第五話「盗賊のウワサ」
「はぁ……」
遠く離れた所に付いている灯が少しだけ差している様なとても薄暗い牢屋。
そんな錆びた鉄格子の中で、頑丈そうな鉄の手錠を手首に掛けられている黒髪の女は大きく溜息を付いていた。
「よぉ、姉ちゃん」
「……」
高級そうな衣服を着用している彼女に話しかけるのは、牢屋の外に居る口の周りに髭を生やしている男。
ボロイ衣服を着ており、首には赤い角を生やした悪魔の様な生物が描かれてあるネックレスを付けている。
彼女は声を聴いた瞬間に、その男を鋭い目で睨み付けていた。
「おいおい。そんな顔してると折角の美人が台無しだぞ?」
「……話しかけないでよ」
「おーこわいこわい」
男はニヤつきながら、舐めまわす様な視線で女のあらゆる所を視姦する。
「うーん、美人だ。……いいねえ、流石は有名商人の娘だ。ぬくぬくと良い飯を食って育ってきたんだろうなあ?胸も大きいし、良い身体してんぜ全く」
「……っ」
「誇れよ、在庫はざっと十人程度いるが間違いなくアンタが一番高い値段を付けられるだろうからさ。まあもう高値が付いているガキも居るが」
「っ――!?」
それを聞いた彼女は、先ほどの表情から打って変わって動揺した様子を見せる。
「子供まで……!?」
「ん、つーか半分位はガキだぜ?ガキは貴族によく売れるんだよ」
「っ……!」
「いやいや仕方ねえんだって。俺達もやりたくねえんだけどよお、生活がホント厳しいんだ。許してくれよ、な?」
女はこれ以上無い位に軽蔑をした目を男に向ける。
「……幾ら――」
「?」
「幾ら払ったら、その人達を解放してくれる!?金は出せる!」
これ以上無い位に屈服した表情を見せる彼女を見て、男は手を顎に当てニヤつきながら彼女の胸をじーっと見つめていた。
「んーそうだなあ。金っつーより、ヤらせてくれたら皆解放してやってもいいかもな?」
「っ――!クズ!」
「ははは、だろ。倫理観なんてモンは棄てちまった方が、この世で生きていくのには楽なんだよ」
×
「おっちゃーん、チャーハン追加」
「……お、おう」
刀を席の横に置いている紅髪の少年――ルーベルの前には自身の顔を覆い隠してしまう程の量の皿が置いてあった。
それは数十秒毎に追加されていき、未だその流れが止まる気配は無く、まだまだ増えていく。
「醤油ラーメン大盛追加で」
「ま、まだ食うのか!?こりゃあ驚いた……おめえ小せえ癖によく食うなあ。見てるこっちが腹一杯になりそうだ……」
花柄のエプロンを着用している髭面の店主は、最早相当に蓄えておいた食糧庫の心配をしなければならない程に小さな少年のその食いっぷりに驚嘆していた。
「いやあ、数日食えなかったモンでさ。腹減ってんだよ」
「数日って……何があったんだ?」
「何か訳の分からない山で迷っちまってな。でっけえ魔物も出てくるし大変だったぜ」
「へえ……アンタどっから来たんだ?王都の方からか?」
「真逆。カーナ村だよ」
ルーベルは口に飯を含みながら、北の方向へと親指で指す。
「カーナ村……あー、四角人参が取れるド田舎か」
「ド田舎じゃねえよ!ちゃんと学校も図書館もあってだなあ……まあ田舎か」
「ん、カーナ村から迷う所なんて無いだろ?まあ途中には危険指定区域のテーザ山があるが、あそこに行く様なバカは居ないし回れば道も整地されてあるし……って」
「あ、おかわりね」
店主はまだ食おうとしている彼に対してよりも、自身のある予想について驚愕していた。
「に、兄ちゃん、まさか……テーザ山を超えて来たのか!?」
「ああ、周り道すんの面倒臭かったからさー。地図見りゃここ真っすぐ抜けた方が早いと思って」
それについて淡々と木のスプーンを握りながら語る自身よりも一回り小さい少年を見て、信じられないと言った様な表情をしていた。
「よ、よく生きてるな!あそこはC級の魔物も出るって話だぜ!?森に入ったら最後、帰って来れる奴は居ないって……」
「そんな強い魔物は居なかったけどな……まあ所詮は噂だろ。ふう、ご馳走様でした」
ルーベルは両手を合わせ、店主に頭を下げた。
「いやあ人は見かけによらないとは言うが、実例を見たのは初めてだな!これは驚いたモンだ」
「まあね、これでも傭兵やってっから」
ルーベルは巾着袋の中から取り出した札を机の上に置き、席から立ち上がった。
「あ、兄ちゃん」
横に置いてあった刀を取り、出ていこうとすると店主に止められる。
「ん、これじゃあ足りなかったか?」
「いや、アンタに教えておきたいことがあってな」
「……?」
「ある話を小耳に挟んだんだけどよ」
店主は札を確認しながら口を動かす。
「どうやらルイビ村の近くで凶悪な盗賊団が出たって話らしいんだ。もう既に何人か攫われちまってるって」
ルイビ村。
それはここから大体数キロメートル先にある長閑な村であり、傭兵ギルド『ザーグ』が拠点にしている所でもある。
カーナ村程ではないが、まだまだ田舎の部類に入る位には何も無い村だ。
「……ふーん」
「しかも噂によると、有名な商人の娘も捕まったんだとよ。ったく、ホント怖い世の中になったもんだ」
「商人の娘、か」
「だから、兄ちゃんも気を付けた方がいいぜ。いくら強いって言ったって、危ない盗賊に襲われりゃあひとたまりもねえからなあ」
「そうだな……旨い飯と良い情報サンキュー。釣りは受け取ってくれ」
「おう、達者でな!またあの食いっぷりを見せに来てくれ」
「次はもっと食うぜー。じゃあな」
ルーベルは鈴が付いている木製の扉を開け、出ていった。
(盗賊……か。この辺りじゃあ珍しい話だな)
彼は先ほどの話を気に留めながら、南の方向へと足を進めていく。