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紅い花
2020年4月予約投稿
30年以上昔に亡くなった祖父に聞いた話を思い出す。
50年程前、私は祖父に連れられて街の近くの山の上の公園に桜の花を見に行った。
祖父に手をひかれて幾本もの桜の木を見上げていた私の目に、他の木の花より紅い花を満開に咲かせた桜の木が映る。
「お爺ちゃん、あの木の花だけ紅くて綺麗だね」
「ウン? どれどれ。
おお、本当に紅いな。
あの桜の木の下に死体が埋まっているのだろう」
「え! どういう事?」
「儂が生まれ育った山奥の部落はかなり遅くまで土葬の習慣が残っていてな、その墓場の周りに植えられていた桜の木の花があの桜の木の花のように紅かったのだよ」
「それじゃ、あの木の下にも死体が埋められているの?」
「埋められているかも知れないなあ。
まあもっとも、人間の死体とは限らないけどな。
大方犬か猫の死体が埋められているのだろうさ」
今、家の庭に生えている去年までは薄桃色の花を咲かせていた桜の巨木が、今年は紅い花を咲かせている。
夜逃げした事になっている隣の糞一家を根元に埋めた桜の木の花を眺めながら、私は亡くなった祖父の事を思い出していた。




