385話 野を超え、山を超え、谷を超え
私は昔子供の頃から、電車に乗り電車の窓から見える刻々と変わる風景を眺めているのが好きだった。
それは大人になっても変わらず長期の休みが取れる度に、世界のあちらこちらを結ぶ列車に乗り風景を楽しんでいる。
心地よい揺れを身体に感じ目を覚ました。
此処何処だ?
乗った記憶の無い車両の中で目を覚まして周りを見渡し首を傾げる。
丁度カーブに差し掛かっていたので窓から先頭車両の方を眺めた。
見覚えの無い流線形の車両が見え、1000両以上の車両を引っ張っている。
フト目を空に向けると、そこには巨大な月が幾つも浮かんでいた。
此処地球じゃないのか? 異世界の列車に乗っているのか?
列車の中で目を覚ましてからどれ程の年月が経ったか分からない。
分かった事もある。
この列車に乗っているのは私1人。
私1人を乗せた列車だが、食堂車で食事を提供され豪華な広い風呂も備わっている寝台車で休む事ができ、運動不足を感じたらスポーツ施設の車両で身体を動かせば良い。
食事中も風呂に浸かっている時も窓から刻々と変わる風景を楽しむ事ができ、私にはこの列車の中は天国に思えた。
列車は1度も停車せず、人工物が全く見えず、野を超え、山を超え、谷を超えて走り続けている。
今、顔に笑みを浮かべ楽しそうに窓から見える風景を見ていた高齢の男の身体が前のめりに倒れ、心臓の鼓動が動くのを止めた。




