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第二話「故郷カーナ村」

カーナ村。

そこは世界で最も広大且つ安全だと言われるセキュア大陸最東端に存在している村落である。

人口はとても少ない上に生活施設も必要最低限の物しか無いが、この辺りは危険な魔物が全く出ない為、世界で最も安全な村としてどこぞの誰かが作った記録に載っている程だ。

ここで採れる四角人参は通常の物よりも栄養素が高く、王都で流行っている健康飲料などによく使われている。

それ以外に説明出来る所は特に何も無い、つまりはド田舎である。


「はー……」


周りに見えるのは藁や土で出来ている物ばかりで、生活必需以外の娯楽建物等は全く見当たらない。

辺り一面には畑しか無く、だだっ広い道には魔灯さえ立っておらず、ランタンを持ち歩かなければ夜に散歩する事さえも難しいだろう。


「変わんねえなあ」


腰に刀を差し着物を着ている紅髪の少年――ルーベル・レルバリアは布で造られたボロい巾着を右手に持ちながらその村に足を踏み入れていた。

どこを見ても周りに人が居ないのはまだ太陽が昇ろうとしている早朝前と言うのもあるし、この辺が居住区域では無いのだからだろうが、それにしたってこの人気の無さにはやはり田舎を感じざるを得ない。

何より怖いのはどう考えたって他の街に比べれば全てに於いて不便なハズなのに、長年住んでいれば何一つ不自由さを感じない事なんだよな、とルーベルは少し苦笑いをしながら目的の場所へと向かう為、二か月ぶりの故郷を歩いていた。


「まあ言っても、二か月だからな。んな変わんねえか」


十分程度歩くと、そこらに見えるのは田んぼでは無くなり、ルーベルが通っていた学業施設や図書館などが存在している村の中心部へとたどり着く。

ルーベルは知人に挨拶をしていこうとは思ったのだがこの時間はまだ皆寝てるよなあと、取り敢えずは目的の場所へと向かおうとすると、ある音が微かに聞こえてきた。


「お」


それはポンポンとボールを蹴る様な音。

周りが山ばかりと言う事もあって、音が響いて聞こえてきた。


「そういやこの時間は……」


ルーベルはその音が聴こえた瞬間にある事を思い出し、一旦脚を止めて広い運動場へと入っていく。

中を見てみると、独りポツンとボールで遊んでいる子供が視界に入った。


「おお、やっぱり。久しぶりロコ」

「……」


ルーベルがロコと呼んだ子供は、鋭い目に加え髪が短く黒く焼けた肌をしている。

その風貌から一見男の子と間違ってしまうが、所謂ボーイッシュな少女だ。

彼女は見た目の通りスポーツが大好きであり、いつもこの早い時間から一人で朝練を続けている事をルーベルはよく知っていた。

どうやら王都で盛んなスポーツ『サッカー』のプロ選手になりたいようで、サッカーボールをなけなしのお小遣いで買って以来は、食事中ですら離した事が無い程らしい。

以前ルーベルとドリブル勝負をした事があるのだが、彼自身運動神経は異常に良かったので未経験ながらも当時の彼女に勝ってしまっていた。

そこから彼女は彼の事を尊敬する様になり、去年までは一緒に練習など付き合っていたのだ。


「お、おい?」


だが丁度二か月ぶりの挨拶をしたのにも関わらず全く微動だにしない彼女を見て、ルーベルは少し不安になっていた。


「どうした――」


余りに無言が続くのでルーベルが彼女の肩に手を掛けようとしたその瞬間だった。


「――師匠が帰ってきたっ!」


なんとロコはいきなり村中に響き渡る程に大きな声を上げ、涙を流しながらルーベルに抱き着いていたのだ。


「!?お、おい抱き着くなっ!色々付くだろうが!」

「んなの別にいいじゃんかよぉ!ひでえよぉ!」

「わ、分かったから一旦離れろ!で、落ち着け!」


ルーベルはお気に入りの和服を鼻水諸々で汚されたくなかったのか、必死で彼女を引き離す。

そして彼がなだめる事五分、落ち着いたのか彼女は嗚咽しながらゆっくり喋っていた。


「ホント死んじゃったかと思ってさ……村の皆も心配してたし、初めは大丈夫だって言ってたんだけど、皆日にちが経つほどにネガティブな意見ばっかになるから……」

「ははっ、皆らしいや」

「笑いごとじゃねえよ!マジで心配したんだからな!」

「バーカ、俺が死ぬかよ。……まあ、確かにちょっとは危なかったけど」


ルーベルは昨日死にかけた事を思い出し、少しナーバスな気持ちになってしまう。


「……なあ、もうこんな危険な事は辞めろよ。ギルドなんかで働くよりさ、運動神経あるんだから絶対サッカーやった方がいいよ!ルーベルなら練習すればスター選手になれるからさ!どうせこの辺の魔物連中なんか弱っちいんだし、他の傭兵たちに任せておけばいいじゃんか!オレと一緒にプロを目指そうよ!」

「へぇ……まあつまりは、俺が居ないと寂しいって事をお前は言いたいのか?」


ルーベルは少しニヤついた表情でロコをからかう。

思春期特有の物なのか、ばっかじゃねえのと否定しながらルーベルを殴った。


「いてっ」

「さ、寂しくなんかねえよ!オレの練習相手が居なくなっちゃうってだけ!」

「ははっ、そこかよ。……まあ、そうだな。ロコからすりゃ、俺のやってる事なんてのは意味分かんねえよな」

「オレだけじゃなく村の皆言ってるよ!……まあ、もういいよ。だって帰ってきたって事はさ、これからは練習に付き合ってくれるもんな?」

「……ああ、そういや話をしてなかったな。俺はこれから――っておいおい……!」


『あ、ルーベルだ!』

『帰ってきたのか!お前ホントに生きてたんだなぁ!』


ロコと話している最中に何か音が聞こえるなとルーベルが校門の方へ振り向くと、なんと見知った顔が沢山集まっていた。

どうやら先ほどの泣き叫んだ声が村中に聞こえたらしい。


「はは、懐かしい顔ばっかりだ。皆ぁ!帰ってきたぞ!……ロコ、また後で詳しく話すよ」

「……?」


ルーベルはそこから一時間程、ずっと質問攻めを受ける羽目になった。



×



カーナ村の北の方には『ヒーロー』と言う酒場がある。

そこは一応傭兵ギルドとして活動はしているのだが、ここにやって来る仕事は大半が平和ボケを象徴した様な物ばかりで、酷い時には隣の村までのお使いの様な正直レベルの低い任務まである程なのだ。

その為、収益が全然入ってこない理由から飲み屋としての営業が殆どになってしまっているのが実情である。

ルーベルも『ヒーロー』所属のギルド員ではあるのだが、依頼が来るのは殆ど稀なので普段はここでバイトをしてお金を稼いでいた。


「よっ、帰ってきたぜ」

「なんだ……って、ルーベルじゃねえか!?」


ルーベルが音が鳴る様に木の扉を乱雑に開けると、中に居た数人の男性達が彼の方を驚きの表情で見る。


「お前生きてたんだな!」

「お、おう。てか、昼間っから何してんだ……飲みまくってんじゃねえか、酒臭え」

「うるせえ、仕事がねえんだよ言わせんな。それより、お前……まさかあの『ライオ』を倒して戻ってきたのか!?」

「ほら、証拠の角だよ」


ルーベルは手で持っていた布巾着を開け、中に入っていた赤い角を机に載せた。


「「おおー!すげえ!」」


一同は立ち上がり、机に置かれたそれをずっと見ていた。

と言うのも、ギルドでは依頼を受けると討伐証明の為に指定された部位を一つ剝ぎ取って持っていかなければならない。

その部位自身は証明の為に使われた後に依頼によっては貰えたりするのだが、B級クラスの魔物の部位だとこれ一つで数万円の値段が付くほどに希少な物なのだ。


「ライオっつえば、冒険者殺しって異名が付いている程の化物だ。話じゃあ、銅クラスの冒険者でさえソロで挑む奴は居ないって話だぜ?それがお前、勲章すら持ってない十四歳の少年がまさかのソロでB級を倒しちまうんだ。すげえよなあ」

「十五な。まあ勿論楽じゃなかった、何度か死にかけたし。まあ勝ったけど」

「ったく、生意気にもちゃんと成長しやがってよぉ。俺たちみてえな田舎のしょっべえギルドからも凄いルーキーが出てきたもんだ。王都の大型ギルドでも珍しいんじゃねえか?」

「……さあ、俺は王都の人間を知らんから何とも。まあ少なくともアンタ等よりは凄いだろ」


ルーベルは酔っ払い達を見下すような目線で蔑みの視線を向ける。


「いいんだよ、俺らは酒飲んでたまに仕事するくらいでさあ。ここがそんだけ平和だって事だよ」

「にしても酷すぎだろ」

「……はぁ。ったく、数年前まではあんな可愛い子供だったのによ。捻くれちまって。あーもう、酔いが冷めそうだからお前の恥ずかしい話でもして盛り上げるか」

「……!その話は辞めろ!」

「おい、聞けよ皆!こいつ前さ、女を知りたいとか突然オレに言い出してよ。仕方ねえからちょい離れた村まで連れて行ったんだよ。で、俺の知り合いを呼んで合コンをセッティングしてやったの。じゃあさ、こいつマッッジで会話下手でさ、皆飽きてすぐに帰っちゃったんだよ!可愛い女の子相手に魔物との戦い方を本気で教えようとするんだぜ!マジ爆笑!」

「なんだそりゃ、最高だな!いくら強くてもやっぱりまだまだ十五の童貞坊やだな!王都じゃお前位の歳の七十パー以上はもう童貞じゃないってよ!」

「よっ、銀クラスの童貞!」

「ああもう、クソ酔っ払いオッサン共がっ、酒に溺れて死ね!」


これ以上酔っ払いのノリに付き合いたくない、と彼は飲んだくれのオッサン達から距離を離し、カウンター席へと逃げる。


「マスター!」


そして机に置いてあった呼び鈴をチリンと鳴らす。

すると、店の奥からはーいと野太い声が聞こえ、髭を生やした大柄の男性が現れた。


「おお!久しぶりだな、ルーベル」

「バルドさん、久しぶり」


水を机に置いてくれたその中年男性の名はバルド・レイダー。

口を覆う様に黒髭を生やしており、右瞼付近には大きな傷跡がある。

ルーベルよりも二回りも三回りも大きな背丈に加え、その見た目の怖さから噂では村の七不思議の一つとして扱われていると言う話も聞いたことがある程に見た目のインパクトは強いが、気さくで優しく幼少時代からルーベルの面倒を見てくれていた良い人だ。


「背は……んな変わってねえか。ったく、まだまだチビのまんまだな」

「いや、二か月でそんなに伸びる訳ねえだろ!それにアンタがでかすぎるんだって!」

「はっはっは!冗談だよ、よく無事に帰って来てくれた、おかえり」


ルーベルは彼の様子を見て、周りの反応とは少し違う事驚いていた。


「……あんま驚かないんだな?これでも一応B級の魔物をソロで狩ってきたんだぜ」

「ん、そりゃあ当然だよ。お前は昔からやると決めたら時間を忘れてでも努力する子だったからな、これくらいは簡単に成し遂げられるだろうと思っていた。やはり、お前はダーゼットの息子だよ」


バルドは自分よりも二回りも三回りも小さい少年の頭をポンポンと叩く。

ルーベルは何処か気恥ずかしそうにしながらも、顔を綻ばせていた。


「バルドさん、ありがとうな」

「ん、何がだ?」

「いや、こんな無謀なクエストを俺なんかに受けさせてくれてさ。本来ならB級の依頼なんて絶対ウチのギルドなんかに回ってこない筈だ。しかもそれを勲章無しのガキに任せるなんて、ギルド協会の認可が下りる筈が無い。あのクソ親父が協力する筈無えし、って事はギルドマスターのアンタが根回ししてくれたんだろ。……今の俺じゃあ何も出来ないけどさ、この恩は絶対返すよ」


ルーベルは感謝の言葉を述べ、バルドに頭を下げる。

幼少時代からギルドで働かせてもらっていたルーベルにとって、彼は恩人以外の何物でもないのだ。


「なあに、ただの老い耄れが未来ある若人の可能性を見てみたかっただけさ」

「……その期待に応えられてよかったよ。俺も正直な所不安だったからな」

「はっはっは!あの『暴れ猫』と呼ばれていたルーベルが珍しく弱気だったんだな!それだけ懸かっていたと言う事か」

「その二つ名は辞めてくれ……猫って、なんかもうちょっとかっこいいのがいいよ」

「そうだなあ。お前も強くなったし、猫から小鳥になったくらいか?」

「どっちにしても小動物じゃねえか!しかも弱くなってるし!」

「ははは!俺からしてみればまだまだ小鳥だ、お前は」


バルドさんは大きく笑う。

ルーベルも彼とは久しぶりの会話だったからか、少し嬉しそうに会話を交わしていた。


「で、ルーベル。まだ後一つやらねばならない事が残っているんじゃないか?」

「そうなんだよな……はぁ」


バルドさんがそう言うと、ルーベルは大きく溜息を付く。


「まあそう深く考えずにさ。気楽にやってみればいいじゃないか。お前はいつもそういう心意気だったろう?」

「……そうなんだけど、今回に限っては気負うなと言うのは無茶だよ。俺は条件を絶対にクリアしなきゃならないんだから。これだけ命を懸けてやって、それでも失敗したら一生無理な気がするんだ。勝負ってのは基本一度キリだし、本気の覚悟を決めないとさ」


ルーベルは顔を下げ強く握り締めた拳を見ていた。

バルドさんはそんなルーベルを見て、まだまだ若いな、と笑う。


「そうだな……アドバイスでは無いが、こういう時は案外軽く考えた方が上手くいったりするもんだよ。失敗した時の事を考えるから、その事を重く感じてしまう。だから――」

「目前の一瞬のみに集中しろ、だろ?そりゃそうだけどさ。目的を意識しないようにするってのは俺には難しいよ」

「はっはっは!そうだな、よしとにかく頑張れ!」

「なんだそりゃ……あ、もう時間か」


ルーベルは目の前の時計を見ると、立ち上がって横に置いてあった刀を手に持ち腰に差す。


「じゃあ、行ってくる。出立パーティーの準備でもしていてくれ、肉多めで頼むな」

「任せろ。お前の好きな四角人参をたんまり用意しておいてやる」

「いやそれ嫌いなモンだから」

「はっはっは、行ってこい!」


ルーベルは一瞬溜息を付くも、次の瞬間には覚悟を決めた鋭い目で、木の扉を乱雑に開けて出て行った。

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