『約束』
夏休み(お盆休み)中バリバリ書こうと思ってたけど出来ませんでしたー! 申し訳ない。
時刻はそろそろ日が没しようとし始める夕暮れ時。
鮫介たちは食堂を借り受け、朱狼騎士団の分も含めた夕食の準備をしていた。持ち込んだ食材は保存食などがほとんどだったが、こうして初日用に保存の効かない豪盛な肉料理なんかも存在している。
それらを調理したくてうずうずしていたヒナナが、グラウリンデ副隊長たちの手を借りつつ料理を開始したのだった。ちなみに、鮫介も現在、じゃが芋の皮剥きを担当している。
「コースケ様、皮はもっと薄く切れます! 精神を集中させ、もっと薄く! 浅く! この地上にじゃが芋の皮で作られし天の川を誕生させるのです!」
「想像するだけで皮が剥ければ、苦労はせんわ! 僕が出来るのは精々、超銀河大爆発くらいだよ……はぁ……勇者が皮剥きか……まぁ、みんなの役に立つのなら別に構いはしないんだけれど……」
「むむっ! コースケ様……その超銀河大爆発という単語……今後使わせていただいても?」
「……好きにしてくれ……」
同じく皮剥き担当のゼルグラックの指導の元、どうにかじゃが芋の皮を剥いていく。
隣にいるゼルグラックは、じゃが芋の皮をするするとまさに天の川を作り出すように細く、薄く、繋がった状態で量産していく。あたかも大根の桂剥きを見ているかのようだ。
対して鮫介は料理などしたこともないので、自前の器用さに頼る他ない。当然、完成品として太く、厚く、繋がっていないじゃが芋の皮が量産されていく。まさに惑星が爆発でも起こしたかのような大惨事。まぁ、その惑星はじゃが芋だけど。
くそぅ。なまじ横に上手い人がいるから、みじめな気分になってくる。
元の世界で世間一般的には親友ということになっていた響太郎と過ごした日々を思い返す。あれも料理は全然駄目で、小学校の家庭科の時間、魚の三枚卸をするという授業で二人して包丁を片手に「せ、背骨が硬い!」「すげぇ肉がボロボロだけど一応3枚だよな?」というやり取りを繰り広げたものだ。まぁ、響太郎は料理の上手な佐藤君指導のもと、高校生になるころには余った魚の切り身でポテトチップスを作成するレベルに達してしまっていたが。
兎に角、そんなわけでじゃが芋は皮がするすると剥けた優良じゃがと皮がデコボコに一応剥けてはいる……一応、といった劣悪じゃがに別れることになった。
畜生。料理も元の世界で鍛えておけば良かったなぁ……と、鮫介は響太郎がかつて呟いた「今の時代、男も料理出来ないといけないぜ!」という言葉について悩むことになるのだった。
そんな鮫介の様子を、遠目から観察している女性が一人。
「……勇者様に料理を手伝わせて、いいのでしょうか?」
「あらあら。いいのよ、グラウリンデちゃんも今はいないし、手伝ってくれるというのなら勇者様だって扱き使うわ。ガリオルレンちゃんもありがとうね、手伝ってくれて」
「いえ……これぐらいは。みんなの分の夕食も作ってくれるというので……私も手伝わなければ、と……」
キャベツを千切りにしながら、ガリオルレンはヒナナの言葉に頬を僅かに赤らめながらそう答える。
オトナシ近衛部隊が朱狼騎士団の分まで料理を作るというので、手伝いに立候補した形である。
ちなみに、いつもヒナナの料理を手伝っているグラウリンデは現在、同じ罠部隊のローゼリア、そして盾部隊のメルボアを連れて哨戒任務の真っ最中だ。ひたすら嫌がるローゼリアの首根っこを掴み、グラウリンデとメルボアの機体が掴んで連れ去っていった形だ。鮫介としては、むしろ双子の姉のローゼルカがひたすら申し訳無さそうにしていたことが印象深い。
「ふふ、今日はカレーですよー。怪我している人たちのためにちょっと甘めで、辛いのは抜きです。じゃが芋部隊、しっかりと皮剥きお願いしますねー?」
「はーい、了解です……」
「フッ……任せよ」
「人参部隊と玉葱部隊も、サボっちゃいけませんよー?」
「へーい。ちゃんと皮剥いてまーッス」
「玉葱も微塵に刻んでおりますぞ。ちょっと涙で前が見えませんが……クゥシンさん、交代してくれませんかね?」
「えー? 今、牛肉を煮込んでいる最中なんだけど……まぁいいや、場所交代しようぜセレベタルのおっさん」
鮫介とゼルグラックの他にも、台所に詰めていたシュリィとセレベタルがヒナナの誰何に返答をよこす。
現在、ヒナナsキッチンは大将のヒナナの他、ゼルグラックと鮫介、そしてシュリィ副隊長にセレベタルとクゥシン、ゲストのガリオルレンで構成されているのだった。ちなみに他のオトナシ近衛部隊は先程言った通りにグラウリンデがローゼリアとメルボアを連れて哨戒任務中、そしてスビビラビとローゼルカ、フレミアはローテーションが後半のため、今のうちに仮眠を取っている。
その他、ジン隊長とデイルハッドは訓練場にて新人兵士たちの教練を手伝わせてもらっている。ジン隊長の名はこのテルブ領でも有名らしく、そんな彼に鍛えられた兵士諸君はきっと強くなることだろう。
ゴードンの姿が先程から見えないのは気になるが、まぁあの有能執事のことだ。どこかで鮫介の評判の上げる努力でもしているのだろう。多分。
「さぁ、お鍋の中に人参、玉葱、それに勇者様も作ってくださったじゃが芋を投入して……じっくりと煮込むわよ!」
「ああ、投入しちゃったよ……僕のじゃが芋に当たった人はご愁傷さまだな……」
「勇者様! 勇者様の超銀河爆発より誕生した白き宝玉! 必ずや、ここにいる兵士たちの魂に届くかと……ッ!!!」
「うん……フォローはありがたいけど、ちょっと黙っててほしいかな……あと、ドイツ語と英語が混じってるのはどうかと思うよ……」
「はっ……」
ゼルグラックの渾身のフォローを受け止める余裕もなく、コースケは疲労感に苛まれつつ後をヒナナに任せて台所を去る。
食堂として作られた小屋を外れれば、そこはもう一面の野原であった。
夕暮れの野原はあちこちから虫の声がざわめきとして伝わり、遠くでカラスの鳴き声が響き渡る。
謎の寂寥感が背筋を震わせるのは、夜闇を照らそうとする『街灯』の存在がないからか。このムー大陸も現在は西暦2020年、夜闇を照らすライトというものはしっかりと開発されているが、そこかしこに存在しているわけじゃない。特にここは電気の届かぬ異郷の地、電灯の代わりに篝火が煌々と燃え盛っているのが灯りの代わりだ。
なので、篝火が立てかけられた住居の側を離れると、途端に光が届かなくなる。あるのは、夜空から降り注ぐ月明かりだけだ。
「あぁ……胃が痛い。でも、しっかりしないとな……それが『勇者』だからな……」
腹部を手で擦りながら、鮫介は特に目的もなく周囲をぶらつく。
あまり遠くに行くと照明の届かない闇の世界に入るため、ほどほどのところで引き返さなければならない。ゆったりとした歩調で散歩していると、向けられている視線に気付く。
「ガリオルレン……さん?」
「……どうも……」
何故か木の陰に半身を隠している、ガリオルレンがそこにいた。
その瞳は、いつかのようにこちらを睥睨してはいない。ただ、何か申し訳無さそうな感情だけが残されている。
なんだろう?
首をひねるが、答えなんて分かろうはずもない。とりあえず気さくな表情を顔に作り、ガリオルレンに挨拶をする。
「やぁ。こんなところでどうしたんだい?」
「……私、勇者様の案内役ですので。勇者様が食堂を退室するところを見かけて、後を追ってみたのです」
「ああ、すまなかった。ちょっと料理が上手に出来なくてヘコんでしまってな。これなら、料理を手伝うなんて言い出すんじゃなかったよ」
「いえ……あの後、ヒナナ様が褒めていらっしゃいましたよ。『形は確かに悪いけど、丁寧に皮が向けていてしっかりと芽の処理もしてあった。食べる人の気持ちを考えて調理されている』……と」
「ん……良かった、爪楊枝を持ち出して芽の処理をしていた時間は無駄じゃなかったんだな」
「はい。まぁその件で、ゼルグラック様はヒナナ様に説教されていたようですけど……」
「ははは……ゼルグラックめ、皮を綺麗に剥けるからって芽の処理を忘れていたな。危うくこの場所の兵士たちを食中毒にするところだったぞ」
笑う。笑い声を口にして、しょうがないなぁ、といった余儀ない感じの笑顔を演出する。
ところが、ガリオルレン女史はその笑顔を前にして、ただただ悲しそうに顔を歪めて俯くのみであった。
ホワイ?
これには鮫介も驚くしか無い。なんでそんな表情をするんだろう。勇者のトレースはしっかり行っているはずなのに。
「…………勇者様、は」
「え、何?」
「ひょっとして……『勇者』をやることを、重荷に感じているのでは、ないのですか……?」
重苦しい表情と共に、吐き出された言葉は。
そのものずばり正鵠を射るものであって、鮫介はひゅい、と小さく息を飲み込んだ。
なんで。
どうして。
そのことは、バレてはいけないはずなのに。
いや、まだだ。まだ巻き返せる。
鮫介は慌てながらも顔に『助手に見当違いの推理を叩き付けられた探偵』風のやれやれといった笑いを貼り付け、
「おいおい、何言ってるんだ。僕の請け負った『勇者』の仕事は、とても尊いものなんだよ? 重荷になんて、思うはずがないさ」
「…………」
微笑む。響太郎ばりの爽やかなスマイルが作れたと思う。
だが、ガリオルレンはその笑顔に何かしらの反応を見せることなく、俯いたまま上目遣いに鮫介に視線を送っていた。微笑したまま固まる鮫介と視線が交錯すること一秒、二秒。
これは誤魔化しきれない、そう悟った鮫介は表情を戻し、疲労感たっぷりの憔悴した顔でガリオルレンの瞳をちらりと見下ろし、
「……なんでバレたの?」
「見ていて……何となく。あの、『勇者』としての役職が重荷に感じているのであれば……」
「いや……いや、違う。僕は『勇者』としての役目を喜んで引き受けたんだ。それは……嘘じゃないんだ」
心配顔で鮫介に『何か』を進言しようとしたガリオルレンを、鮫介は首を振って引き止める。
それは、それだけはしてはならぬと。己の魂が叫ぶか如く、鮫介は血を吐き出すかのようにその内心を吐露する。
「僕は……間違ってない。『勇者』としての役目は、僕が背負うべきもの。例え……その、心が弱るようなことがあったとしても……続けなければいけないんだ」
「しかし! しかし……勇者様は、とても……辛そうです」
「それは、僕が……『勇者』になりきれてない……いや、君相手に誤魔化してもしょうがないか。僕が『勇者』を演じ切れていないだけだ。大丈夫、僕は選ばれた『勇者』なんだ。負けるようなことがあっちゃいけないんだ。だって……『勇者』だから」
勇者というものは。
強くて、格好良くて、弱音なんか一切吐かない。
そう、まるであの旭響太郎のように。
鮫介の勇者のイメージは――本人は絶対に口にはしないだろうが――響太郎そのものなのだ。それを演じようとしている。演じるだけならば簡単だ、いつも側でずっと見てきたのだから。
「だから……どうか、僕が勇者を……なんて、みんなには内緒にしていてほしい。お願いだ」
「ですが、そのままでは貴方は……」
「大丈夫、大丈夫なんだ。今の所、朱狼騎士団の面々は誤魔化せている。後は君が大きく吹聴さえしなければ、僕は『勇者』として正しく行動出来たと照明出来るんだ。なぁ、お願いだよ。どうか、僕にこのまま『勇者』をやらせてくれないか」
ガリオルレンの肩を掴み、すがるように頼み込む。
ガリオルレンは怯えたように掴まれた肩の部分に視線をやり、そして鮫介に視線を戻し――やがて、ゆっくりとした動きでその両手に自分の手を重ねた。
ようやく納得してくれたのか、と鮫介はほっと息をつく。
それは、鮫介の言葉に納得をしたからなのか。
あるいは、その言葉の裏にあるものに気付いたからなのか。
「私、は……『勇者』というのものは、この世界に現れた時点で『勇者』なのだと思っていました。強く、賢く、どんな強敵を相手にしても決して引かず、己の正義と勇気の力を持って敵を誅する……そんなものだと、ずっと思っていました」
「…………」
「でも、違った。勇者というのも、ただの人間、なんですよね。勇者にだって怖いものはあるし、ストレスが溜まれば気分も悪くなる。それが、分かりました」
「……吹聴はしないでくれよ。僕はこの朱狼騎士団を助けに来た『勇者』ってことになってるんだ。あまり人間臭いところは……みせられない」
「……はい。勇者様……いえ、コースケ様がそう言うのでしたら、私は従いましょう。それがきっと、天に唾を吐いた私への罰なのです」
「天に……? それは、最初に僕を睨んでいたことと関係あるのか?」
「……ああ、お許し下さい。私は……当初、勇者様……いえ、『勇者』という存在を恨んでいました。姉が死んで、それから勇者様が救援の部隊と共にやってくると聞いて……思ってしまったのです。『なんで、もっと早く来てくれなかったんだろう』……と。『姉さんが死ぬより早く救援に来てくれれば、姉さんが死ぬことは無かったのに』……そう、思ってしまったのです」
「それは……」
「いえ、分かっております。全ては私の我儘、不当な弾劾でした。コースケ様には何の落ち度も無いことは、既に把握済みです。申し訳ありませんでした」
「いや、謝られてもな……」
突然頭を下げ、謝罪をするガリオルレンに当惑する鮫介。ひとまず肩に置いていた両腕を外し……なんでこの人は手を重ねたままなのん……静かな口調で問いかける。
「……ガリオルレンは……」
「レンで結構でございます、勇者……いえ、コースケ様」
「ああ、うん? ……レンは、この部隊に友達とかいるのかな?」
「ええ、勿論。突撃癖が治らないといつも怒られている近接格闘部隊のエーリカ、可愛いアップリケを作ってくれる支援部隊のナフフ、クールな性格に見えて天然ボケの激しい銃撃部隊のシェナーゼ……他にもフィオーナグ、アグスターナ等もおりましたが……先刻の大型イミニクス……バイコーンの襲撃により、その生命を落としました……」
「……そうか」
「皆清冽で瀟洒、いざ敵が攻めてきたら勇猛にして凛乎。まさに兵士として完璧な人材です。でも、それが何か……?」
「……いや。お姉さんを失うのと同じく、友達を失うのは、やっぱり辛いだろうなって……」
よし、と鮫介は頭を上げて胸を張る。
少しでも、勇者らしくあろうと。
落ち込んでいる彼女に、少しでも勇気を分けられたらと。
「よし。じゃあ『勇者』として、君に約束しよう。僕がこの地に残る一週間の間。君の友達を含む朱狼騎士団の面々を、必ず殺しはしないって」
「え……!?」
「まぁ、大型イミニクスの襲撃で一週間とはいかないかもしれないけども。それでも僕が残っている間、この地の兵士たちをむざむざ殺しはしないってことには変わらない。期待して、待っていてくれ」
そう、宣言する。
実際は、やろうとしたら大変というレベルじゃないのかもしれない。普通のイミニクスが相手ならどうにかなるかもしれないが、大型イミニクスが突撃してきて兵士が跳ね飛ばされ、死亡……なんて可能性はいくらでも転がっている。
けれど。
ああ、僕は『勇者』なんだ。レンの心配も分かるけども、僕は『勇者』としての務めを果たさなければならない。
即ち――目の前の辛い表情の少女に『勇気』を与え、元気付けなければ。
「大丈夫さ、任せてくれ。必ず、君たち全員を無事に生還させてみせる。約束するよ」
「……ええ、コースケ様がそうおっしゃるのならば。約束、ですよ」
指切りをし(指切り、という文化はムー大陸にも存在した。昔の日本から伝来したらしい)、レンと一つの約束をする。
必ず、皆を生還させる。
きっと、とても大変な約束なんだろう。なんでそんな勝手な約束をしたんだ、と部下たちに文句を言われるかもしれない。
しかしながら、鮫介には一つの確信があった。
きっと、我が優秀な部下の皆さんならば、必ずや使命を成し遂げてくれる、と。
だから、大丈夫。
だから、そんな顔をしないでくれ。
僕は、大丈夫。
だって、『勇者』なんだから。
例え、押し着せられた『偽物』の『勇者』でも、やれることはある。
鮫介はここで結んだ約束を、必ずや守ってみせると誓うのだった。




