電車内にて~爆裂! シュリィ隊~
ちょっと遅れました。申し訳ございません。
おかしいなぁ、台詞分を多めにして、早めに片付けようとしたのに……ええと、容量は……
……全部で49KB? うへぇ……
扉を開いたその先には、四人の男女が一列に揃って整列をしていた。
その中の一人、一番背の低い赤髪の少女が、一歩前で出て叫ぶように宣言する。
「我らシュリィ隊、ここに集結したッス……もとい、集結しましたでございます!」
「うむ。慣れない敬語は使わなくて構わないぞ、シュリィ」
「はい、光栄ッス!」
ジン隊長にかけられた言葉に、腰を折り曲げて「礼」らしきものをしながらほっとため息をつくシュリィ。
この子はどうしても昔から、敬語とかそういう「立場が上の人に対する言葉遣い」が苦手らしい。そういや、そんな話を聞いたことがあったな、と鮫介はジト目でシュリィの直角に下げられた後頭部を見つめながらいつかの記憶を思い出す。ジン隊長からも、シュリィの態度に失礼があるかもしれないが許してやってほしいと念を押されている。
「コースケ様。こちら、シュリィ隊。盾を用いてイニミクスの攻撃を防ぐ、我が近衛部隊の守りの要でございます」
「うん……シュリィ副隊長が盾を使ってる場面は見たことないけど」
「自分は人を守るのは苦手ッス! それよりイニミクスをボコりまくって、攻撃の手を緩めさせることが最上だと思っているッス!」
「シュリィ!」
シュリィの言葉遣いに苛立ち混じりに目を剥いた隣のジン隊長を、鮫介は慌てて押し止める。
「まぁ、まぁ。いいよ、僕は気にしてない」
「しかし、風紀は大切です」
「そうか? 僕は本音で話してもらえたほうが光栄だけどね。だから君たちも、僕に対して不満などがあれば遠慮なく言ってほしい」
「はっ!」
鮫介がそう言うと、スビビラビが勢い良く返事をし、続いて横に居た女性隊員とゼルグラック、そしてシュリィも同時に返答を返す。シュリィはみんながやってるから返しただけだな、うん。
「コースケ様。コースケ様の世界にも同じ役職があるかは知りませんが、盾役はこのムー大陸において栄光ある職業です。盾役は常にイニミクスの牙にその身を晒し続け、後ろにいる兵士を守らなければならない立場にあります。それ故、盾役に選ばれる騎兵には最大限の勇気と人々を守護しようとする慈愛、そして悪に対して絶対に負けてたまるかという純粋な正義が求められます。なればこそ、盾役に選ばれた人間には栄華が約束されています。彼らこそ、対イニミクス戦闘におけるプロフェッショナル。どのような危機が迫っていようとも最後まで戦場に残って戦うことを義務付けられた戦場の華。この大陸に住まう人々の「戦う人」のイメージを集約した、戦士の星なのです」
「へぇ、そこまで」
過剰に褒めるものだ。いや、過剰と呼ぶべきではないのかもしれないが。
盾役――オンラインゲームなどでたまに聞く肩書だ。盾や鎧などで全身を堅め、敵の憎悪を集める役割を担っている。主に重戦士と呼ばれる職業のも者がそうなることを決められており、たまに侍や忍者などが「回避盾役」などと呼ばれることもあるそうだが、そんなものはゲームの中だから出来る代物なのだろう。
彼らは実際にイニミクスを前にして、逃げ出すことなく盾を構え、その攻撃をわざと集中して喰らっている。仲間の手助けを信頼しないと出来ない、成程、まさに「戦場の華」と呼ぶべき存在なのだろう。
そう思えば、赤面して照れていながらも誇らしげに胸を張っているシュリィ隊四人の姿も、むしろ格好良く見えるから不思議なものだ。
「そんな彼らを纏める副隊長が、シュリィさんなわけか」
「う、む……そう、ですな……」
鮫介がそう言うと、途端にジン隊長の言葉の端切れが悪くなり、視線も逸らし始める。
しかし指名されたシュリィ副隊長はそんな隊長の様子に気付いた様子もなく、一歩前へ出て鼻をこすり、
「うッス! ご紹介に預かったナタツ・ダロン・テト・シュリィッス! 年齢は19歳、階級は心鉄、只今彼氏募集中! 脳まで筋肉って感じのマッチョメンが希望ッス!」
「あ……ああ、そう……」
いきなり好みのタイプを言うもんだから面食らってしまった。
シュリィは近衛部隊の中で一番背が低く、隣にいるスビビラビの胸元ほどまでしか背丈が無い。しかし、それを気にせず元気いっぱいといった有様で、何処と無く小春に似たタイプなのかもしれない。
ボサボサの赤髪を翻し、黒いシャツにカーキブラウンのミニスカート。羽織っているジャケットは目立つ深紅色だが、これはイニミクスの返り血で染め抜いたものなのでは……と整備班の人たちが噂していたのを鮫介は耳にしていた。まぁ、噂は噂だろう。
ただし小春と違い、胸部は豊かで、いわゆるロリ巨乳というやつだ。いや、ロリじゃないけど。19歳だけど。
とにかく、そのシュリィは溌剌とした表情で気を付けの姿勢を取りながら、つらつらと自分勝手に自己紹介を続けていく。
「身長はちょっと低めの147センチ、体重は秘密ッス! 毎日牛乳飲んでるのになんで背が伸びないんスかね? 謎ッス!」
「……あー、シュリィ、ちょっと」
「利き腕は右、利き足も右! 趣味はぶっ殺したイニミクスの頭部をもぎ取ることで、特技は意外にも書道ッス! 字を書くのが結構上手なんスよ! 何か題字を書いてほしいときは遠慮なく言うといいッス!」
「シュリィ!!! ちょっと黙りなさい!!!」
マシンガンのように聞いてもいないことをべらべら喋っているシュリィに対し、ジン隊長がついにキレた。
総毛が逆立つほどの怒声に、シュリィ隊の皆が一斉に緊張した顔を見せる中、当のシュリィだけが唇を尖らせ、
「むー、なんスか? そこにいる勇者様に自己紹介しろって言われたから、自己を紹介しているだけッスよ?」
「お前はこの自己紹介がただの自己紹介ではなく、お前たちの面接も兼ねていると分かっていないようだな……! この面接の結果によってはお前の副隊長としての立場を剥奪、場合に寄ってはお前の近衛部隊としての在籍を削除されることも在りうるのだぞ……!」
「あーっ……それは困ったッス。副隊長にせっかく選ばれたんだから、降りるのはシャクッスねぇ……」
と、キレたジン隊長をまるで気にしていない様子できょろきょろとあちこち視線を彷徨わせ、やがてジン隊長の隣で呆然と状況を眺めていた鮫介に視線を固定するとニッと笑い、
「コースケ様! コースケ様はあたしの話、もうちょっと聞きたいッスよね?」
「え、僕?」
「そうッス! コースケ様が願うのならば、ジン隊長も無碍には出来ませんッス! お願い聞いてくれたらお昼寝するときに添い寝してあげるッスよ! あはーん♡」
「……そ、それは色気を出しているつもりなのかな……?」
「ええ、恐らくは」
エロティックなポーズをしているらしい(正直な感想を述べれば、子供のお遊戯にしか見えないが)シュリィに背後に控えたゴードンと共に若干引きつつ、鮫介は答える。
「添い寝はいいかな、婚約者が出来たばっかりだし……いや小春にも頼まないけど」
小春なら頼めば確実にやってくれるだろうが。絶対に頼まないけど!
「もー! こんないい女と添い寝出来るチャンスを不意にするなんて、これだから童貞はー!」
「どどどど童貞ちゃうわ! あ、いや、ごほん!」
この大陸では放映されていないだろう(そもそもテレビが無いし)懐かしのネタを披露してしまった鮫介は空咳で誤魔化し、真面目な顔を作ってシュリィと相対する。
「まぁ……これまでのやり取りで、君という人物がどういう存在なのか十二分に理解出来たよ。お疲れさまでした……」
「えー! まだ紹介したりないッス! ていうか、自己紹介って何を紹介すればいいんスかね? そこのところ教えてもらってないッス! あたしは抗議するッスよ!」
「何か言う前にお前が前に出てきたんじゃないか……」
抗議の代わりなのか腕をぶんぶん振り回すシュリィに、ジン隊長は疲労の濃いため息を漏らし、
「そうだな、名前と年齢と階級、趣味に特技、好きな異性のタイプは言ってもらったから……」
「……えっ」
「後は……得意な念動力と、近衛騎兵をやる意気込みでも語ってくれたらそれでOKかな」
「ふむふむ、了解ッス!」
大きく頷いたシュリィは鮫介と視線を合わせ、朗々と答えていく。
「得意な念動力は……よくイメージで炎じゃないかって言われますけど、実は雷ッス。フィオーネ様と同じく自身の身体能力を強化する念動力で、【マハ・ハマル】……大型のハンマーを振り回しているッス」
「ふむ……」
「そして……近衛騎兵をやる意気込みッスか? ……自分はフランメルの回復を待たなければならないッス」
「フランメル……確か、テルブ領の……グンナルさんの孫、だったか……?」
「そうッス。爆焔騎士ヴォルケニオンを受け継いだ正統後継者。自分はフランメルの友達ッス。カオカーン砦崩壊の折にフランメルも重症を負い、現在は病床で眠っているッス……その時の仇、カオカーン潰しはコースケ様が見事に倒してくれ……ました。感謝しております」
「い、いや、あれはみんなの力添えあっての戦功だ。僕一人の功績じゃない」
頭を下げるシュリィに、鮫介は慌てて手を横に振る。
いつもの「~ッス」という軽い感じの丁寧表現ではなく、正当な敬語で最敬礼。おそらく、本気で感謝をしているのだろう。
しかし鮫介としては、あの勝利は集ってくれた虹の七騎士の力、そしてオトナシ近衛部隊が雑魚を引きつけてくれたおかげで成し遂げられた成果だ。
むしろ初搭乗、初実戦というところで今思うと「あの時ああしてれば良かったぁぁぁっ!」と枕に顔をうずめたくなること請け合いの黒歴史なのである。
だからこそ、お礼を言われると困るわけなのだが……まぁ、それは素直に受け取るしかない。
戦闘の結果が自分にとってどんな情けない代物であろうと、他人にとっては同じ感想を抱くかは分からない。ならば、より良い方向に受け取るのが勇者としての有るべき姿なんだろう……多分。
「……あたしは、フランメルの回復を待ってるッス。そして、そのためには今までのように最前線で暴れているだけでは駄目だと感じて……そんな時、アルキウス様から手紙がきたッス。あたしは、最前線で戦って、いつか果てるよりも……フランメルの回復を信じて、勇者様のお守りをすることに決めたッス」
「そうか……」
「だから……フランメルが回復した後のことは分からないッス。あたしはフランメルの近衛兵ってわけじゃないし……でも、せめてそれまでは、勇者様の側で働かせてほしいッス!」
「うん。よろしく頼むよ、シュリィ」
「よろしいのですか?」
「短い付き合いになるかもしれないけど、それまでは頑張ってくれるって話じゃないか。それなら、僕はそれを信じたいよ」
「むぅ……」
納得がいかない様子のジン隊長に苦笑しながら、シュリィ副隊長と手を結ぶ。
シュリィは照れた風に微笑むと、一歩下がって部下たちと肩を並べた。どうやら、彼女の自己紹介はここまでらしい。
代わりに前に出てきたのは、シュリィとは対照的な大男であった。百八十センチを超す巨体に、大柄な鋼鉄の筋肉。髪の毛は短い焦げ茶色のものをアップバングのスリークショットでラフに纏め上げている。
筋肉質な体格を浅葱色のドレスシャツで封じ込め、下半身は動きやすい迷彩ズボン。首から黄金(金メッキだろうが)のネックレスをぶら下げた、まさに「海外のマッチョな軍人」をイメージさせる風貌。
その人懐っこい笑みは見る者を安心させ、その筋肉は他人を守ることだけに特化した青年。
質実剛健、聡明剛毅。そんな四字熟語が服を着て歩いているようなこの男こそ、シュリィ隊を代表する不撓不屈の軍人の鑑、
「こんにちは、勇者様! ルッホ・フェグラー・フェグラー・テト・スビビラビ、お呼びがかかれば即座に駆けつけます!」
「スビビラビ! お前のことは覚えていたぞ!」
「本当ですか、勇者様!」
「……まぁ、かなりギリギリだったがな。確かに「印象に残った者の名前」で、お前の仲間ははっきり出ていた」
「感激です、勇者様! このスビビラビ、必ずやこの恩に報いるために『盾の騎兵』として貴方様を守護し続けることを誓います!」
「恩って……」
ぐいぐいと迫ってくるスビビラビに若干引き気味の鮫介とは裏腹に、スビビラビは満面の笑みを浮かべて腰をかがめ、顔を近づけてくる。圧が凄い。
同僚に対してはラフな言葉遣いで気さくに応対するスビビラビであったが、どうも鮫介を目の当たりにするとこの通り、慇懃にへりくだるのだ。
勇者に対してみんなこんな心持ちなのか、と疑問に思った鮫介だったが、ゼルグラックや双子姉妹はそんな感じでもない。ならば一体――
「鮫介様。ルッホ家……即ちスビビラビの家系は近衛騎兵の家系。代々虹の七騎士とその大神官に仕える優秀な近衛騎兵を排出している一族なのです」
「へぇ! そうだったのか」
「そして、四代前の当主……スビビラトガーギアは初代勇者トウスケの近衛騎兵。二代前の当主スビビコルドは二代目勇者ケイコ、先代当主スビビヴィーラは三代目勇者カツトシに仕えておりました。即ち、スビビラビは勇者に仕えるという使命を持って生まれたエリートなのです!」
「全員スビビって名前付いてるんだ!?」
「スビビはこのムー大陸で『守護の賢人』を意味する単語です。かつて虹の七騎士に仕えていた伝説の近衛騎兵の名前でして、それを初代勇者トウスケ様が四代前の当主に付けてくださいました。以来、我々の一族は勇者様を守る当主を継ぐ実力者に『スビビ』の名を与える習わしとなっております。俺の名前も、本当はただのラビなんですよ」
「ラビ……そういえば、他の隊員がラビって呼んでたな」
「はい。そして、勇者様の近衛騎兵に選ばれた俺がスビビの名を継ぎ、スビビラビを名乗ることになりました。勇者様のお命は、必ずやこのスビビラビがお守り致します!」
どん、と厚い胸板を叩いて笑うスビビラビの姿は、確かに何よりも頼もしかった。圧は強いが、爽やかさが全体的にあるので気にならないのだろう。
女だったらキュンと来ていたかもしれない。生憎、鮫介は男だったが。
「では、スビビラビ。改めて自己紹介を」
「はっ! ルッホ・フェグラー・テト・スビビラビ、二十五歳! 階級は血染、趣味は筋トレ、特技は……教本を読まずにガズィベーグ勇将歌を諳んじ……え、駄目? んー……じゃあ指先の力で百ゼラス硬貨を折り曲げられます!」
「……ゴードン、ガズィベーグ勇将歌っていうのは?」
「はい。かつてダロン領に存在した伝説の将軍、ガズィベーグが自らの功績を後世まで語り継がぜるために作詞したとされる歌ですね。学校で教えられるのですが、似通った歌詞が連打され、楽曲はあまりに平坦。そのため、覚えるのが非常に難しいとされる歌です。あれを諳んじられるというのならば、立派な特技になると思うのですが」
「……ラップみたいなものなのかな? それで楽曲が平坦って……生徒諸君は大変だな……」
財布から取り出した百ゼラス硬貨(※現代日本でいう百円玉のようなもの)を人差し指と親指で挟み、ぐぐぐっと力を込めているスビビラビを見ながら、鮫介は一人ごちた。
やがて折れ曲がった百ゼラス硬貨の冥福を祈りつつ、スビビラビに盛大な拍手を送ったところで、ひたすら遠慮しているスビビラビに続きを促す。
「えー……好きな異性のタイプは胸と尻がデカい女! 得意な念動力は炎! 鮫介様の前では炎を普通に射出していましたが、盾に炎を宿して攻防一体の武装にするのが得意ですね」
「ふーん……好きな異性のタイプを素でさらりと言えるのは関心だな」
「そこですか」
「後は……近衛騎兵をやる意気込み? それなら語りました! 私は幼い頃より勇者様の盾となって生きる、そういう決意のもと人生を歩んできたのです! オトナシ近衛部隊の一員として選んでくれたアルキウス様、そして何よりも勇者様のために! 一生懸命尽くすことをここに誓います!」
「コースケ様。スビビラビはこのように愚直ですが真面目で命令もよく聞く優等生です。近衛兵として採用すれば、間違いなくコースケ様の盾としてイニミクスの攻撃からその身をお守りしてくれることでしょう」
「なんか採用試験みたいになってないか……? まぁいいや、よろしく、スビビラビ」
どうしても採用させたい人材と採用したくない人材を分けている風情のジン隊長に呆れつつ、スビビラビと固い握手を交わす。
スビビラビが一歩下がり、今度は隣にいた女性が前へ出た。
亜麻色のワンレンロングヘア。青い花柄のワンピースに、スカートから伸びた膝丈ほどのブラウンカラーのハーフパンツ。
目は大きく、体格も筋肉質なことを隠すように柔らかい脂肪で覆われて、一見細身に見える。乳も平均的だ。
一見可憐な少女なれど、中身は凶悪さを隠し持っているその女性こそ、
「やっほー。勇者様! セネロエ・テルブ・テト・メルボア、ここに惨状致しました!」
「メルボア……メルボア。うん、今度こそ覚えた」
「と、いうことは、私の名前は忘れてたってことですか? いやん、私、悲しくて泣いちゃいますよ?」
「あ、いや……というか、メルボア……ひょっとして、怒ってる?」
「怒ってませんよー? 私の表情が動いてないのは、そういう体質なだけですから」
そう。
このメルボア、顔の表情筋が一切動いていないのだ。先程の「泣いちゃいますよ?」から「やっほー勇者様」、果ては先刻のジン隊長がシュリィ副隊長に怒って皆に緊張が走った一瞬まで、眉一つ欠片も動かさなかったのである。
いわゆる無表情キャラは漫画や小説の世界には山程いたが、現実にやられると……口に出しては言えないが、気持ち悪いなんてものじゃない。こちらが何を言っても、どんな行為をしても反応が無いのだから。
反応が無いというのは、楽しそうな微笑みやあるいは苛立ち、ちょっとした悲しみや「提示した話題に食いついていない」ことを明示する呆れた表情など、その一切のレスポンスが帰ってこないということだ。
これは辛い。どんなに話が上手い人間でも、メルボアを相手にしたらたちまち言葉に詰まってしまうことだろう。相手が自分の話に興味があるのかないのか、その手がかりすら一切消失してしまっているからだ。
「コースケ様。このメルボア、表情が無感情という欠点こそあれど、軍人としては先のスビビラビと同様に真面目で忠実、己の分をわきまえてしゃしゃり出ることはしない。これこそ『軍人』と呼ぶべき逸材です」
「ジン隊長は『軍人らしい』か『そうでないか』で人を評価するきらいがあるね……」
「ひっどいなぁ。私が常時無表情なのは、自分の意思でやっているわけじゃないんだけどなぁ!」
べー、とジン隊長に向けて舌を出すメルボア……ううん、無表情だからか迫力がまったくない。
「改めて、私の名前はメルボア。テルブ領出身のセネロエ家、そこの次女の近衛騎兵・メルボア……です!」
「うん」
名前と同時にポーズを決めるのを、生暖かい視線で受け止める鮫介。
どうにも小春と一緒に過ごしていると、小春の側で侍っているドランガとも交流する機会もが多くなり、こういった格好良いポーズを見るのにも慣れたところだ。
この大陸の住人たちはいわゆる中二病的な言動や動作をあまり馬鹿にすることなく、文化の一つとして受け止めている気風があった。
だから、たまに成人した女性がこういうポーズを取ろうとも、「そういう文化がある」と微笑ましく受け止めなければならない。たまに、隣のゼルグラックやスーのようにその文化に染まりきった人間もいるが。
「年齢は二十三歳、階級は血染。スビビラビより勲章が少ないのが不満点かな。趣味は……トランプですかね? 私トランプ得意なんですよ、素でポーカー・フェイスを獲得していますからね!」
「そりゃそうだ」
「特技は……水泳? 実家の近くに泳げる大きな湖があって、そこで幼い頃から訓練したんですよ。訓練でも水泳はあったので隊員のみんなも泳げるとは思いますが、私のそれは一味違いますよ! 任務で海に出かけるときが来たら、私のことを思い出してくださいね!」
「分かったよ」
鮫介は自身有り気な(やっぱり無表情だけど)メルボアに頷いてみせる。
周囲を海で囲まれた離島で育った鮫介も、水泳は得意だった。背泳ぎとバタフライも出来るし、自由形のクロールではなんと響太郎に勝利したこともある(その後、珍しく努力を積んだ響太郎に敗北を喫したけど)。
兎に角、鮫介は水に慣れ親しんだ環境で育ったのだ。相手がどれくらいの水泳上手か知らないが、手を上げて敗北を認めるほどプライドは失われていない。いや、別に勝負を挑まれたりしたわけではないけど。
海かー。もう6月だし、遊びに行きたいけれど……この世界の水着ってどうなってるんだろうなー。全裸が基本って言われたら逃げ帰るぞ、流石に。
「好きな異性のタイプは……私を裏切らない人、かな。得意な念動力は雷、それと水の範囲技。それで、近衛騎兵をやる意気込みだけど……聞きたいの、コースケ様? 意気込みっていうか私が騎兵をやってる理由になるけど、結構エグいよ?」
「余計なことを言うな、メルボア。お前は黙って、質問に答えていればいい」
「話したくないことは聞きたくないけど、話せることなら……まぁ、話してほしい、かな?」
「……そうですか」
表情は変わらないが、顎に手を当ててしばらく悩んだ様子を見せるメルボアは、やがて覚悟が決まったのか小さく頷くと、
「私のセネロエ家は商家をやっているんですよ。テルブ領ということで、領民たちの物資支援などを祖父の代から」
「……ゴードン、物資支援というのは?」
「テルブ領はご存知の通り、領地の半分をイニミクスに奪われているわけですが、その領地を奪い返した後、そこに暮らす住人を募集する必要がありますよね。今から我々が向かう場所もそのような『取り返した土地』なのですが、その土地に引っ越した住人には様々な特典が与えられます。税金の数年間の免除、開店資金の補助など様々なものがありますが、物資支援はその一環ですね。家具や調度品などは引っ越しの際に相応のものが与えられますが、当然、個人の好みでもっと別の家具が使いたい場合もあります。物資支援はそういう、顧客の『贅沢』な悩みを解決するお仕事ですね」
「ああ……成程、要するに家具屋か。ふむふむ、ムー大陸ならではの商売って感じだな……」
「えっと、いいですかね? それで、私には幼馴染の男の子がいましてね。ハンサムで格好良くて、よく私を連れて近所の友人との遊びに行ってました。真面目で読書家、街の護衛をしている騎兵の息子で、将来は世に名を轟かせる優秀な騎兵になる……と近所で噂になっていたのを覚えています」
「優秀な子だなぁ。そういうのに限って、裏の顔を持っていたりするものだけど」
「コ、コースケ様?」
思わず響太郎のことを思い出して毒を吐いてしまった鮫介を、ゴードンが心配そうな瞳で見つめる。
メルボアはそんなコースケの様子を見てくすりと微笑む(相変わらず無表情のままだったけど)と、話していた内容の続きを話し始めた。
「裏の顔……って言えるのかどうかは分からないけど、まぁその通り。成長したある日、私がお昼寝から目覚めて母親がいる厨房に向かうと……」
「向かうと……?」
「その男の子と母が抱き合っていたわ――裸で」
「ぶっ」
吹き出す。
それを意に介さず、遠い目をしながらメルボアはなおも続ける。
「私は当時十二歳。その男の子は私より少しだけ年上だったから、多分十五歳くらいね。驚愕で何も口にできない私の目の前で、あの二人は盛り始めたわ。私はショックで何も出来なかった。その日の夕食で、機嫌よく父にお酌をする母の姿が信じられなかったし、妻の様子にまったく気付こうとしない父の姿にも密かに幻滅した」
「お、おう。そっかー、無表情なのはその時の体験がトラウマになってるから……なのかな」
「結局、私は幼馴染と母の逢瀬を覗いた三ヶ月後、耐えきれなくなって家を出ました。清純で汚れを知らないと思っていた幼馴染も、私に優しい表情を見せる傍らで浮気していた母も、三ヶ月まったく気付こうともしない父も、何もかもが信じられなかったのです。結局電車に飛び乗り、辿り着いたフェグラー領で出会ったアルキウス様に学校に通わせてもらい……近衛騎兵になってほしいと手紙で頼まれ、私は喜びました。見ず知らずの孤児である私を救ってくれたアルキウス様のお役に立てる……と」
「……ん?」
「んん?」
「だから私は、コースケ様の近衛騎兵となりました。意気込みを語れと言うなら、アルキウス様の信頼を裏切るわけにはいかないから……ということになりますね。アルキウス様は何処の馬の骨とも知れぬこの身を信頼し、声をかけてくれた大恩ある御方。アルキウス様のお命じの通り、私はコースケ様を全力で守り切る所存です!」
「あー……うん。僕じゃなくてアルキウスさんに忠誠を誓っているわけね」
背もたれに寄りかかり、鮫介は吐息を吐き出す。
なんというか、どこの世界にもそういう昼ドラみたいな話はあるんだなー、というのが正直な感想だ。
横のジン隊長は恥ずかしそうに顔を伏せ、額に手を当てて謝罪の言葉を口にする。
「も、申し訳ございません。近衛兵はコースケ様に忠誠を誓う者たちで揃えたかったのですが……」
「いや、いいよ。アルキウスさんに忠誠を誓う者をどう扱うか、勇者にはそれも問われるって話だろう? いいよ、やってやろうじゃないか」
「ち、違います、勇者というのは……いえ、何でもありません」
何やらうだうだ喋っているジン隊長をとりあえず捨て置き、メルボアを握手を交わす。
そしてメルボアが(相変わらずの無表情で)優雅な礼をすると同時に一歩下がり、最後の男が髪を掻き上げながら前へ出る。
女性のように長く艷やかな黒髪の一部をメッシュ状に白く染め上げた姿に、顔は凹凸の少ないしょうゆ顔。こうして見るとなかなかの美男子だ。
謎の言語が数多く書かれた白いTシャツを隠すのは、夏だというのにファーの多く付いた漆黒のジャケットに、闇より出でし暗闇色のカーゴパンツ。
そこかしこに無数の銀色のチェーンを纏い、あちこち取り付いた何の意味があるのかも分からない革ベルト。
それ纏う男こそ、イニミクスという名の不浄を討滅し、洗い清めるために降臨した正義の使者、
「……ゼルグラック、推参。汝に逆らう不貞の輩を切り刻みに来たのだが……その必要は現状無さそうだ」
「ゼルグラック!」
現れてナイフを片手に弄びながら呟く男に、鮫介が歓喜の声を上げる。
「お前の名前は覚えていたぞ」
「ええ、確かに……デイルハッドに続いて、印象深き者として名を上げていました」
「これはこれは、嬉しい限り。しかし、コースケ様には我が真実の名称――正当な名前を教えたはずですが……?」
「覚えているよ。大いなる闇の深淵を照らし出す光……深闇の大光、だろ?」
「……!!! 覚えて頂けたとは……光栄です」
不意打ちを食らったかのように、ゼルグラックがぷるぷる震えて視線を泳がせる。ぷるぷる震えているのは怒りからではなく、喜びからくる感情からだろう。
それ程までに、鮫介が彼が名乗る裏の名前――正当な名前を覚えていたことが嬉しかったのだ。
ムー大陸では中二病が文化の一種だと説明したが、実際のところ中二病らしき言動や行動を取っている者が少ない。
思い返せば鮫介がいた日本でも、和服が日本が昔から着ている服装、そういう文化だったと説明しているが、かといって和服を私服にしている人は極僅かであった。
そんな風に、中二病はあくまでも子供のする『ごっこ遊び』の延長と思われてきたのだ――と鮫介は考える。
だからこそ、スー……は年齢を鑑みて置いておくとして、ゼルグラックのようないつまでも中二病を引きずっている成人は珍しい――って、何を真面目に中二病について語っているんだ僕は。
「コースケ様。ゼルグラックはギラディム鏡態の権化のような性格ですが、その剣技はこの近衛部隊の中でも私の次に優秀です。盾の扱いもバリアを複数貼るのは苦手のようですが、その分長大で、広範囲の攻撃からその身を守れます。本来はシュリィ隊のような大盾部隊ではなく、近接格闘戦専門の部隊にでも入れるべき人材ですが……うちの近衛部隊はまだ新設で、そんな人材は少なく……すみません」
「謝る必要は無いさ。僕も戦い方は盾役みたいなものだし、僕が守ってゼルグラックが攻める、みたいな戦法も役に立ちそうだ」
「……恐縮です。ともかく、攻守揃った活躍を期待出来るでしょう」
「うん……ところでギラディム鏡態っていうのは?」
「かつてガムルド領にギラディムという名の将軍がいましてな。その言動は詩的で比喩を多様し、その行動も何の意味があるかは分からない格好良いポーズを取っていて……ああ、今で言うドランガのようですな。そのギラディム将軍をみんなが真似たのが、ギラディム鏡態というわけです」
「ギラディム将軍は日常における奇行も有名ですが、託された無茶な命令を絶対に全うすることで有名な将軍ですからね。人気もありますし、当時は大ブームになったそうですよ。ブームが去った今でも、彼のように突飛な言動や態度を取る人間が後を絶ちません」
「へぇ、こっちの世界では中二病じゃなくてギラディムきょうたいっていうのか……覚えとこ……」
まぁ、中二病という名前は1990年代のラジオ番組で名付けられたものだし、こっちの世界じゃ別の名称なんだろうなとは思っていたが……過去に存在した将軍の真似っ子、ということか。
「……よろしいですかな。ではゼルグラック、自己紹介を」
「はい。我が名はイリカ・ナロニ・テト・ゼルグラック、またの名を深闇の大光。我が主の剣となって不浄なる者を切り刻み、盾となって主君を守護する者なり」
「……ん? ゼルグラック、お前イリカ家だったのか……!?」
「……はい。遠縁ですので、本家とはあまり関わりはありませんが」
なんてこった。スーもイリカ家だったし、ひょっとしてイリカ家は中二病が発症しやすい家系なんだろうか。
まさかディンケインさんも……と鮫介が内心疑問に思っていることを知ってか知らずか、ゼルグラックの自己紹介は続く。
ちなみに深闇の大光の名は繰り返さない。正当な名称はそれを『知っている』という事実さえあればいい、そういう設定だからだ。
「年齢は二十一。階級は血染。趣味は物語を読み聞かせることで、特技は……エインリャクト時空剣法の披露……ですかね。ああ、後は……フッ。短機関銃の曲撃ちも少々……」
「ふむ……? 物語を読み聞かせる、というのは……?」
「……ええ。物語を読むのは好きですが……子供向けの話を披露もしています。それと曲撃ちですが、背後の敵も撃ち抜くことが……」
「へえ、紙芝居みたいなものか。子供たちに物語を披露とか、偉いな、ゼルグラック」
「いえ……それより曲撃ちは決まったときが物凄く格好良くて……」
「エインリャクト時空剣法っていうのは? いや、なんとなく想像は出来るけど」
「…………エインリャクト時空剣法はその名の通り、時空の念動力を組み合わせた剣法です。かのオルデラン一刀流の流れを受け継ぐ……といっても、コースケ様には理解不能でしょうが。時空の念動力は使用者が少なく、剣技自体の存続が危ぶまれていましたが、この私が……この私が! 時期後継者に選ばれましてね……」
「成程。オルデランとやらは知らないけれど、高名な剣術なんだな。そしてゼルグラックがその剣術の後継者に選ばれた、と。凄いじゃないか、ゼルグラック」
「フフフ、それ程でもありませんよ……それと曲撃ちですが」
「ああ、自己紹介を遮ってすまなかったな。どうぞ、続きをやってくれ」
「……ひょっとして、わざとやっています……?」
「え?」
「…………いえ、分かりました」
何故か遠い目をして黄昏ながら、ゼルグラックの話が続く。
「好きな異性のタイプ……そうですね、煌めく星空を見上げて詠い、燐光を纏って水辺の畔で魚たちと戯れる女性……ですか」
「???」
「んん???」
「成程、星空とお魚が好きな女性か。ゼルグラックは魚が好きなのか?」
「我の生家の側には海がありまして……漁師たちとも縁があり……マグロ、いいですよね」
「マグロ、いいよね」
「えぇ!? なんか言ってることはよく分からなかったけど、ゼルグラックってば、『オトナシ近衛兵団の誇る人魚』って呼ばれる予定の私に恋しちゃってるってこと!? いやーもう、困るわー!」
「……失せよ、メルボア」
「えぇ!? じゃあ『オトナシ近衛兵団の青いカジキ』と噂されてるこの俺を好きだってのか!? いやー、悪いけど同性愛はちょっとなー!」
「……消えよ、スビビラビ」
次々と手を上げて発言する同期のメンバーに、ゼルグラックが片手を額に当てつつもう片方の手のひらをひらひらさせて、辛辣な言葉で撃退している。
ひょっとして、ゼルグラックはいじられキャラなんだろうか。オトナシ近衛部隊の人間関係についてはいまいち把握していないが、いじられキャラなのは美味しいな、と鮫介は感じた。
この大陸では文化として扱われているようだが、中二病というのは鮫介の世界では馬鹿にされるものだ。いじられキャラを確立しているのなら、それに越したことはない。
「得意な念動力は……鮫介様には及びませんが、時空……特に空間系統の技を少々。後は……意気込みですか。フッ……笑止。アルキウス様への恩義も勿論ございますが、このゼルグラック。先に申し上げました通り、我が主君の剣となり、盾となる所存です。コースケ様が『勇者』としての肩書から外れる悪辣さを発揮せぬ限り、我はいつでもコースケ様の味方であり続けましょうや」
「ゼルグラック……」
「うむ、その忠誠心は見事。どうやらゼルグラックは心底、コースケ様に忠を尽くしているようですな。この短期間の間に、一体どんな魔法を使ったことやら」
「ははは。魔法なんて使ってないよ。僕はただ、彼の……その、趣味に理解を及ぼしただけさ」
中二病患者はとにかく仲間を尊ぶものだ。元中二病の僕が証言するのだから間違いはない。ないんだってば。
くそぅ。格好良いと思って選んだ服を響太郎に「あー……その格好は……どうだろうな? ちょっと……恥ずかしいぞ?」と優しく諭された気持ちなんて恐らく誰にも分かるまい。
この大陸では中二病は文化だ。別段恥ずかしがることではない。それは分かっているが、それでも己の中にある『何か』を他者に理解されないという気持ちはあるはずなのだ。
「えー、以上でシュリィ隊の自己紹介を終えるッス! ご清聴、ありがとうございましたッス!」
ゼルグラックが一歩下がり、再び前に出てきたシュリィ副隊長がそう宣言する。
どうやら、一小隊の自己紹介が終了したようだった。
鮫介が拍手を返していると、横のジン隊長が神妙な顔で問いかけてくる。
「それで、コースケ様。このシュリィ隊の中で、どなたか隊員に相応しくない、あるいは気に入らない人物でもいたでしょうか? 仮にいたならば、その者を除名処分と致しましょうが……」
「なんでそういう怖いこと言うかなぁ」
鮫介はぽりぽり頬を掻くと四人のほうに向き直って姿勢を正し、
「みんな合格に決まってるだろう? これから最前線に向かうわけだけど、まだ不慣れな僕をその力で支えて欲しい。出来る限り、君たちの支援を引き受けないよう僕も努力するからさ」
「コースケ様……皆、コースケ様に感謝の礼! これからも、コースケ様に忠誠を誓うこと!」
『はっ! 我ら一同、近衛騎兵として不滅の忠義をコースケ様に誓います!』
事前に練習していたのだろうか。皆でぴったりと言葉を合わせ、一斉に礼をする。
……礼をされるのは、いつも響太郎の役目だった。だから、こういう行為に晒されることは慣れておらず、鮫介は挙動不審に視線を彷徨わせる。
「う……うん。僕のほうも……君たちのせっかくの忠誠を裏切らないよう、勇者として努力するよ」
「はっ! では、失礼するッス。次はグラウリンデちゃんの部隊ッスよ。ちゃんとみんなの忠誠、受け取ってあげて欲しいッス」
シュリィは最後にそう言って、こちらのコンパートメントの扉を締めて退出していった。
靴音が遠ざかりながら、ざわざわと雑談している様子が耳に残る。「忠誠……良かった……」だの、「これからも……頑張る」だの。どうやら、尊大な態度を取っていたと嫌われてはいないらしい。鮫介はほっとため息をつく。
「シュリィは置いておいて、鮫介様個人に忠誠を誓っていたスビビラビとゼルグラック、そしてアルキウス様の命令通りに動く……即ち鮫介様を守ることを最優先とするメルボア。出だしとしてはまずまずの戦果でしたな」
「戦果って……まぁ、忠誠を誓ってくれる人物が多かったのは嬉しかったよ。『お前には従えね―!』なんて言われたら、心が折れてるところだった」
「そのような不逞の輩は一発解雇確定ですが……不安がおありで?」
「あるに決まってるだろ。僕の勇者の肩書は全てアルキウスさんに用意されたものなんだ。皆の中には『誰だこいつ』って思ってる人もいるだろうし、軍人ですらない一般人の僕を内心馬鹿にしている存在もいるはずだ。今回は、それが表に出なくて良かったねって話であって」
「……鮫介様は、もう少し己に自信を持ったほうが宜しいかと」
「あるわけないだろ、そんなもの? 僕自身でさえ、今の状況が不自然でおかしいと感じているんだから」
「……何がどうあれ、鮫介様は『カオカーン潰し』を見事に討伐し、勇者として一定の評価を既に得ています。それは鮫介様がいくら否定しようとも、変えようのない事実なのでございます。それだけは、お忘れなきよう」
「あれも、僕からしてみれば他の虹の七騎士の協力あってこその勝利なんだけどな……」
爆焔機士ヴォルケニオン。
砂塵機士ディザーディ。
万雷機士ガルヴァニアス。
氷結機士グレイサード。
いずれの虹の七騎士、それを操る大神官たちの誰か一人でも欠けていたら得られなかった勝利だった。
だから、あの勝利がまるで僕一人だけの手柄だったように言われると、どうしても否定したくなる。僕だけの力ではどうしようもなかった。周囲の人間、それに小型イニミクスを引き付けてくれたオトナシ近衛部隊のおかげなんだよ、と。
ああ、そういえば。あの勝利は、僕と小春の手柄になる……ん、だったか? 前にフィオーネさんがそう言ってた気もする。
それなら、手柄は小春のものだ。僕は柄じゃないし、小春にガムルド領の暗殺計画を跳ね除けるための実績も……いや、もう必要ないのか? なら、『みんなの勝利』という形が一番美しいだろうに。
ところが、その意見がジン隊長は気に入らないらしい。何やら僕の耳に届かない位置で、ゴードンとひそひそ内緒話をしている。鮫介は憮然とした表情で、何やら一心不乱に手帳に書き込みをしているシャープさんを眺めていた。何書いているんだろう。
「ジン隊長。グラウリンデ隊、集合いたしました。
そんなこんなで時間を浪費していると、足音と共にコンパートメントの扉を叩く音。
グラウリンデ隊の副隊長、グラウリンデさんが到着したらしい。
「……では、コースケ様。開けますよ」
「頼んだ」
言いたいことがあったが上手く言葉に出来ない……そんな漢字の口惜しそうな顔をして、ジン隊長がコンパートメントの扉に手をかける。
さぁ、次はグラウリンデ隊の自己紹介だ。
次も嫌われてなければいいな……と思いつつ、コンパートメントの扉が開かれて――




