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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(前編)
81/117

VS二角獣 ―時空機士、到着!―

27KB……ね……




 時間は少しだけ遡り――

 グラウリンデ隊がB4地点に到達するとと同時、視界の端に一心不乱に野原を駆ける一頭の馬の影が見えた。

 無論、ただの馬ではない。その足運びはどうしても不自然であるし、額にはねじくれた二本の角が伸びている。

 何より、その全長が50Mを越す馬は地球上に存在しないだろう。あれこそが、大型イミニクス二角獣(バイコーン)

 あれが、大型イミニクス――!


『各員、構え! 大型イミニクスを無視して、後ろを駆けている中型~小型イミニクスを狙う!』

『承知!』

『お任せを!』

『新人騎兵、あんたはそこの木陰にでも隠れてじっとしてなさい! 間違っても前線に出るんじゃないわよ!』

「りょ、了解!」


 ザディロは言われた通り木陰に隠れながら、敵の後方に噛み付いたオトナシ近衛部隊の動きをつぶさに観察し出した。

 前衛を務めるのはメルボア師匠とローゼリアが生み出した氷結雄熊。メルボア師匠が憎悪(ヘイト)を稼ぎ、その間に氷結雄熊が突撃して相手を凍らせる戦法を取っている。

 中衛で働くのはグラウリンデ副隊長。主に土属性の念動力を使用して即席の罠を作り出し、動きの素早いイミニクスの行動を妨害している。

 後衛にはローゼリア、そして一部の氷結雄熊が詰めている。ローゼリアは氷結雄熊を次々と生み出しては指揮することに集中し、その氷結雄熊は手に持ったボウガンで遠距離から氷結弾を放っている。

 ――凄い。なんという連携だ。

 ザディロは少年のように瞳を輝かせ、オトナシ近衛部隊の戦いぶりをじっと眺める。

 パット見で注意を引くのは、やはり盾役のメルボア師匠だ。そのヘイトの取り方は並ではなく、四方八方から襲いかかる敵の攻撃を全て盾で防いで対処している。

 中衛のグラウリンデ副隊長の動きも見逃せない。メルボアを避けて遠回りで近づこうとするイミニクスたちを一網打尽に釣り上げ、たまに銃撃を浴びせては怒りの視線を浴びている。

 そうしてメルボア師匠とグラウリンデが目立つ中、ローゼリアは後方で両手をぶんぶん振るっているだけで、何もしてないように見える。

 だが、この部隊の一番の要はこのローゼリアだ。彼女が指揮する氷結雄熊軍団フリージングベア・レギオンは優秀な指揮者に操られたオーケストラの演奏者のように規律正しく動き回り、戦力の足りない戦線をそれぞれ支えている。

ローゼリアがいなくなるだけで、この部隊は崩壊する。だからそれを隠すために、メルボアとグラウリンデはあえて目立つ動きで立ち回り、ローゼリアの存在を隠しているのだ。


(すっげぇなぁ。そこまで考えて動いているのか、この人たち。確かにローゼリアさんがこの部隊の中核だ。イミニクスはまだ、それに気付いていないようだな。大型イミニクスも……あれ?)


 きょろきょろと周囲を見渡したザディロは青い顔でぶるりと背筋を震わせる。


(大型イミニクス、いねぇ!? ど、どこだ、どこに消えた!?)


 前方を駆け抜けていったはずの大型イミニクスの姿が、まったく見当たらないのだ。

 ザディロは慌てて周囲を見渡すが、確認が出来ない。あの50Mを越す巨体など、姿を隠そうとしてもすぐ気付くだろうに……


(どこだ!? どこにいる!? どこ、に……)


 ――己の背後に、気配と殺気。

 急いで振り向けば、そこには自分に向かって前足を振りかぶっている、全長50Mを越す巨体――


「お、お、おおおおおぉぉぉぉ!!?」


 咄嗟に前方に身を投げ出すのと、前足が振り落とされるのはほぼ同時であった。

 ぐるんと地面をでんぐり返ししたザディロは、先程まで自分がいた場所に大穴が空いていることに気付き、ぞっと首筋に鳥肌を立てる。

 もしも、自分が気付くのはあと一歩遅かったならば。あの穴の中で、自分はお陀仏していたはずだったから。


「て、敵襲! 大型イミニクスが、こっちに来ていますっ!!!」

『なんですって!?』

『きゃあ!?』

『ザディロ君、離れてッ!』


 ザディロの叫ぶような交信(テレパス)に、いち早く反応したのはメルボア師匠だった。

 雷の念動力を使用し、素早くザディロの全面に立つとその手に持ったチャクラムを展開。電動円月輪ボルテック・チャクラムが、再度放たれる二角獣(バイコーン)の追撃の防御となる。

 ギギギギギ、と軋む金属音。そのまま受け続けることは出来ないと悟ったメルボア師匠は、己の左側に敵の攻撃を受け流し、どうにか攻撃を回避する。


『はぁ、はぁ……ザディロ君、そのまま後退! とにかく離れて!』

「で、でも、メルボア師匠は!?」

『師匠って呼ばない! 私は大丈夫、あと数発は耐えられるわ!』


 メルボア師匠の血を吐くような叫びに、ザディロは腰を抜かしたまま、両腕の力を振り絞って後退する。

 あれが、大型イミニクス。

 知識だけあるのと、実際に対峙するのとでは全然違う。

 小型イミニクスや中型イミニクスは、その視線に強い『殺意』があった。

 その『殺意』に当てられると、身体が本当に動かなくなるのは正直驚いたが――

 大型イミニクスは違う。

 その瞳に殺意などない。

 あるのは、純粋無垢な瞳。

 こちら側をどう弄ぼうか。爪で引き裂こうか、いやいや甘噛しようか、それとも潰してしまおうか――そう考えている。

 そんな、お気に入りの玩具を与えられたときの犬や猫のような、野生動物特有の無邪気な残酷さが同居しているような瞳であった。


「メルボアさん……っ!」


 後ろを振り向き、そして、ザディロは気付いてしまう。

 メルボア師匠が構えている電動円月輪ボルテック・チャクラム。その刃が、少しだけ歪んでいることに。

 おそらく、先程大型イミニクスの攻撃を防御したときのもの。


(くそっ! 馬鹿か俺はっ!? あの歪みが出来たのは、俺を庇ったせいだ! 畜生……俺にあのとき、冷静に判断出来る自信があれば……っ)


 己の内にふつふつと沸いてくる、罪悪感。

 それを己の力に変換し、ザディロはよろよろとどうにか起き上がった。

 眼前では、再度大型イミニクスの前足を防いでいるメルボア師匠の姿。

 周囲ではローゼリアが凍結雄熊を操作して大型イミニクスの前足に群がらせているものの、前足はまるで凍りつく様子を見せずに、逆に振り払われていた。

 グラウリンデ副隊長も次々に罠を構築して仕掛けているものの、土の針はその肉体を貫けず、木々の蔓はその胴体を拘束出来ずに引き千切られる。

 ――これが、大型イミニクス!

 あらゆる障害を踏み越え、いかなる敵対者も排除し、己の気ままに野を駆け、人を喰らい、人間無き世界をめざす黒毛皮の破壊者――!!!


『ぐぅぅっ!!!』

「メルボア師匠っ!!!」


 ああ、見よ!

 最前線で大型イミニクスの攻撃を防御するメルボアは、チャクラムに歪みが生じたことで防御能力が激減。その前足に押し潰されそうになっている!

 ザディロは一もニも無く走った。他に何も考えられなかった。

 そしてザディロの眼前で、メルボアの攻防一体のチャクラムが砕け、防壁が崩壊する。

 そのまま、二角獣(バイコーン)の前足が迫り来る。メルボア師匠は反応が出来ない。絶体絶命の危機を回避したのは、


「メルボアぁ!!!」

「っ!!?」


 新人騎兵、ザディロの突進であった。

 横抱きに引っ張られたメルボア師匠は、大型イミニクスの前足を寸前で回避する。

 続いて地面を引っ掻くように大地に突撃した前足を引っ張る踵攻撃は、身を沈めてどうにか避けた。

 まさに、危機一髪。

 二角獣(バイコーン)が苛立ったように甲高い唸り声を上げる。二人はその場から起き上がり、慌てた風に退散した。


「ひゅおおお! めっちゃ怖かったです! 二度とやりたくない!」

『おかげで、私は助かったわ。礼を言いたいけれど……何故、私の武装が破壊されると?』

「え! ええと、それはなんというか、一夏の幻影が見せた蜃気楼というか胡蝶の夢というか、すみません俺のせいなんです武装が歪んでいたのはっ」

「ザディロ君、避けて!』

『危ない、新兵っ!』

「くぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」


 そして。大型イミニクスは、追撃を止めてはいなかった。

 そもそもが、50M級の全長を持つ馬型のイミニクスである。例え機体(ナーカル)がどれだけ全力で逃走しようとも、所詮は15M前後。

 50Mの歩幅で歩かれれば、当然追いつかれる道理なのだった。

 ザディロは咄嗟に、己のサイコバリアを発動させて自分、そしてメルボア師匠を庇う。

 反射的な行動だった。

 それ以外、何も考えることは出来なかった。

 反射的に左腕から放出したサイコバリアを、二角獣(バイコーン)へと翳す。

 二角獣の突進してきた前足を防ぐ、輝ける何枚ものバリアが――


 パリン、パリン。


 無惨にも、砕けていく。

 大型イミニクスの前足の衝撃だけで、ザディロの渾身を込めたバリアが、砕け散ってしまっていた。

 眉毛を八の字にしたザディロは一瞬だけ後方に視線を移し、そこにチャクラムを破壊されたライヴェリオを見つけた。

 メルボア師匠の、ライヴェリオが。

 ぐっ、と奥歯に力が籠もる。

 この人は――

 この人だけは――

 俺が、絶対に助けなければならないのだっ!!!


「ああああぁぁぁぁぁぁっ!!?」


 反射的に背面竜巻副尺(トルネード・バーニア)を機動。爆発したかのような風の速度を背に受けて、どうにか前面からの圧力に耐え抜く。

 腕からはサイコバリアを泡のように底のほうから生じさせ、表面のバリアを幾度砕かれようと、地面から花を咲かせるように無限にサイコバリアを生み出し続ける。

 これこそが、後にサイコバリアを張る際のの応用動作として学校の教科書に掲載されることになる、ザディロ式泡状障壁バブルフォーム・サイコバリア

 この場において、いち新人騎兵が自分と敬愛する先輩の命を守るために編み出した、まだまだ未熟ながらもちゃんとした『力』を持つ念動力であった。


 キィィィィィィィンッ!!!


 甲高い金属音のような接触音が響き渡る。

 二角獣(バイコーン)の前足は次々とサイコバリアを砕いていく。

 だが、その砕かれた分よりも僅かに、ほんの僅かにザディロがサイコバリアを生み出す速度のほうがちょっぴりだけ早かった。

 僅か、それだけの差。

 されど、それだけの差。

 二角獣(バイコーン)の前足は、永久にザディロに届くことはない。

 ただ一つ。

 ザディロの念動力が、(・・・・・・・・・・)切れなければ(・・・・・・)

 泡状障壁バブルフォーム・サイコバリアは念動力の消費が著しく高い。

 高燃費であるのは分かっていた。本来は何枚か重ねるだけで維持しているサイコバリアを、次々と生み出しているのだ。

 しかし、こうまで消費が激しいのは、ザディロにとっても予想外であった。


「お、お爺ちゃんが川の向こうで手を降っていまぁぁぁぁぁすぅ!?」


 多量の念動力の消費により、意識がふらっと消えかかっていたザディロは、突然去年亡くなった祖父が川の向こうで手を振っている幻想に遭遇し、慌てて意識を取り戻す。

 賽の河原の物語は主に仏教に登場する神話であるが、ギリシャ神話や北欧神話、中東の昔話などでも有名である。

 地理的に近い位置となる日本とオーストラリアから文化の影響を受けているムー大陸でも三途の川の物語は伝わっている……が。

 こうして祖父が川の向こうで手を振っている場面を直に見るのは当然ながら初めての経験であった。


『しっかりして! あなたはまだ(・・・・・・)生きてるわ(・・・・・)!』

「……!!!」


 メルボア師匠の声に、失いかけていた気力を取り戻す。

 右腕から何重にも張り巡らせているサイコバリアをしっかりと認識。同時に念動力不足で稼働が止まりかけていた背中の背面竜巻副尺(トルネード・バーニア)もしっかりと機動。

 負けていない。

 そう、ザディロは強く想い直す。

 大型イミニクスには逆立ちしても勝てないだろうが、敵の前足の一撃は現在、完全に防いでいた。それは、純然たる事実。ならば、この状態を維持するのみ……いや。

 先程のメルボア師匠の行動を思い出せ。彼女はあのとき、何をしていた?

 奴の前足を、こう……

 ザディロは苦心して、二角獣(バイコーン)の前足を少しずつ右側にずらし、受け流す方向に持っていった。

 そこに、


拘束木蔓リストレイント・ヴァイン!』

巨氷打突ギガンティック・スラッパー!』


 ザディロの意図を察したグラウリンデ、そしてローザリアの追撃!

 大木から伸びた蔓が足を前足を引っ張り、そして氷の巨槌が前足を叩く。

 前足の位置はそれでずれ、ザディロは見事に前足の一撃を受け流すことに成功する。受け流すと同時に、ザディロとメルボアはダッシュ。すぐ近くの森林地帯に身を潜めた。


「はぁ―! はぁー! 小便チビるかと思いました! こういうのはもう勘弁願いたいですよっ!!!」

「漏らさなかっただけ大したものよ。おかげで助かったわ」

『なんのなんの! このザディロ、命をかけて仲間を守るべしという教えをしっかり守っていますからね! でももう念動疲労ギリギリなんで、もう一度同じことをやれって言われても無理ですがっ!!!』


 仕留めるべき獲物を見失った二角獣(バイコーン)が、ザディロたちを探して右往左往している。

 しかし、ザディロたちの姿は発見出来ない。元々小さなザディロたちは見つけにくいという事情もあろうが、周囲の植物が異常に成長し、二機の姿を覆い隠しているのだ。

 これぞグラウリンデの誇る念動力、伸長成長(グロウ・グロース)

 さしたる攻撃性能こそないものの、身を潜めるにはぴったりな土属性の念動力であった。

 おまけにイミニクスの嗅覚を潰すムー大陸の在来種、ギナユディトの華の香りをばら撒いてくれたおかげで、ザディロたちが急に飛び出て踊り出さない限りは見つかりにくい状態となっていたのだ。

 視覚に嗅覚まで潰された二角獣(バイコーン)は残る聴覚に頼る他なかったが、そこも対策はバッチリだ。

 乗っている機体(ナーカル)のエンジンを切……っているわけではない。

 それではいざというとき、身動きが取れなくなる。

 答えは足元からどんどん生えてくるマスコット、氷熊の瞬間凍結雄熊(フリージング・ベア)くんだ。

 彼らがそこら中で木々を揺らし、草むらを駆け回り、落ちている木の枝で無用な爪研ぎをしている。それが雑音となり、ザディロとメルボアの気配を消していた。

 視覚、嗅覚、聴覚。

 五感のうち、三つを支配しているこちら側の策謀に、二角獣(バイコーン)は面白いほどに乗ってくれた。哀れ二角獣(バイコーン)は二機を探してふらふらと彷徨っている。


「それで……どうするんですか、これから?」

『大型イミニクスを相手にするのは、もう無茶ね。あとは集結する仲間たちや勇者様に任せて、私達は撤退しましょう」

「い……いいんですか、それで!?」

『元々、大型イミニクスを退治するのは勇者様の使命よ。私たちはその環境を整えるために中型・小型イミニクスの排除を目的としているだけで、無茶は出来ないもの。武装が壊れた時点で、私は役立たず確定。ならば後は、後方から念動力で支援するべきよ?」

「そ、それは……そうですが」

『それとも、壊れた武装で前線に出ろとでも? 大型イミニクスが暴れまわっている中で、壊れた盾を構えて仁王立ちでもしろというのかしら? それでは勇者様の命令(オーダー)、『誰も死なせない』が守れないわね。あの方は、近衛騎兵たる私たちのことまで守ろうとしているみたいだから』

「も……申し訳ありません。白布の騎兵が、出過ぎた真似を」

「フフ……構わないわ。新人を教え導くのはベテランの務め。まぁ、私もベテランって名乗れるほど戦場には立ってないけれど……」


 フフン、とメルボアが鼻高々と胸を張る。

 なんだかんだ言っても、自分を慕う後輩が出来たことについては感激のメルボアなのであった。

 だから、


『……あ』

「え?」

「……グルゥ」


 こうして格好をつけていて、大型イミニクスの接近に気付かないのであった。

 鼻を鳴らした二角獣(バイコーン)の顔面に気付いて、一秒、二秒。

 ザディロがサイコバリアを出現させるのと、二角獣(バイコーン)が前足を突き出すのは、同時だった。


「ぐあぁ!!?」

「ザディ――」


 ザディロが吹き飛ぶ。

 二角獣バイコーンが突き出した前足は、鋭利な刃物ーーレイピアを象っていた。

 イミニクスの武装变化。

 小型、中型のイミニクスは一種類(大抵は鎌)しか变化出来ないが、大型イミニクスは複数の武器を模倣することが可能だという。

 イミニクスには、人間に劣らぬ知性がある。

 二角獣(バイコーン)は先程の激突でザディロの盾がこれまで出会った機体(ナーカル)とは別種のものだと気付き、あの一瞬で刺突武器を選択したのだ。

 刺突武器ならば。広範囲の攻撃は不可能であるが、その一撃は直線上に多大なダメージを貫通させることが出来る。

 つまり。二角獣(バイコーン)は、この前の戦闘経験から察したのだ。相手のサイコバリアが発動するより早く、自分の攻撃は相手を貫くことが可能だと――!

 結果は、ご覧の通り。

 なんとかサイコバリアの発動途中であったザディロは既で防御が間に合っていたものの、吹き飛ばされてダウン。交信(テレパス)は切れていないので気絶してはいないようだが、意識が混濁して立ち上がれないだろう。

 突き出された二角獣(バイコーン)のレイピアが、ぎらりと刃を光らせる。咄嗟に片方だけとなった電動円月輪ボルテック・チャクラムを構え、横薙ぎの攻撃を反射的にガード。

 しかし、円月輪に念動力の電気が上手く伝わらない。先程のイミニクスの攻撃で砕けた片方と同じように歪んだ箇所から、漏電しているのだ。

 ――念動力はイメージに大きく左右される。

 例え理屈が化学世界から大きく逸脱していたとしても、己の想像力が頑なだったら原理のほうを変化させるのが念動力という代物だ。

 メルボアは自分の所持している武器、円月輪(チャクラム)に電流が疾走(はし)るイメージが強かった。幼少時、雨の日に雷が近くの鉄骨に落ち、金属の上を電流が流れる瞬間を目撃した経験から、雷の念動力は自分に親しい存在となった。

 円月輪(チャクラム)と出会ったのはそれとは別口の話ではあるが、円月輪(チャクラム)の上を電流が周回し、やがて盾にも武器にもなる電気の武装となる。そのイメージ一本でメルボアはやってきたのだ。

 故に。電流が流れるイメージを阻害するものが混入すると――例えば、破損した箇所から漏電が起きたりすると。

 たちまち、メルボアの電流は強大さを失う。イメージが損なわれ、流れる電流の速度が極端に遅くなる。そして電気エネルギーが加速していない円月輪(チャクラム)は、もはや盾としての機能を失いかけていた。


「下がって、メルボア!」


 グラウリンデ副隊長の鋭い呼び声。

 グラウリンデ副隊長の土と木、そしてローザリアの氷の念動力が必死に防御に入るが、到底意味を為さなかった。

 バキバキと嫌を音を響かせ、装備した円月輪(チャクラム)がひび割れ、その満月の如き真円の形を失う。

 迫るレイピア。その動きを視線で確かめながら、数倍に引き伸ばされた時間で、メルボアは唇にうっすらと微笑みを形作ろうとして、失敗する。

 ああ。私はどこまで行っても、無表情のまま変わらないらしい。


 ――ここまでか。


 メルボアは走馬灯――が過るわけではなかったが、俺の過去を見つめ直し、そっと吐息を吐き出した。

 あの日。 アルキウス様に拾われてから、今までフェグラー領の騎兵として頑張ってきたけれど。

 まぁ、己の最期が大型イミニクスとの戦闘の末というのは、なかなか……騎兵としては優秀なのだろう。

 私はここで退場。

 でも、コースケ様。あなたは、勇者なのだから。これからも辛い別れがいっぱい訪れるだろうけど、それに負けずに元気に過ごして――


「空間断絶――ディメンション・スラッシュ!!!」


 突如、斬撃が。

 本拠地側から斬撃が伸びてきて(・・・・・)二角獣(バイコーン)のレイピアを一瞬して切断する。

 その技は。見慣れた、時空の念動力。

 大型イミニクスに対してこうも鮮やかに切断が可能な念動力者など、メルボアの知る限り、ただ一人。


「メルボア! 危なかったな!」

「コースケ様……!」


 時空機士、クロノウス。

 そしてその大神官。

 異邦から召喚された勇者にして、まだ訓練期間の途上でありながらテルブ領を震撼せしめた大型イミニクスカオカーン潰しレ・カオカーン・ヴォルン撃破の英雄。

 同じく虹の七騎士であるクヤ・コハルを婚約者に持ち、そのコハル嬢と共にこの世の平和を誓った優しき傑物。

 その名を、オトナシ・コースケ。

 今をときめくこの大陸最大の『今一番動向が気になる人』トップ1を独占し、現在は振興の街ベリザステを大型イミニクス二角獣(バイコーン)の魔の手から救うため初任務に挑んでいる若き俊英。

 そのコースケは遠距離から二角獣(バイコーン)のレイピアを一刀両断にしていたのだ。


「コースケ様、二角獣(バイコーン)です、お気を付けて……!」

「分かっている! こんな風に接敵するとは思わなかったけど……でも、空間断絶が効いたのは行幸! 勝負だ、ニ角獣(バイコーン)っ!!!」

「ゴァァァァァッ!!!」


 そうして――

 鮫介は、この地に召喚されてより初となる単独での大型イミニクス戦を。

 二角獣(バイコーン)は、初となる虹の七騎士との死闘を。

 遠距離からお互いを見据える両者はお互いの『初戦』のことなど知らぬまま、戦いにもつれ込むのであった――




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