『勇者』であるということ
来ましたぜ、12KB! このまま短い文章を延々と繋いでいきたいですな、ウォッホウ!
「何か行き先の指定はございますでしょうか? 無いようでしたら、我々の指揮所を紹介したく存じます」
「こまんど・ぽすと?」
「……そういえば、勇者様は公式の戦闘は偶然領内にて発見したカオカーン潰し戦一回のみ。今回が初任務ということですか……了解しました」
指揮所、という初耳な単語に首を傾げる鮫介を「何言ってんだこいつ」とでも言いたげに見つめていたガリオルレンは、鮫介が指揮所を知らなかった理由に思い至り、僅かに頭を下げる。
「では、簡単にですが説明を。指揮所というのは戦場にいる騎兵たちの動きを監視・管理する場所です。例えば先程の地図、B‐4の地点でイニミクスが出現し、たまたまその場に居合わせた騎兵が撃破したとします。周辺には敵影無し。さて、次はどこに動けば良いでしょうか?」
「……難しいな。他の場所にもイニミクスが出現しているかもしれないから応援に動きたいが、その手がかりが無いとどうも……」
「そこで、指揮所から作戦指示があります。『観測班がB‐2地点にてイニミクスを発見。敵がこちらに気付いた様子は無し。至急、近くにいる騎兵は駆除に向かわれたし』……さぁ、これならどうです?」
「ふむ……成程。つまり指揮所というのは、戦場にいる騎兵を操作・誘導するための指揮を取るための場所なのか」
「その通りです。各部隊のリーダーとテレパスで交信し、戦況や行って欲しい場所、逆に危険な場所などの情報を集約し、地図上に載せて警戒、騎兵たちの行動を誘導する戦場で最も大切な重要施設。それが指揮所なのです」
「ほぅ……ところで、もうそろそろ訊いてもいいかと思うのだが」
「なんでしょうか?」
「どこかで会ったことは……無いよな。どうして、そう僕を睨み付けるんだい?」
鮫介がそう口にした瞬間。
びくりとガリオルレンの体が跳ね、やがて何かを伺うような視線が鮫介へと飛ぶ。
「…………私、睨んでいたでしょうか?」
「うん。ああいや、別にそのことに対して怒っているわけじゃないよ。ただ、なんで睨まれているのか純粋に疑問だった。何か、君に悪いことをしたのかって……」
「……私は……別に、コースケ様に対して怒りの感情を覚えているわけではありません。ただ……」
「ただ?」
「ただ……そうですね……」
そう言って、ガリオルレンは。
ほんの一瞬だけ。寂しそうな視線を鮫介に向け、やがて顔を逸らして呟くように答えた。
「これは……私の粗探し。あなたに責任を押し付けようとする、私の不当な弾劾なのです。どうか、私のことはお気になさらず……コースケ様は、コースケ様のお役目をお果たしください……」
「だけど……」
鮫介は反論しようとして、こちらに背を向けた少女に対して口を噤む。
その背中が、こちらの発言の一切を拒否しているように感じたからか。
あるいは、寂しそうな雰囲気の中に、押し込むような事情を持ち合わせていないからか。
鮫介は、何も言うことが出来なかった。
連れてこられた指揮所は、先程のテントど同様、いやそれ以上に大きなテントを用いた施設だった。
中には先程のものよりも大きな地図、それと木々や機体の人形などが所狭しと並んでおり、それを取り囲むように複数の人間があちこちに配備され、機体の人形を少しずつ動かしている。おそらく、あの人形がナヴェの言っていた偵察兵たちの部隊がいる場所であり、その移動先をテレパスで追跡しているのだろう。
鮫介がテントの中より足を踏み入れると、皆一様に動きを止め、頭を下げて挨拶する。鮫介としては「止めてくれー!」と叫びたい場面だったが、今後こういうことは何回もあるのだろう。心の中の嫌悪感に顔を背け、手を上げてそれに答える。
「あー……時空機士クロノウスの大神官、音無鮫介です……音無鮫介だ。皆、よろしくおね……頼む」
「大神官様……!」
「おお! 大神官様が来てくださるとは!」
「我らが隊長の依頼書が、大神官様の目に留まったのだ! 部隊交代まで我ら、生き延びることは出来るぞ!」
その場にいた兵士たちは大喝采。余程バイコーン相手に酷い目に遭ったのか、こちらを見てお祈りする者、膝をついておがむ者、中には涙を流して頭を垂れて平服する者まで現れる始末。
鮫介は自分の胃袋が針山の上でブレイクダンスする幻想を襲われながら、震える手で頭痛のする頭を抑えつつ、無理に微笑んでみせる。
「…………あ゛ーっと…………大型イミニクスは、この僕と時空機士クロノウスが必ず撃退する…………だから、心配しないで自分の業務を頑張ってくれ…………」
「大神官様!」
「勇者様ぁ!」
「なんと立派な! 我ら指揮班一同、必ずや業務の遂行を致しますぞぉ!」
「あははははは……はぁ……」
精一杯の作り笑いが歪んでくる。口角を上げるのがこんなにキツかったとは。
心中の吐き気をどうしても我慢出来なくなり、鮫介は背後に控えていたゴードンに「後は頼む」と託してその場を去る。
今は一刻も早く、そこら辺の草むらに身を隠さなければ!
ふと背後の様子を見れば、慌てて追いかけようとするガリオルレンの行き先を、ゴードンが軽やかな足さばきで止めているのが見えた。ナイスだ。
「ちょ、ちょっとどいてくださいよ執事さん。私は勇者様の案内役なので、側を離れるわけには……」
「ええ、申し訳ありません。コースケ様は急用がございまして、少しこの場を離れさせていただきました。すぐ戻るかと存じますので、それまでお待ちいただければと」
主人に後のことを託されたゴードンは、右に左に優雅なステップで俊敏に動いて、ガリオルレンの進行をガードする。
彼が想像する主人の『これからの行動』が正しければ、おそらく3分とかかるまい。ならばその180秒、この場でその身を隠す防壁となるのみ。
「まさか……何か粗相をしてしまったのでしょうか? それならば、謝罪の言葉を……」
「あぁ、いえいえ。どちらかといえば粗相をしているのは現在進行系でコースケ様であって……げふん、げふん。とにかく、何も問題はありませんので」
「……まさか」
「…………」
「……用足しですか?」
「違います」
全然違うよ。体から何かが出てるってのは一緒だけどね!
吐瀉物を吐ききったので、カルディアが用意してくれた手鏡で口元にゲロが残っていないか確かめ、最後に一つ吐息をつく。
用足し自体はクロノウスから降りた時にしているから今しばらくは必要はない。ゴードンに礼を言いつつ、その背後からガリオルレンの前に出現する。
「勇者様」
「すまないね、少し……ヤボ用でな」
「……顔色が優れませんが、大丈夫なんですか……?」
「む……大丈夫に決まっているだろう? 何故なら、僕は『勇者』……なんだから、な」
そう言って、にこりと微笑む鮫介は。
ガリオルレンの目からしてみても、きっと、青い顔をしていたのだろう。
初めて勇者様を見た時の第一印象は『狼の集団の中に混ざってる子羊』……だったと思う。
『勇者』という大層な肩書と反比例するかのように、その少年は色白で、もやしのように華奢な肉体で、おおよそ『勇者』というイメージからは外れていたからだ。
私が彼を睨んでいたのは、まぁ……個人的な感情からだけど。
彼の案内役に任命されたとき、みんなはとても羨ましがっていたけれど、姉を殺されている私はそんな気分にはなれなかった。
しかし、この片腕の怪我が原因で機体に搭乗出来ないと言われれば仕方がない。
私は勇者様を言われた通りに案内することにした。
――そして、勇者様の『勇者』らしいところを拝見することになった。
言葉こそ少なめだったが、彼は我々に寄り添い、我々が欲しい言葉をかけてくれた。
指揮所、食堂、訓練所、救護室……私が案内する様々な施設で、彼は『勇者』らしい言動を発揮し、皆が望む答えを返してくれる。
いや――
彼は本当に、それを望んでいるのだろうか?
彼の言動はまさに人々が思い浮かべる『勇者』そのものだ。義に熱く、このムー大陸のため、皆の信頼に答えて敵のイニミクスを討ち果たす……そういった類の。
それを、彼が?
ムー大陸に来たばかりの異邦人である彼が、そんな『勇者』らしい言動をするだろうか?
その疑問に気付いてしまった私は、それからは彼の顔色を注視することになった。
彼の顔色は、最初に案内した指揮所以来、我々の『礼賛』や『尊敬』、『憧憬』に『賛美』の感情をぶつけられる都度、悪くなっていった。
まるで。その『信頼』が、重いものであるかのように。
救護室に案内したときなど。怪我した騎兵たちに歓迎され、仇を取ってほしい、代わりに大型イミニクスを撃退してほしいと頼まれたあの時は、見ていて可哀想になるぐらい青い顔をしていた。
していたが、それでも勇者らしく「任せておけ」「必ずや、仇を討ってみせる」と自信満々な表情で豪語する彼の姿は、まさに『勇者』と呼ぶに相応しいものだったのだろう。
……その後、執事の男に後を任せ、またその場を離れていたけれど。やはりあれは、ストレスが最大値を超えた影響でダウンしているか、あるいは吐いているのだろう。
――彼は、無理をしているようだ。
流れていた噂を思い出す。彼は『勇者』として、ムー大陸をイニミクスの手から解放されるため召喚された……らしい。
それは、つまり。彼は元々『勇者』としての資質を持って召喚されたわけではない……のか。
……ひょっとして。
――彼は、『勇者』なんかに、なりたくなかったのだろうか?




