第九話「気の弱そうな少女」
「――」
微かに声が聞こえてくる。
それは少し甲高く、少女の様な可愛らしい声だ。
「――ねえ」
その声はより明確な言葉になっていき、また自身を呼んでいるのだと彼は理解をする。
「ん……」
草花が沢山生い茂っている様な場所で眠っていたルーベルは眼を開けて身体を起こし、欠伸をしながら両腕を上に伸ばす。
大きく口を開け少しの涙を流しながら前を見てみると、そこに居たのは自身と同じ位の歳であろう少女。
「あ、起きた」
「……誰?」
黒い髪を団子の様に二つ括っており、垂れた髪は肩に掛かっている。
胴着を着ており怪我をしているのか頬に大きなガーゼを貼っている彼女は、寝転がっているルーベルを上からじっと見ていた。
「起こしちゃってごめんね。でも、花が下にあったから……」
「あ」
ルーベルは彼女にそう言われ先程まで寝転がっていた所を起き上がって見てみる。
するとそこには少し萎れてしまった赤い花が数輪あった。
「悪い……育ててた花だったのか?」
「……うん」
「ごめん。余りにも気持ち良さそうな所だったから、気にせずに寝ちまった」
太陽が丁度昇っている位の陽が差す時間に加え、草や花が沢山咲いており良い匂いのする場所。
日向ぼっこを楽しむには最適な環境だったのだ。
ルーベルは彼女に頭を下げて謝ろうとするが、彼女はいいよ、大丈夫と少し笑ってみせた。
「この花はね、枯れても人の魔力ですぐ再生するんだ」
彼女がその花に触れると、それは言った通りにみるみると元気を取り戻していき、仕舞には綺麗な赤色を魅せていた。
「おお、凄いな」
「ね」
彼女はその花を見た後、満面の笑顔でルーベルの方へと向く。
それはとても無邪気さを感じさせるものであり、寝起きの彼にとっては眩しすぎる程であった。
「よいしょっと」
そして彼女はまだ眠そうに大きく口を開けている彼の横へと座る。
個人的に彼に興味を持ったのか、ただ座りたかっただけなのかは分からないが、ルーベルも彼女に聞いてみたいことがあったので好都合ではあった。
「ねえ、どうしてこんな所に来たの?下の方には危ない魔物も出るのに」
彼女は不思議そうな顔でルーベルを見る。
まあ自身の恰好を見て誰も旅人だとは思わないよな、と少し自虐めいた事を心中に抱えながら彼は笑顔で答える。
「旅だよ。王都を目指してるんだ」
「え、幾つ?」
「十五になったばっか。まあそうは見えないだろうけどさ」
座っていても彼女より少し身長が低い事を理解していた彼は、驚きを見せている彼女に対して少し悔しそうな表情をしていた。
「そ、それにしても同い年なんだ、奇遇だね」
「……まぁいいよ、どうせ伸びるしな!」
「うん、男の子だから伸びるよ!」
ルーベルはため息をついてしまう。
「つーか、リンは……」
「?」
ルーベルは彼女の首から下を一瞥しながら、何かを考える様に顎に手を当てていた。
「多分武道家だよな?」
「あはは、まんまだもんね。ルーベル君はどうして着物を着ているの?」
「俺の村じゃあこれがスタンダードなんだよ。昔からずっとこれだったから、普通の洋服はどうも苦手でさ。それにこれは親父から貰ったもので戦闘に特化してる特注品なんだ」
「戦闘……」
「まあ昔は洗濯がめんどくさかったらしいけど、今じゃ魔法道具で一発だしな。楽だよ楽、これ以外着れねえ」
「着物なんて着た事ないなあ……生まれてからはずっと胴着だったから。ちょっと羨ましいかも」
リンは少し羨ましそうな目で彼を見ていた。
「で、リンはあそこで修業してるのか?」
ルーベルが指したところにあるのは赤色の屋根の大きな建物。
ここ『バラド』山の中腹からもっと上にあり、外から見ても分かる程に存在感を出している。
「……うん。でも、今はサボり中かな」
えへへと彼女は申し訳なさそうに笑う。
「だ、大丈夫なのか?勝手なイメージじゃああいう所って厳しそうだけど」
「あはは、その通りだよ。でも私ね……人と戦う事が苦手なんだ。身体を鍛える事自体は嫌いじゃないんだけど。……傷付ける事も傷つく事も怖いんだ」
「……」
じゃあなんで武道家なんてやってるんだ、と本心では思ったルーベルだが、事情は色々とあるだろうとぐっとこらえる。
それと同時に彼は忘れる様にぐーっと腹を鳴らした。
「あー腹減った。携行食も悪くはねえが、たまにはあったかくて美味い飯食いてえなあ」
「それなら――」
リンはここよりももっと上にある赤い建物に指を指す。
「『破砕館』に寄ってみるといいよ。今は門下生じゃなくても入れる時期だから」
「はさい……ああ、道場の事か」
「うん、名物の破砕館ラーメンは本当に美味しいの」
ラーメンと言う名前を聞いて、少し昔を思い出していたルーベル。
「へえ、ラーメンか」
「うん、是非食べていって。あ……でもここから頂上までの階段は本当に長いから大変だと思うけど。地獄の階段って呼ばれる位だから」
「ま、寝起きの運動には丁度良いかな――っと」
ルーベルは立ちあがり、尻に付いた草諸々を払い除ける。
「よし、じゃあリンも一緒に行こうぜ。良かったら中を案内してくれよ」
ルーベルは座っている彼女に手を差し伸べた。
しかし、リンは顔を俯かせ、彼に頭を下げる。
「……ごめんね、私ちょっとやらなくちゃいけない事があって。先に行ってて」
「?そうか、じゃあな」
「うん、ばいばい」
ルーベルは彼女の表情について何か引っかかりながらも準備運動をし、山の頂上へと走っていった。