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第一話「紅髪の少年ルーベル」

風が轟々と吹いていた。

枯れ木は今にも飛んで行ってしまいそうな程に枝を揺れ動かしながら、小石は耐えられずいくつか下へと転がり落ちていく様子が伺える。

峡谷風がまるでそこに居る者を蹴落とそうとしているかの様に強く吹き荒れる、そんな危険な場所にも関わらずある少年が居た。

黒と赤が入り混じった派手な着物を着ており、腰には静を連想させる紅色の鞘、そして紅色の髪を後ろにちょこんと残る様に括っている彼はその髪を木々と共に揺らしながら身を隠すように岩陰に隠れている。

少年は息を殺して鋭い目で何かを見定める様に――岩から顔をほんの少しだけ出し、目先に居る奴を見つめていた。


「……」


奴の体躯は少年の数倍はあり、一度噛まれただけで人間の骨ならそのまま砕かれてしまいそうな程の凶悪な牙を生やしている。

こういった化物は人間の命を脅かす危険がある事から一般的に『魔物』と呼ばれる類の生物であり、奴は国が制定した規定によればB級に相当する程の危険な魔物なのだ。

どうやら奴はここを縄張りとしているらしく、周りには亡骸の証拠である色々な動物の骨が沢山落ちていた。

一歩間違えれば自身が食糧の仲間入りをしてもおかしくない、その様な状況を目前にして紅髪の少年は少々動機を打ちながらも"待っていた"。

何を?

それは当然――奴を狩る機会だろう。

ここ『エルバ峡谷』の吹く風は異常に強い、その上、太陽が昇る時刻になるとその風は指数的に増していく。

最早並みの人間なら立っていられない程の風――だがしかし、少年はそれを待っていたのだ。

現時刻は丁度午前十一時、突然風が強まってきたのを肌で感じながら、彼は腕に緊張が走っているのか強張らせながら腰の刀に右手を掛ける。


「……!」


――ごうっ、と音が一瞬鳴った。

それは豪風によるもので、まるで自身の声を聴いてくれと言わんばかりに世界から他の音を掻き消したのだ。

瞬間。

紅髪の少年は身を隠していた岩から飛び出した。

固い地面がえぐれてしまう程に強く跳躍した彼は、細い様に見えるが異様に発達した脚の筋肉に加え、人を飛ばしてしまう程の豪風で自らの身体を浮き上がらせ、まるで空を飛んでいるかの様な感覚を得ていた。

魔物の丁度上空に入った少年は、親指で鍔を弾き、美しいがおどろおどろしさをも感じさせる紅の刀身を引き抜いてみせた。


「――!?ガルルルルル……!」


自身の領域に敵が入った事を感知した魔物は当然ながら戦闘態勢に入ろうとするが、肝心の姿が見当たらず右、左と一瞬戸惑ってしまう。

奴の特徴である大耳は音で敵を感知する為にあるものだが、至極当然、切り裂く様な音に邪魔をされ全く聞き取る事が出来ない。

消去法で上を向くが気付いた時にはもう遅い。


「ゴメンな」


少年は勝利を確信したのか顔に若干の笑みを含ませながら、奴の上へと乗り、両手で柄を握り締めて刀を強く振り下ろした。


「――!?ぐぎぎぎぎ……!」


が、予想外にも刀は進む事を止めていた。

奴の筋肉は鉱石の様な硬さをしており、逆に少年の手が弾き飛ばされてしまう。


「ッ――あ」


弾き飛ばされた腕を軸に少年の体勢が崩された。

そして奴はその隙にまるで針の様に尖った鋭利で長い尻尾を少年の身体に突き刺そうとしていたのだ。

愚かで小さな人間を串刺しにして今夜のディナーにでもしようとでも言うのだろう。

こちらへと向かってくる鋭利な尻尾を見て、少年の頭の中に死の一文字が過っていた。

だが、しかし。


「うおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


その時少年は自分を鼓舞する様に雄叫びを上げた。

その凄い気迫に一瞬ビクついた奴は動揺したのか攻撃を外す。


「っ……!」


そして彼は態勢を崩されながらも、何とか握っていた刀で尻尾を真っ二つに斬ってみせた。


「グオオオオオオオオオオ!!!」

「うわっ」


奴は余りにもの痛みに叫び声を上げ、乗っていた少年を振り落とす。


「っと、危ねー!」


吹き飛ばされるも両手で身体を一回転させ勢いを殺し、少年は見事に着地してみせるが束の間――奴は当然怒り、自慢の角を赤く光らせて少年へと突進していく。


「――!」


こちらは体勢を戻したばかり、万全な状態で防御する事は不可能に近い。

受ければ、間違いなく死ぬ。

なら自身に残された道は一つしか無いのだろう、そう少年は迫ってくる巨体を無視してまで目を瞑り、大きく深呼吸をして身体から緊張を解す。

数秒後には死の可能性がある状況にも関わらず、彼の頭にはある言葉が過っていた。


(男なら決めなきゃいけない時に決めてみせろ、その為に一番必要なモンは……)


「グオオオオオオッッッ!!!」


(ん、何だっけ。えーと……やべ。思い出せねえ)


「まあいいや――ふう……ッ――!」


彼は師の教えの一番大事な所が思い出せないまま、――を決めた目で奴を見つめ、鞘に右手を掛けた。

相手はあの鋼鉄の様な硬い皮膚、刀を振り切り腕を最大限まで伸ばしたタイミングに合わせ、尚且つ奴の突進力を利用しなければ斬り通す事は出来ないだろう。

勝つタイミングはおよそコンマ数秒、ミスればあっけなくただの肉塊と化す。


「グオオオオオオオオッ!」

「――ッ!」


少年は紅い閃が先に見える程に、刀を疾く振り下ろした。


「――ああ、"覚悟"だった。思い出した」


魔物だった物を後目に返り血を浴びながら、その紅い刀『紅焔こうえん』を鞘に仕舞う少年。

顔の左半分に痛々しい大きな火傷痕がある彼の名はルーベル・レルバリア、今日で十五の誕生日だった。


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