第十一話「三対一の喧嘩」
「――辞めなさい」
「ら、ラン……」
ランと呼ばれた黒髪の少女は凛と立ち、リンに当たる筈だった相手の拳を右手で受け止めていた。
「ど、どうして――あ」
「……」
ランは傷付いた彼女の耳元で何かを呟くと、リンは突如糸が切れた様に眠り始めた。
そしてエリザを睨み付ける様に雄々しく立ち上がる。
「っ……」
エリザはそんな彼女を前にして威圧されたのか、少し後退りを見せていた。
「あ、アンタがなんでここに居るんだよ!?だって、アンタは特別に師範と一緒に王都に行ったんじゃあ――」
「私は『破砕館』の弟子。別に私がここに居てもおかしくは無いでしょう?それとも何?いちいち帰ってくる事を貴方にわざわざ言わないといけないの?友人でも知人でも無い貴方に?」
「っ……何でコイツを庇うんだよ。アンタだって、弱い人間は嫌いだろ!?」
「ええ」
「だろ!?コイツ、師範の娘だからってずっとサボってんだぜ!?あり得ねえよなあ、なあアンタも同じ考えならアタシの仲間に――」
エリザが冷や汗を掻きながら、そう言おうとした瞬間、ランは彼女をまるで虫を見るかの様に見下す視線を送りながら笑っていた。
「仲間?……ハッ、だから貴方達みたいに弱い人間は嫌いなの。情けなくて反吐が出るわ、自分より弱いと思った相手に対してでさえ、複数人でしか立ち向かえないの?そこの小さい着物の男と一緒ね」
ランは横に立っていたルーベルの方へと指を指す。
その場の人間の視線は全てルーベルの方へと移される。
「……」
ルーベルは話と状況がよく分かっていないので、指を指されたとしてもまるで他人のフリをして黙っておく事にした。
「……チッ、いくら強いからって調子乗ってんじゃねえよ!」
「あら」
エリザはランに威圧する様に顔を近付ける。
「私と喧嘩する気?貴方……えーっと名前は、なんだったかしら?」
「……っ、舐めんじゃねえぞ!」
エリザが指で指示を出すと、三人はランを中心に取り囲む。
これから襲われるであろうと言う状況、しかしながら、ランは余裕そうな表情を見せていた。
「へっ、いくらアンタでも三人には勝てねえだろ?」
「ええ、そうね。ハンデは片手で十分かしら?」
「っ、クソが!」
三人の内一番近い独りが先鋒で殴りかかる。
右と見せかけて不意を突くような左の拳、並みの人間なら反応は出来ない程に疾く、精度の良い攻撃。
が、黒髪の少女はそれをいとも簡単に手で掴み、適当な方向へと投げつけた。
「はい、次」
間髪入れずにもう一人がランの脚を狙って、払おうとする。
ランは余所見をしながらでも、少し飛んで対処をし、自身の身体を回転する様にして彼女の身体を蹴り飛ばした。
「で、最後」
「っ……うあああああ!」
エリザは余りにもの力量差に顔に向かって襲い掛かった。
ランは敢えて手を出さず、全てを軽々と避けきる。
「はぁ、はぁ」
「これが力量差、分かった?」
「っるせえんだよっ――」
疲れ切ったエリザは横に置いてあった丼をランの顔に目掛けて投げつけた。
「はぁ、まるで猿ね――」
当然ながらこんなもの彼女にとっては身体を動かす必要も無く、首の動きだけで避けて見せた。
が、しかし。
「っ――!?」
ランが避けた先には、リンがおり、倒れている彼女に直撃しようとしていた。
彼女は咄嗟に身を出してリンを守ろうとするが、流石に間に合わない。
「ぶっ……うわ」
しかし、丼を頭に被り、中に入っていたラーメンを丸々被ったのは黒紅の着物を着た紅髪の少年だった。
「だ、誰だよ!?テメェ――」
『おい、何事だ!?』
エリザがルーベルの胸倉を掴もうとした瞬間、余りの騒ぎに誰かが通報したのか、先生らしき髭の生えた中年の男性が怒鳴りながら入って来る。
「や、やべえ。逃げようぜ!」
エリザ達は流石に不味いと思ったのか、急いで立ち上がりそそくさと逃げていった。
「最悪だ……俺の着物が……」
綺麗な黒紅の色がべとべとに汚れ、ルーベルは肩を落としとてつもなく落ち込んでいた。
「ねえ、頼みがあるんだけど」
「な、なんだよ……今俺はそれどころじゃねえ――」
「服なんてどうでもいいでしょう……私がこの場を何とかするからその間にリンを医務室まで運んでくれる?」
「あ、そうだった。医務室って何処にあるんだ?」
「……医務室が分からない?……まあいいわ、入口の廊下を真っすぐ行ったらある筈よ」
「了解、分かったぜ」
ルーベルは頭に丼を被ったまま、眠っているリンを担いで走っていった。