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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(前編)
77/117

開戦4 ―友を救うは銃撃輪舞曲―

新年あけましておめでとうございます!(遅)

いやー、ちょっと念動力に関する補足でも入れようかなー、と考えていたらどんどん長くなっていって、最終的に41Kb……

この分散開戦はそれぞれ10Kbで行けるかなー、とか思ってたんですけどね……はぁ。




「エーリカ、右に小型イミニクス!」

『うわっ! 危ない危ない。助かったよ、ナフフ!』


 ここはBの5エリア。この地にも、イミニクスの襲撃は行われていた。

 まずは、小型イミニクスの大量発生。これは、今いる部隊のみんなや、初心者チームでも対応出来ていた。


『エーリカ、発砲する。伏せろ』

『ぎゃわー!? 発砲してから伏せろって言うの、やめろって何回言ったよ!?』

『ん? すまない、忘れていた』


 初心者とはいえ、訓練を受けてきた騎兵。小型イミニクスには負けない自信くらいは持っている。

 だが、その次。中型イミニクスの襲撃だけは、初心者チームではどうしようもなかった。

 中型イミニクスは本来、虹の七騎士一機で迎撃に当たる難敵だ。普通の機体(ナーカル)で挑もうとしたら、最低でも15機や20機は必要だろう。

 朱狼騎士団には隊長や、副隊長、それ以外でもライオハーテドのような強者がいるにはいるが、中型イミニクスを戦うには心もとない。

 それでも――中型イミニクスは敵を選んではくれない。

 彼らは野生の獣のように、好き放題暴れて、我らの生活を脅かしていく。

 そんな奴らを仕留めるために、後方の武器管理局や前衛の武装考案工房などが、総力を上げて中型イミニクス妥当のための兵器を開発していた。

 例えば、エーリカの使用する突撃槍――マハ・エートゥーク改。見た目こそ通常の騎乗槍(ランス)と変わらないものの、手元のスイッチを押すだけで槍先から針が飛び出し、相手の貫いた肉に大きなダメージを与えられる代物となっている。更にこの針は念動力開放口にもなっており、針の先から炎や氷、雷を発射して追加ダメージを狙えるという。

 例えば、シュナーゼが使用する短機関銃――ルービス・ベルケゥア。見た目こそ普通の短機関銃をちょっとだけパワーアップさせたものだが、実はこの武装、砲身ではなく弾丸のほうに特注の秘密があり、発射された弾丸は直撃すると先端が変形し、目標に大きなダメージを与えることが可能なのだ。かつてインドという国で生成されていたというダムダム弾という弾丸をヒントに作成したのだという。詳しいことは分からないが、とにかく凄い弾丸だ。

 彼らの開発した新兵器を手に、我らは決死の戦いに挑んでいく。開発された武装は役に立たなかったりすることもあるけれど、今彼女たちが装備している武装は一定の評価を得ている。

 いつかこの武装が新人騎兵たちの基礎武装となり、少年少女たちに「その武装、私達の代で作られたものでね~」と語る日が来るかもしれない。

 でも、それもこれも、今日を生き延びられたらの話だ。

 中型イミニクスの突撃。前で盾を構えるベテランの守護騎兵たちが次々と弾き飛ばされる。

 かろうじて死亡はしていないようだが、それでもダメージは深刻だ。それでも戦える者たちは前に出て、盾を構える。

 後ろには我らの護るべきものがある。

 新興の街、ベリザステ。

 ようやくここまで復興した、まだまだ『街』というよりも『村』といったほうが正しそうな場所だが、それでも住民も徐々に増加し、これから富に発展していくことだろう。

 その村には、自分の家族が。父が、母が、兄が、妹が、あるいは息子や娘が住むことになるかもしれない。

 それが――

 イミニクスの襲撃で、全て無くなってしまうかもしれない。

 イミニクスは、全てを無に帰す。そうして故郷を奪われ涙する人が、このムー大陸にどれだけいることか。

 我らは、それを許さない。

 愛する家族が、同じ思いをしないように。

 他者の痛みを我が痛みへと変換し、イミニクスと戦う盾ないし鉾が我ら騎兵の役目。

 百年もの長きに渡り、戦い続けてきた我らのたった一つの誇りなのだ。


「シュナーゼ、弾薬!」

『ん。ありがとう、ナフフ』

「お礼はいいから、ちゃんと撃って!」


 中型イミニクスは小型イミニクスより筋肉が発達しているのか、銃弾に耐性がある。

 小型イミニクスのように倒そうとするならば、より強烈で、より貫通力に優れた弾丸が必要なのだ。


「エーリカ、換えの槍! あんまり突撃して壊さないでよ!」

『ありがとー、ナフフ! お前はいいお嫁さんになれるよ! ていうか、私の嫁になってくれ!』

「あんた彼氏いるじゃない! 馬鹿なこと言ってないで、敵が来るよ!」


 ナフフは槍を渡したエーリカを叱りつける。エーリカは幼馴染として育った少年とラブラブな関係なのだ。

 そんなエーリカはフン、と鼻息を荒くすると、新品の槍を携えて突撃。敵に突っ込み、槍がイミニクスを突き刺すと同時に手元のスイッチとオン。槍に氷の刃を作り、その肉を内側から抉り取る。

 この槍の開発が成功したことで、小型イミニクス討伐は大きく成果を上げることになった。

 いくら外表が硬くても、イミニクスも生物。内部から出血すれば行動は大きく制限されるし、大量に出血すれば動きを止める。

 それで死なないところがイミニクスがイミニクスである所以なのだが、とにかく、この槍は『大量出血』を相手に強いることが出来る代物なのだ。

 例えば、通常の槍。これは突き刺さっただけで終わりだ。余程奥底まで突き入れるか、あるいは外装を崩壊させなければ、イミニクスの桁外れな自己修復能力で容易く回復されてしまう。

 しかし、マハ・エートゥーク改ならば。発動した念動力が表皮を尽く砕き、その治癒能力を遅らせることが可能なのである。

 故に、マハ・エートゥーク改は中型イミニクス打倒の切り札として、数多くが用意されていた。

 小型イミニクスを相手するにはちょっと攻撃力過多かな? と思う破壊力も、中型イミニクス相手となると攻撃力が足りなく感じてしまう。


『さぁ、行くわよ、シュナーゼ』

『ん。了解した、義妹よ』

『誰が義妹よ!?』


 そしてシュナーゼの彼氏は、エリーゼのお兄ちゃんなのだ。

 閑話休題。のほほんとした会話を繰り広げながらも、エリーゼもシュナーゼも必死に戦っている。

 中型イミニクスは体力お化けではあるが、体力が無限に続くわけではない。小さなダメージでも一歩一歩着実に与え続ければ、やがては倒すことが可能なのだ。

 そうして、一匹の中型イミニクスが地に沈んだ。

 歓声が上がるが、呆としてはいられない。中型イミニクスは、まだ二匹も残っている。


『支援部隊は、素早く銃撃部隊や近接部隊、守護部隊に武装の支援を! また、撃墜された機体を運び出せ! とにかく手を動かすんだ!』

「ナフフ了解! 頑張ってよ、シュナーゼ、お義姉ちゃん!」

「分かった」

「誰がお義姉ちゃんよ!?」


 そして私の彼氏は、エーリカの弟だったりする。これがまた小型犬みたいで可愛らしいのだ。

 ああいやいや、私の彼氏の愛らしさはともかく。守護部隊の皆さんは機体ダメージも多く、盾も使い物にならなくなっている人も多い。

 だけど、それでも前衛に立とうとする。それは、守護騎兵が前線で『仲間を護る』という行為が、当たり前のものだと位置付けられているから。

 守護騎兵だって、逃げ出したいときはあるだろうに。それでも隣にいる仲間を護るため、そして後方で安全に暮らす人々の笑顔のために、いつだって前線で味方の盾とならざるを得ないのである。

 私達は、いつだって守護騎兵に感謝している。そして、その感謝に答えるために、守護騎兵たちは例え盾がボロボロで使えなくなっても、その身で我々を庇ってくれるのだ。


『守護部隊、耐えよ! 既に、ティグワス殿とオトナシ近衛部隊の皆様方が救援に来てくださると連絡があった! 後少し、あと少しだけ持ちこたえてくれれば……』

『ぎゃー!』

『ぐわーっ!』

『む、無理ですー! 前線を支えきれません!」

『くぅ、無理でもやるんだよ! 我らの後ろには無辜の民がいることを忘れるなっ! 平和に暮らす彼らに敵の牙を届かせない、そのために我らは守護騎兵となったのだ!』

『立てる者は無理をしてでも前に立て! ここが我らの死に場所ぞ、死ぬのならば仲間の勝利を見届けて、それから死ね!』


 まずい。守護騎兵たちが自暴自棄になってきている。

 まぁ……状況的に、それも仕方ないのだろう。各自、自前で持ち込んだ盾の類は全て破壊され、サイコバリアも微弱な状態。そんな環境で相手の突進を防げと言われて、ある意味自暴自棄にならないほうがどうかしているとも言える。

 だが、それは悪手なのだ。

 ティグワス様、それにオトナシ近衛部隊の皆様方が救援に駆けつけると、先程守備部隊の隊長に連絡があったらしい。ならば、それまで『耐える』戦法を取ったほうが、戦術的に賢いやり方だろう。

 だが、それを言う権利は私にはない。私がまだ、新人兵士だからだ。畜生、私が新人の名を捨て去った暁には、ナヴェ様に上申しまくって改革を実行してやるんだから!


「エーリカ、守護騎兵をサポート!」

『サポート!? ど、どうやって!?』

「あんたは突撃しか出来ないんだから! 守護騎兵たちが中型イミニクスの突進を止めたタイミングで突撃なさい!」

『お、おぅ! 突撃だな、了解!』

『ナフフ、私はどうすれば?』

「シュナーゼがもうとにかく連射しまくって! ちょっとでもいいから、相手にダメージを与えて」

『うん、了解した』


 素直に頷いたシュナーゼが援護射撃を繰り出す中、エーリカが槍を構えて突撃のタイミングを測る。こういうとき、友人の存在は貴重だと思う。

 シュナーゼの放つルービス・ベルケゥア専用弾丸『デサァ・バレット』は相手に相手の装甲を貫通してダメージを与える効果があるが、それに加えて念動力を込められる性質も秘めている。

 シュナーゼが得意とするのは土の念動力。その中の植物を操る念動力で、弾丸が命中した瞬間に中に埋め込んだ種を成長。種はイミニクスの肉を苗床にし、巨大なユッカの木となってイミニクスを内部から苦しめるのだ。

 これがシュナーゼ最大の念動力『プラント・シュート』。例え険悪な関係になっても発射してほしくない弾丸第一位を誇る、シュナーゼの最凶技だ。

 ――だが。そんなシュナーゼの最凶技も、


「シャアアアァァアッ!!!」


 中型イミニクスには、効果が薄い。

 植物は確かに中型イミニクスの肉体に根を張り、育ってはいる。しかし、中型イミニクスはどういう肉体の構造をしているのか知らないが、成長途中のユッカの木を剥ぎ取り、体外に放出してしまうのだ。

 中型イミニクスの血液らしき体液と、筋肉・脂肪を含んだ肉が成長途中のユッカの木と共に地面にぼとりと落ち、自己再生して肉と毛皮が元に戻る姿は思わず神秘的なものを感じてしまうが、弾丸を打ち込むシュナーゼにとっては冗談にもならない光景だろう。

 シュナーゼは現在連続で弾丸を撃ち込み、相手の装甲を少しでも削ろうとしている。そして、その削った装甲にダメージを与えるのが、


『おおおおおぉぉぉぉっ!!!』


 エーリカの役目なのだ。

 突撃槍、マハ・エートゥーク改がルービス・ベルケゥアで崩れた敵の肉体に直撃、内部で氷結の念動力を発動。氷の刃が槍の周囲を囲む。

 更に。今回は、それだけではなかった。


冷気の刃(フロストカッター)……螺旋を描く(スパイラァァァァル)!!!』


 ああ! なんと!

 作り出した氷の刃が螺旋を描き、自己修復する中型イミニクスの肉体をどんどん削り取っていく!

 念動力を戦闘中に維持することは、非常に高度な技術だ。大抵、練習ではスムーズに立派な刃が形作れるとしても、本番では敵の存在にビビって形状は縮小、あるいは不安定なものになる。

 事実、私も本来風を刃にする念動力を練習ではよく使用しているが、実戦では小風を吹かすのが精一杯だ。

 それなのに! エーリカの作り出した氷の刃が、まるで巨大扇風機のように回転し、相手の肉体を削り取っていく!

 念動力を戦闘中に維持し、更に複雑に操作するなんて! エーリカ!!!

 ああ! だがしかし!!


「キャオォォォアァアッ!!!」


 中型イミニクスは止まらない!

 体内をズタボロに抉られているというのに……いや、抉られているからだろうか。

 恐らく激痛と怒りでジタバタ暴れている中型イミニクスは、その右腕でエーリカの機体(ナーカル)を吹き飛ばした。防御を担当する守護騎士の皆さんは、全員吹き飛ばされて息も絶え絶えだ。


『ぐあぁっ!!!』

「エーリカ!」


 叫ぶ。エーリカは……反応がない。ただ、息遣いの音だけが聞こえる。

 交信(テレパス)が切れていないということは、意識は途切れずにいるのだろう。つまり、気絶はしていない。ナフフはほっとため息をつく。

 だが、安心してばかりもいられない。狂乱状態に陥った中型イミニクスは、そのまま大暴れして後方支援に徹していた銃撃部隊を狙い定めている。


「シュナーゼ、逃げて!」

『駄目だ、逃げられない……! ここで引いては、このイミニクスが我々の本拠地に、そしてベリザステに襲いかかる! それだけは……それだけは、なんとしてでも阻止しないと!」


 シュナーゼは吐き捨てるようにそう呟き、銃撃を以て中型イミニクスの足を止めようとする。

 イミニクスの住宅部進行は、私達兵士にとって絶対に阻止しなければならない事柄だと学校の授業で口酸っぱく教わってきた。

 実際兵士になると、その気持ちはよく分かる。平和を謳歌している銃後の民の皆様方は、たまに文句を垂れることもあるけれど、基本的に我々を尊敬し、物資を融通してくれて、休日には娯楽をタダ同然で楽しませてくれる。その度に思うのだ、彼らを守らねばならぬ、と。

 だから。シュナーゼは己の身を盾にしてでも、中型イミニクスの進行を止めたかったのだろう。

 例え――

 例え、その身を覆う機体(ナーカル)が、中型イミニクスの振り下ろした手で押し潰されたのだとしても。


「シュナーゼッ!!!」

「う……くっ……」


 っ! まだ息がある!

 冷静に観察してみれば、シュナーゼが押し潰された時に機体の装甲にダメージを喰らったくらいで、四肢がもがれたりするような欠損ダメージは入っていない。

 あの瞬間。シュナーゼが敵の懐に飛び込んだおかげで、敵の肉球の部分だけがシュナーゼに直撃し、軽傷で済んだのだろう。もしも爪部分が直撃していたら、と思うとゾッとする。

 ナフフはシュナーゼに駆け寄り、その身を起こした。


「シュナーゼ、しっかり!」

「がふっ……はぁ、はぁ……イ、イミニクスは……!?」


 朦朧とした意識の中、シュナーゼはまだ中型イミニクスを追おうとする。

 ナフフはそれに肩を貸し、しばらく後を追っていたのが――途中、首を横に振った。

 イミニクスが、本陣へと突撃している。そのまま、本陣に詰めている、待機者や怪我人を襲うのだろう。そして、彼らを一切の躊躇なく殺すに違いない。


(神様……)


 ナフフは祈った。このムー大陸をこの世界に転移させ、その後も天上から神となって地上を見守り続けてくださっている最後の皇帝、ラ・ムーへと。


(神様。我々は全力を尽くしました。それでも駄目なのですか。無辜の人々を救えないのですか。神よ、貴方が本当にいるのならば――)


「――あの中型イミニクスに、天罰を!」


 叫ぶ。祈りが届くとは思っていない。ただ、神様にでも縋らなければやっていけないだけだった。

 神様はいる。少なくとも、ラ・ムーは太陽への念動力を使用し、このムー大陸の気温が上がりすぎない念動力を張り巡らせてくださっている。

 だけれども、イミニクスという外敵に対しては、恐ろしく無力であった。

 それは、許されない。

 イミニクスという存在。

 それを許す、神という名の超越者も。

 ああ、神よ。

 もしも、本当におわすのならば。

 目の前のイミニクスに、天罰を与えたまえ!

 叶えてくれるなら、私はこれ以降、あなたのために祈ろう。

 でも、もしも願いが叶わないとしたら――

 私は、神という存在を許さない。

 だから。

 天罰を。

 天罰を。

 天罰を――!!!




 そして。

 ナフフの願いは、叶えられた。




「ようやく辿り着いた! この、イミニクスめ……ってこれ、中型じゃないか!」


 灰色の、機体(ナーカル)が。

 朱狼騎士団所属の機体ではない、確か……オトナシ近衛部隊所属の機体が、このような機体色だったと思う。

 その機体が、周囲の木々に……あれは、糸、だろうか。手から糸を発射し、前方の木に巻きつけて空中を疾走(・・・・・)している。

 眼前に中型イミニクスの姿を認めると、その糸を黒毛虫に向けて発射。糸は発雷性を持つ蜘蛛の糸に姿を変え、瞬く間にイミニクスの手足を地面に接着してしまう。


「お前達、無事か!? そっちの機体は!?」


 その声は、外部スピーカーを通して聴こえていた。ナフフは慌てて、交信(テレパス)の念動力の糸を伸ばし、相手と繋げる。


「は、はい、オトナシ近衛部隊の方ですよね!? 私は無事です! こっちのシュナーゼも、命に別状はありません」

『そうか。被害はどうだ? 誰か死者は出ているか?』

「いいえ、守護部隊は全滅しましたが、私が見たところ、ギリギリのところで死者は出ていません」

『ああ、良かった。俺、いや、私はオトナシ近衛部隊、罠部隊所属のデイルハッド。イミニクスの大量襲撃があったとの連絡を受け、一足お先にここまで辿り着い――』


 た、と言おうとしたデイルハッド機が、すぐさま身体を反転させる。

 半死半生の中型イミニクスが。狂乱のままに暴れたのに、手足を蜘蛛の糸で拘束された中型イミニクスが、ついに蜘蛛糸をブチブチと引き千切り、怒りのままに手足をブンブンと振り回し始めたのだ!


『嘘だろ!? まだ動けたのかっ!?』

「あぁ! いけません、逃げてください!」

『……逃げる? 馬鹿なことを。中型イミニクスが怖くて逃げたとあっちゃ、うちのジン隊長、それにコースケ様に呆れられてしまいますよ!』


 なんと。その罠部隊所属という灰色の騎兵は。

 狂乱の中型イミニクスを前に、のんびりとした動きで両手を頭を上に上げ……そして、念動力を発動させた。


浮遊(レビテーション)!』


 イミニクスの爪の攻撃が迫るのと同時、その灰色の機体は空中に飛び上がり、間一髪でその攻撃を避ける。


『あっぶねぇ……ちょっとタイミングを不味ったな……』

「シャアアアアッ!!!」

「おっと、獲物が空中に逃げちゃって怒ったのかい? なら、これを食らわせてやろう。ぬぅぅ……喰らえ、垂直天雷バーティカル・プラズマ!!!」


 そう言って、灰色の機体は。

 蜘蛛の糸を一本、相手に垂直に突き刺して。その場でバク転するのと同時、その蜘蛛の糸を伝って、強烈な高圧電流の塊が放出された。

 高圧電流は中型イミニクスを直撃。その外皮も中の肉も諸共に、強烈な電気の一撃が紫電を帯びて突き刺さる。

 それでも尚、手足をブンブン振り回して暴れていた中型イミニクスは、やがて手足の動きを緩慢なものにし、ビクン、ビクンと震えだした。

 これが、雷の念動力の真骨頂。対人戦には強いものの、イミニクス相手だと微妙といわれていた放出系の雷属性の念動力が、最大限に力を発揮した場合。

 放たれた高圧電流は相手のイミニクスの筋肉を強引に弛緩させ、あるいは緊張させて身動きを取れなくし、その間に別の騎兵が仕留めるという効果を発揮するのだ。

 そう、例えば、


「おっし、デイルハッドナ~イス!!! そいつの頭部をぶっ飛ばすッスよ!」


 両腕を殺意前回に改造した、このような前衛型の機体(ナーカル)に全てを託す、とか。

 そのナーカルは両手に握った大型のハンマー、マハ・ハマルを上段に振り被り、勢いよく相手の頭部へと叩き付けた。


「首、もがせてもらうッス!」


 果たして、その結果は。

 マハ・ハマルは見事、その頭部を抉り飛ばし、その頭部を地面へと激突させていた。

 流石のイミニクスとて、頭部をもがれては生体反応を維持出来ない。

 潰れたトマトのように頭部を変形させたその首無しの中型イミニクスは、動きを停止。当然、生命活動は停止しており、中型イミニクスに勝利したということだった。


「や、やった……!」

『はぁ~……筋肉が弛緩していたとはいえ、あの中型イミニクスの首を一撃で……やっぱり持ってる人は持ってるねぇ」


 シュナーゼが関心したように呟いたのには理由がある。

 雷属性の放出系念動力は今見た通り、相手の筋肉を弛緩させる効果をよく持つ。これは小型イミニクスにはよく効くが、中型イミニクスは数瞬だけ動きを止め、行動を再開するというのが、私たちの基礎知識だ。

 しかし高位の念動力者が雷属性を使用すると、先程のように長時間に渡って相手の筋肉を弛緩させたままに出来る。これは戦場で学んだ知識だが、これを極める者は少ない。皆、雷属性の素質を持つ者は、放出系ではなく肉体強化系に進んでしまい、その技術を研磨しようという者は少数だった。

 では、何故極める者が少ないのか。

 それは、雷属性の放出系が相手の筋肉を弛緩させるとはいえ、ただそれだけでは敵に勝利出来ない、という当たり前の結論に起因する。

 炎。土。雷。風。水。氷。時空。無属性も含めて世の中には8つの属性があると学校では習うが、雷属性の念動力でイミニクスを滅ぼすことは難しい、と言わざるを得ない。

 炎は燃やせるし、氷は相手を冷やす、あるいは物質化して直接的なダメージ源となる。同様に土、風、時空の念動力もそうだ。水も攻撃力という点で他に劣るが、水属性は他に使いみちもある。何せ、水というものは生きていく上での必需品なのだから。

 対して、雷属性はたとえ小型のイミニクスを相手にしたとしても、筋肉を弛緩させることで精一杯なのだ。

 高圧電流は物質に火花を呼び起こしてスパークさせる、という技術は目にしたことがある。地下鉄などで利用される電線は危ないから近寄るな、とも聞いたことがある。

 しかし……イミニクスに対して、そのようなスパークを呼び起こすような電流を発揮することは、不可能なのだ。

 過去、電撃使いの騎兵はいくらでもいたが、それでも最大出力の放出は今のように、相手の筋肉を弛緩、あるいは緊張させて隙を作るのみ。トドメには、もう一手必要となる。

 そう。もう一手。

 相手の筋肉が弛緩した……即ち、防御力に弱体化(ナーフ)がかかっているだけの状態で、正確に相手にトドメを刺せるのか、という問題だ。

 どんな力自慢だったとしても、中型イミニクスの首を落とすのは容易いことではない。

 そしてトドメを刺せなければ、イミニクスは己の超人的な自己修復能力にてすぐに筋肉を回復させ、攻撃してきた者を襲うだろう。

 すなわち、中型イミニクスの首を落とすことにチャレンジするということは。相手の弱点を正確に射抜く正確性と、自分の武装で相手の首を落とせると信じる信頼性と、実際の破壊力。そして、反撃で攻撃されることを恐れない勇気が必要とされるのだ。

 それを思うと、あの首をもぎ取った騎兵の力量はとんでもないものになる、と分かる。シュナーゼが感心するのも理解出来るというものだ。


『で、後の敵は何処ッスか?』

「あ……あちらの広場に。まだ中型イミニクスが一匹、暴れています……」

『副隊長、すぐに向かいます!』

『ちょっと待つッス、デイルハッド。今隊長がこちらに来るみたいッスね。コースケ様も言ってたッス、報告・連絡・相談……の、えーと、ホウ・レン・ソウ? が大事だって』

『了解。では、救助活動をしています……君たち、立てるかい?」

「は……はい。私は、怪我はないので」

『私も……なん、とか……!』


 シュナーゼ機が立ち上がろうとし、姿勢を崩して慌てて支える。

 機体の根本たる機関、「脊椎」が壊れかけているのだ。思えば中型イミニクスの一撃は、シュナーゼに四肢欠損などの重大損害こそ起こさなかったものの、その脊椎にヒビを入れていたらしい。

 人間と同様、機体も脊椎が壊れると起立の姿勢を取ることさえ難しくなる。シュナーゼは舌打ちを一つ、銃撃部隊の隊長にオトナシ近衛部隊との合流とそのオトナシ近衛部隊が中型イミニクスを撃破してくれたこと、すぐにそちらに向かうことなどを交信し、機体を降りた。

 シュナーゼを己のコクピットブロックを開いて回収していると、本陣のほうからどどん、ずずんと音がする。あれは、機体が遠くなら近づいてくる音だろうか?

 やがて木々の影から姿を現したのは、赤い鬼面に青いマフラーをたなびかせた、不可思議な機体だった。ぎょっとしてその機体を注視するが、周囲のオトナシ近衛部隊が片手を上げて挨拶しているので、あれが彼らの言っている隊長とやらなのだろう。


『デイルハッド、シュリィ! 状況はどうなっている!?』

『はっ! ……えーと、デイルハッド!」

『はい。我々は本陣へ突撃を仕掛ける中級イミニクスを発見、これを撃破。また、中級イミニクスを追いかけていたらしい朱狼騎士団二名の部隊員と交流、この先で朱狼騎士団の部隊が戦闘中との情報を入手し、隊長の指示を請おうと、こちらで待機しておりました」

『うむ……ええと、そちらの騎兵の?』

「は、はい! ナフフと申します! もう一人、シュナーゼという銃撃支援部隊所属の人物もいますが、こちらは現在負傷中でして……」

『うむ。私はオトナシ近衛部隊隊長、クレーチェ・テルブ・テト・ジンと申す者。今、まさに各部隊が襲撃されているという報告を受け、ティグワス殿とこちらへ助太刀に参った次第』

『おぉーい、待ってくれ―!』


 と、ジン氏が自己紹介を始めた瞬間。

 遠くからドスドスと先程のジン氏よりも遅い足音が聴こえ、朱色……というより緋色の鎧を纏った騎兵がおっとり刀で駆けつけるところだった。

 ティグワス様の愛機・ライヴェリオ改造型の『サンディクシャ』だ。

 その細身の胴体に両手に拳銃を握った機体を見た瞬間、安心したのかナフフの腰はへなへなと抜けてしまった。

 正直、泣くのを堪えている。泣かなかった自分を褒めてあげたい。


「ティグワス様……! あちらにまだ中級イミニクスが一匹、みんなを襲って……! エーリカも……! お願いです、みんなを救って……!」

「大丈夫、分かっているよ」

 

 そう言って、私が指差した方向を睨み付けるサンディクシャの、なんと神々しい勇姿か。


『ジン隊長。急がなければならないようです』

『そうですね。状況を知り限り、守護騎兵は全滅しているとか。これは早く守られなければ、みんな危険です』

『うっし! じゃあ先行するッス!』

『任せた、シュリィ、デイルハッド』

『お任せッス! シュリィ、吶喊するッス!」

『デイルハッド、承知! コースケ様の全員生存の願い、果たして見せましょう!』


 そう言って、二機の機体は戦場へと再び駆け戻っていった。

 一瞬、相手が中級イミニクスであることを忠告しようとするが……あの二人ならば、きっと大丈夫であろう。


『では、我々も行きましょうか、ティグワス殿』

『そうですな。やれやれ、老人を働かせるなという話ですよ……』


 ティグワス様はそう言って、両手の二丁拳銃をくるりと回す。

 あの動きは、ティグワス様がやる気になっている証拠。即ち、ティグワス様は一人でも、敵を全滅させる腹積もりなのだ……!


『ナフフはここに居なさい。私達は、イミニクスを追い払って来るよ』

「い、いえ! 付いて行かせてください! エーリカが……私の友人が心配なのです!」

『……分かった。ただし、後方から動かないこと』

「はいっ!」


 私は勢いよく返事をして、安心を悟ったのか気絶したシュナーゼをシートの後ろに載せ、二人の後を追いかけた。




 そして――私は目撃した。

 オトナシ近衛部隊とティグワス様による、イミニクスたちの『駆逐』――否、『蹂躙』の様子を。


「はっはは! 小型イミニクスがなんぼのもんッスよぉ!」


 先程、中型イミニクスにトドメを刺した『マハ・ハマル』を所持した機体(ナーカル)は、群がってくる小型イミニクスの群れを次から次へと弾き飛ばしている。

 ただ大型ハンマーを振り回しているのではなく、雷の念動力を自身に使用して行動の速度を早め、左側の敵に集中している最中右側の敵が接近していたならば、ハンマーを短く持ち、あるいは懐からナイフを引っ張ってきて、接近する敵を素早く攻撃して相手がひるんだ隙に、ハンマーの一撃を狙う。

 そんな、力押し一辺倒ではない。近接戦闘をする人間の手本となるべき武芸の多彩さが、そこにはあった。


「はいはい、倒れた騎兵に近寄らないでね、イミニクスさん! 倒れた敵に刃を向けるのは、ルール違反ですよ!」


 最初に助けてくれた騎兵――デイルハッドさん、と言ったか。彼が乗る機体はあちこちに生えている木々を使用し、蜘蛛糸でまるで空を跳んでいるようであった。

 空中を縦横無尽に駆け回り、あちこちの小型イミニクスに両手から蜘蛛の糸を発射。糸は接着剤のような粘度を持ち、地面とイミニクスの身体をぴったりとくっつけ、その動きを阻害してしまう。

 その間に、土の念動力を用いて壁を作成し、地面に倒れた守護騎兵たちやその他朱狼騎士団の面々を救う簡易の迷路を作り上げ、避難経路として活用していた。

 雷と、土の念動力。そして、空中であれだけの運動性を発揮しているのは風の念動力も発揮しているからだろう。同時に3つの念動力を行使して、疲労した様子を一切見せないその技術。

 先程のエスケルム改造型が武芸の師匠(と、私が勝手に思っているだけだが)とするならば、こちらのライヴェリオは念動力の師匠だ。

 たまに胴体がくっついてカサカサ手足を動かすしかないけど動かない小型イミニクスをじっと見ているのが気になるが、彼の念動力の行使方法はずいぶんと勉強になる。


「相手の攻撃は、私が防ぐ! みんなは素早く、あせらずに避難を!」


 イミニクスの攻撃を盾で食い止めているのは、ライヴェリオ、エスケルム、ガレアレースのどの機種にも属さない鬼面の機体。話を聞く限り、デイルハッドさんやエスケルム型機体(ナーカル)を操縦している人の上司らしいその人は、サイコシールドを張りつつ避難誘導に務めている。

 炎や風など、ありとあらゆる範囲技の念動力を使用してイミニクスたちのヘイトを買い、敵の攻撃を全て自分で受け止めている。

 そのヘイトコントロールが非常に上手く、全ての敵の攻撃を集めるわけではなく、一団体、二団体と分類しているらしくそれ以外の敵はエスケルム型に回したり、デイルハッドさんに捕縛を任せるよう動きを利用している。

 あのヘイトコントロール、そして敵の攻撃を全て捌き切る技術は本当に為になる。この人は守護の師匠といったところか。


「久々に本気を出すか……! 我が銃の前に倒れよ、黒毛虫!」


 そして、ティグワス様。

 彼は両手に二丁拳銃【マハ・ガディン】と【ルースィル・ユハーシュ】を握り締め、敵に突撃していった。

 彼は銃は支援のために使うのではなく、近接戦闘用の兵器として自在に操るのだ。

 両腕を振り回してイミニクスの爪攻撃を回避し、空いた隙間に銃撃。言うだけならばそれだけなのだが、相手の攻撃を予測しての回避運動の正確さと、相手に反撃する銃撃の緻密さ。

 それらが面妙に絡み合い、まるで一つの舞台演劇を見ているような、そんな流麗な動作をティグワス様の動きに見てしまう。

 これは銃撃というよりも近接格闘の妙技。相手の攻撃を全て回避し、または弾き飛ばし、こちらの攻撃を当て、あるいは銃撃をあらぬ方向へ乱射……と思った瞬間、敵がその位置に移動したりしている。

 まさに、銃撃と武道とを併せ持った類まれなる『銃撃を用いた近接格闘』。

 ナフフはこの人の銃撃を、勝手に『銃撃の武道(ガン・ドー)』と呼んでいた。


「さて、小型イミニクスはあらかた片付けましたかな」

「そうですね。残るは……あの、中型イミニクスのみとなります」


 ティグワス様や鬼面の機体が視線をある一方向に向ける。

 そこには、生き残りの(誰も死んではいないが)近接格闘部隊や銃撃支援部隊が必死の覚悟で戦っている、中型イミニクスの姿があった。

 近接格闘部隊のみなさんは上手いこと攻撃を回避し続けているものの、回避運動に専念しているせいか攻撃の頻度はかなり落ちており、銃撃支援も優秀な念動力者は生憎とこの部隊には存在していないらしく、いまいち成果は上げられていない。

 つまり。

 中型イミニクスは、ノーダメージで健在というわけだ。

 先程、デイルハッドさんが倒した瀕死の中型イミニクスとはワケが違う。多少疲労はしているだろうが、それも自己再生能力で回復するであろう強敵を前にして――


「では、行きますか」

「そうですな。私の教え子をボロボロしてくれた罪、許すわけには参りませぬ――」


 そう言って。

 ティグワス様も鬼面の機体も、怯えたところを少しも見せずに中型イミニクスへと歩を進める。


「おっと、隊長が行くなら、自分も行くッス! ふふん、首もぎ記録、更新ッスよ!」

「では、私も。相手の動きを阻害するなら、お任せあれ」


 そして、エスケルムとデイルハッドさんもその後ろに続く。

 ……きっと、やれる。

 彼らなら、例え無傷の中型イミニクスが相手だったとしても。

 いつも通りのマイペースで、いつも通りの勝利を、収めることが出来るはずだ。


「よし、行くぞ!」

「応ッ!!!」


 鬼面の機体の呼び声、答える声は3つ。

 各々は手持ちの二丁拳銃を、盾を、槌を、無手を構え、いざ、中型イミニクス討伐へと乗り込んだ――




 ――と同時に、ナフフは。


「エーリカ、無事?」

「無事だけど! なんか凄い最終戦始まるっぽい空気が流れてたよね!? 私、忘れられてないよね!?」

「大丈夫よ、お義姉ちゃん」

「お義姉ちゃんって言うなッ!!!」


 地面に横たわったエーリカと、そのようなやり取りを繰り広げていたという――




エーリカ、ナフフ、シュナーゼは前に名前だけで出ていた、レンの友人連中です。

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