深夜に会う人
ぬーん、23KB……
そうして――
門前(というのか?)に整列したオトナシ近衛部隊は、同じく対面に整列した朱狼騎士団体調ナヴェ氏、その他副隊長のミヴリーネ、テテリ、ティグワス、ゼディン、その他朱狼騎士団の団員たち。
彼ら、彼女らに見送られて、鮫介たちはキャンプを後にした。
目指すは、新興の街ベリザステ。
そこでナヴェが連絡を入れてくれたらしい宿屋で宿泊することが、鮫介たちの目的なのである――!
「……いや、宿泊を目的と呼んでいいのか分からないけれど」
帰り道は平和そのものだった。
大型イミニクスである二角獣を倒したからであろうか。イミニクスたちの襲撃もなく、精々愛を語ろうと鮫介に擦りつくローゼリアをみんなが取り押さえて引きずっていくだけの道のりであった。本当、ローゼリアのこれからの扱いどうしようかねぇ。
そして1時間もしないうちのベリザステに到着。村民も大半が眠りについている中、宿屋の主人はわざわざ扉の前で鮫介たちを待ち受け、皆を案内してくれた。
それによると、鮫介の宿泊先は二階の203号室。隣をフィオーネさんとジン隊長に囲まれた部屋であった。
こういった宿屋というものは虹の七騎士がいつでも宿泊出来るように豪華な部屋を7つ必ず用意しているものらしく、201がナレッシュ、202がフィオーネ、そして203号室が鮫介という具合であった。隣の204号室は鮫介の防衛ということで、恐縮するジン隊長に無理やり使わせてもらっている。
二人に近衛兵はいないのかと尋ねてみたが、ナレッシュは「必要ない」、フィオーネは「身辺警護として双子の娘たちを採用しているが、騎兵の近衛はガルヴァニアスのスピードに付いてこられないからいらない」との回答であった。
確かに、空中を雷光のごとく飛行するガルヴァニアスのスピードに、追い付けるものなど皆無であろう。
そんなことを考えながら、倒れ込むようにベッドに寝転がる。
とにかく……疲れた。
これが死闘の後の疲労というものなのだろうか。耐え難い睡魔が自身を蝕んでいる。
ジン隊長から隊員の評価がどうたらと聞かされていたが、そんなものは無視だ。今は心地良いこの睡魔に身を任せ――
つんざくような咆哮。
襲いかかる前足、牙、刃。
相手をいたぶることだけを考えている、純粋無垢故に恐ろしい瞳。
胸部を穿つ角の一撃。
嬌笑。
嬌笑、嬌笑、嬌笑。
そして、トドメの一撃が――
「――おぅ、っふ」
思わず、目を覚ましていた。
今のは、夢だ。それは間違いない。
でも。
心臓を貫くような、じくじくとした痛み。
こちらを見下すような、二角獣の笑み。
……吐き気がする。
時計を見てみれば、眠ってから5分と経過していない。
(……死闘だったからな。その興奮が残っていたんだろうか?)
カオカーン潰しのときと違い、あれこそ心臓を貫くか射抜かれるかの勝負であった。あの時の興奮がまだ残っていて、その緊張感で眠れないのかもしれない。
……身体は、酷く睡眠を欲していたけれど。
それでも鳴り止まぬ心臓は眠りを許そうとはせず、仕方なく、夜の冷気を求めて鮫介はベランダに出ることにした。
すると――
「おや、コースケさん:
「ん、フィオーネぇぇぇぇぇぇぇさんっ!!?」
フィオーネが隣のベランダで涼んでいた。
それはいい。特に問題はない。
問題があるとすれば、その格好が、健全な青少年を前にして非常によろしくない刺激でいっぱいということであって!!!
「コースケさん?」
「フィ、フィオーネさん!!! なんつー格好をしているんですか!?」
「夜着ですが」
「夜着ぃ!!?」
メーメー、ってそれは羊やがな!
と、すっかり混乱した頭で、鮫介は顔面に「?」を浮かべているフィオーネからついと目を逸らす。
フィオーネの主張するところの夜着はかなり薄く、というか大事なところ以外透明なヤツであった。ベランダの形状から腰から下は目撃出来なかったが、一体どうなっているのだろうか。
とりあえず先程一瞬だけ見た衝撃映像は名前を付けて画像保存しておくとして……脳内フォルダの奥底に画像をしまった鮫介は視線をフィオーネに合わそうとせず、そっと吐息を吐く。
フィオーネさんは分からない。
何故、夫のいる身でこんな姿を晒せるのか。何故、ガルヴァニアスに乗っているときはあんなに格好良いのに、降りるとこうもダメダメになるのか。
分からない。だから、怖い。
理解出来ないものは恐怖の対象だ。響太郎も、そうやって恐怖の対象になりかけたこともある。
「あ゛ー。その格好で、出歩かないようにお願いしますよ?」
「……何故でしょうか。以前アルキウスにも、家でこの格好はしないで欲しいと嘆願されたのですが」
そりゃ、ラヴァン君の教育に悪いからですよっ!!!
まだ十歳の少年の性教育の行く末を案じた鮫介は深いため息をつき、意味が分かっていなさそうに小首を傾げるフィオーネの気配を感じてがっくりとうなだれる。
ああ。『その格好がエロいからです!』と、思い切り叫びたい。
しかし、フィオーネは虹の七騎士の大神官にして、フェグラー領主アルキウスの妻。
ひょっとしたら不敬なのではないか、という細かいところを気にしてしまうのは己が現代日本人だからなのだろうか。
鮫介はもう一度、これ見よがしに大きなため息をつくが、フィオーネはその意味が理解出来ないようで「???」と顔に数多くの疑問符を貼り付けている。
まったく。
なんなんだ、この人は。
「……コースケさんは、何故ベランダに?」
「ああ……ちょっと……眠れなくて。二角獣戦が、興奮する内容だったからでしょうかね……」
「まぁ。それはいけません、私が今隣に行きますから、コースケさんは静かに待って……」
「うわぁっ!? いいです、いいですから!? やめて、来ないで、お願いしますっ!!!」
「……そう、ですか」
言った途端、ベランダを乗り越えようとするフィオーネを押し留める。
そのおかげでフィオーネの腰から下がどうなっているのか知れてしまったが、そういう問題ではない。
この人に、羞恥心という言葉はないのだろうか。
……いや、僕のため、という気持ちは十分伝わっているのだけれど。
一体、こちらの部屋に来て、何をするつもりだったのだろうか。
しゅんとした顔で渋々とベランダの柵にかけた足を戻すフィオーネさんを目の端で確認しながら、鮫介は本日何度目になるのか分からないため息を漏らす。
ワケが分からない。
とりあえず腰から下の画像もフォルダの奥底に封じ込めたが……閑話休題、鮫介はフィオーネを心配させないよう、顔に微笑みを形作った。作り笑いは得意なのだ。
「僕のほうは問題ありませんよ。気にせず、フィオーネさんも休んでください」
「……そう、なのですか? 大型イミニクスとの戦闘後は、興奮状態が続きますので……」
「……」
「隣に行って、眠るまで頭を撫でてあげようと思ったのですが」
「い、いえ……それは……ええ。大丈夫です、問題ありませんから」
がっくり、と頭を下げつつ、鮫介はフィオーネに礼を述べる。
フィオーネが好意から、申し出てくれているのは十分伝わった。ただ、今の格好のフィオーネにそんなことをされても、別の意味で興奮してしまうことは間違いない。
フィオーネに頭を撫でられながら眠りにつくのは、とても安心するだろうけども……今の鮫介としては、そんな申し出を受け入れるわけにはいかなかった。
例え眠れないとしても。受け入れるわけにはいかないのであるっ!
「自分は、もう寝ますね。お休みなさい、フィオーネさん」
「……そうですか。お休みなさい、コースケさん」
何故か(本当に何故だ?)がっかりとした表情のフィオーネに見送られ、鮫介はベランダを後にした。
危ねえ。
……何か、危なかったのか?
危険な橋を回避出来た気がするが、うっかりと大チャンスを掴み損ねた感がする。
「……いや、何を馬鹿な。僕がさっさと眠れば済む話だ」
鮫介は息を大きく吸い込んでそのまま吐き出すと、布団を被ってベッドに潜り込んだ。
先程は大きな衝撃があったが、身体が眠りを欲しているのは事実だ。
すぐさま、深い睡魔が押し寄せてきて――
嬌笑。
侮蔑。嘲弄。軽侮。
「………………」
まったく眠れない。
いや、正確には眠ってはいるのだろうが、その度に二角獣のこちらを見下す視線が突き刺さり、飛び起きてしまうのだ。
傍にある時計を見れば、現在早朝1時30分。
いつもの鮫介ならば、確実に就寝している時間帯である。
「フィオーネさんは……流石に寝たか」
眠れそうにないので、仕方なく身を起こす。
廊下への扉を静かに開ければ、そこにはしんとした暗闇。
フィオーネたちを起こさぬよう、鮫介は静かな足取りで廊下を進む。
スリッパでべたべた木造の床を進むのはそれなりに足音を立てるが、扉を閉めた寝室に響くほどではない。
……何より、あの格好のフィオーネさんがいきなりバーンと扉を開けて出てきたら、正直言ってチビる自信がある。
そんなどうでもいいことを考えつつ、階段を降りて一階へ。
食事処も兼任した大広間も、誰の気配もない静寂だけが支配する空間と化していた。
ビールの大ジョッキを片手に、スビビラビやセレベタルが大騒ぎしていた思い出が蘇るが、その場所も空虚な静けさだけが残っている。酒の匂い自体はまだ少々残っており、思わず鮫介は眉をしかめた。
そのまま大広間を抜け、誰もいないエントランスへ向かう。1階のあちこちの部屋にはオトナシ近衛部隊の面々が泊まっているはずだが、流石にお邪魔する気にはなれなかった。
それに、もしもローゼリアの部屋を開けてしまい、そしてローゼリアが起きていたらと考えると……ぶるぶる。
「ん……勇者殿か」
「ナレッシュ様?
そして、特別探していたわけではなかったが、一人の男性がこのホテルの入り口を開けた先、整備された公園の木々の下で、何かごそごそと作業をしていた。
ケリン・トホ・ネア・ナレッシュ。
凍結機士、グレイサードの大神官。
何をしているのかと思えば、何やら手のひらサイズの木を彫っているらしい。
片手に握った彫刻刀でざっくざっくと無造作に掘り進めているが、その進行ぶりは見た目のざっくばらんさとは打って変わって丁寧そのものだ。彼が刃を入れるたび、木が両腕を作り、両足を形状する。
「見事なものですね」
「……この村の子供たちと、約束したものでな。この村を守護する何かを彫ってくれ、と」
ガリガリ、と目を話した隙に服装らしき小物を掘り進めているナレッシュは、僅かに顔を上げてこちらを見上げた。
余計な脂肪の一切ない筋肉質な体格。いわゆる細マッチョ体型の彼は長髪の黒髪の下で青い瞳を覗かせ、その想像よりも幾分か大きな瞳は、年齢よりも幼く見えた。
「……コースケ殿も、何か掘るか?」
「いえ、僕は見ています。そのほうが、きっと依頼した子供たちも喜ぶ」
「……そう、か。ならば、見ていくといい」
ナレッシュはそう言って、木造彫りに集中する作業に戻った。
鮫介は静かに、それを遠目から注視する。
彫刻作業は驚くほど順調に進み、すぐに完成品が出来上がる。ところがナレッシュは一つ完成するとその木造を地面に置き、更に木造に挑み始める。
どうやら、彫刻の依頼は一つだけではなかったらしい。
「……コースケ殿は、眠らない……のか?
「それが、全然眠れなくて。いや、眠れはするのですが、二角獣の見下した顔が出てきて、それで飛び起きてしまうんです。情けないですよね」
「そんなことは……ない。大型イミニクス打倒は、特別なものだ。俺も、大型イミニクスを討伐した日は眠れず、妻に……げふんげふん」
突如、何事か言いかけて空咳でごまかしたナレッシュを、鮫介は興味深げに追求する。
「妻……奥さんがいるのですか?」
「あ、ああ……いる。義父どのが紹介した実の娘、カイラが、な」
「カイラさん……その人に何をしてもらったんです?」
「……気に、することはない。とにかく、大型イミニクスの撃破は特別なんだ。だから、眠れなくても、不思議なことじゃ……ない」
何かを隠すように、ナレッシュはぼそぼそと早口で言葉を紡いだ。
怪しい。
何か隠している。それに気付いた鮫介は、にやにやと口元が歪んでしまうのも気にせず、無邪気に微笑んで再度問いかける。
「そうですか。それで、カイラさんに何をしてもらったんです?」
「……う……む……なん、でも、ない」
ナレッシュの頬は紅潮していた。
鮫介は笑みをより深くするが、内容は本筋に関わらないのでここまでとしておく。
他人の恋愛事情は、楽しい。
鮫介の元の世界における恋愛は、全て響太郎が握っていたから。
だから、こうして他人の恋愛事情に首を突っ込むのは、下世話だと分かってはいたものの、非常に楽しかった。
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
「う、ん。助かる……な」
「で。眠れない時は、どうすれば宜しいので……?」
「……お前が、真実に信頼出来る異性……そうだな、婚約者であるコハル殿と……共に寝れば、問題なかろう」
「小春と……?」
鮫介は胡散臭げにナレッシュを見やる、
小春。小春と共に、眠れと言う。
まぁ……小春を抱いて眠るだけなら、簡単だろう。この身は睡眠を欲しているのだ。小春が何か企んでいようとも、眠れる、はずだ。
ただし、小春がまた変な感情を持ち込んでベッドに入ったとしたら……
または、欲望に我慢出来ず、僕が小春を……
小春を、どうするというんだ?
ふいに湧き上がった疑問に、鮫介は内心でぶんぶんと首を横に振る。
馬鹿な。何をするというんだ。
僕は勇者。
勇者は、定められた法律をみだりに破ったりはしない。
僕は小春と、というよりこの世界の女性と、妄りに……その、交わったりしないと、自分に固く誓ったばかりだ。
鮫介はその自覚を持って、静かに心の中で頷く。
うん。
やはり、小春とはただ共にベッドを一緒にするだけで、それ以上のことは起こらないだろう。
起きようとしても、必ず止める。
絶対に止める。
そう考えれば、怖いものなど何もない。何もない……はずだ。こう、小春が暴走してアレコレしなければ……っ!!!
「分かり……まし、た。小春と、共に寝てみます……」
「う、うむ。何やら凄まじい葛藤があったみたいだが、まぁ、落ち着いて眠れることを……期待、しているよ」
鮫介の内心の考えを知ってか知らずか、ナレッシュは不審げな様子で背景に炎を灯す鮫介を静かに覗いたあと、そう言って頷いた。
手にした木材は、再び小さな人形へと姿を替えている。
後は顔を細かく掘り進めるだけだ。ナレッシュは(僅かに)集中しながら、視線だけは人形に向けて微動だにせず、鮫介へと問いかける。
「……それで……共に訓練をする、という話だが」
「はい。僕は強くならなくてはなりません。どうか、よろしくお願いします」
「うむ。では、俺はこの後……自分の領に戻るが、付いて……くる、か?」
「は……あ、いえ」
反射的に頷きそうになり、鮫介は慌てて思考する。
今、自分は部下を多く抱えている身なのだ。
彼らを放置して、自分だけ修行の旅に出かけて良いものだろうか?
取りまとめるなら、ジン隊長がいるけれど……
今頃領内にある自分の屋敷では、残されたカルディアが毎日一人寂しく食事を取っていたのだろうし、ひょっとしたら、アルキウスさんが自分の凱旋パーティでも考えているのかもしれない。
…………うん。
駄目だな。
「いえ、付いてはいけません。僕も睡眠が必要ですし、明日……もう今日か、今日は一日屋敷でゆっくりと過ごします。出来れば、トホ領への移動はその次の日以降にしていただきたいのですが」
「分かった。そうカイラには、伝えておく……ふふ。勇者殿が、ちゃんと判断出来る人間で、良かった。この場面で付いてくるなんて口にしていたら、俺は……説教をしなければ、ならなかった」
「え……」
「非常に、面倒臭いことだけどな。どうやら、俺たちの職業である『大神官』というのは、色々と……責任を負わなければいけない立場らしくてな」
疲れた風に、そうのたまるナレッシュ。
その心労は、如何ほどなのだろう。ひょっとしたら、ナレッシュは何もかも投げ捨てて、どこか遠くの世界に行きたいと願っているのかもしれない。
「……まさか、あなたが僕との訓練の約束を覚えているとは思ってもみませんでした」
「覚えているさ。大人は……約束を守るものなのだろう? 俺は、もう……子供じゃない、からな」
そう口にした、ナレッシュは。
何かに怯えている子供のような、そんな幼い瞳をしていた。
鮫介が声をかけようとするが、ナレッシュは何を振り切るように首を振り、小さく微笑む。
それはまるで、幼い子供が親を安心させようと形作る、作り笑いのように。
「まぁ……君が元の世界の親友にコンプレックスを抱いていたのは伝わったよ。俺で良ければ、ストレス解消の道具にするといい」
「え……いや、そんな! サンドバッグにされるのはむしろ僕……あ、いや。とにかく、よろしくお願いします……」
鮫介が慌てて頭を下げると、全て分かっている、とばかりにナレッシュは片手を上げて応じてみせた。
そのまま、黙って人形作りに没頭してしまう。
さて。
ここで出来る会話は終わった……と、思う。
ナレッシュがいつかのカオカーン潰しとの戦いの後、自分と交わした約束――訓練を付けてもらう話を覚えていたことは驚きであったが、そこはまぁ解決したからそれはいい。
ケリン・トホ・ネア・ナレッシュ……ラヴァン君に紹介されたせいか高圧的な印象があったが、話してみると実直で、幼名すら感じる性格であった。
いい奴、なのかもしれない。
これから、共に戦うことになる虹の七騎士の大神官だ。仲良くしておいて、損はないだろう。
「……うん」
とりあえず、部屋に戻って寝てみようか。
眠れたのなら御の字。眠れなかったのなら、ナレッシュの話していた処方箋……小春と共に眠るを、試してみる、のかなぁ……
……どうだろうね。
本来一切登場予定の無かったフィオーネさんの出番を増やしたのは自分だけれど、それで役目がエッチなお姉さんと化しているのは……まぁ、他にエッチなお姉さん枠がいないからしょうがないんだけれど(笑)




