熊族の大男スタンタが丸い目を大きくして優しい声で少年に声をかけた。伯爵の評判を聞きたかったのかもしれないと、吾輩は思った。

「伯爵さまは僕らのような若い者にはよく声をかけてくれます。よく座禅と剣をみがけとおっしゃります」と鹿族のすらりとした少年ははきはきした声で答えた。

「ほお、伯爵さまから直接聞いたのか」

「そうです。伯爵さまは時々、馬に乗って町と村を巡回することがあるのです。僕はその時、偶然、出会い、お言葉をたまわりました」


「他には、何か言われなかったか」と大男は言った。

「あります。これからは剣の時代じや。銃はいらん。銃で勝つ者は銃で滅びる。サムライ精神を世界に広げることだ。卑怯なことはしない、悪口は言わない、愛語を大切にするという簡単なことが出来れば、百姓でも、サムライになることは出来るとおっしゃつていました」


宿屋の入口に向かって歩いている時、大男はハルリラに言った。

「少し変わった殿様だな」

「俺は気に入った。早く仕官したい」

「隣の国のユーカリでは新式の銃を集めているという噂があるぜ。剣で勝てるのかな」

「戦争する気があるか疑問だな。ユーカリ国は文化的に優れた伝統を持つ国だ。文化を尊重し、特にわが伯爵の絵画の保護政策には大変興味を持っている。万一、戦争の場合でも、負けない方法はある。

正面から戦えば、信長と武田の長篠の戦いみたいに銃の方が有利に決まっている。」

「それじゃ、どうやって」

「そこを考えるのじや」

「まさか、魔法を使うのでは」


「魔法、魔法とおっしゃるが、一人で千人を相手にできるというような無茶なことは出来んのは分かっておるだろうな。宇宙には法というものがある。わしらの魔法には、魔法を自然に適用する法がある。この法も複雑で難しい。

わしらの魔法はヒトには見えない法則をじょうずに、使って自分の力を数倍にするということじゃ。」

「それじゃ聞くがな。鳥のように飛ぶことは出来るのか」


「鳥みたいに優雅に、遠くまで飛べるのは、魔法の世界でも、最も高い魔法の法を理解し、技術を習得した者に限られる。そういう特別の能力を持った者だけに限られるということだ。

わしらぐらいのサムライは義経が平家を壇ノ浦で滅ぼした時に、船から船へと飛び移った、あの応用編ぐらいは出来る。三百メートルぐらいの崖の上から、下界に降りていくことなら出来る。しかし、失敗することもある。その時は死ぬことになるから、生きるか死ぬかの時しか使わん。」

ハルリラはため息をついた。

「普段はこうやるのじゃ。指と指でこする。さすれば、目の前に魔法の虚空の世界がひらける」

ハルリラは微笑しながら指と指をこすりあわせた。

「どうだ。見えたか。魔法の世界が」

「いや、何も見えない」

「君には無理だな」とハルリラは言って笑った。゛


宿屋は数件立ち並ぶ、きちんとした大きなのが三軒、少しみすぼらしいのが二軒あった。そのどちらでもないのが一軒あったが、それが紹介された宿屋だった。


中に入って、名前を言うと、「あ、村長さんから、連絡が入っています」と若い女が言った。

ハルリラ達が入った部屋は八畳ぐらいあり、庭の池に面していた。

庭には コスモスに似てはいるが向日葵のように大きな南国の花が一面に咲いていた。

中に入って、しばらくいると、中年のおかみが入ってきて、名前と住所を書いてくれ」と宿帳をさし出した。


「この宿屋は仕官希望者が泊まることが多いのか」と大男スタンタは聞いた。

「多いですね。普通のお客さんもおりますけど、仕官希望者が多いです。なにしろ、殿様が偉い方ですから、様々な工夫をして、領内を豊かにしようと努力なさってますから、帝都ローサに広告を出しただけですのに、けっこう集まるのに驚きます」とおかみが答えた。

「みんな採用されているのか」とハルリラが聞いた。

「さあ、それは腕しだいですから。落ちる方も多いと思いますけど、この間は面白い方が泊まりましたよ」

「どんな奴だ」

「何でも、服の達人とか言っておりました」

「服の達人。奇妙な達人だな。」

「どんな服でもつくることにかけては、誰にも負けぬとか」

「ふうん。なるほど、腕というのは剣だけではないということが、これではっきりした」

「広告には、ただ、腕のたつ者としか、書かれてなかったからな」とスタンタが言った。

「そうでしょ。料理の名人という方もいらしていましたよ。又、建築の名人も。なにしろ、研究所で、つくられた設計を実施するのには、腕のある職人が必要なんでしょうね」とおかみが微笑した。

「それではスタンタの水車で電気を起こすというのはもう合格したようなものじゃな。しかし、わしのような剣はあまり、期待されていないのか」とハルリラはぼやくように言った。

「それは剣の道場がありますし、城の中には剣の達人が三人ぐらいはいるという噂ですからね。でも、世の中、平和な時代から不穏な動きが出始めているようですから、剣だって、雇用はあるのじゃありませんか。でも、異星人はミサイルですからね。ミサイルと剣では勝負は決まっていますからね。でも、異星人は今のところ、平和裏にビジネスをしたいと言っておりますから」


祭りの太鼓の音が聞こえる。練習だろうか。祭りが近いからだろうか。


夕食が終わると、何か隣の部屋が騒がしくなってきた。

ま、酔っぱらいのたぐいだろ、ハルリラは庭に出て、空にかかる月を見たり、虫の声を聞いたりしていたが、やがて、風呂に入ることになった。

吟遊詩人は既に一風呂浴びて、夕涼みしている。吾輩とハルリラは久しぶりの猫族の対談を楽しんでいたので、後になったのだ。


吾輩とハルリラが風呂に入った。大理石のようなつるつるした白い壁に取り囲まれた大きな風呂である。正面に富士山のような大きな山と花が描かれている。


湯船の中で、酔っぱらいの男の声が聞こえる。

「おぬし、少し腕に自信があるようだな」と筋骨リュウリュウたる熊族の黒い肌の男が声をかけた。

「どうだ。わしと勝負せんか」

「裸でですか」とハルリラが笑った。

「他には、おぬしの仲間と思われるそこの坊やだけで、こんなに広い風呂は場所として、最高だ。こんなチャンスは滅多にない」

吾輩のことを坊やと呼んだので、少し腹がたつた。正式な名前は寅坊である。

確かに、外見から見ても、腕力は熊族の男の半分ほどしかないように見える。

「刀がない」とハルリラは言った。

「木刀がそこに一本ある」

「二本なければ、対等な勝負にならないじゃないか」

ハルリラは何で、風呂場に木刀がかけられているのか、全く理解できなかった。

「僕はそういう趣味ないですわ。風呂場では、湯につかって気持ちよくしているのが一番ではないですか。お宅は酒を飲んでいるから、そんな奇妙なことをおっしゃるのかな」

「奇妙なこと。無礼なことを申すな。それだけで、果し合いの引き金はひかれた」

男はさっと、木刀をとった。

ハルリラはそばにあった、右手でホースをとり、水を素っ飛ばした。かなり、強い水の放射だ。そして、左手で、腰をかける台を盾にした。これが案外、しっかり出来ている。

男は木刀を振り上げた。しかしかかってこない。ハルリラは男の横に物凄い勢いの水を飛ばす。吾輩はハルリラが魔法で水の勢いをつけているのだと想像した。何しろ物凄い勢いで、まるで水が槍のように相手に向けられているように見えたからだ。


「ハハハ。失礼した。これは試験の第一歩だ。第一歩は合格だ」

男は木刀を元の所に置いた。

「これも伯爵さまのアイデアじや。内の殿さまは変わったことを考えるのが好きで、ま、勘弁してくれよ」

「ははは、合格ですから、嬉しいですよ」

「まだ喜ぶのは早いぞ。城の道場では剣客がいるからな。ま、お宅の身の動きには拙者、感服した。他にも、反撃する道具は用意しておったが、水鉄砲と台を盾とはな」

「僕のは魔法の新陰流でな。これは、故郷で習った秘剣だ。相手が木刀や真剣で打ちかかってきて、こちらに剣がない場合でも、その場の状況で自由に動き勝つ秘法だ」

「面白い」

「水は器によって形を変える。魔法が器になって、槍のような形になり、そこから発する勢いは相手を圧倒する。」


「殿様はな、銃だの大砲だのいうのは嫌いでの。剣はサムライの魂であるから、これは致し方ないこととして、それも剣を使わないのが最上という面白い考えをなさる方での。時代に逆行してると、おぬし思わんか。諸国を旅してここにたどりついたのであろう」

「剣は剣道になり、スポーツにもなる。しかし、銃は面と向かったスポーツにはならない。大砲もスポーツにならない。銃が発達していくと、みんなスポーツにならない。ただ、人を殺すための道具にすぎなくなる。

剣は心を磨くことも出来る。卑怯なことをしてはならないということだけではない。無心になり剣を使わないほど強くなると、そこから優しい慈悲の心が湧いてくる。そういう点で、殿さまの考えに、拙者は賛成する」

「おお、殿が聞いたら、喜ぶだろう。しかし、ユーカリ国は大砲と優秀な銃でくるぞ。それを防ぐ手立てはあるのか」

「知らん。そんなことは帝都の役人が考えることじや」

「なるほど。我らはサムライだからな。しかし、異星人も来ているからな。異星人はミサイルと特殊爆弾だそうだ。彼らの言うビジネスをやれば、そういうものは使わないそうだ。彼らの神様はサラスキーと言って、そういう寛容な神様で、商売が一番ということだ」


風呂から出て、この話を白熊族の大男にした。大男スタンタは庭を見ていて、「そんな話だと、わしも風呂に入ると何かためされるのかな」

「おぬしの腕は水車をつくることだったな。それじや、合格間違いなしだな。

それに、腕が太いし、手先が器用そうだ」

「ふん、相撲の相手でも出て来るのかな」

「行ってみな。面白いではないか」

「もともと、風呂は好きでないのに、そんな試験があるのでは風呂がますます嫌になるな」

「じゃ、行かなければ。しかし、おぬし、行かないと汚いぞ」

「行ってくるよ。逃げたと思われると失格になるかもしれんしな」


吾輩と吟遊詩人とハルリラは待っている間、庭の蛍を見ていた。蛍の黄色い光がたくさんあちこち飛び交い、その淡い光に照らされた花や植物や灯篭がなんとなく、もうろうとした墨絵のようで、楽しめると思っていた。詩人が吾輩の耳にかすかに聞こえるように口ずさんだ。


「何の花か知れぬが、大きな黄色や赤の花弁の花が灯篭の明かりで浮かび上がる

満月よりも青みを帯びた白い月が庭の隅々にまで淡い光を投げかけ、

わたしは故郷を思って、ヴァイオリンをかきならす。

遠く向こうに低い山が遠巻きに黒い稜線を見せている


おお、その時、蛍であろう、この惑星のいのちの灯のように明滅している

庭は静寂の中に、わが故郷を思うヴァイオリンの音色に蛍が活性化したようだ

いま、このアンドロメダの旅は神秘な道に足を進めている

人生と同じように、

一瞬の中に永遠の浄土を垣間見る者は幸せだ。」


白熊族の大男が帰ってくると、「試験はなかった。でも、ニュースを聞かされた。

この近くの林で、昨夜、自殺者がいたそうだ。それが何と帝都の使者だそうだ。

伯爵が新政府に来て、色々提案するのを控えるように、交渉しに来たらしい。特に、銅山の件で、伯爵の質問状に答えるということらしい。なにしろ、伯爵はこの国では一番の勢力があった大貴族だ。他の貴族は帝都に移り、帝都の役人になったり、昔と違う場所に飛ばされて地方長官になったりしているのに、伯爵は帝都には貴族院議会に出るだけで、直ぐに元の古巣に戻り、知事として勢力を振るい、こちらから、色々質問状を出すものだから、新政府は困っている。それに異星人からも銅の商売を突き付けられている。それに伯爵が鉱毒問題で、質問状を出したことにたいする使者だが、彼は異星人から、大金を受け取り、鉱毒問題に言及しないことになってしまったことを号外で暴露された。それを苦に自殺したらしい。

「俺には、座禅道場にいた例のサムライがこの鉱毒事件にどう対処したら良いかと質問してきた。それが俺の試験問題らしい」

「それで、どう答えたのじゃ」

「うん、勿論、鉱毒事件は民衆の健康を害するし、田畑を荒れさせて、生活をおびやかす。早急に解決するように、異星人と交渉すべしと答えておいた」

「なるほど」

「どちらにしても、ペンギン族の仙人から聞いて以来、そのように考えてきた。

それを素直に言ったまでだ」

「おおそうだ。あのペンギン族の仙人」

「なにしろ、温暖化で文明が滅びた惑星があるということをあの仙人は言っていましたし、鉱毒事件は将来そういう方面に発展する芽だとも言っていた。つまり、公害の芽だ。今の内に対策をしなければいけないとも言っていた」

         





   8 大慈悲心

 我々は伯爵の重臣ロス氏への紹介状を村長から受け取り、かなりの坂をいくつものぼり、高台になっている町に入った。町の道は馬車が通れるほどであったが、けっこう入り組んで、あちらこちらで曲がっていて、商店や背の高い家や低い家が立ち並んでいたが、多くの家は黄色い感じで、二階のバルコニーには洗濯物以外に、鮮やかな花が競うように咲いていた。

その時、例の魔ドリが我らの行く手をふさぐように、飛んできた。ハルリラが気をつけた方がいいですよと詩人に声をかけた。詩人はブアイオリンをさして、「大丈夫。これがあるから」と言った。

魔ドリは詩人の肩に例のものを落とした。詩人の服が囚人服に変わった。

すると、詩人はツイゴイネルワイゼンをかなでた。甘くとろけるようで、気品のある音色が響いた。そうすると、元の青磁色のジャケットに戻った。

あまりにも早い変化に、ハルリラも驚いたらしく、「まるで魔法ではないか」と言った。

ふと、気がつくと知路が遠くにブルーの姿で立っていて、ちょっと微笑してから背中を向け、自転車に飛び乗り、彼女は去った。

我々がしばらく歩いていると、町の中央の方には、立派な城が見え、そこからニ百メートルほど離れた所にロス氏の大きな邸宅があった。

我々は執事によって食堂のような広間に案内された。外は祭りの太鼓の音がする。透き通った大きな窓から祭りの準備の様子が見える。窓の下の庭の向こうに、すぐそばから、斜面になり、大きな広場になり、真ん中に屋根のついた休憩所があって、そこに、祭りの道具が置いてあるらしい。

もう数名の人達が踊りの練習をしているらしい、そういう人の動きが見える。


邸宅の主人である丸い顔をした黄色い顔の中年の男ロス氏がブルーのカーディガンを着て、広いテーブルの上を見ている。

テーブルの上には、豪勢な食事が並べられ、両端には、大きな花瓶に豪勢な花がいけられている。

男の横には、娘と思われるカルナというシックな灰色の毛織物を黒で引き締めたワンピースを着た若い女がいる。

猫族であるようだが、何かすばしこい目の動きと全体の機敏性に富んだ表情の動きから、吾輩はチーター族と考えた。珍しいのとその細身の身体とすばしっこい機敏な身のこなしに圧倒されて、吾輩は挨拶を忘れるところだった。

そんな吾輩の気持ちとは裏腹に、左横に立つ吟遊詩人は鷹揚な会釈をし、ハルリラは右横から度肝をぬくようにさらりと帽子をとって、挨拶をしている。 吾輩はいつのまにハルリラがその素敵な帽子を宿屋で仕入れたことを思い出した。

我々が食卓について、簡単な自己紹介をしている最中に、帝都ローサ市の使者の自殺のニュースを執事が持ってきた。しかしこの話は宿屋で白熊族の大男スタンタから聞かされているので、驚きはしなかった。

使者は伯爵の行動をいさめるために、派遣されたらしいが、背後に異星人の方から多額のわいろを受け取ったという噂を号外によって暴露されたということが、中心の話題となった。

しばらくの間は、そこにいたカルナという娘とロス夫妻と執事が我々というアンドロメダの客を忘れたかのように、その話に、夢中になっていた。

我々も内容は知っていたが、この話がこの人たちに動揺を与えている様子に興味を持って見ていた。


「分かった。お前は戻れ、今は大事なお客様が来ている」とロスは秘書に言った。秘書はうやうやしく頭を下げて、広間から出ていった。

「いや、失礼しました。面倒な事件が起きて、ちょつと驚いたものですから」

「そのニュース、宿屋で聞いて知ってました」と白熊族の大男は言った。

彼は途中の洋品店で、服を新調していたので、まるで人が違ったように紳士に見えた。

「そうですか。問題は異星人からの圧力ですよ。新政府のトップは首相の林文太郎という異星人に弱い男。

ガンと跳ね返せないのでしようね。彼らの武力が怖いのですよ。」とロスは言った。

「それだけではありませんわ」とカルナは若さをぶつけるように話した。

「林文太郎には ドル箱になるという思惑もあるのですよ。金をとるか、鉱毒を流すのをやめさせるために、鉱山を閉めるかという選択の場合、彼はドル箱をとるでしょう。」

ハルリラが吾輩にしか聞こえない特殊な魔法の小声で、「カルナはスピノザ協会に所属し、それに、週刊誌に寄稿するこの国一流のエッセイストだそうだ」と言う


「せっかく、革命をへて、三十五年」とカルナは言った。

「議会も始動し、隣国との外交も軌道に乗り出したところ、鉱毒事件で異星人とトラブルを起こしたくなくない気持ちも分からないわけではありませんが、鉱毒は清流を汚し、農民の持つ田畑を汚しています。放っておくなんてそんなことができますことでしょうか。」

「伯爵さまはどうするつもりなんですか。」とハルリラが聞いた。

ロスは長い口髭をなで、咳払いをしてから話した。

「伯爵さまは右目が見えないということもあって、自分からは中々動けないというハンディを背負っておられるが、純真無垢でおおらかで惑星の平和とこの国の問題解決に前向きの姿勢を持っておられる。

何よりも、市民の人気が高い方です。祭りがありますが、祭りを見れば、分かりますよ。」

「でも、サムライ復活論者というのは変わっていますでしょ」とロス夫人が言った。「飛び道具は卑怯という考えの持ち主ですし」

ハルリラは夫人の解説を聞いて、伯爵の考えが気に入っていってしまった。

ロスは伯爵の側近で、政界にも大きな影響力をもつている。そして、伯爵に色々入れ知恵をつける男として、新政府の改革派と保守派の両方ににらまれているらしい。そのためか、いのちをねらわれているという噂が飛ぶ人物でもある。ロスは自分もいずれ貴族になろうと思っている男であるが、娘は貴族廃止論者というのも、吾輩は話の流れの中で猫族の直感で推測した。


しばらくすると、執事が伯爵夫妻の到着を告げた。伯爵と夫人が入口から入ってきた。そして、主賓席になる、右横の豪勢な椅子に座った。


伯爵は席につくと、ロスは日常の挨拶の言葉を丁寧に繰り返した。伯爵はただ、微笑してうなづいていた。伯爵夫人は華麗な衣装に身を包んで、やはり微笑していた。

伯爵がワインに口をつけてから、みんなを見回すと、しゃべり始めた。

「異星人は和田川上流の銅山をいつの間に占有しましたね。彼らの技術が大きな銅山を発見し、そばには錫もあるから、これで青銅器が出来る。

わが向日葵惑星のテラヤサ国は銃も大砲も今つくり始めた車も青銅が主要な材料になっている。国を富ますには、銅が必要というのが新政府のお偉方の考えです。そういうわけなので、銅山から流れ出る鉱毒の問題をわしが抗議したら、使者に手紙を持たせて、わしを説得しようとしたのです。首相の林文太郎の手紙を読みました。私はただ 稲に被害が出ているということを抗議しただけなのです。

その結果が、村の農民は早い時期に立ち去れですって。ひどいじゃありませんか。

農民は先祖伝来の土地をそんな風にされれば、怒りますよ。でも、あのままですと、鉱毒が田畑に流れてきて、稲が育たなくなるのでね。

新政府もそんな愚かなことをやらないで、鉱毒を流さないという方法を考えるのが先決ではないのですかね。そうですよ。利潤追求ばかりで、そこに住んでいる人のことを考えないなんて。 」

伯爵はそこまで言うと、ワインに再び口をつけた。

伯爵はワインに陶然としたようなそぶりで、しばらく沈黙した。邸宅の主人であるロスが「使者の手紙には何か特別なことが書かれていたのでしょうか」と言った。

伯爵は「今、話したし、皆さんが知っている他のことは何もありません。新しい客人がおられるのでくどいと思いましたが、号外も見ましたので、わしの感想と主張を知ってもらいたいと思い、喋ったのです。アンドロメダ銀河からのお客さんだそうだね。」

「はい、そうです」と吟遊詩人が丁寧に答えた。

「ま、私の講釈は気にせず、食事をしてくれたまえ」と伯爵は言った。

カルナは「伯爵。あたしにもしゃべらして下さい」と言った。

「どうぞ。私がカルナさんが喋るのが好きのはご存知でしょう」と伯爵は口にワインを持っていきながら、言った。

カルナは言った。「皆さん、ご存じのように、銅を精錬する際に出てくるのは恐ろしい鉱毒です。それが、我らが誇る清流に流れ込むわ。異星人は金儲けのためにきたので、文化交流が目的ではありません」

「しかし、そこを話し合いで、良い方向に持って行くのが大切」と伯爵は微笑した。伯爵の殿様は痩せていて、キリン族のせいか背の奇妙に高い人で、顔も首も長く、目は瞳が見えないくらい細く、こちらを優しく見つめている。しゃべり方は優雅でゆったりとして、まるでショパンのピアノ曲のようだった。

カルナは伯爵に微笑を送り、喋った。「異星人の銅山には、鹿族の労働者が集められ、安い賃金でひどい労働がおこなわれています。

川の中流には銅の車の会社がつくられ、彼らの惑星では地球型の高性能の水素自動車が走っているというのに、我らの国を文明の低い惑星と見下し、あのようなへんてこな車の製造をして売りつけている。

排気ガスは出るし、車の騒音も相当だし、あれなら、まだ馬車の方がはるかにいいですよ」

「まあ、買う連中がいるからね」と父親のロスが言った。

「それに、車の工場の中身は鉱山にまけず劣らず、労働状態はひどい。労働時間は長い。残業代は出ない。トイレに行くことすら、監視されている現場もひどいのです」とカルナは言った。

「異星人だけでなく、隣の国ユーカリ国の動きも気になりますな}と大金持ちのロスは言った。

「わしはな、」と伯爵は言った。

「銃も大砲もいらない。剣だけで十分だ。改革派と保守派が占拠している新政府のように、軍拡を進めることばかり考えていると、結局、新式の銃の開発、大砲と武器はどんどん発達していくばかり、科学は軍に奉仕することになってしまう。金は軍に奉仕するだけで、庶民のための福祉にまわらない。

こちらの福祉を豊かにして、文化を高めれば、ユーカリ国にも異星人にも尊敬されるようになる。そうすれば、彼らと文化交流が出来て、彼らもむやみな要求をしなくなるのではないかな。

我らの文化の価値を彼らに認めさせるのだ。向日葵惑星のテラヤサ国にはこんな素晴らしい文化があると異星人が知り、自分の国に報告する方がどれだけ素晴らしいかを教えてあげることの方が、お互いにうまくいく。

もしかしたら、彼ら異星人はみかけは経済・経済と言っているが、もしかしたら、あの秘密の宝殿と中に収められている経典を知りたがっているのかもしれない。

そうではないか。」


「宝殿と経典とは何ですか」とハルリラが聞いた。

「いや、わしらも詳しいことは知らん。彼女が知っているよ。宝殿のモナカ夫人。会ってみるかね。彼女の考えは中々、独特でね。宝殿の主人でもある。」

「会いたいですね」と吟遊詩人が言った。

「明日、お連れしよう」と伯爵が言った。

「先程の話の続きだが」と伯爵は言った。「隣のユーカリ国の動きも気になるというロスの話ももっともではあるが、

その結果は戦争だ。何十万という若者が死ぬ。わしは剣だけで、国はおさまると思っている。

あの剣には、サムライの倫理がある

しかし、銃や大砲やミサイルにそんな高貴な倫理がないではないか。


外国勢との戦いをどうするかということだが、ここに、わしが発明研究所をつくった意義がある。

とびきり優秀な気球を沢山つくるのじゃ。真夜中、空から敵の背後にサムライ達を回し、そこから銃を持つ彼らを奇襲し、銃や大砲を奪い、彼ら兵士を傷つけないで、彼らの飛び道具を廃棄するのじゃ。そのためには、優秀な剣士がたくさん必要だ、わしの考えは妙案と思わんか」


ハルリラは神妙に聞いていたが、こんなことを言う人は初めてだったので、面食らっているようだつたが、自分の剣の腕が役に立つ場が見つかった喜びがあるようだった。

カルナが厳しい表情をした。

「伯爵! ユーカリ国は、かなりの飛び道具を持っていますよ。夜中でも気づかれれば、気球など、高性能の銃で撃ち落とされてしまいます。そして、その次に来る反撃は今までの平和とビジネスから一転して、怖ろしい武器の攻撃がわがテラヤサ国に襲い掛かり、テラヤサ国は亡びるでしょう」

「カルナさんの言う通りかもしれない。ま、何事も話し合いだな。先程も言ったように、文化交流が大切だ。ユーカリ国とて、本音はわが国の文化を知りたがっている。相互の誤解で戦争になる。戦争は愚かな人間の行為だ」と伯爵が微笑した。


翌日、宝殿に行った。それは金と銀と宝石で作られた正方形の巨大な建物で、入口が小さかった。

中から、現れたのは三十代半ばの女で、モナカ夫人だった。

モナカ夫人は語った。

「ここにある経典は天下の法典であります。私は毎日、読んでいるが、理解するのが大変」

「何でそんな素晴らしいものを外の人にも読んでもらうようにしないのですか」とハルリラが言った。

「理解できないと思うからです」

「それは出版して、多くの人に読んでもらえば、理解できる人も増えるのではありませんか。」

「カンスクリットで書かれているので、これを翻訳する作業はいまの向日葵惑星の文化と経済力では無理でしょう」

「それではあなたが死んだら、それを読める人がいなくなるではありませんか」

「そんなことはありません。私の親族はたくさんいますが、その中でこれを読めるのは二十人います。みな優秀な人材で、親族の中から選ばれ、代々、この宝殿を二十人で守ってきたのです。この人たちはこれをみんな習得して、この宝殿を守るのに、長いこと尽力してきたのです」

「率直に言って、どんなことが書かれているのですか」と吟遊詩人が言った。

「アンドロメダ宇宙と人間の真理が書かれているのです」

「具体的に言って下さい」

「無理なことをおっしゃる。あえて分かりやすく言うならば、物と人がこの世界に存在している神秘を宇宙のいのちの働きと見て、そのいのちの表現を知ったヒトがさらに自らの精神を進化させ、神々の住むような美しい町を作っていくにはどうしたら良いかということだ。

我々の街には伯爵さま歴代の善政のおかげで、神々のいる町は守られてきた。

小川にはいくつもの水車がまわり、そこから家庭に電気が送られている。

そして、水。未来に目を向ければやはり、水から、水素エネルギーを作り出すことをめざす」

「水車!」大男スタンタは伯爵の前では、不思議なくらいおとなしく沈黙を守っていたが、水車の言葉に歓喜の声をあげた。皆は一瞬、スタンタの赤い顔に輝く大きな目を見た。モナカ夫人は一瞬、微笑して、さらに話し続けた。


「柳や緑の樹木や、ベンチにはいつも人に美しい優しい声がささやかれているような趣がある。道端の花は微笑している。

困っている人がいた場合には、親切に教えてあげる言葉に、人の心は癒される。

つまり、そういう風に導いたのは、経典に愛が書かれているからです。慈悲が書かれている。虚空が書かれている。

この宇宙を創造したのは大慈悲心であると。


「慈悲 」

「それから、あなた方の経典に法華経というのがあるでしょう。

あの中に人は如来の室に入り、如来の衣を着、如来の座に座して、しこうして広くこの経を説くべしと書かれていますよね。如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心、これは悪口を言ってはいけない。人を傷つけることをしてはいけない。人に嫌がらせをしてはいけない。つまり、ハラスメントをしてはいけないということです。人に親切にするということです。それから愛語です。守られているのでしょうかね。

「如来の室」の意味を地球の方は子供に、そう大人にも言い伝えているのでしょうか。

そういう基本のことを知らないようでは、法華経の神髄に入ることは難しいのではないでしょうか。


「あなた方の経典にはそういうことが書かれているのですか」

「はい、書かれています。それが一番大切なことで、その基本を忘れてはまずいです。宇宙の大真理は銀河系宇宙に行こうがアンドロメダ宇宙に行こうがみな同じです。」

 「春のそよ風が吹く

  そよ風にのって、慈悲の心も運ばれてくる

  花に、樹木に、空の雲に、慈悲の種はまかれていく

  愛語は惑星のいたる所に、音楽のように響いていく

  いたる所にある深いいのちの真理が

われらにほほえんでいく」

そう、モナカ夫人は小声で詩句を朗読して

「これが、最近、私の翻訳した向日葵惑星の経典の一部ですわ。

いかがですか」と彼女は美しく微笑した。

     

 

9 不思議な長老


異星人サイ族の銅山に行く前に、ひと悶着があった。伯爵の息子トミーが伯爵の交渉についていくと言い出したのだ。これはロス家のおしゃべりの秘書夫人がもらしたことで、我々は知ったのであるが。夫人によると、トミーの行動は父親の伯爵の価値観とあまりに違うことで悩みの種になっているらしい。トミーは以前、伯爵から資金を借りて、自転車をつくる会社を起こしたのだが、失敗した。新しい車に若者の人気が集中した結果のようだった。

今度は家庭用水耕栽培のキットだそうだ。伯爵はこの地域は大きな農場が多いから、そういうものははやらないとして、資金を出すことは出来ないと突っぱねたらしい。

そこで仕方なく、異星人の言う株式会社をつくろうとして、父親と意見が合わず、ロス氏から幾分か資金をかりて、さらに欲しいと思っているところに、この異星人との交渉を耳にしたらしい。



トミーはキリン族で背か高く、偉丈夫で、ハンサムで、どこかモディリアニという画家の描く憂愁な人物像を思わすものがあるが、父の伯爵のような理想主義を軽蔑し、実利主義を尊ぶところがあり、もう貴族を廃止すべきだと思っているから、カルナともその点では意見が合い、カルナに好意を持っている。

カルナに対しては、ハルリラもほれているらしいので、この火花を吾輩、寅坊ははたから見て心配することになった。


いつの間に、ハルリラとトミーは話がはずむ仲となっていた。

「おやじはかなり変わっているだろう。俺は今度家庭用水耕栽培のキットの株式会社をつくろうと思っているのだが、おやじは株式会社そのものに反対しているのだから、まいるよ。おやじは株主本位の株式会社に反対しているらしいが、働く人のための株式会社もあると思うのだが、俺が説明しても、前の会社で失敗しているものだから、話を聞こうともしない。とても金は出してもらえんだろうな。異星人のサイ族は金を出すんではないかな。なにしろ、株式会社の価値観を広めたがっているのだから、確かに親父の言う通り、異星人のサイ族の言う株式会社は株主本位だということは分かる。しかし、そういうのはカルナさんの言う働く人のための会社という風に、徐々に法律で変えられるんじゃないか。異星人が金を出してくれるなら、俺は彼らを株主として歓迎し、それで会社を立ち上げることができるかもしれん。そういう期待を持つのだが、親父はなにしろ最初から純粋主義で行かないと駄目らしい、融通がきかん。だから、ことごとく俺と意見が対立するのよ。おぬしはどう思う。ハルリラ」



「わしか。わしはそういうことに関しては何か言うほど、そういう方面の情報を集めておらん。最近の新政府の借金、百兆ギラということから、増税という話がどうもおかしいというのも、最近知ったばかりだ。新政府は革命前の政府から引き継いだ隠し金、八十兆ギラを地下に持っているというじゃないか。それはともかく、トミー。おぬしが異性人から金を借りるということには賛成できんよ。」とハルリラは言った。

我々は祭りの準備で、広場にいる人たちと、向日葵踊りの練習をしたあと、サイ族の銅山に行くことにした。その練習の時に、トミーもカルナも吟遊詩人もハルリラも吾輩もこうした若くて時間のある連中が集まったから、練習とはいえ、愉快な経験だった。笛と太鼓でリズムをとり、その二拍子のリズムにのって、両手をあげ、右、左と、手と足を動かす。その楽しいこと。阿波踊りによく似ている。



翌日、我々はついにサイ族の占拠する銅山の本局に向かった。


馬車で、森林地帯の道を通り過ぎると、金色の禿げた土がむき出しになった銅山が巨大な山のようにあり、その下の平地に小さな町があった。異星人がつくった町だった。

色々な色の小さな家が沢山並び、広場もあり、広場には大きな彫刻と噴水があった。

カーキ色の軍服を着たサイ族の兵士がうろうろしていている。

案外だったのはサイ族は意外に小柄な感じがするのだった。

鹿族の方が背が高いような印象だった。鹿族には吟遊詩人ほどの百八十センチぐらいのがけっこういる感じがしたが、もっとも、低いのもかなり、いる。

ところが、サイ族はだいたい背が低いが太っていて、腕が太い。



本局は華麗なビルだった。受付には兵士が三人いて、こちらに一人が銃を向け、一人が刀をぬいた。何も持っていないベレー帽をかぶった男が我々の前に来て、「何者だ」と怒鳴った。

「知事だ」と伯爵が前に進み出た。

「テラヤサ国の政府の役人ならば、身分証明書を出せ」

伯爵はそれを見せた。

「何の御用で」

「こちらの司令官に会いたい」

「ご用件の向きは」

「川に鉱毒が流れて、農民が困っている 」

「分かりました」

中に入ると、青銅で出来た車が三台とまっていた。

「ほお、青銅の車」

「青銅をつくるには錫がいるよな。すずはどこでどれるのだ」とハルリラが言った。

「銅山の向こうの地下に錫がたくさんありますよ」


広間を通り、司令官の執務室に入った。我々は吾輩、寅坊と吟遊詩人とハルリラと あの大男と伯爵と秘書官だった。



「銅が和田川に流れ、その鉱毒が田畑をあらし、農民が困っています。なんとかなりませんか」と伯爵が言った。

「わたしは貴公たちの向日葵惑星を強い富のある国にして貿易をしたいと思ってきたのです。」


「しかし、銅山は勝手にそちらで占拠したと聞いています。新政府の許可を得ていない」


「お宅はどういう身分なのか」

「伯爵です。貴族院議院の議員であり、そこの町の知事でもあるのです。そういう責任ある立場から、申し上げているのです」


「資源は先に見つけた者が活用するのは当然というのが、我らサイ族の長い間の慣習法でしてな」


「しかし、ここはあなたの国ではない。向日葵惑星のテラヤサ国の

領土です」


「領土。そういう概念はわが惑星にはありませんな。わが惑星はサイ族がみんな仲良く暮らしておる。自分の領土に線を引き、国どおしが争ったのなんていうのは千年も前にあった昔の歴史の話でしてな。そんな慣習はアンドロメダ銀河では通用しませんぞ」


「どちらにしても、鉱毒が民衆に被害を与えているという事実をどう考えるのですか」


「銅の鉱毒を別のルートを使って山の地下に埋める方法がないわけではない。しかし、それにはそちらもそれなりの金貨を出してもらわなければなりませんな」


「いくらですか」

「百億サラ」

「それは直ぐには払えない。政府の財務局に申請書を出して審査してもらわないと、それだけの大金は無理だ。

それにそんな大金を我が国が出さなければならない義務があるのか、疑問があるし、新政府の中で議論して結論を出さねばならない」

「それでは、今のままでいくしかないでしょう」

「しかし、その問題とは別にあなた方がここを不法占拠しているという問題がある。ここは向日葵惑星のテラヤサ国の領土で、ここで銅山を開発して仕事をするには、法務局の許可を受け、それなりの税金を払い、」

「ちょつと待って下さい。そういう問題は政府と話し合うこと。一議員と話し合うことではありません。

もう既に、そういう話し合いは、新政府の高官と話し合いが進んでいる」

「誰ですか。その高官と言うのは。」

「首相補佐官ヨコハシ殿です」

「なるほど」


「そちらの方はご家来か」

「いえ、アンドロメダ銀河鉄道の乗客とカルナさんです」

「そんなら、話が早い。こうしたことはサイ族の言い分が通るというのがこのあたりの銀河では慣習法になっている。それを知らないテラヤサ国というのは随分と文明の遅れた国ですな。

一発、帝都の郊外にある軍事訓練所に我らの優秀なミサイルをぶっ放してみせましょうか。私としては、そういうことはしたくないですし、わが指導者の長老が文化の交流と言いますからな。しかし伯爵のような無知な方にはこれが一番きくことは確かなことです」

「長老とは」

「我ら遠征隊の精神的指導者だ。わしは軍人として司令官で軍を動かす最高責任者だが、長老はサイ族の惑星の高貴な方の直属の使命を帯びている方での。

わしも、長老のご意見は尊重しなければならぬ。だからこそ、長老の意向に沿うように、平和裏に向日葵惑星とビジネスをしたいと思っているのじゃ」


「その長老の方にお会いしたいですな」と伯爵が言った。

「長老に。今は堂にこもっていますよ。」

「いつお出になるのです」

「いや、わしども俗人には分からん」

「何をされているのですか」

「軍人にそんなことを聞かれてもね。何か高貴なことをされているのだと思いますよ」


その時、その長老が出てきた。あごに長い髭が三角形の銀色の飾りのように伸びていた。浅黒い肌の顔はしわだらけで、茶色の目の眼光は鋭かった。

「わしに会いたいとな」

「はあ、そう言っておりますが」と司令官は言った。

「おい、ハルリラ。わしを知らんか」


「いいえ、存じておりません」

「お前の所の魔法はバラ色の魔法次元。わしの所は黄金の魔法次元」

「ああ、それは聞いたことがあります。魔法次元にもいくつかの種類があるというのを。しかし、黄金の魔法次元については名前ぐらいしか、知りません」        

「うん。わしはな。このあたりの銀河は黄金の魔法次元の価値観で統一されるべきだと思っているのだ。何か異存はあるか」

「と言われても、その価値観がかいもくわかりませんので」

「ふうむ。バラ色の魔法次元みたいな呑気でだらしのない所とちがうからな。

平和なビジネスとそれを守る武力。これが我らの看板だ。奥は深いから、こんなところで喋っても意味はないが、つまり皆が豊かになる。これほど、良いことはあるまい」

「武力といっても、ミサイルがあるのでしょう。魔界で開発されたという噂があるけど」とハルリラにしては珍しいほど小声で言った。

「魔界?メフィストは人の心をあやつるのだ。魔界では、物はつくらん」

「なるほど」


「ところで吟遊詩人。お宅はどんな音楽をかなでるのかな」

「出来れば、宇宙の大真理を表現するような音楽を作曲して、演奏してみたいですね。いつもはその時の気分で、あるいは好きな曲を演奏しますけど」

「宇宙の大真理。それなら、わが黄金の魔法次元の価値観を作曲してみたら、どうだ。そして、この向日葵惑星で演奏するんだ。客は入るぞ。大金持ちになることは間違いなしだ。どうだね」

「ごめんこうむりますね。ビジネスと宇宙の大真理は一致しません。魔法次元の価値観がどういうものか知りませんが、あなたの言葉とあなた方がこの向日葵惑星にやってきて、やっている行動を見て、真理とは全く一致しないということが分かりますから、そんなものは音楽にしたくありませんね」


「あんたが考えていることは幾分キャッチしておるわ。地球の方だから、キリスト教とか仏教とか、それから、わしらの科学から見たらチャチな科学を使って、何か追い求めている。どうだ。当たっているだろう。だいたい、アンドロメダ銀河鉄道で旅する奴にはそういうのが多い。」

「いけませんか」

「地球で、わしが興味を持つのは維摩経だな。あの主人公は大商人で、文殊菩薩をいいまかしてしまったではないか。しかし、黄金の魔法次元の価値観は最終的に黄金をもたらしてくれる。そこが維摩の言うことと、わしらの次元の価値観と違うところだ」

「この向日葵惑星の宝殿にある経典には興味はないのですか」

「宝殿のモナカ夫人、うん、名前ぐらいは聞いている。向日葵惑星はテラヤサ国の文明が低いから、レベルは知れている」

「文明は低くても、文化は高いということはありますよ」と吟遊詩人は言って、モナカ夫人で経験したことをかいつまんで話してみた。

「それが本当なら、少しは興味を持つな」と長老が言った。

吟遊詩人はヴァイオリンをかき鳴らし、声を張り上げた。

「わたしは野獣になりたくない。」

「野獣。 それは魔界の話ではないかな。魔界はわしも嫌いだ。毒界といわれるメフィストの住むところ」

「そのメフィストにあなたがあやつられるということはないのですか」

「失礼なことを言うな。あんなのはわしに近づくことさえ出来ぬ。

ああいうのが近づくのは心の未熟なものだけよ」

「しかし人の心に忍び込む魔界の連中がいると聞きますよ」

「わが黄金の魔法次元の価値観は素晴らしいもので、我らを豊かにする」


吟遊詩人は再びヴァイオリンをかきならした。

ある種の情熱とこころをかきならす恋慕の情がヴァイオリンの音色の中に感じられる。


食欲、性欲、金銭への欲も欲張りすぎないことが大切

人の肉体のいのちははかない

しかし、不生不滅の形のない「いのち」もある

あの銀河が教えてくれる

あの花が教えてくれる

野獣になったら、その見えないいのちを見失う

満月をみたら、美しいと思うように、

我らはいのちの美しさをみたら、その衣服につつまれたいと思う。

いのちは虚空のように目に見えない

それでも森羅万象も我らのいのちも

その神秘な虚空のいのちから流れてくる



     

10 文化交流


 トミーが異星人に株主になってもらって、水耕栽培の株式会社をつくったことを我々はカルナから聞いていた。

我々はその頃、トミーの悪友勘太郎の紹介で、ある空き家を紹介されて、そこを仮住まいにしていた。

そのそばに、カルナとアリサの姉妹は友人のリミコと三人で、親元を離れ、別邸に住み、それぞれの仕事場に通っていた。

この別邸も勘太郎の紹介だったそうだ。

我々の家とカルナの間には、小さな広場があった。

この広場に、カフェーがあり、外にはさんさんと降り咲そそぐ日差しの中に洒落たテーブルと椅子があった。

ある時、我々はそこのカフェーでお茶を飲んでいると、そこに、カルナとアリサがやってきて、トミーの話が出た。

「全く、父上のやることを邪魔するようなことではありませんか」とアリサは困ったような表情をしていた。妹のアリサは姉のようなジャーナリスト風の理屈はないが、自由奔放な性格があるらしい。

「でも、水耕栽培というのは面白いアイデアではありませんか」とハルリラが言った。

「水耕栽培のキットはいいですよ。問題は異星人を株主とした会社をつくったという事実ですよ。」

「株式会社の法律ができたそうじゃありませんか」

「ルールがいいかげんですよ。それもよりによって、ギャンブル好きの異星人を株主にするなんて。おまけにカジノをつくるなんて」とアリサが言った。アリサは異星人のサイ族のギャンブル好きの性格がどうも嫌いらしい。ここの所はカルナと少し違う気がする。カルナはあくまでも、やっているサイ族の銅山から流れ出る鉱毒などの社会問題に重点を置いている。


「でも、彼らを祭りに誘っているのは、トミーさんとか」とハルリラは言った。

祭りが近づいている。

「トミーさんをそういう風な行動にかりたてたのは勘太郎さんですよ。あの人はトミーさんの悪友です。あの二人を切り離さないと、トミーさんは父親の伯爵とことごとく対立することになりますわ。」

「勘太郎さんが悪友とは」と吟遊詩人が質問した。

「説明するのは難しいですけど、勘太郎さんはギャンブルが好きなんですよ。トミーさんはそういう人ではないのですけど。ですから、勘太郎さんは異星人に警戒心はあっても、異星人の主張する株主中心の株式会社には大賛成で、そういう国会議員にも知人がいる人でね。自分の家は宝石店で、そこの息子ですから、その店もいずれ株式会社にするのでしょう。」

「伯爵とはまるで違いますね」

「伯爵の息子トミーさんが伯爵と意見を異にするようになったのはトミーさんが勘太郎と付き合うようになってからのことなんです」


カルナはエッセイストだった。アリサは語学学校に通っていた。隣のユーカリ国の言語を習得しているようだった。リミコはカルナとアリサの親友であるが、謎の女でもあった。三人は一緒に生活していた。


我々は二つの家の間の広場で、晴れの日はカフェーの外のテーブルで、食事をして色々な話をした。

ちょつと離れたロス邸と城がそこから見えた。いくつもの家にはばまれた一キロほど先に大きな広場があって、祭りが近いことが熱狂的な太鼓の音で分かった。

「トミーさんが異星人を祭りに誘ったというのは本当かね」とハルリラがある時、聞いた。

「そうよ」

「いいことじゃないか」と吟遊詩人が言った。

「でも、来るかしら。彼らは野蛮だから、文化を理解できるかしら。私たちの国は文明と言うか武力には弱いけど、文化には隣のユーカリ国よりも優れているし、まして異星人の文明だけの文化なしという国とは違いますからね」とカルナが言った。

そんな話をしていると、アリサとリミコもやってきた。


カルナはこの間行った、サイ族の銅山の話を好んでした。

アリサは姉の話を興味深く聞いてはいた。小柄で思慮深い顔をしていたが、自由奔放ではあるが、姉には一目置いているようだった。

リミコはセクシーでいつも服を毎日、変え、フアションに興味を持っているように思えたが、何か深く考えているようなところもあった。

我々は吟遊詩人とハルリラと吾輩の三人の男である。

リミコがアリサに質問した。「ねえ、アリサ。ユーカリ国に研修旅行に行ってきたのでしょう。どんな国だった」

「どんな国って、少なくともわが向日葵国よりは文明が進んでいるわよ。」

「どんな風に」

「車が発達してるわ。それにビルも」

「我がテラヤサ国にも変な車が馬車と並んで走るようになったじゃないの。あの車」

「ユーカリの車はデザインもスマートだし、スピードも出るわよ。ただ、町に時々、装甲車に乗った兵士が巡回しているのよ。あれは何か、嫌―ね」とアリサが言った。

「それはそうよ。あの国は科学を軍事利用しようとしているのだから。銃も大砲もつくっているのよ。それに、一番の欠点は我が国よりも文化レベルが落ちるということ。我が国のような宝殿もないし、伯爵が勧めているような絵画の文化もないし、詩の伝統もないし、陶器の芸術も ない。だから、我が国に対して、独特の羨望感がある。」とカルナが言った。


「それではわしの剣は役に立たんかな」とハルリラは笑った。

「ユーカリ国はわが国に敵愾心はないようだから、怖いということでは異星人の方が不気味ね」とアリサが言った。

「ああ、あのサイ族の連中。しかし、彼らも我らとビジネスをしたいだけじゃろ」とハルリラが言った。

「そうよ。彼らはそんな悪い人じゃないと思う」とリミコが言った。


「このテラヤサ国の何が欲しいのかな」とハルリラは言った。

「宝石よ。わがテラヤサ国はダイヤモンドやエメラルド、それはもう宝石の山がいくつもある。それに金もあるしね」

「でも、今は、銅山を開発して、それで一儲けしようとしているわ」とカルナが言った。

「鉱毒が流れているのにね」

「人の国の一部を勝手に占領して、鉱山を開発するなんて、そんなことは許されんことだよ」とハルリラが言った。


「ユーカリ国にも狙われそうだね」

「ユーカリ国は倫理があるから。卑怯なことはするなという倫理は深く浸透しているし、それに、我が国ほどではないけど、宝石の山は少し持っているわよ」とアリサが言った。


「サイ族の異星人は銅山で儲けた金銭で、宝石と金を買っていこうとしているのかな」とハルリラは言った。

「それだけじゃないわ。我々の産業では陶器ね。お茶碗と皿と花瓶。これは芸術品よ。」とカルナが言った。


「なるほど」

「それから、絹の製品ね。これはユーカリ国も盛んだけど、我が国のはデザインに素晴らしいものがあって」とアリサが言った。


「それにしても不法占拠は困るわ」とアリサが言った。

「そうよ。税金も払わず、あんな銅山も占拠し、青銅をつくって、車の会社づくりに乗り出したわ」とカルナが言った。


「異星人の車を買わずに、ユーカリ国の車を輸入したらどうなのかい」とハルリラが言った。

「ユーカリ国は高い関税をかけて、我が国に彼らの優秀なのは入れないようにしているのよ」

「何故」

「ユーカリ国はわがテラヤサ国より、文明において先んじていることに優越感を感じていたいのでしょ。でも、文化の点ではひどい劣等感を持っているのよ。だから、文明では、常に優越の立場にいたいのでしょ。なにしろ、あそこは象族が多くて、鼻の長いことを自慢にしているくらいですから。

わが国の絹やお茶には憧れの気持ちがあるのに、科学技術は秘密裏にしたいらしい。」


「どうも、ユーカリ国と異星人の間に、秘密協定があるみたいよ」とカルナが言った、

「だって、異星人は来たばかりでしょう。」

「ええ、でもね。ユーカリ国が自分の国の科学技術を秘密にする政策を歴史的にとってきたことと、異星人のあの黄金の魔法次元の長老の間にそういう秘密の交信があったのじゃないかと思って」

「どんな」

「わがテラヤサ国をビジネスにおいて食い物にするということよ。そういう取引がユーカリと異星人の間であったのよ。証拠はないわよ。このことはわがスピノザ協会が独自に調べたことなの。信憑性は高いと思うわ」とカルナが言った。


「人間って、象族にしても、サイ族にしても看板は綺麗にしておいて、平和にビジネスしましょうなんて言ってきて、裏ではそんなことをするのね。親念さまの教えは本当なのね」

「なんだ。その親念の教えとは」とハルリラが聞いた。

「新念さまというのは地球の親鸞さまの生まれ変わりで、銀河アンドロメダのある惑星で布教しているそうよ。モナカ夫人の宝殿に出入りしているハリエさんがよく言っている偉いお坊さんよ。人間には、悪があるが、魔界のささやきがある場合もあるから気をつけなさいと忠告なさっているらしいことよ」とアリサは答えた。

ハリエはロス氏の執事の奥さんだった。

「ああ、ハリエさんって、病気がちのお母さま、伯爵夫人の世話をなさっているとか」

「ええ、そして足しげく宝殿に通っているわ」

「そこでは、神様もいるということを教えるのかい」

「仏さまよ」

「要するに、神仏でしょ」と吾輩はこういうことに口出すことを遠慮していたが、猫として飼われていた京都の主人の銀行員がよく言っていた神仏の方がどちらの神様が偉いだとかいう争いがなくていいと思っていた。それに、隣のスーパーの猫吉がいつもそんなことを言っていたことをふと、思い出した。ああ懐かしい緑の地球。ああ、懐かしい京都、そんな感情が吾輩を襲った。


「わしはサムライ精神だけで十分と思っている。卑怯なことはしない。悪口を言わない。強きをくじき、弱きを助ける。」

「座禅も入れて欲しいな」と吟遊詩人が長い沈黙を破るかのように微笑した。

詩人は黙ってはいたけれども、常に口元に美しい微笑をたたえていた。吾輩は先程、ちょつと神仏だなんて口走った以外はずっとかしこまっていた。なにしろ、魅力的な女性が三人もいるので、どう話の中に切り込んでいいのか戸惑っていたからだし、また彼らの話につきない興味を感じていたからでもあった。



「わしはカント九条を伯爵さまに説明したが、そんな状態では無理かな。」とハルリラは言った。

「どういうこと」

「つまり、今度の新しい国造りに、憲法をつくると伯爵さまがおっしゃるから、わしはカント九条をぜひ入れて欲しいとお願いした。」

「カント九条って」

「カント九条とは」と質問されると、ハルリラは目を輝かして説明した。宇宙インターネットによると、銀河系宇宙に、ある惑星があって、カントいう偉人が出て、永遠平和の惑星をつくるべきだとして平和の提言をして、その九条がまるでモーゼの十戒のような美しい響きを持っているという。なにしろ、戦争を否定し、武力による威嚇、又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄すると書いてあるそうだ。

隣のユーカリ国だの、異星人だの、武力にまさる国があって、このカント九条を絵空事のように思う人も多いと思われるが、このテラヤサ国がこの向日葵惑星の平和のイニシャチブを取れば、このテラヤサ国だけでなく、ユーカリ国もまたその海の向こうのいくつかの国も武力を最小限にして、永久平和を宣言することができる。ただ、異性人はちょつとわしの計算違いではあるが、今のところ、ビジネスでいけそうであるのだからと、このカント九条を新政府にのませることが出来るチャンスであると、ハルリラは言った。

「それは素晴らしい条文ね」

「カント九条をつくり、向日葵惑星すべてにこの条文がいきわたるように、武力は警察力程度におさめる運動を展開する。これは夢みたいな話だが、

もう銀河の中には武力で滅びた惑星がいくつあることか、温暖化で滅びた惑星もある。地球の恐竜が滅びたのは自然災害だが、ヒト族は自らを滅ぼす道具を発達させているというのはどこの銀河でも悩みの種になっている」

「そう。その考えは伯爵さまが新政府に伝えているわ。しかし、異星人だの隣国のユーカリ国だのに対する保守派と改革派の思惑が色々からんで、そんなにすんなり行くかどうかは今の段階でははっきりしないみたいよ。

ただ、わがスピノザ協会の議員が活動していますから、望みはあるわ。スピノザの神は密度無限大の特異点から宇宙は始まったという科学とも相性がいいの。それに理想を目指すのですから」とカルナが言った。

「あら、宝殿の議員も三人いるから、それも加えたほうがいいのでは。ハリエさんが言っていたわよ」

「でも、難しいと思うわよ」とリミコが言った。

「どうして」

「だって、あなたも言っているように、異星人はミサイルを持っているのよ。

それから、ユーカリ国は大砲も新式の銃も持っているのよ。それで、どうやって、彼らと対抗するのよ」



「文化交流ね。彼らは我らの伝統のある文化を学びたいはず。かって、我が国は極度に文明が発達し、千年前の戦争によって破壊されたのよ。知っているでしょ。そういう悲惨な経験のあと、廃墟の中から文化、陶器、絵画、詩、演劇という風に文化の成熟をめざして復活したの。今にいたったこの長い歴史の中で、古代の文明と復活したあとの努力の結晶の文化の輝きは異星人もユーカリ国もまぶしいような憧れで見ているのよ」

「それではますます、異星人が祭りに来ることが楽しみですな」

と吟遊詩人が言った。

「でも、問題は彼らが来るかどうかよ」とカルナが言った。

「周囲の状況は難しいが、我らが今度、あの異星人の長老と話し合ってみますよ」と吟遊詩人が言った。

「本当」

「本当ですよ。アンドロメダの旅人がお役にたてれば、嬉しいです」


そう祭りが近い。吾輩も楽しみにしている。異星人は来るだろう。来た場合にトラブルはおきないのだろうか。そんな思いが吾輩、寅坊の頭をかすめ、詩句が浮かんだ。


祭りがやってくる。祭りがやってくる。

太鼓の音が胸に響く

笛の音は夢の緑のよう

さあ、踊ろうよ。すっかり頭が空っぽになるまで踊ろうよ

美しい日差しから夕方の黄金の空、そして星の輝くまで

全てを忘れて、皆で踊ろうよ。

さすれば、つまらぬ妄想は消え

踊る人はみんな友達になる

見ている人も友達になる

踊れよ、おどれ、向日葵の惑星は珠玉のように輝くだろう。


       




 11 いのちに満ちた明珠

 祭りの前日の夜、花火があがった。和田川の河川敷であげたのだろう。

明日は昼間から、山車がでて、昼過ぎから向日葵踊りが始まる。異星人はいつ来るのか。

我々の家から、花火はよく見えた。何も和田川まで行かなくても、よく見えるので、ここは高級住宅地になっているのかなと思ったくらいだ。

ポーンといくつもの音がして、小さなボールのような赤いものが上空に上がると、そこでまたポーンと音をたてて、周囲に丸く円を描くパターンが多いが、その花模様は色々で、中には富士山のような山を山の稜線を小さな丸い花火でつくりあげている花火の技術はたいしたものだ。

何かの御殿のような建物、巨大な向日葵のような花、そんなものすら黒い星空に上がるのだから、その美しさは胸をはっとさせ、頭の中を空っぽにしてくれる美しさだと思った。

しばらく見とれていると、その花火の音の中に、やや鋭い一発の音が近くで聞こえた。我々は花火の音とも思ったが、何か銃声のようにも思えたので、奇妙な違和感をおぼえた。



この国で、こんな鋭い銃声を聞いたのは初めてだし、一般には流布していないものだと思っていたから、不思議に思った。


いつの間に、ハルリラがいないで、吟遊詩人が吾輩と一緒に花火を見ているのだ。ハルリラはトイレでも行ったのだろうと思っていた。

吾輩は花火の方向とは別のカーテンをあけて、そちらの方に視線をやり、凝視した。巨木の陰に、何か二人の人影が向かい合っている。


一人はハルリラだ。相手は最初よく分からなかったが、どうもリミコらしい。

吾輩は静かに、部屋を出て、ドアを開けると、リミコは銃を持っている。

「拙者を光でおびきよせるとは不敵なことをするな」とハルリラが言った。

「気がついた。さすが、魔法を使う人だけあるわ。でもねあたし達の文明に比べたら、あなたの魔法なんて玩具みたいなものよ。それで、何の魔法次元なの」とリミコは聞いた。

「そんなことを言って良いのか。長老は黄金の魔法次元だろ。わしのはバラ色の魔法次元。盾の術。その程度の銃は拙者の魔法の盾で防ぐことが出来る。」


「あたしはあなたの手を狙ったのよ。余計なことをするなという警告を込めてね」

「余計なこととは」

「カント九条をわれらにのませようという策略よ。長老さまはおひとが良いから、私が先手を打っておかないとね」

「お宅は異星人のスパイか。サイ族のくせに、鹿族に変身するとはなかなの魔法だな」

「あら、この程度のお化粧はね」

「カルナとアリサの家に、スパイとして入り込むとは、魔法よりも中々の策略家だな。この国に来て、何を狙っているのだ」

「あたしのような下っ端に、そんなことは分かるはずがないでしょ」


「鉱毒事件が起きているよな。銅山から流れ出る鉱毒が和田川に流れ込み、そして、そこの周囲の野菜畑にしみ込んだ鉱毒はウサギ族の村を襲った。君ら、サイ族はこの国の人達に害を与えにきたのか」

「ビジネスよ」

「なら、何でスパイみたいなことをするんだ」

「これは長老さまの言いつけなのよ。わたしは彼の秘書ですから、そういうことは率先してやらないと」

「何で、カルナさんの家に入り込むのさ」

「だから」

「長老さんのことは分かる。俺が聞いているのは長老さんが何でカルナさんに興味を持つのかということよ」

「カルナさんがスピノザ協会に入って、私たちのビジネスを邪魔しようとしているからでしょ」

「なら、スピノザ協会に忍び込んだ方が情報が得られるのではないか」

「そうね。確かにそれは言えるわ。私もよく分からないの。

でも、あなた方みたいな銀河鉄道の客が来ているという情報も必要なのよ」

「俺が」とハルリラは言った。

「俺なんか、ただの旅人よ」

「あなたは仕官しにきたのでしょう。純粋な旅人は吟遊詩人とあの猫族の男だけでしよ」


突然、「僕も旅人ではあるけど、サイ族の鉱毒事件は賛成できないな」と吾輩は彼らの前に飛び出して、言った。

「危ない」とハルリラが言った。

リミコから銃が発射されたのだ。

ハルリラはそれより早く、虹のような煙幕を吾輩の周囲にはっていた。

吾輩は間一髪でどこかをやられる所だった。「左手を狙っただけよ。余計な邪魔をしないでという意味で」とリミコは言った。

虹が晴れ、夜の中で星がまたたき、いつの間に、広場の四隅にある街灯が広場をうすぼんやり明るくしていた。


大きな花火が上がった。いくつもの向日葵のような花火が色もいくつも描き出し、美しいと思った。

吟遊詩人が下りてきた。

「どうしたのですか」

ハルリラが簡単な説明をした。

「カント九条は何も策略なんかではない。この惑星の平和のために、必要なんだ。

いのちは何よりも尊い。なぜ、そんな武器を使って、大切ないのちを奪おうとするのかな。

ビジネスで来たのならば、紳士道で行くべきではないか。

文化の交流。例えば、互いに互いの国の詩を朗読する。詩の交換だ。音楽でも同じ。

そうすれば、争うという気持ちはなくなる。

ぜひ、異星人の皆さんに祭りに来るように、あなたが帰って、説得してほしい。

特に、長老によろしく。



ほら、鳥の声が聞こえるではないか、何という鳥だが知らないが、美しい声だ。私のヴァイオリンにも負けないような音色だ、魂を引き込むような鳴き声が星の輝く夜空に響く。

これが詩ではないか。こんな神聖な生命のみなぎる所で、いのちに危害を加える武器を持つとは」

「ハルリラだって、持っているではないの」とリミコは言った。

ハルリラは刀を腰から抜いた。そして夜空に、地球のよりかなり大きめの満月の光が銀色の刃にあたり、美しく輝いた。



「この刀はいのちが危ない時しか、使わない」とハルリラは言った。

私は歌う、平和を歌う。カント九条を歌う。と詩人は目を輝かせて言ってから歌い始めた。

「満月の差し込む光の慈愛

どこからともなく吹く霊のそよ風

呼吸の中に感じるいとしの君の声

ああ、わが愛は電波のごとく君の元に届く

さあれ、銀色の輝く刃は何ゆえに、森のざわめくいのちの広場に

慈悲の光よ、刃をおさめてくれ、」



吟遊詩人はそう歌った。ハルリラは刀を鞘に納めた。

リミコは涙を流していた。

「無駄な争いはやめよう。異星人、君の仲間を祭りに呼んで欲しい」と詩人は言った。

「しかし」とハルリラは言った。「異星人の銅山開発は車をつくり、売るというビジネスだけではないようですぞ。銅は大砲になります。こういう武器をつくるかどうかで、新政府は意見が分かれていて、伯爵さまはもちろん、反対しておられるが、新政府の保守派も改革派もこの点に関しては異星人の要求に同意しようとしているのですぞ。

産軍共同体をこの国にも作ろうとしているのです。産軍共同体のアイデアはおそらくメフィストの入れ知恵ということもありうる」

「産軍共同体が出来ると、異星人は儲かるというわけですか。あくまでもビジネスの形をとりたいということですね」と吾輩は言った。

「その通り。隣の国、ユーカリ国では、産軍共同体はできあがっている。あの国は倫理的には良い国だから、積極的に戦争をしかけることはしないが、その裏の産軍共同体は戦争をすると儲かるという仕組みになっている。この間は、向こうの小国で民族問題でトラブルがあった時、つまり、さらに向こうの大国が大砲をぶっ放した。ユーカリ国もぶっ放した。幸い、大きくならず、収まったけれど、結局ユーカリ国の産軍共同体だけが儲かり、一部の金持ちに大金が転げ落ちたという事実がある。そうだろう。リミコ」

「あたしがそんなだいそれた政治的な思惑のことなんか知っているわけないでしょ。長老か、司令官に聞くことね。でも、そんなことは教えるはずもないけれど。あたしの感触では、あたし達はあくまでも、この国とビジネスをしたいだけで、遠い宇宙空間を飛んできたのよ」

「そんなことなら、君をカルナ邸に、スパイにおくる筈がないだろう」

「スパイと言われても、何もただ、カルナとアリサの話し相手になっていただけよ」

「その内容を長老に報告する。そうだろう」

「でも、何も悪いことなんか、言ってないわよ」

「あたし達は何も悪いことなんか、話をしませんから。でも、異星人の噂はよくしたじゃないの」とカルナは言った。



「問題はだね。悪いことをしていないというのは言い訳だということよ。

カルナとアリサという姉妹の情報を知るために、サイ族である君が鹿族に変身し、二人をごまかしてまるで親友のように振舞って、一緒に住むということ自体が既に問題なんだ。」とハルリラが言った。

リミコの唇が歪み、目に涙が浮かんだ。

「異星人である君たちサイ族が祭りに参加するように、君からも言うことだよ。それが実現できれば、真の意味の友好の足掛かりになる。祭りは天からのものだ。その中で、踊りあかせば、変な妄想は消え、ヒトは仲良くなれるものだ。人間社会には、身分だの、役職だの、金銭を持っているか持っていないかだの、成績が良いか悪いかなどということで、互いに偏見を持つ、人間はサイ族も鹿族もウサギ族も猫族も熊族もみんな一個の明珠の中に入るんだ。

祭りは明珠に入ってきたものを仲間として受け入れ、みんなあたかも魂がとけあうかのように、不思議な愛の光に包まれてしまうのだ。

これは宗教の中で言われることではあるが、宗教とはいのちとは何かということだと思う。生命とは何かということを科学とは違った視点から解き明かしたものだと私は思う。そう思わんかね」と吟遊詩人が言った。

吟遊詩人はヴァイオリンを奏でた。まるで、祭りの太鼓と笛のように、いのちの喜びにあふれた音色だった。



つまらぬ妄想を捨てよう

みんな仲間なんだ

レッテルだの偏見だのそんなものに縛られない

素裸の魂に愛の衣服を着せて、

天の恵みの光に包まれて

踊ろう

山車は宝塔のように、神仏をのせた乗り物

その美しい宝石に飾られた山車を引いて

我らヒトは平和と愛に向かって、前に進もう


【つづく】




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