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第十話「気の強そうな少女」

「おー思ったよりもでかいな」


階段を登り終えた先にあったのは古い臭いのする赤い屋根の建物。

如何にも道場と言った様な様相ではあるが想像していたよりも数倍は大きい建物に少し圧巻されながらも、ルーベルは良い準備運動になったと屈伸するように両足をストレッチさせていた。


「なあ」


建物は左右に別れておりどうやって食堂へと行けばいいのか分からないルーベルは振り向き、汗だくで倒れている門下生らしき人達に話しかける。


「食堂ってのはどっちだ?初めて来たもんで分からなくてさ」

「はぁ、はぁ」


しかし彼らはルーベルの問いに応える余裕は無く、息を上げて突っ伏していた。

当然だろう、五千は優に超える階段を一度も足を止めずに走り切っていたのだから。


「おーい、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ……ひ、左です!」

「おっけ、サンキューな」


ルーベルは余程腹が減っていたのか聞いた瞬間に顔をニヤケさせ、走っていく様に急いで左の建物へと入っていった。


「こ、これは……凄い新人が来たぞ」


彼らは倒れながらも皆驚いた表情をしていた。

顔から汗を滝のように流し、死にそうになりながらも無理矢理脚を動かしていた自分達をいとも簡単に横切っていき、とんでもないスピードで駆け上がっていった小さな少年を見たのだ、当然だろう。


×


「おー」


中はまっ昼時で沢山の人がいるがちらほらと座れる席があるくらいには広い。

そして胴着を着た門下生らしき人達は白のお盆を持ってカウンターの様な所の前でずらりと並んでいた。


(都会の学校ってのはこんな感じなのか?)


ルーベルはそれを見て感動を覚えていた。

学校に通った事の無い彼にとって、一つの空間にこれだけ人が居る事自体が信じられないのだ。


「え、えーっと」


そもそもラーメンをどうやって注文すればいいのかは全く分からなかったが、取り敢えず彼は周りの人間に付いていく様に行列に並ぶ。


『ラーメン大盛り、全マシマシスペシャル』

『あら!結構久しぶりじゃない?帰ってきてたのね。よし、サービスしちゃうよ』


(ああいう風に頼むんだな)


順番が来たルーベルは、先ほど前に居た体躯の大きな女の子の言葉を真似てみせた。


「おばちゃん。ラーメン大盛り、全マシマシスペシャルで」


ルーベルが何気無い表情でそう言った途端だった。


『お、おいマジかよ!?』

「え?」


後ろから驚きの声が沢山上がる。

頼み方を間違えたかなと思い、おばちゃんの方を見てみると彼女もまた、凄く驚いた表情をしていた。


「え、アンタ小さいのに食えるのかい?……知ってると思うけど、残したら地獄の罰だよ」

「ああ、んなのだーいじょぶ、だいじょぶ。俺は食う事には自信あるんだぜ。並大抵の胃じゃねえよ、村一番の大食いさ」


ルーベルは腹を叩く様に自慢気に豪語すると、何故か周りから拍手をされていた。

理由は分からなかったが、大人数に拍手されるのは悪い気分では無かった。


「へえ。そこまで言うならやってみな!」

「おうおう……え」


少し悪い表情をしたおばちゃんから出されたのは、最早ルーベルの顔を覆い隠してしまいそうな程の野菜が入ったラーメン。

どんぶりも通常サイズの比では無く、まるで大きな魔物を連想する程の威圧感。


(こ、これは……)


大食いの部類に入るルーベルではあるが、流石にこの量を食いきれるか――ほんの一瞬のたじろぎを見せてしまう。


「あれ……なんだい、まさかアンタ……食えないって言うんじゃあ?」

「く、食えるぜ、なんならこれの二倍だって余裕だ」

「――ほお、言ったね」


彼女がニヤリと笑った刹那、ラーメンに追加されたのはボウル満杯のモヤシ。

最早何故崩れていないのか分からないこの様相、まるで難攻不落の城壁の様であった。


「はっはっは!いいねえ、その引き顔。歴代完食者無しのマシマシスペシャル二倍、食ってみせたらアンタ……伝説だよ」

「っっ――」


(思い出せ、あの時の覚悟を……)


見た目からして威圧してくるこれだけのボリューム、彼はB級の魔物と戦ったときの事を回想し、覚悟を決めた目をしていた。


「……で、えーと、幾ら?」

「は?何を言っているんだい?逃げようとしても無駄だよ、もう出したモンだからね」

「いやだから金は……」

「ほらほら、混んでるからさっさと行きな!ギブは受け付けないよっ!」


ルーベルは流されるように追い出されてしまった。


「た、タダなのか。色々と信じられねえ……」


余りに目の前の物が衝撃的すぎて色々と衝撃を受けていたルーベルはその重みに戸惑いつつも、空いている席を捜す。

丁度昼時だからか、食堂は見る限り胴着を着た門下生らしき人達で埋まっていた。

何処か無いかと両腕に掛かる重みに耐えながらも周りを見渡す。


(あ、さっきの)


すると端の方に空いている場所が視界に入る。

そこには先ほど前に並んでいた黒髪の少女が座っており、周りは何故か誰も座っていなかった。


「ごめん、隣いいか?」


肩にもたれ掛かってしまう程に長い黒髪で目が大きく、まるで気品の高いお嬢様の様な見た目をしているが、そんな容姿に似合わず馬鹿でかいラーメンを無表情で啜っている少女。

彼女の横が丁度空いていたので、彼はお盆を持ちながらその少女に一声掛ける。


「……」


しかし彼女はずっとラーメンを啜ったまま、全く返事がなかったので了承と見なし、ルーベルは隣に勝手に座った。


『やべえ、アイツ……』

『あの女帝相手に勇気あるな……』

『ふ、踏まれてえ』


心なしか後ろからじろじろと視線を感じていた彼だが、着物だから目立っているんだろうと気にせず、手を合わせてから目の前のラーメンを啜る。


「いただきます……あ、うめえ」


リンから聞いていた通りに美味なラーメンをズルズルと音を鳴らしながら啜る。


「――」


啜る。


「――」


とにかく彼は啜り続ける。

目の前の化物を打ち砕こうと。


「――っ」


しかし、啜っても啜っても全く姿形を変えないソレにルーベルは少し気持ちが引いたのか、隣を見る。

すると、彼女は姿勢よく堂々と啜り続けていた。


「――」


まるで軽いランチだと言わんばかりに啜りの勢いが止まらない彼女に少しの敬意と対抗心を燃やした彼は、木の箸を力強く握った。


(……負けらんねー)


そうやって啜り続ける事五分。

隣の少女はもう半分以上食いきっており、こちらはまた三分の一と言った程度。

こいつやるな、と隣の少女を見ていると、彼女はこちらを見て鋭く睨んでいた。


「さっきからジロジロと……何?」

「あ、ゴメン。余りにも凄い食いっぷりだったからさ。よく食うなって」

「……は?何、バカにしてるの?」

「え……いや別にそんな事は。ふ、不快にさせたならゴメン」


何故彼女が怒っているのか全く分からないルーベルだったが、取り敢えず頭を下げ、ラーメンを啜り続ける。


「っ――」


しかし、そんな態度を取っている彼を見て火が付いたのか、彼女の口は開き始めた。


「……ねえ、変な服着て、目立つのがカッコいいとでも思ってるの?」

「へ、変?普通にかっこよくない?」

「あら、絶望的に似合ってないわよ。で、さっきから後ろでこっちをジロジロ見てひそひそと話している人たちはお仲間の人達かしら?不快なんだけど?」

「い、いや――」

「独りじゃ怖かったの?男の癖に情けないわ。中途半端な事する位ならしないでよ、ホント雑魚でモブね」

「――」


ルーベルの傭兵歴は約三年程。

幾度と無く魔物と戦ってきて、幾度と無く死線を掻い潜ってきた。

その経験からか彼はこのパターンはと、瞬時に理解をする。

あ、これ逃げた方がいい奴だと。


「あ、ああ、ゴメンな。からかってさ。いやあ、流石だぜ、アンタは!えーっと……女なのに背もでかくて強そうだぜ!じゃ、じゃあ」

「っ――」


『あ、アイツ、タブーを!』


そう思ったルーベルはお盆を持ってそそくさと逃げる事を選択していた。

しかし、とてつもなく強い力で肩を捕まれ止められる。

振り向くと、まるで親の仇かの様にルーベルを睨み付けていた。


「貴方……殺されたいの?」


(……こ、こわっ)


まるで鬼の様な表情。

このまま此処に居れば無事では済まない、彼女の殺気を感じそう思った彼は穏便に事を済ませようと頭を下げる。


「わ、悪かったよ。ホント、ゴメン」


しかし、ルーベルがそこまでしても彼女は全く許そうとせずむしろ少し口角を上げ、ルーベルの胸倉を掴んだ。


「っ――」

「はっ、人を散々嘲笑っておいて頭を一つ、軽く下げただけで許されようとでも?……いい?ここの道場は、強い人間が偉いの。貴方みたいな弱い人間は、私の様な強い者に淘汰される運命にある――ここから消えなさい」

「ま、待っ――」


黒髪の少女はルーベルに殴りかかろうと右手を挙げたその時だった。


「きゃっ――」


割れる様な音が食堂中に鳴り響き、ルーベル達の方に向けられていた視線は百八十度角度を変える。


『うわあ、エリザ達だ』

『またやってるよ……』


ざわざわと視線が向けられている方向には複数人の胴着を着ている女子。


(あれはさっきの……)


どうやら座り込んでいる独りを囲んでいるらしく、中に居たのは先ほど知り合ったツインテールの少女――リンだった。


「……っ」


それを見た黒髪の少女は掴んでいた手を放し、もうルーベルの事は忘れてしまったかの様に向こうをじーっと見つめ始めた。

ルーベルは状況把握が全く出来ず、崩れた着物を直しながら同じ方向を見る。


「ねえ、弱虫リン。久しぶりぃ、どこに行ってサボってたの?いいご身分ねえ」

「……」

「……チッ、聞いてるんだけど?おい、聞こえてねえのかよ!?」


リンを囲むようにしていた中の茶髪の女が、見下す様な表情でリンの髪の毛を力強く引っ張った。


(……!)


しかしそうされながらも、彼女は何も答えようとはしない。

痛みを抑える様な表情をしたまま、口は開かなかった。


「……何アンタ、もしかしてそうやって周りに弱く媚びてたら誰かが助けてくれるとでも思ってる?バカだねえ、前みたいに師範様が居ないからアタシ等も別に怖くないんだよね。他のセンコーはアタシ等にビビってるしさあ」

「きゃはは、残念でした。いつものが通用しないもん、ねえっ!」

「っは――」


リンは膝で腹部を思い切り蹴られ、その場にうずくまってしまう。


『……ひどい、誰か止めなよ』

『無理言うなよ、エリザ達だぞ……』

『……アイツ等も外修行から帰って来てたのか』


(……酷えな)


ルーベルは別れ際の彼女の表情を思い出していた。

痛みで涙と鼻水が止まらず、口から涎を垂らし、情けなく生物的に弱いと格付けされている姿。

彼女はこれを自身に見せたくなかったのだ。


「っ――」


ルーベルはイラつきを見せた表情で立ち上がる。


「ねえ。アンタ、分かってんの?師範の娘だからって特別扱いされてるって。おかしいよねえ、一番下のクラスで一番弱いのに何でサボって許されてるんだろうな?」

「……」

「……なあこいつの顔、腹立つぜ。エリザ、どうする?」

「――ハッ、んなの決まってるだろ」


エリザと呼ばれている金髪の少女はリンを見下す様に笑いながら、倒れている彼女の髪を掴む。

そして顔を思い切り蹴りつけた。


「っきゃ――」


するとリンの額からは出血し、彼女は痛みからかその場にうずくまってしまう。


(……っ、クソが)


それを見たルーベルは鋭い表情で人混みを強い力でどかしていき、彼女らの方へと向かう。


「……おいおい、この次期師範候補のエリザ様に向かって、何だよその顔は。何か言いたいことがあったら言えよ!」

「……ち、違う」


リンは血を流して倒れながら、鋭い表情で彼女を睨み付けた。


「……は?何がだよ」

「次の師範は、ランだ!アンタなんかじゃない!」

「っ、口を開いたと思ったらそれかよ……うぜえんだよ!」


エリザは拳を倒れている彼女に向かって振り下ろした。


「っ――」


人混みからやっと辿り着いたルーベルは彼女達の間に瞬時に入ってリンを守ろうとしたその瞬間。


「――!?あ、アンタ……何でここに」


音が出る程に早い拳。

それをいともたやすく片手で受け止めたのは――体躯の大きな黒髪の少女だった。

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