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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
凍結機士編(前編)
62/117

最終試練(後編)

ぐわー大分お待たせして申し訳ありませんー! 時空機士クロノウス、続きを投稿致します!

いやー、「残りの4機をやっつけるだけか! 簡単だな!」とか思っていたらまさかまさかの60kbですよ! 決闘・8の52kbを乗り越えてトップに躍り出た文章量ですね……え、この文章量を一週間で書け? すみません、無理です!(平服)

本当は戦いの後の感想会とかもやりたかったのですが、もう次回に回します。とにかく疲れた……!




 コースケ殿とデイルハッド氏。激突する二人の漢の熱気が、こちらにまで伝わってくるような迫力。

 デイルハッド氏は使用している雷の念動力でクロノウスの片足を絡み取り、動きに不自由を強いている。クロノウスの半分しか全長のない機体(ナーカル)でよくやるものだ。

 デイルハッド氏を振り向いたクロノウスの背後には、機体の装甲がボロボロとなっているスビビラビ氏とメルボア氏。今にも稼働が止まってしまうような危うげな動作で、ナイフを構えてクロノウスの隙を伺っている。

 そんな彼らの背後に隠れ、短機関銃を構えているのはセレベタル氏。装填されているのは機体を損傷しないためのペイント弾であるものの、ジン氏はちゃんと命中した箇所を機能不全として判断する、と戦闘前の挨拶で聞いている。

 今の所クロノウスには命中していないものの、あの短機関銃が恐るべき兵器であることには変わりない。

 クゥシン女史、フレミア氏、ゼルグラック氏は既に退場しており、機体をグラウンド(コースケ氏命名)の隅に置いてこの最終試練の様子を眺めている。

 残る兵士の数は六。表に姿を現しているのが前述の四人、未だ隠れて姿を現さないのがグラウリンデ隊所属のローゼルカ・ローゼリア姉妹だ。果たして、どの位置に陣取っているのか。

 コースケ様ここれからこの六人と戦い、出来る限りダメージを負わずに勝利を収めなければならない。あまりに深いダメージを受けると減点だ。最終試練は突破出来ず、ということになってしまう。


「かかってこいやぁ! デイルハッドっ!!!」

「その意気や良しっ!! ならば遠慮なくっ!!」


 デイルハッド氏を煽る叫び声を出すコースケ殿、デイルハッドは爽やかに一礼すると手のひらから再度、蜘蛛の糸を放出する。

 たしか、雷蜘蛛の巣糸エレクトリック・スパイダーネットという名前だったか。赤雷混じりの蜘蛛の糸がクロノウスの片足だけでなく、左腕と腰部、それから顎にもひっつく。

 己の想像力でどんな形状・性質にも変化させられるのが念動力の強みだ。粘着質・弾力性を高めたデイルハッド氏の雷は蜘蛛の糸の如く伸び、クロノウスへと絡み付いた。そのまま蜘蛛の糸(赤雷)を巻き取ると、クロノウスもまた引き寄せられて足を滑らせる。


「いいぞ、デイルハッド……! そのまま、拘束したまま動かすなよ……!」


 半壊状態のライヴェリオをクロノウスの横側に動かし、スビビラビ氏が不敵に笑う。

 今にも崩れ落ちそうな装甲が何とか支え、両手で雷を形作る。あれは、そう、決闘で見せた念動力だ。紫電弾ける雷光が腕の中で大きくなり、それをクロノウスに向けて放つ。


「喰らえっ! 雷の六十五っ!!!」

「くっ! サイコバリア……!」


 スビビラビ氏の放った電撃と、クロノウスが咄嗟に右手に生じさせたサイコバリアが激突する。

 サイコバリアは放たれた電撃の衝撃を全て防ぎ、波紋を残して電撃が拡散する――と、スビビラビ氏の背後から突然セレベタル氏がぬっと飛び出し、短機関銃を乱射。

 クロノウスはサイコバリアを発動した状態、すぐには空間膨張を唱えることは出来ない。サイコバリアで衝撃を受け止めるが、そのバリアには徐々にヒビが刻まれていく。


「セレベタル……! そこにいたのか……!」

「ふふっ……! 影が薄いのが私の特徴でしてね……! おまけにヒューイン君が使っていた風の念動力「光学迷彩(カメレオン・クローク)」で今や私の視認性はゼロ……! 何者も私の存在に気付くことは出来ませんよ……!」

「か、悲しいこと言うなぁ……!」


 決闘にてヒューイン氏が使用した光学迷彩を脱ぎ捨て、セレベタル氏が幸薄そうに小さく笑う。

 弾丸が切れ、交換のために弾倉を入れ替え、もう一度光学迷彩を使用して周囲に同化。姿が風景に透過してその存在が文字通り掻き消える。 

 ふむ。察するに、銃撃の最中は集中力が途切れるのか光学迷彩が解除されてしまうらしい。


「私のことも無視しないでください、よ!」

「ちぃっ!!!」


 と。スビビラビ氏とは反対にクロノウスの左側を移動していたメルボア女史が、そう言いながら念動力を発動。女史の周囲に七、八……総計十四の風で作られた弾丸が形成され、それが一斉にクロノウスに群がる。

 クロノウスは慌てて左腕でもサイコバリアを展開――しようとして、蜘蛛の糸に左腕を引っ張られる。その間にも迫る風の弾丸に、左肩から時空の念動力を使用したバリアを展開。作られた……「次元の断層」とでも呼ぶべきそれは風の弾丸を飲み込み、消滅する。

 どうにか攻撃を防ぐことに成功したものの、これで敵機は前方と左右、背後が空いているので四面楚歌ではないものの、三面を囲まれた危機的状況となってしまった。

 勇者様に、果たしてこの状況を脱する策でもあるのだろうか……?


「敵に囲まれたこの状況! 如何にして攻略するかっ!?」

「こうすんだよっ!」

「な……にぃ!?」


 ああ! なんということだろう。

 右腕にサイコバリアを展開していたクロノウスは、そのサイコバリアを……放出(・・)!! 自身の右側に鎮座していたスビビラビ氏とセレベタル氏、二体のライヴェリオを弾き飛ばしたではないか!

 まさに、盾殴り(シールドバッシュ)。盾を構えたまま敵に突撃する~盾突撃(シールドチャージ)ではなく、盾そのものを武装として弾丸のように撃ち出すとは! 以前も述べたとおり、ムー大陸にて教育された私達では想像もつかない戦法だ。

 さて、今まさに盾を撃ち出してスビビラビ氏とセレベタル氏を吹っ飛ばしたコースケ殿は、そのまま左腕に引っ付いた蜘蛛糸を手に取り、強引に引っ張った。体勢や力配分等の調整で上手く蜘蛛糸を操ることが可能であっても、所詮一般機体(ナーカル)と虹の七機士。その体格の差が、そのまま力加減を表している――!


「ぐお――っ!?」

「そしてっ! お前はそのまま……武器になれ(・・・・・)っ!」

「きゃあああっ!!?」


 こ、これは!

 デイルハッド氏のライヴェリオを引っ張ったクロノウスは、そのままデイルハッド氏をモーニングスターの鉄球のごとく振り回し、横にいたメルボア氏にぶち当てたではないか!

 メルボア女史は装甲が弾け飛び、ダウン。デイルハッド氏のライヴェリオが変なところに衝突したらしい。ジン隊長の評価は当然のごとくアウト。これでメルボア女史も退場だ。

 コースケ殿は糸を掴んだ勢いのまま、デイルハッド氏を空中に持ち上げ、地面に叩きつけようとしている。これが決まればデイルハッド氏もアウトだろう。だが――


「甘いですねっ!」

「なにぃ!?」


 デイルハッド氏のライヴェリオが、空中でピタリと静止する。そのままクロノウスが繋がったままの糸を引っ張ろうとも、力負けせずに引っ張っている。これは――


飛行(フライト)!? お前、使用出来たのか!?」

「その通り! そして、このフライトは決闘を見てから覚えた(・・・・・・・)のですよ! 次に同じような舞台があったとき、また参加出来なかった……と嘆くことのないようにねっ!」


 なんと! デイルハッド氏は決闘を終えたこの一週間程で、フライトを習得してしまったらしい。

 フライトは技術力をかなり要する念動力だ――と聞いたことがある。風の念動力で機体を操作し、常に上昇気流を身に纏っているような状態にしている。

 風の操作が弱ければ空中を落下してしまうし、強ければどこまで空中を糸の切れた凧のごとく漂ってしまう。そんな飛空の術を、デイルハッド氏は操れるようになったという。

 きっと、空中を移動するような夢を日頃から見ていたとか、そのような才能があったに違いない。念動力は人の想像力で形状などが決まる。

 彼が蜘蛛の糸を使っているのも、きっと実家の納屋などに蜘蛛の巣を貼っていた蜘蛛を観察していたとか、そんな過去があるからに違いないのだから。


「敵を切り裂く剣はいらず、敵を穿つ銃もいらず! ただ敵を罠に嵌め、じわじわといたぶり殺していく! それがグラウリンデ隊の鉄則なり! さぁコースケ殿、この罠にハマった貴方がどのように抜け出るのか、楽しみですよっ!」

「ちぃっ! く、蜘蛛糸が……!」


 デイルハッド氏は空中から蜘蛛糸を発射し、クロノウスへとぶつけていた。

 既に両腕を纏め上げられて封じ込まれ、両足も地面ととくっついて歩くことはかなわず、その他念動力の排出口も蜘蛛糸がべったりとくっついて防がれている。おまけにあちこちに引っ付いた蜘蛛糸が地面へと伸び、身動きさえも阻害している状態。まさに万事休すだ。


「さぁ、さぁ、さぁ! どうなさいますか、コースケ殿!? 簡易ワープで蜘蛛糸からするりと抜け出しますか? いや、いや、貴方はまだそこまでの技量はお持ちでないはず。どうやって、この蜘蛛糸を切り離して私を撃墜するのか!? さぁて、観物ですなっ!!!」

「こ、この……劇場型戦闘狂(バーサーカー)め……!」


 うぅむ、デイルハッド氏がこうも煽るような言動を繰り返すとは。

 見た目は熱血漢、性格は実に紳士的。しかし、戦闘になるとこうも相手を煽り散らして……あれは、相手の怒りを誘っているのだろうか。

 成程。劇場型、の意味はよく分からないが、あの姿はまさにギリシャ神話に登場する我を忘れて荒らくれる狂戦士(バーサーカー)に違いない。


「どうしました!? 後がありませんよ、コースケ殿! 空間を切断してその糸を断ち切りますか? ああ、いえ! 空間切断は使用許可が降りていませんでしたねっ! そもそも、その両手を地面にくっつけた姿勢では糸に指すらも届きますまいっ! さぁ、どのようにして私を……がはっ!?」


 !? な、何が起こったというのだ!?

 空中を浮遊していたデイルハッド氏のライヴェリオが蜘蛛の糸だらけになったクロノウスを煽り散らしながら接近したところで、急にライヴェリオの頭部が揺れて……あれは……打撃を受けた、のか?

 見れば、空中にさっきまで無かったものが浮いている。あれは……モーニングスターだ。スビビラビ氏達との戦闘でいつの間にか地面に落としていたモーニングスターが、空中に存在している!


「ぐぅ……武装(・・)……テレポート(・・・・・)だとっ!?」

「更に、サイコキネシス!」

「ぼわっ!」


 ふむ……どうやら、あのモーニングスターはクロノウスが武装テレポートで空中に転移させたものだったようだ。

 そして今したように、先程もクロノウスの地面に向けた手のひらの射出口からサイコキネシスを発射。そのサイコキネシスも武装テレポートでモーニングスターの近くに転移させ、ハンマーにぶつけてライヴェリオの頭部を損傷させている。


「ぐっ、くそっ!! ならば柄を捕まえてしまえば、こんなもの……!」

「今だ、テレキネシス!!!」

「何……おげっ!?」


 コースケ殿は、使う念動力を鎖にぶつけた衝撃でハンマー部分を相手に当てるサイコキネシスから、モーニングスターを直接操作するテレキネシスに切り替えたようだった。

 縛られた両手から武装テレポートで貫通した次元の穴を通して念動力の糸が――私には見えないものの――モーニングスターまで伸び、その操作権を獲得する。そのまま瞬時にハンマーを操作、突然ハンマーが動き出したことに驚いて動きを止めてしまったライヴェリオの頭部を連打、連打、連打!

 いつしかライヴェリオはかつての決闘で見た鋼鉄駆鎧エゼル・ディアレムのように、首の念動筋肉が伸び切ってだらりと垂れ下がってしまっている。数多くの鉄球による頭部への衝撃は、先に首元の筋肉を破壊したのだった。


「デイルハッド、アウト! 蜘蛛の糸でクロノウスの動きを封じたのは見事だったが、その後の暴言は見過ごせないぞ! 後でコースケ殿に謝罪させてやるからそのつもりでな!!」

「う、うぅ……も、申し訳ありませんでした、コースケ殿……私は下流出身でして、熱くなると、つい地が……その、汚い言葉を吐いてしまうようで……」

「はは……まぁ、いいさ。僕の勇者としての『格』が、あの暴言で落ちたわけじゃないから……」


 コースケ殿は苦笑した(多分)後、手足に絡みついた蜘蛛糸を力任せに千切り始める。

 既にライヴェリオは一度電源を落としているため、繋がっていた念動力の糸――これも私には見えないが――が切れ、粘着性が大いに低下してしまったのだ。念動力は本人の意思が働いている限り無類の力を発揮するが、その糸が切れてしまうと効果は数段に落ちてしまう。

 あちことに蜘蛛糸の残滓を張り巡らせたクロノウスはやがて立ち上がり、周囲を見渡して――ぎょっと身を竦める。


「セレベタルさんのライヴェリオが……無い!?」


 クロノウスの視線を先を辿れば。確かに飛ばしたサイコ・バリアの下敷きとなって半壊状態だったスビビラビ氏がアウトの判定を受けていたものの、彼の背後にいたはずのライヴェリオがいつの間にか姿を消していた。

 セレベタル氏……例の光学迷彩(カメレオン・クローク)で姿を消しているのだろうか。あれは銃撃するまで透明になっているようだったし、何処かでクロノウスの隙を伺っているのかもしれない。


「…………まぁ、いいだろう。勇者は相手を選ばない。どんな手段で来ようが、必ず打ち破ってやる。何故なら……そう! 僕は、勇者だからな!」


 コースケ殿が独り言ちながら、ふらふらと歩き出す。

 その、自分に言い聞かせているような言霊に、私は悲しげな瞳を向けていた。




 やがてクロノウスはグラウンドの片隅にある木々の中へと足を踏み入れた。

 全長35メートル程のクロノウスを隠すには足りないが、全長15メートル前後の機体(ナーカル)を隠せる背丈の木々の中で、木の背後に隠れていないか睥睨して回っている。

 ちなみに、武器庫は持ってきている。狼牙棒や大剣、バトルアックスにハルバードなど、明らかに重量のある巨大な武装を放り投げ、身軽になった武器庫を引きずって持ってきた形だ。

 その武器から騎乗槍(ランス)を取り出し、振り回しながらコースケ殿がやる気のない声で叫ぶ。


「こ、ここかー? むぅ、念動疲労一歩手前の酔っぱらいみたいな酩酊状態が辛い……早く出てきて勝負かけてくれたら嬉しいんだけどなー?」


 なんと、コースケ殿は著しくやる気を削がれている!

 しかし、それも仕方あるまい。念動疲労はその後の虚脱感が凄まじいらしいし、その一歩手前は酩酊状態が続いて不快だと聞いている。ずっとその状態と戦い続けている兵士ならともかく、この地に召喚されてまだ一月の勇者様はまだその状態に慣れていないのだろう。

 そのとき、クロノウスが眼下に何かを見つけたようだった。林の中に侵入した私も、『それ』を目撃する。


「こ、これは……!」

「熊……だろうか……?」


 それは。全長およそ1メートルに届くか届かないかの、小型の熊……をデフォルメさせたような代物だった。

 手足が短く、頭部が大きい全体的に丸い印象の……なんだろうな。マスコットと呼ぶべきものなのかもしれない。

 あ、レヴェッカがお尻をフリフリさせてその熊……のような何かに見入っている。

 ちなみにその熊は二匹並んでいて、その素材は粘土のようなものと氷で出来ていた。これは……念動力で作った人形だ。さぁ、コースケ殿はあの可愛らしい人形に目を奪われずにこの罠を見破ることが出来るのか――!?


「えい」

「あ゛っ」


 あ、ああーっ!? ()騎乗槍(ランス)で熊の人形たちの土手っ腹を……勢いよく突き刺したーっ!!?

 背後のレヴェッカもカメラを向けたままフリーズしている。こ、これは、やっちまったんじゃないだろうか!?


「馬鹿か。怪しいものを見かけたらとりあえず攻撃する、基本だぞ」

「な……なんてこと! 勇者様、夢がないわ!」

「いやー……最終訓練の途中だってことを考えたら妥当な判断なんじゃないかな……」


 木々の影から、何重にも重なった女性の声が木霊する。これは……最後まで残ったオトナシ近衛部隊所属、グラウリンデ隊のローゼリア・ローゼルカ姉妹のものだ。

 試合開始後、ずっと姿を隠していたが……どうやらこの林の中で、罠を張り巡らせていたらしい。

 その罠というのが先程のマスコット人形だけだったならば、かなり時間の無駄だったことになるが……あれでもグラウリンデ隊、決してこれだけでは終わらない……はずだ。

 お腹を突き刺された熊は手足をバタつかせ、苦しげにつぶらな瞳を涙で湿らせ……たように見えるポーズで、段々と動きを鈍くさせ……って芸が細かいな、おい!


「なんだ? 熊に死んだフリさせたところで同情は……むっ!?」


 おわっ!?

 く、熊が……爆発した(・・・・)ぁ!?

 騎乗槍に突き刺さった熊たちが一瞬ピカッと光り輝いたかと思うと、突如熊たちが並んで爆発……嫌、氷の熊のほうがわずかに早かった……か?

 そうだ、僅かに氷の熊が一瞬早く爆発し、突き刺さった騎乗槍を一瞬で芯から氷漬けにした。そして次いで粘土の熊が爆発、腹の中から……あれは……マグマ? そう、マグマらしきものを騎乗槍に振りかけ、熱膨張により(・・・・・・)騎乗槍を破壊したのだ。

 土と氷の念動力だけではなく、炎の念動力も込められたトラップ。まさに、グラウリンデ隊の面目躍如といったところか。

 しかし、マグマとは。あれは炎・水・土の念動力をバランス良く鍛えなければ使用できない技能だと話に聞いていたが。使用した少女は余程マグマと縁のある生活を送っていたのだろうか。火山の麓で生活を営んでいたとか?


「フフ。見たわね勇者様、見てしまったわね! 私とローゼリアの合体奥義!! 瞬間凍結雄熊(フリージング・ベア)瞬間融解雌熊(メルティング・ベア)を!!!」

「見えると思うよ、ローゼルカ……そりゃ……」

「この二種類の熊に森で出会ったら、 挨拶する間もなく抱き着かれて自爆されるわ! 凍結の後融解されるか、融解の後凍結されるか! さぁ、どう攻略するのかしらね、勇者様!?


 言葉が終わる前からぞろぞろと、木陰から熊たちがひょっこりと姿を現す。

 熊たちはそれぞれ自由に挨拶していたり、欠伸をしていたり、抱っこをせがむような仕草をしたりと様々な動作を見せている。

 一見抱きしめたくなるキュートなマスコットだが、その実触れた瞬間自爆して対象を氷漬けにする、あるいは溶岩の熱でドロドロに溶かしてしまうらしい。

 コースケ殿は一瞬後ずさろうとして、空中で足を浮かしたまま止めてゆっくりと前へ出す。まるで、後ずさることを禁じられているかのように。


「……成程。正式名称は分からないが、冷たい食器に暑いお湯をかけると割れやすいというアレだな」

「ええ、そうよ! さぁ、その正式名称『熱膨張』の(トラップ)をどう回避するのかしら!?」

「……ローゼルカ、マウント取れて嬉しそう……デイルハッドみたいだって隊長に怒られても知らないよ……」

「回避? いや、ここは……術者のお前達を発見して、叩き潰す!」


 コースケ殿はそう言いつつ、武器庫から新たな武器ーー小型の手斧を二つ引っ張り出し、両手に力強く握った。


「ダブル・トマホォォォォクッ!」


 ……この叫び声は一体何なんだろうか。マスターの世界に、こんな感じで武装名を激しく名乗る紙芝居でもあるのだろうか……?

 こほん。とにかく、凛々しい雄叫びと共に手斧を両手に構えたクロノウスは、歩を進めて木々の間を姉妹の影を求めて捜索する。

 だが、そうしている間にも当然熊たちが襲いかかってくる。果たして、勇者様は熊をどう撃退するのだろうか――!?


「簡単だ。熊単体ならば凍結か融解かの効果しか受けないのならば――片方の効果しか(・・・・・・・)受けないように(・・・・・・・)すればいい(・・・・・)!」


 そうして、コースケ殿は……

 右手は、凍結熊だけを。左手は、融解熊だけを。間違えないようにしつつ、それぞれ切り刻んでいった。

 どんどん白く凍り付く右腕と、ドロドロに溶けていく左腕。それに構わず、クロノウスは熊の胴体を切断し続けている。時折右腕、あるいは左腕の状態と反対の属性の熊がその方向に飛びかかるが、コースケ殿は慌てることなく立ち止まり、反対側の斧で叩き伏せていた。

 その一瞬の判断能力。冷静沈着さ、そして追い詰められてもなお前進出来るその勇気は、まさに勇者たる者の証左なのか。

 ――彼は性格的に勇者に向いていない。

 だが。彼の肉体的な能力は皮肉にも、勇者としての資質を指し示していた。まるで、運命が「その男を勇者とせよ」と言っているかのように。


「トマホォォォォクッ・ブゥゥゥゥメランッ!!!」


 またよく分からない……必殺技の叫びなのだろうか? と共に、勇者様が両手に持った斧を放り投げた。

 空中を旋回する戦斧は、しかし凍結・融解した腕ではコントロールは難しかったようで(元々勇者様の投擲武器の命中率が……うん)、片方の斧は地面に突き刺さることなく地面を滑り、もう片方の斧は途中にある木にスコンと突き刺さった。

 狙いを外した? 否。あるいは、それこそが狙いだったのか。


「う、うわぁ……っ!」

「バカ、ローゼリア……!」


 斧の突き刺さった木――から二・三本離れた木陰から、飛び出した影が一つ。あのライヴェリオは、グラウリンデ配下のローゼ姉妹……恐らくはその妹、ローゼリア女史のものだろう。

 となると、あの隣の木でバタバタと手足を動かしているのは姉のローゼルカ女史だろうか。

 ローゼリア女史は臆病かつ不安を抱える性質のようで、自分の近くに斧が刺さっただけで恐怖に飛び出してしまったらしい。近衛兵士としてどうかと思うが、まぁそこの判断はジン氏がするだろう。

 森林用バイクウィルダネス・オートバイのエンジンを吹かしてクロノウスの背中を追いかけながら、ふとローゼリア女史搭乗のライヴェリオの様子に気付く。

 何を差し置いても飛び出した――ように見せかけて、背後にいる姉の様子を冷静に確認している。そして周囲の地形も調査。恐怖で錯乱している風を装いながら、首を下げて足元の草や石の様子をしっかりと『見て』いた。

 これは――(トラップ)だ!

 私は気付いたが、声は上げなかった。これは勇者様を試す最終模擬戦闘だ。当然、先程のライヴェリオから怪しい空気を感じ取り、罠だと気付くかどうかも模擬戦の内容に含まれているのである。

 果たして、コースケ殿はこのライヴェリオの細かな動作に気付くのか否か……


「馬鹿め、押し通る!」


 コースケ殿はそう言って、武器庫から新たな武装を引っ張り出してそれを握ると、ローゼリア女史に向かって足を踏み出した。

 駄目だ、気付いてねえ!

 既のところでツッコミを入れそうになったが、グッと我慢だ。私は見物客などではなく、記者なのである。勇者様が罠に気付かないのならば、それをそのまま記事にするのが我が使命。私の声援で、その運命を強制することは許されない。

 そんなわけで、お口にチャック。オートバイの後ろに乗ったレヴェッカが不思議な顔をしていたが、私は気にしない。


「さあ、どこに逃げようというのか、ローゼリア!」


 コースケ殿が武器庫から引っ張り出してきたのは、古代東アジアで使用された柄の長い鎌、「()」……いや、違う?

 鎌の刃先は更に巨大で、およそ柄と同等の長さを誇る。刃は研がれて切っ先は鋭く、鎬の部分には不気味かつ魅惑的な謎の文様が描かれていて……

 って、もしかしなくてもこれは大鎌(ヒュージ・サイス)!? 剣や斧より取り扱いにくくて武器としては失敗作の烙印を押された浪漫武装じゃないか!

 こ、これは……ただでさえ右腕と左腕がボロボロの状態なのに、とんでもない武器を引き当ててしまったものだ。使い慣れた長柄の武器とはいえ、勇者様はこの武器を……


「フフフ……大鎌か。格好良いな……一度使ってみたかったんだよね……!」


 存外気に入ってるー!?

 コースケ殿はギリギリと不具合を起こしている両腕の指をワキワキと動かして動作を確かめながら、鎌を撫で上げてニヤリと笑っていた。こ、怖い。

 ま、まぁとにかく、勇者様は大鎌を手挟なずにそのまま所持するようだ。そのまま扱えるのかは激しく疑問点ではあるが、その答えはこれから分かるだろう。


「で……では! 行きますよ、勇者様……!」

「来いっ!」

雪原を征く板戦車ブレイクスルー・アイスフロー……! こ、氷の波に飲まれてください……!」


 我武者羅な感じで(フリなのだろうが)逃げていたローゼリア女史は、気合一発、己の進行上に氷の道を作り出し、そこに……あれは、サーフ……いや、スノーボード? を作成してそれに飛び乗る。

 そしてスノーボードを操作し、まるで海辺で波に乗るが如く、自身が作成した氷の道を滑り出した。凄いな、気分はまるで一流のスノーボーダーか?

 ムー大陸でスノーボードといえば雪山から物資を運ぶために使用される軍事道具を使用した雪上降下輜重輸送任務の際にスキーと同時に利用される板のことだ。イニミクスの消えた山では遊戯用としても利用されているというが……


「よっ、ほっ……フェーディン! 喰らってください、んぬぬ……氷の槌(アイシクル・ハンマー)!」

「食らうかよ! 鳴り響け、俺の(たま)喰いの大鎌……ええーと……『黒彼岸花(くろひがんばな)』!!!」


 な、なんだか大層な名称を既に付けていらっしゃるー!?

 ええと、確か彼岸花は勇者様の出身国である日本において秋の彼岸の頃に満開になる花の名前で、主に墓地の周辺によく咲いていることから「不吉」「縁起の悪い」花と呼ばれている……だったか。

 しかし、何故『黒』彼岸花なのだろう。紫色ならともかく。コースケ殿のお持ちの大鎌は金属が剥き出しで、到底「黒」とは呼べない代物なのだが……?

 ちなみに、ローゼリア女史の台詞「フェーディン」とはかつてこの大陸に君臨していた伝説の皇帝ラ・ムーが戦いの際に使用していた「掛け声」だと伝承では教えられている。実際のところはどうだったのかは不明だが、言いやすいことから現代でも前線の兵士たちは自らにやる気や執念を起こしたり、気合や魂、勇気を心の内に燃やしたりといった精神的な向上を目的とした掛け声として重宝されている、

 日本語で言うところの「えいやー」、英語でいうところの「ガンホー」に意味合いは近い。


「行きますよ……怪我しないでくださいね!」

「舐めるなっ!」


 スノーボードがクロノウスの真横を通り過ぎる瞬間、コースケ殿の大鎌と、ローゼリア女史の作り出した氷の槌が激突する。

 大釜の刃先が槌のど真ん中に突き刺さる。本来ならば槌の威力に鎌が負けてしまうところだが、そこは念動力で製作された槌。どうやらローゼリア女史の作った氷の槌(アイシクル・ハンマー)はスノーボードを操りながら作成したせいか強度に問題があったらしく、コースケ殿の振るった大鎌は見事、槌を破砕した。


「きゃあ!?」

「っしゃあ!」


 ローゼリア女史が悲鳴を、コースケ殿は歓声を上げる。

 そのままスノーボードで通り過ぎたローゼリア女史のライヴェリオは、まるで万雷機士(ガルヴァニアス)のように大掛かりなグラインドで氷の道を作成しつつ、反転して再びクロノウスと激突するコースを滑っていく。

 再び両手に力を込めて、集中と共に念動力で氷の槌を作成。右腕でそれを構えつつ、左右に揺れて進軍してくる。

 対するコースケ殿は鎌を後方に構え、一撃必殺で薙ぎ払う姿勢だ。果たして、どうなるのか。またも大鎌が氷の槌を砕くのか、それとも氷の槌がクロノウスに炸裂するのか。

 その時、ガクンとライヴェリオの姿が跳ねた。慌てて姿勢を戻すローゼリア女史、そして――


「ッ!!!」


 んんっ!? クロノウスが……真横に跳んだ!?

 と、次の瞬間。先程までクロノウスが立っていた位置に、突然石壁が前後に生じた……と、その石壁が挟み込むように、倒れ込んで来たではないかっ!!?

 当然、クロノウスを取り逃がした石壁は空を挟んで崩れ落ちる。と、遠くの木の陰から「エ゛エ゛ッ!?」と汚い声を上げながら、転がり出てくる人影。

 あれはグラウリンデ隊最後の一人、ローゼルカ女史のライヴェリオだ。

 ローゼルカ女史は近場の岩にライヴェリオをもたれかけさせながら、納得出来ないといった態度で右手の人差指をクロノウスに突きつけてブンブンと振っている。


「な、なんで避けられるのよー!? も、もしかして勇者様ってば、私達の罠に気付いていたわけ!?」

「そう、気付いていたさ!」

「やっぱり!」

「……と言うのは簡単だが、勇者は嘘をつかない。僕はまったく、気付いていなかったとも!!!」


 勇者様! そんな情けない事実を堂々と!!!

 い、いや、閑話休題。その発言を聞いたローゼルカ女史は信じられないといった様子で首を左右に揺らしつつ、


「じゃあ! じゃあ、なんで念動力の使用がバレたのよ!? インチキでも使ったってわけ!?」

「お前の仕掛けた罠にはまったく気付かなかった僕だけど、お前じゃなくてローゼリアが不審なのには気付いていた。例えば氷の槌を作るとき、あんな強度なのに必要以上に念動力を集中したりしてな」

「へ……?」

「先程ローゼリアがスノーボードを動かしていた際、バランスを崩す場面があった。スノーボードの操作が見るだけで上手だと分かるローゼリアが、あんなことでバランスを崩すだろうか? 僕は何かの罠を察知して横に飛び去ったんだけど……まさかローゼリア、お前が罠を仕掛けていたとはな。ローゼルカのアレは何かしらの合図だったようだ。まったく……何かしらの罠が潜んでいてくれて助かったよ。そうじゃなかったら、非常にかっこ悪い姿を見せるところだった」

「じゃ、じゃああんたが罠に気付いたのは……!?」

「? さっき言っただろう、ローゼリアの様子が不審だったからだ」

「ローゼリアー! あんたが原因なんじゃないの! 私悪くないじゃない!」

「あわわわわっ、ごめんなさい、ローゼルカーッ!!!」


 ローゼルカ女史が激昂したかのように肩を怒らせてローゼリア女史を起こり、ローゼリア女史はそんな姉の様子に震え、いつの間にやらスノーボードを降りて縮こまっている。

 懐かしいなぁ。私にもトーマスという兄がいるんだが、これがひ弱でガリガリな肉体の癖に内弁慶で、私はよく部屋を片付けろだとか、庭の草むしりを手伝えとか怒鳴られていたっけ。

 筋肉量は当時からスポーツをやっていた私のほうがあったし、実際に喧嘩をしていたらきっと私が勝利していただろうが、「兄」という立場は強権を持つらしく、私は抵抗出来たことは一度も無かったな。今頃何をしているのだろうか……

 っと。郷愁に浸っている場合ではない。相変わらず地面に縮こまって怯えているローゼリア女史に、その上からガミガミ文句をつけているローゼルカ女史。

 さて、クロノウスは? ふむ、居た。大鎌を、振りかざして、彼女たちの背後に立って……死角から、大鎌を振るって……!

 ガキン、という音と共に大鎌の動きは中途半端な位置で止まる。そのまま動いていれば二機のライヴェリオの首を刈り取れたであろう大鎌の動きを止めたのは……熊?

 あれは、色合いからしてローゼルカ女史の瞬間融解雌熊(メルティング・ベア)。それが鉄の棒を持ち、大鎌の刃の根本部分に鉄の棒を差し込んでそれ以上の動きを食い止めている。

 必死に大鎌の動きを堰き止めている熊の様子はキュートだが、そんなことは言ってられない状況だ。だからベッキー、その部分をアップで写真連打するのは止めなさいっ!


「人が妹に説教している最中に! 首を狙うなんて、勇者様がずいぶんと無礼な真似をするじゃないの!」

「ああ……すまない、勇者らしく無かったか? ただ、隙だらけだったものでな……つい」

「さっきから苛つくことを……頭にきたわ、トサカにきたわ!、ここで片付けてあげる!! 瞬間融解雌熊(メルティング・ベア)、全機起動!!! ローゼリア、あなたも突撃なさい!」

「は、はーい! 瞬間凍結雄熊(フリージング・ベア)、全機起動! 行きますよ、勇者様!」

「礼を失したならば謝罪もするが……これは模擬戦闘の最中だ、多少の舌戦は挑発の一種として許してもらおう……うん。このクロノウス、勇者としてお前らの挑戦を受けて立つ!」


 クロノウスが大鎌を構えるのと同時、ローゼルカ女史は数多くの瞬間融解雌熊(メルティング・ベア)を率いて前進、ローゼリア女史もまた瞬間冷凍雄熊(フリージング・ベア)を伴に、は再びスノーボードに飛び乗って加速する。

 先にクロノウスに接近したのはローゼリア女史だ。氷の槌(アイシクル・ハンマー)を振りかぶり、周囲の雄熊たちも飛びかかろうとするこの状況、果たして勇者様は――


「念動疲労直前だっていうのに……っ! あまり無理はさせてくれるなよなっ!」


 こ、これは!?

 コースケ殿は左腕にサイコバリアを発生させると、ローゼリア女史の攻撃より僅かに早く届いた雄熊たちの突撃を防ぐ。

 そしてそのまま、


「光輝飛翔! サイコバリア・バッシュ! 吹っ飛べぇっ!!!」

「そ……そんなっ!?」


 宣告のデイルハッド戦で見せたシールドバッシュで、一気に爆発寸前だった雄熊たちを前方へと押し退けた!

 そしてその前方には、氷の槌を振り下ろそうとするローゼリア女史のライヴェリオが……!


「まさ、か……っ!?」


 盾の勢いに押されてスノーボードからふっ飛ばされたローゼリア女史は、そのまま雄熊を挟むような形で自爆させてしまい、全身氷漬けになってしまう。

 慌てたのはローゼルカ女史だ。ローゼリア女史の助けを求めるかのように差し出された手を掴もうと、ローゼリア女史は咄嗟に腕を伸ばし、


「その隙を、見逃さないっ!!!」

「あ……っ!?」


 ローゼルカ女史が気が付いたとき、クロノウスは既に彼女の真下に接近していた。

 慌てて瞬間融解雌熊(メルティング・ベア)に指示を出そうとするが、コースケ殿の言うとおり、その行動はあまりにも遅すぎた。

 大鎌『黒彼岸花』が三日月を描き、首を狩るために振るわれる。果たしてその結末通り、ローゼルカ女史のライヴェリオは死神に狙われた生贄が如く、首をもがれて佇んでいた。

 まさに、一瞬の早業。思わずバイクの運転を忘れて拍手を送ってしまったほどに、コースケ殿の大鎌を使った動きは圧倒的で、流麗だったのだ。

 そのまま、勇者様は返す刀で凍結して動けないローゼリア女史のライヴェリオの首までももぎ取り、二機のライヴェリオがこれで行動不能となる。


「ローゼルカ、ローゼリア、アウト! 二人の連携攻撃は中々だったが、罠を見破られてからの行動は杜撰だったな!」

「私は悪くないわよ、全部ローゼリアのせいですー!」

「もー! ローゼリアったら、自分は雌熊がいいって私に雄熊を押し付けておいて、負けた責任まで押し付けるつもりー!?」


 負けた二人がわーきゃー言い合っている。醜い……妹が心配で姉が手を伸ばした瞬間は、麗しい姉妹愛だとちらりと思った自分が恥ずかしい。

 あ、さて。そんな二人の勝利者となった勇者様であるが、フラフラとした動作でゆっくり立ち上がる。どうやら、先程のサイコバリア発生が脳に衝撃を与えたらしい。

 念動疲労一歩手前という話だが、あのサイコバリアがトドメの一撃とはならなかったようだ。ひとまずは安心、といったところか。

 大鎌に突き刺さったままの頭部を抜き取り、ほぅ、と一息。さて、これで残りは――


 ひゅん。


 と、風の音。

 ふと右のほうに僅かにズレたクロノウスの、左腕と腰の隙間を弾丸がすり抜ける。

 すぐさまクロノウスが大鎌を構えて振り向くと、木々の向こう側に巨大な人形の影。あれは――最後に残った一機、セレベタル氏のライヴェリオ!


「くっ……胴体直撃を狙ったのですが、運の良いことで……っ!」

「え、あ、セレベタル……か。狙っていたのか……」

「しかし、仲間が全て倒されたとは言え、まだまだ一発に賭けますよ、私は! 果たしてこの森の中、私の姿を見つけることが出来ますかな……!?」


 言いつつ、セレベタル氏は光学迷彩(カメレオン・クローク)でまたも姿を周囲の自然と同化してしまう。

 むぅ、あれは厄介だ。銃撃の瞬間は迷彩が解除されるといっても、それまでは透明なのだ。果たして、勇者様はどうやって自然の中に隠れるセレベタル氏を見つけるのか――

 と、クロノウスの様子を伺えば――コースケ殿は何事かきょろきょろ周囲に視線を巡らせつつ、しきりに首を捻っている。

 何かを探しているのだろうか?


「勇者様! どうか致しましたか!?」

「え、あ、いや……声が聞こえた気がして……」

「声?」

「『危ない、右に避けて(・・・・・・・・・)』って……それで銃撃を回避出来たんだけど……」

「声? はて、私には何も。レヴェッカは?」

「……(ブンブン)」

「……気の所為だったのかな? そうだよな、いきなりあんな声が聞こえるはずもないか……」


 勇者様は納得した様子で、それでもまだ浮かない調子のまま、木々の間を駆け出した。

 バイクで追いかけながら、私もまた、同様に首をひねる。

 声が聞こえた? 何のことだろう。

 背後のベッキーが私の肩をぽんぽんと小突く。おっと、運転に集中しないといけないな。






「もぐもぐ……ああもう、森の中の様子がまったく分からないッス! グラウリンデ隊は教育がなってないッスね!」

「ぱくぱく……ああん? 何よ、模擬戦闘っていうからにはその場にある地形を使うに決まってるじゃないの。私たちの視界を気にして平地でしか戦わないような、そんなヤワな鍛え方はしてないっての」

「んん? うちのシュリィ隊、ひょっとして喧嘩売られてるッスか? ンンン!?」

「おぅ? 喧嘩売ってると思われたのなら別に売ってあげてもいいわよ? あんたみたいな脳筋が私のトラップを見破れるのか見ものだわ? オォウ!!?」

「ンンンン!!?」

「オォォウ!!?」

「もう、二人とも。食べるのか喧嘩するのか、どっちかになさいな。あんまり口が過ぎると、おやつはこれで終わりにしちゃうわよ?」

「ん。いやー、ヒナナちゃんには敵わないッスねぇ。むしゃむしゃ」

「ヒナナのおやつは私たちの喧嘩よりも価値があるわよ。ぺろり」


 所変わって、こちらは先程までクロノウスが居たグラウンド。

 試合を観戦していた3人娘は仲睦まじ気に、ヒナナの作ったおやつ(ゴマ団子)をつまみながら口喧嘩を繰り広げている。

 彼女たちにとってこの程度のやり取りは日常茶飯事、特に本気にすることもないじゃれ合いの一種だ。

 ところが、そのような事情とは知らずに怯えている少女が二人。


「あわわわわ……シュリィ様とグラウリンデ様、めっちゃ怖ぇ……!」

「ど、どうなったの? 結局喧嘩は回避されたわけ!? 全面戦争にならずに済むの!!?」


 ヒナナ隊配下のクゥシンとシュリィ隊所属のメルボアが、抱き合って震えている。

 互いに手を握り合って悲鳴を上げる姿は見る者が見ればほっこりする絵面なのだろうが、恐怖に打ち震えているようにしか見えない。


「……言動の端々に殺気が籠もっているかどうか、探ってみれば分かる話だろうに……」


 そんな彼女たちをジト目で見つめるのは、シュリィ隊のゼルグラック。

 一昔前のビジュアル系のように前髪の半分を白く染め上げた髪の毛をかき揚げ、小さくため息を漏らすその姿に、


「いやいや、そんなの分かるのはゼルグラックだけだって……」


 ツッコミを入れるのはヒナナ隊配下、フレミア。

 その一見少女と見紛う容姿は親しい者に見せるようにリラックスした表情で、楽しげに笑う姿は絵画に描かれる乙女そのもの。


「ふぅ……皆さん、お疲れ様です」

「お、デイルハッド。お疲れさん、いい感じに勇者様を追い詰めてたじゃないか」

「はは……しかしいらぬ言葉をぶつけすぎました。あれでは煽っていると取られても仕方ありますまい」


 その時、ふらふらと一団に接近する人影。グラウリンデ隊所属のデイルハッドだ。

 短いく切り取った髪の毛を撫で上げ、精神的に疲労した様子を見せているのは、先程まで遠くから聞こえてきた怒鳴り声と関連しているのだろう。

 デイルハッドを迎え入れたシュリィ隊筆頭軍人、スビビラビは苦笑した顔を見せる。背が高く筋肉質な彼は隊員たちのムードメーカーであり、自身もそれを承知でリーダーらしい行動を取ることもある。

 今回の出迎えがまさにそれだ。ジン隊長、そして機体(ナーカル)の整備を任せている整備班グループににしこたま怒られ消沈しているデイルハッドを慰めるのは自分の役目。周囲からそのような視線を感じ、実行したという形だった。


「さて……ここからじゃ戦場の様子が見えないけれど、ローゼ姉妹のどちらも撃沈したようね。残すところはセレベタルおじさんのみ、か」

「あのオッサンがどこまで勇者様に食い付けるかだなー。戦闘の様子を見てたけど、勇者様、防御方面に関してはかなりやり手のようだったし」

「それでも相手はライフル銃だぜ? 俺はオッサンが一矢報いてくれると期待しているんだけど」

「……勇者様の技術は眼を見張るものがある。必ずや、全ての攻撃を防いで勝ってくれるだろう」

「そうよねぇ。相手のサイコバリアを削るゼルグラックの時空の念動力が一切通用しなかったからねぇ」

「……ッ!!!」

「睨むなー、ゼルグラック」

「しかし、アレだな。私達は仮にも護衛部隊を選ばれるほど熟達した騎兵集団なのに、戦闘を学んで一ヶ月程度のコースケ殿に言いようにやられちゃってるわけだ」

「…………」


 クゥシンがぽつりと漏らした言葉に、皆は一様に押し黙る。

 この最終模擬戦闘は、一番は当然オトナシ・コースケが実戦に出られるかの選別試練なわけだが、その他に彼ら護衛部隊の戦技テストも兼ねているのだ。

 即ち、近衛兵士として本当に必要なものを持っているのか否か。

 彼らは戦場を渡り歩いて活躍してきたエリートだ。色々な勲章を獲得しているし、どのような死地に投げ込まれても生き残ってきた実績を持っている。例え相手が虹の七騎士であろうと、無残にやられてしまうような自尊心は持ち合わせていなかったし、負けたことを「相手が虹の七騎士だから」と納得することは己の誇りが許さなかった。

 今日、彼らは敗北した。いくら本気の殺し合いではなかったとはいえ、戦場を一度経験しただけの素人に、見るも無残な敗北を喫してしまったのだ。

 言い訳することは簡単だ。相手は神話の時代より語られる虹の七騎士。カメラマンが付くから勇者様をズタボロに敗退させるなというジン隊長の指令。そして、相手を素人と見て意図的に手を抜いた己の油断。

 ぐっ、と手に力が籠もる。

 馬鹿か、自分は。あの勇者様の実力が足りないと思うなら、散々に打ち倒してそれを告げるべきだった。半分遊びのような気分で挑み、そしてズタボロに敗退した。『過程』は無意味であり、その『結果』だけが、彼らに伸し掛かっている。


「……強く、ならないとな」


 それは、誰の台詞だったか。

 敗北を恥じ、クロノウスへの再戦に燃える一同は皆、失ってしまった己のプライドを奮い立たせるために心に情熱を燃やしていた。

 もうすぐ、結末の声が届くだろう。

 だが、その結果は、その場にいる誰しもが、何故か『分かる』ような気がしてしならなかった。





「や、やっと追いついたぞ……っ!!!」

「くっ……! 流石ですね、コースケ殿……! しかし、そちらも相当フラフラしている様子……!」

「当たり前だ……っ! 人がどれだけ念動疲労一歩手前の状態で苦しんでると思ってやがる……!」


 グラウンド周辺の林の中。

 木々や地面の草などのこびりついた痕跡を辿り、ようやくセレベタルの逃げた方角が分かったのが数分前。

 以降、クロノウスは『まっすぐ』その方向に前進し、ようやくセレベタルの影を捕らえたのだった。

 生えていた木々は薙ぎ倒され、哀れ元大木としての残骸を晒すのみ。すまない、後で木材として何かに利用するからな、としか鮫介は思えないものの。とにかく相手をクロノウスの全長より背丈のある大樹の根本に誘導することに成功した。

 後は、倒すのみ!


「行くぞっ! 直線、貰った……!」

「甘いッ! 何故直線に誘い込んだのか、見せてあげますよッ!!!」


 言いながら、セレベタルは長射程ライフルを構える。

 銃の種類はさっぱり分からないが、あれの射程や弾速、照準の正確性などは既に自分で実地済みだ。

 とても危うい、が……間に合う、行ける!


「突撃ッ!!!」

「向かってくるかッ!!!」


 クロノウスはライヴェリオへと接近するため、猛速で距離を詰めた。

 相対距離、30メートル。






(私はやられるだろう……だがっ! その頑強なる装甲をぶち抜いてみせますよ……っ!)


 05式短機関銃【ルーテン・ゼクシァ】を構え、セレベタルはニヤリ、と壮絶な笑みを浮かべる。

 生い茂る木々をぶち抜いてまっすぐ進撃するクロノウスには驚かされたが、最終的な立ち位置は想定通りだ。問題はない。

 この場所からクロノウスの現在地まで、横は木々が生え揃っていて飛び退いたりは出来ず、背後は大樹が鎮座しており、頭上は太い梢が簡易テレポートを邪魔している。

 即ち。クロノウスに、銃撃を回避する術は無いのだ。

 今の状態ならば空中に逃げる手もあるが、それもライフルを空中に向ければ済むだけの話。サブマシンガンの銃撃は、必ずやクロノウスの装甲に直撃してペイント弾の証を刻むことだろう。

 相対距離、20メートル。


(私、勝利――ッ!)


 手にした【ルーテン・ゼクシァ】の引き金に指がかかり――






 私は見た。

 正面から走って近づくクロノウスと、それを狙う短機関銃を構えたライヴェリオ。その行動の、一部始終を。

 ボロボロになった両腕で、クロノウスはサイコバリアを発動していた。クロノウスのサイコバリアは大型で、足元以外はすっぽり収まるサイズはある。


「サイコバリアは割れやすい、その特性を忘れたわけではあるまいにっ!」


 ライヴェリオの銃撃。

 ペイント弾が高速で発射され、サイコバリアに命中。その乱射速度に右腕のサイコバリアがヒビ割れ、左腕のサイコバリアもまた砕け散る。

 その瞬間、クロノウスは短く握った大鎌を手の中で滑らせ、大きく振りかぶる。相対距離3メートル、これで――


「隙だらけ、ですよっ!!!」


 否。ライヴェリオの銃撃のほうが僅かに早い!

 猛烈な銃声と共に発射された弾丸がクロノウスの巨体を狙う。あまりにも音が五月蝿すぎてこちらの耳もおかしくなってしまいそうなほどの衝撃。

 哀れ、クロノウスはペイント弾の直撃を浴び、その場に崩れ落ちる……いや。

 いや?

 なんだろう? 何かが……不自然だ。

 あの勇者様が無策で飛び込んで倒れるのはおかしいとか、そんな話ではない。何かが、物理的に……おかしい、ような……?


「シャープ、あれ」


 その時、バイクの後部座席から写真を撮っていたレヴェッカが慌てたように私の服を引っ張る。

 一体何ごとかとレヴェッカを振り向くと、我が愛する妻は驚愕の表情で人差し指であらぬ方向に向けていた。私がその方向に視線をやると……


「なっ!?」

「こ、これは……!?」


 同時刻、セレベタル氏も気付いたようだった。

 唖然としたその視線の先には、私と同じものが見えていたのだろう。即ち――

 ――ペイント弾の命中した痕跡が、クロノウス背後の岩場に残っている。

 クロノウス撃墜後に発射された無駄玉の痕だろうか?

 いや、その痕跡はクロノウスの隣の木々などに残っている。クロノウスが倒れ込む瞬間には銃撃は止んでいたし、こんな岩場に付着することなど、クロノウスの存在が(・・・・・・・・・)その場に無い限りは(・・・・・・・・・)……ッ!!!


「ま、まさか……っ!?」


 セレベタル氏が驚愕している。そして、私も。

 私が感じた違和感。それは、ペイント弾が命中したというのに、クロノウスから何も反応が無かった(・・・・・・・・・)ということ。装甲にぶち当たる音は、まったく聞こえなかったのだ。

 私はそれが、セレベタル氏の短機関銃による銃声でかき消されたからだと思っていたが……もしも。ああ、もしも、クロノウスにペイント弾が当たっていなかった(・・・・・・・・・)のだとしたら。

 クロノウスをすり抜けた弾丸は、この位置――背後の岩に激突して破裂する。即ち、ここにクロノウスは存在しなかった(・・・・・・・)。つまり、この倒れたクロノウスは――!!?


「ファ、幻影体(ファントム)……!?」

「気付くのが遅いぜ、セレベタルさんっ!!!」


 声。勇者様の声が、セレベタル氏側の方角から聞こえる。

 私の位置から見えないが、セレベタル氏の背後、足元に、四肢を折りたたんで、クロノウスがそこにいるのだろう。

 ならば、この場で倒れ伏したこのクロノウスこそ、セレベタル氏の発言通り幻影体――ファントムということか。


「行くぜ、黒彼岸花っ!!」

「まさか……っ!? これが、勇者……っ!!!」


 そして、静音。

 ああ。見えなくても、聞こえなくても、その結末ははっきりと分かる。

 鮫介殿が、大鎌を振るったことも。セレベタル氏が振り向き際、手にしたライフルを突き付けようとしたことも。




 そして――大鎌が見事、セレベタル氏の操作するライヴェリオの「首」を、刈り取ったことも。




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