ヌイグルミ
昔、あるヨーグルト工場の乳酸菌培養タンクの中の乳酸菌の1ツが突然、変異した。
その乳酸菌が何故変異したのか? 誰にも解らない。
変異した乳酸菌自信にも理由は解らなかったであろう。
ただ、変異した乳酸菌は本能のままに彼を産み出したかつて同胞を餌にして次々と細胞分裂を行い、仲間を増やしていく。
タンクの中の乳酸菌が自分達が知っている乳酸菌では無く、姿形は同じだが全く異なった物に変わった事に気がつかずに、工場で働く従業員達はそのタンクの中の乳酸菌を使いヨーグルトを生産する。
生産されたヨーグルトは6個で1パックに包装されスーパーマーケットなどの小売店に配送されて行くと共に、格安の値段で工場の社員食堂で販売された。
スーパーマーケットに配送されたヨーグルトはスーパーマーケットの目玉商品として、乳製品の一角に山積みにされる。
目玉商品のヨーグルトをスーパーマーケットに買い物に来ていた人たちが次々とカゴに入れた。
ヨーグルトを購入したある家庭では。
「ママ、今日のおやつ何?」
「ヨーグルトを買ってきたわよ、手を洗って来なさい」
3時のおやつとして子供の前に置かれた。
ある男性は買ってきたヨーグルトをビニール袋から取りだし、夕食前に間食として直ぐに食べ始める。
ある一家では夕食後のデザートとしてテーブルの上に果実と共に出された。
別な家庭では夕食だけでは物足りなかった息子が冷蔵庫の中のヨーグルトを見つけ、2ツ3ツと食い漁る。
そして幾つかの家庭では朝食の時にテーブルに並べられた。
口の中にスプーンで運ばれた乳酸菌は咀嚼され飲み込まれる寸前に、一部が鼻腔に侵入し脳を目指す。
脳内に侵入した乳酸菌は脳を占領して人間を自分達のコントロール下に置いた。
咀嚼され飲み込まれた大部分の乳酸菌は胃を占領し腸に進み、腸内に生息する腸内細菌を駆逐して餌とする。
腸内細菌を餌にしながら乳酸菌は次々と細胞分裂を行い増殖した。
胃や腸内で仲間を増やすと血管内に侵入して血液の流れに運ばれながら、人間の身体中に取りつき肉体その物を餌にする。
乳酸菌は人間の髪や皮膚、歯や爪など外から見える部分と、脳の一部に身体を動かずのに必要な骨や筋肉などを残してそれ以外の部分を仲間で満たしていった。
乳酸菌のコントロール下に置かれた人間達は乳酸菌の増殖と勢力拡大を助ける動きを始める。
ヨーグルト工場の従業員達は工場内の全ての乳酸菌培養タンクに変異した乳酸菌を入れ、全ての培養タンクの中身を入れ替えた。
幹部社員は変異した乳酸菌を密閉容器に入れ、国内外にある他のヨーグルト工場に持って行きそれらの工場の培養タンクの中に投入。
一般家庭でヨーグルトを食した人たちはスーパーマーケットに行きヨーグルトを大量に購入してきて、飼っている犬や猫などペット達に餌として与えた。
これらの人たちの中には動物園や水族館で働いている人たちもいて、園内や館内で飼育されている生物にヨーグルトを与える。
乳酸菌はこれらの作業を少しずつ時間をかけて行った。
ヌイグルミの中の綿のように身体の中を乳酸菌で満たした者達は、世界中でその時を待つ。
そしてその時が来た。
乳酸菌のコントロール下にある人間や動物は、乳酸菌のコントロール下に無い人間や動物に襲いかかる。
世界中の街中で電車の中や学校で地獄の光景が生み出された。
乳酸菌のコントロール下に無い人間や動物に襲いかかり噛みつき、その皮膚に肉に血管に乳酸菌を注ぎ込む。
襲われて身体に乳酸菌の侵入を許したもの達もまたコントロール下に置かれ、逃げ惑う人間や動物に襲いかかった。
地球上全ての地に乳酸菌が撒かれ、人間や動物だけで無く植物の中も乳酸菌で満たされ地中の細菌は乳酸菌の餌になる。
地球に生きる全ての生物を支配下に置いた乳酸菌は、それらの残っていた部分を餌にして溢れ出てきた。
変異した乳酸菌が現れてから10数年、地球は変異した乳酸菌で覆われ乳酸菌以外の生物の姿は全く見当たらない。
今、地球を覆い尽くした乳酸菌は次なる獲物を求めて、宇宙からの訪問者を静かに待ち続けていた。




