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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
時空転移編
8/115

オトナシ近衛部隊



 男が、館の入り口に仁王立ちしていた。

 早朝五時である。

 懐中時計で現在時刻を眺め、五時ぴったりになると屋敷の扉を開く。


「お待ちしておりました」


 待ち構えていたゴードンが静かに頭を下げた。予定通りの行動だったのである。

 男は頷き、きびきびとした動作で屋敷の主の部屋へと向かう。

 そしてドアの前に立つと、一度息を吸い込み、そして――大声で放出した。


「起床ぅぅぅぅぅ!!! これより訓練を行うっ!!!」


 部屋の中から、何物かが慌てる気配がする。

「こんな柔らかかいベッドじゃ眠れないよ」などとのたまいつつ、僅か五分で夢の中に突入した鮫介が跳ね起きたのだ。

 ドアは開いていない。主人がいかな服装で、何者かを連れ込んでいても良いように配慮しているのだ。


「入ってくれ」


 やがて物音が止まり、入室の許可を受ける。男は扉を開き、「失礼します!」と大きな声を上げ、中に入った。

 ベッドの上では、寝巻きから外出着――学生服ではない、アルキウスが用意した外服――に着替えた鮫介が、半分眠っているような顔でこちらを見ている。

 ふむ。既に着替えは完了しているか。

 男は満足し、鮫介ににっこりと語りかけた。


「訓練の時間ですぞ、勇者様」

「……まだ、五時なんだけど」

「ええ、もう五時、です。本来は四時に起床したかったのですが、アルキウス様から初日は緩めるように、と命令を受けまして」

「……一時間、か……」

「さぁ、勇者様。準備は宜しいですね」


 男はベッドに近づき、その笑みをより深めた。


「訓練の時間です」






 8時になった。太陽が空に浮かび上がり、その陽光をフェグラー領の緑に照らしている。

 そんな快晴の空の下を、駆け抜ける男が一人。年齢は三十路を超え、口ひげを生やしながらも、その生命力は衰えることを知らない。

 上半身はタンクトップ一丁だが、その上腕二頭筋は太く、思わずため息が漏れるほど美しく、その三角筋は力強く盛り上がっている。

 ハリウッドの主演になれそうな鍛え方をしているその男は、背後にいる少年に声援を送る。


「頑張れ、勇者殿! もうすぐゴールですぞ!」


 そう言われた勇者殿こと鮫介は、もう息も絶え絶え、陸上に打ち上げられた魚類のような有様だった。


「ぜひ、ぐふっ、ごっ、おぇぇぇぇぇ……」


 道の外に吐瀉物を撒き散らすその姿を見て、誰が勇者だと思うだろうか。

 タオルを持ってゴール――屋敷の入り口――で待つゴードンは、自らが使える主の姿に涙が流れそうだった。


「ふぅ、ゴールですな」


 先にゴールした男はゴードンが持っていたタオルを預かり、爽やかな笑顔さえ浮かべている。

 この瞬間、ゴードンの表情に殺意が浮かんだとしても、執事として当然のことであろう。

 鮫介は生まればかりの子鹿のように足をぷるぷる震えさせながら、ゆっくり、ひたらすにゆっくり、ゴールへと距離を詰めている。


「コースケ様……! もう少しです、頑張って!」


 いつの間に隣にいたのか、カルディアが精一杯の激励を送っていた。

 ゴードンは胸がいっぱいになり、主人を鼓舞する。


「コースケ様! ゴールまで残りわずかです! 三時間もご苦労さまでした!」

「朝っぱらかこれは辛……ぐおぉぉぉぉ。げふぅっ!!」


 律儀に応答しながら、鮫介はついにゴールへと足を踏み入れた。

 カルディアにタオルを渡し、その背を押す。カルディナは一直線に主の元へと向かい、その汗を拭った。


「お疲れ様です、コースケ様! どうにかリタイアせず、走り抜きましたね!」

「ひゅう、ひゅう…………」

「おお、それですな! 根本的な素人を想定していたら、意外な体力! コースケ殿、何か転移前にスポーツでも?」

「………別に」


 響太郎と連れ立って様々なスポーツに挑戦していただけだ。

 しかしそのことは口にせず、眼前の男を睨みつける。

 クレーチェ・テルブ・テト・ジン。

 決して悪い人間ではない。ないのだが……こちとら勇者なのだから、もう少し敬意を持って接してほしいというか、もうちょっと手加減を……

 などと考える鮫介は、自分が勇者で有情を働いたから、こうして美人のメイドに膝枕をされていることに気付いていない。辛うじて吐瀉物をメイド服につけないようするのが精一杯だ。いや、完全に胃の中のものは吐き出して、もはや胃液しか出ない状態だったのだが。


「まっ、よろしいでしょう。ではランニングは終了! 朝食を食べたら、続いては対『時空』教習を始めましょう!」

「え?」

「『時空』に乗れるように頑張る、ということです」


 ジンは爽やかにそう述べると、屋敷に向かってすたすたと歩き出してしまった。


「……あの野郎……」

「歩けますか、コースケ殿」

「しばらく無理だ。少し膝を貸してくれ……お前たち、朝ごはんは?」

「まだ食べておりません」

「主が頂いていないのに、我らが先に頂くわけにはいかないでしょう」

「……まったく」


 鮫介は静かに笑った。

 涼やかな春風が吹いて、存在気持ちよかった。






「あれが、異界から召喚したっていう勇者?」


 屋敷裏の倉庫では、高い位置に取り付けてあるキャットウォークから屋敷の表側の様子が見て取れる。

 吐瀉物を巻き取らしながら、メイドに膝枕されているところも。

 そのキャットウォークに、3人の少女が居並んでいた。

 そのうちの一人、キャットウォークに足をかけていた背の低いショートカットの少女が、ぽつりと呟く。


「うーん。アタシの好みじゃないっスねー」

「そりゃ、あんたはね」


 真ん中にいた眼鏡をかけていた知的な風貌の少女が笑う。


「シュリィはもっと筋肉質な男が好みなんでしょ?」

「まーねー。隊長や『凍結』の人は惜しいんスけどなぁ。もっと脳まで筋肉! みたいな人はいないもんスかな」

「いないでしょ、このご時世に」


 彼女の名はナタツ・ダロン・テト・シュリィ。

 元はダロン領で突撃隊長を努めていた、『オトナシ近衛部隊』副隊長である。

 ちなみに、マッチョ専である。


「私もパス! 人間は知的さあってものものよ。あのメイドに抱きついて情けない顔をしている姿は何? 恥的だわ!」

「まあ、グラウリンデちゃんはそれでけではないでしょ?」


 3人目、背の高い長髪の少女が問いかけると、眼鏡の少女はテンションを上げて、


「そりゃあ、知的さは年齢に準じるからね! 男なら歳を重ねても背筋をピンと伸ばして、どんな質問には微笑して答えられるようにならなくちゃ!」

「まあ、そんな人いるのかしら」

「いるわよ、『爆焔』の元乗り手のグンナル様とか!」


 彼女の名はトロノア・マガシャタ・テト・グラウリンデ。

 ドイツ人の父を持つ、『オトナシ近衛部隊』副隊長である。

 ちなみに、ジジ専(知的な人限定)である。


「私はパートナーに筋肉も知的さも求めないわねぇ」

「そりゃ、ヒナナの好みから乖離してるっスからね!」

「あんたは太ってればいいんでしょ」

「えぇー? 男気とかも必要よー?」


 背の高い少女が、恥じらうような笑みを見せる。


「男気があるなら、デブがいいとかありえないス」

「あの勇者様にお願いしてみたら? もっと食事をとれって」

「もう、人の好みにケチつけないっていう約束でしょ?」


 彼女の名はサヤン・トホ・テト・ヒナナ。

 元はトホ領で銃撃支援部隊の隊長を努めていた、『オトナシ近衛部隊』副隊長である、

 ちなみに、デブ専(男気がある人限定)である。


「男ならマッチョ……」

「いや、知的な老人……」

「ふくよか……」

「うるせー! 自分の機体(ナーカル)ぐらい自分で整備しろっつーんだい!」


 一方、倉庫の下部では、機体のメンテナンスを行いながら老人が一人、上部の三人を怒鳴りつけていた。

 近くにいた若い兵士や同じ作業をしていた人員が老人をなだめ、説得する。

 曰く、あの副隊長三人は名のしれた女傑である、

 曰く、あの三人に喧嘩を売ってはならない。

 曰く、あの三人に交際を申し込んではならない。

 曰く、あの三人に目を付けられてはならない。

 老人は「そんな評判はどこにでもある」と言って、引き下がった。


 隊長が一人。副隊長が三人。平兵士が九人。整備担当兵が十人。その他雑務を行う兵士が一人。

 これがアルキウスが用意してくれた、『オトナシ近衛部隊」の総勢であった。




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