最終試練(中編)
激戦は続いている。
クゥシンを失ったメルボア女史、そしてスビビラビ氏のライヴェリオが同時にクロノウスに斬りかかったのだ。
クロノウスは後退してそれをかわし、両腕の使えなくなった武装(先程クゥシン機を仕留めるとき、お優しいことにロングソードの腹の部分で殴ったのだ。おかげで剣先が微妙に曲がったらしい)を捨て、武器庫から新たなる武装をチョイスする。
引っ張り出してきたのは、全長三十メートルを超えるクロノウスよりも遥かに長い柄を持つ槍だ。全長は目視でおよそ五十メートル、柄の先で刃が鋭く銀色に鈍く光っており、早く敵を切断したいと喚いているかのように怪しく輝いている。あの形状はかつてイニミクスの侵攻前、ユーラシア大陸の大半を収めていたという大清帝国に古来より伝わる「大刀」であろう。
大柄の武器は扱うのにもそれなりの習熟は必要だ。果たして、勇者様は……
「せいっ! はーっ!」
「な、くそっ……!?」
クロノウスは槍を右に左に自在に持ち替え、連続突きを放ったと思ったら上段からの振り下ろし、相手のガードが上方に集中したと感じたならば即座に下段を払う。メルボア女史、そしてメルボア女史を援護しようと接近したスビビラビ氏を追い散らしていた。
姿勢を低く保ち、刃先を前に突き出して構えるの姿は、間違いなく槍術の経験者だ。まさか勇者様は、自分の世界で槍術を学んでいたのだろうか?
「槍術、上手いっスね勇者様!?」
「昔、響太郎と一緒に町の道場に通っていたことがあってな。まさかこの世界でその技術を活かすことになろうとは、思っても見なかったが」
スビビラビ氏の軽口に、真面目な口調で答えるコースケ殿。
成程。
以前にコースケ殿より聞いたことがある。アサヒ・キョータロー、コースケ殿の親友にして超えるべきライバル。どうやらコースケ殿はそのキョータロー殿と並んで道場に通い、武芸を師事していたようだ。
イニミクスとの戦いも存在しない平和な世界と謳われるコースケ殿の故郷、日本。だが訓練自体は本格的なものだったらしく、コースケ殿は一瞬身体――機体の装甲をぶるりと震わせ、何かを思い出すように遠くを見ている。修行が厳しかったのかな?
「ま……まだまだ行くぞっ! それ、うりゃぁっ!」
「ちぃっ!!! もうサイコバリアが限界だ……っ!?」
コースケ殿の連続攻撃に耐えていたスビビラビ氏だったが、彼の大刀がついに多重サイコバリアを粉々に砕いた。サイコバリアはその全てが砕かれた時、多少のインターバルを置かないと再び発動することは叶わない。これが、イニミクス相手に我々が無双出来ない理由でもあるのだが……
サイコバリアを砕いた瞬間、クロノウスの攻めがかなり苛烈になる。スビビラビ氏の裏側からフレミア女史……失礼、フレミア氏の銃弾が飛来するが、クロノウスはこれも空間膨張の念動力でしっかりと回避。
遅れれば銃弾は回避出来ず、早すぎれば空間が膨張していない箇所を狙われそうだというのに、念動力を使用するタイミングは完璧だ。これを習熟するのに、一体どれ程の訓練を重ねてきたのだろう。
「銃弾は効かない……ならば、最終奥義!」
「むっ……!?」
「第三の腕起動……雷鳴剣! この雷の剣を、かわせるか――っ!?」
フレミア氏はあの決闘の会場で披露した奥義、雷鳴剣の念動力を行使した。その右肩後方に第三の腕が生じ、そしてその腕が剣へと変化する。更に右腕には炎を帯びた長剣、左手には氷で形作られた刃が発生している。
フレミア氏のライヴェリオが発生させた三つの刃に、槍を油断なく構えて集中するクロノウス。果たして、激突の行方は――
「行くぞっ、コースケ様!」
「その技は、決闘の際に一度見ている!」
「な、何ぃ!?」
クロノウスは――右腕に時空の力を込めて氷の刃を掴み、左腕にサイコバリアを発して炎の剣をガードする。だが、それでは一手足りない。右肩から伸び上がる雷の剣を、どう回避するのか――と。
コースケ殿が左腕を下ろし、発生させていたサイコバリアを地面に突き刺す……と、次の瞬間。そのサイコバリアを切り離し、フリーとなった左腕で雷鳴轟く電撃を帯びた刃を掴んだのだ。
「ば……バカなっ!? サイコバリアを……!?」
「奥義は何度も晒すものじゃないぜ!」
驚愕しているフレミア氏に対し、クロノウスは頭突きを放つ。
たたらを踏んで後退をしたライヴェリオに、すかさず必殺の一撃。槍の腹の部分で右肩を強く打ち付けられたフレミア氏は、がっくりとその場に崩れ落ちる。
「フレミア、アウト! 雷鳴剣は軽々しく見せないようにと忠告したのに……!」
「クソォ! だからって……サイコバリアを切り離すとか、アリかよっ!?」
フレミア氏が悔しそうに地面を叩く。その意見には、私も大いに頷かざるを得ない。
利き腕に武器を構え、利き腕と反対側の腕に盾を持ち、胸にはイニミクスに対抗するための勇気を掲げる。これが対イニミクスにおいて必要となる騎兵の装備と言われている。
盾は常に利き腕の逆側に構えてイニミクスの攻撃に備え、盾を失うことがあればそれはイコールイニミクスに噛み殺されるのと同義。なので盾は常にしっかりと握りしめ、手放さないのが我々の常識だった。
この異世界の勇者殿はそんな我々の常識を覆すかのように、その盾をその場に捨てるという行いに至った。
我々の常識に当てはめて考えれば、これは異常な行為である。だが、勇者殿はためらうことなく行った。何故か? そのほうが強いからだ。
左手の盾で相手の攻撃を防ぎつつ、その場に盾を残して左手をフリーにしたほうが何かと便利……勇者様はきっとそのように考えたのであろうが、盾は手放さないものという常識に囚われた私達にとっては、まさに恐るべき一手だったのだ。
「さあ、次はどいつだ!?」
「くっ……盾が使えない以上、攻めなければ負ける! 援護しろ、セレベタル、スビビラビ、メルボア!」
コースケ殿が周囲を睥睨して雄々しく叫ぶ、と、それに呼応したかのように飛び出した機体があった。ナイフを構えた――あれはゼルグラック氏のライヴェリオだ。
目を見張る速度でクロノウスの足元に接近したゼルグラック氏は、銀色に光るナイフを振りかざしてクロノウスに襲いかかる。対するクロノウスは槍を短く持って嵐のような連撃に対処しているが、それは悪手だ。槍で近接戦闘は行うべきではなく、あそこは距離を離すために後退するべきだった。
当然の帰結として、クロノウスは不利な状況に陥った。援護の銃撃は左腕に貼り直したサイコバリアや空間膨張でどうにか回避しているものの、それで片腕を取られては重量ある槍を思うようには操作出来ない。ナイフの攻撃を、槍の柄の部分で受け止めるのが精一杯だ。
しばらくはどうにか防いでいたものの、ついに限界点に達してしまい――
「つぇい!!!」
「おぉ……!?」
大刀の刃の部分が、空中を飛んで地面に突き刺さる。
ただの金属の棒と化した柄の部分を見て呆然としているクロノウスを尻目に、ライヴェリオはくるくると回転しながらクロノウスと距離を取る。カッコいいな、何だアレ。
「我が操るナイフ、そして時空の力に切断出来ぬもの無し……! これで……」
「おらぁ!」
「ぐほっ!?」
時空の念動力を備えているらしいナイフを見せびらかし、余裕の態度を撮っていたゼルグラック氏が、突然吹き飛んだ。
吹き飛ばしたのは、当然クロノウス。クロノウスが……切断された大刀の残された柄を用いて、眼前のライヴェリオを弾き飛ばしたのだ。
「や、刃を失った柄で……諦めが悪い……っ!」
「一つ、言っていなかったが。僕は元の世界で、槍術の道場には通ってなかったよ」
「…………?」
「僕が通っていたのは古武術の道場。その武具使用コース、棒術を学んでいたのさ。だから刃のありなしは、関係……ないっ!」
「なぁ!? こ、この……うぉ!?」
これは驚いた。
コースケ殿が前の世界で学んでいたのは、槍術ではなく棒術だったらしい。その割に大刀の扱いが上手かったのは、棒術コースに槍術の訓練も混じっていたのだろうか?
兎に角、大刀が折れてもコースケ殿には関係のないことが分かった。クロノウスの半分しかない全長の機体を、コースケ殿は刃を失った大刀で巧みに突き、払い、薙ぎ、しっかりと命中させている。
激しい攻防の連続は、終焉もまたすぐに訪れた。
クロノウスの放った強烈な突きは対峙するライヴェリオの左目のカメラアイを抉るように突き刺さり、同時にライヴェリオの振るったナイフが大刀の柄を真っ二つに切断する。
クロノウスは右手の鉢のような長さの柄を投げ捨て、同時にライヴェリオはがくん、と地面に膝を付く。それを確認し、ジン氏が大声で宣言した。
「ゼルグラック、アウト! 相変わらずナイフの修練は見事なものだが、その腕前に頼りすぎたのが敗因だな!」
「た、隊長! 我はナイフだけが得意なわけではなく!?」
「はいはい、そうだな。武器全般の扱いが上手いな、お前は。後で聞いてやるから、邪魔にならないよう下がってろ」
排除となったゼルグラック氏がジン氏にぶつぶつ文句を言っているが、ジン氏は取り合わない。
しかし、ゼルグラック氏のナイフの扱いは凄まじいものがあったな。こっそりナイフ・マスターの称号を与えておこうか。くるくる回ったりといちいち格好付けるのはどうかと思ったけども。カシア家特有のポーズを付けるドランガ氏リスペクトなんだろうか。
コースケ殿はその間に残った柄を捨て、武器庫へと走って新たな武器を拾い上げる。この度拾ったのはまた複雑な形状の武器だった。アルファベットの『T』の字のような形をしており、腕を超す長さの鉄製の棒に握り手を付けたようなデザインをしている。
あれはリューキュー王国……いや、オキナワ県だったか。そこに古来より伝わる打突武器、トンファーだ。攻防一体と噂されるあの武器を、コースケ殿は使いこなすが出来るのだろうか……?
私はごくりと唾を飲み込み、メモ帳とペンを握る手に力がこもった。果たして、迫り来るスビビラビやメルボア氏を相手に、コースケ殿が取った行動は――!
「くっ……そりゃ! ……あっ!?」
「はははっ! それは、ちょっと回転しすぎッスよ!」
「うるさいっ! ぐっ……でりゃ!」
「今度は回転が足りてないわよ? チャンスじゃない、もらったわ!」
おおっと……これは……ここまで調子の良かった勇者殿だったが、どうやらトンファーの回転にはあまり熟達してないようだった。
防御は、はっきり言って上手い。相手のライヴェリオの連携攻撃を見事に受け止め、弾き返している。しかしその後の反撃が……うん……勇者殿の名誉を傷付けないために詳細を伏せておくが、とにかく……酷い有様だった。
相手の攻撃を受け止め、いざ反撃とばかりに防御に使っていたトンファーを回転……させるが、回転が上手く行かずに棒が行き過ぎてしまったり、逆に回転不足で中途半端な位置で止まったり……と、彼の望む形状にトンファーがなってくれないのだ。
結局、何度か打ち合った時点で、彼はトンファーを放り投げてしまった。
その後も、様々な形状の武装が武器庫から出現したのだが、どれも勇者様には扱えない代物だったようだ。単純なダガーやナイフ二刀の他、十七~十八世紀のヨーロッパで使われたソードブレイカー、古代インドから伝承されている金属の輪チャクラム、ネパールの高知民族が使用していたとされるククリ、果てはコースケ殿の生まれた日本に代々伝承してきた十手などなど。私が世界各地の武器マニアじゃなければ名前も知らないような武装がわんさか飛び出してくる。この武器庫を作った樹甲店という店の店長も、相当な武器マニアなのかもしれない。
コースケ殿は相変わらず防御方面でそれらを扱うときはしっかりと攻撃を防いでいたが、攻撃に転じようとすると途端に駄目なようだった。ダガーやナイフの二刀流はスビビラビ氏にはたき落とされ、ソードブレイカーはメルボア女子のナイフをがっちりと掴んだが、刃を折ることが敵わず武器を引き抜かれてしまう。チャクラムはセレベタル氏の投擲したダーク(投擲剣)を弾き飛ばす快挙を見せたが(クロノウスはその後数瞬驚いたように固まっていたので、偶然だったのだろう)、その後のチャクラム投擲は外れた……というより、的を狙ってすらいなかったと言うべきか。
ククリは持ち手を逆に構えてジン氏に指導されており、十手に至ってはメルボア女子のナイフをソードブレイカーと同じように捕らえたのはいいものの、そこからどう動けばいいのか分からずあっちこっちに十手を引っ張り、最終的に綱引きのような押し問答になっていた。
異世界から来た勇者、という肩書に憧れている巷の女子たちが見たら幻滅しそうな光景を苦笑しながら眺めていると、ぷりぷりと怒りながら勇者様がクロノウスを操り、武器庫から次の武装を取り出す瞬間が目に入る。さて、次なる武器は……?
「って、ヨーヨーじゃねえか!」
拾った武器を勢い良く地面に投げ捨てる勇者様の図。
勇者様が武器庫から取り出したのは、まさにヨーヨーそのものだった。鋼鉄製で見た目は硬そうではあるが、流石にヨーヨーを武器とするのは……如何なものであろうか。これは勇者様でなくても投げ捨てたくなる代物だろう。
ところが……
「貰ったッスよ! ……げへぇ!?」
「隙を見せたわね……ぎゃはーん!?」
なんとハンマー片手に突進してきたスビビラビ氏とメルボア氏が、揃って地面に沈み込んだではないか。
クロノウスは両腕を大地にほうに向けたまま、動いていない。ヨーヨーを先程拾っていたのは見かけていたが、まさかヨーヨーを使用したわけでは……いや。
ヨーヨーの糸はクロノウスの指にしっかりと繋がれていた。ヨーヨーはクロノウスの指を離れ、糸を伝って地面のほうへと……んん?
「次元の穴……! クソッ!」
「やってくれるわね、そんな使い道があるなんて……っ!」
地面には、何やら穴が開いており、そこに糸は繋がっている。
そして――その穴の出口は、スビビラビ氏とメルボア氏の搭乗するライヴェリオの背後に開いていた。
成程。つまり、こうだ。
地面に次元の穴を穿孔した勇者様は、その次元の穴の出口を自身に迫りくるライヴェリオの背後に指定。ヨーヨーを次元の穴に投げ入れ、その穴を通してヨーヨーをライヴェリオの後頭部に衝突させていた……と。こういうわけか。
「見たか、簡易テレポートを応用した秘技、『武装テレポート』!!! これで、お前らを……滅多打ちだ!」
「のごぉ!? ま、負けるものか! こんなもん、鉄の塊が衝突してるだけ……ぐふぉっへ!?」
「次元の穴の出口が一定じゃない……ど、どこから攻撃が来るのか予測が出来な……へべれっつ!!!」
鋼鉄製の円盤が頭部を、肩を、腰を、全身のありとあらゆる部分を打ち据える度に、スビビラビとメルボアはよくわからない悲鳴を上げ、逃げ惑っている。
私の素人目に、勇者様曰くの『武装テレポート』とヨーヨーは非常に相性が良いものと感じられた。というのも、普通の投擲武器は基本的に射出すればそれで終わりだが、ヨーヨーは相手に叩きつけた円盤を回収することが可能なのだ。故に何度も、何度でも攻撃が可能である。おまけに勇者様は次元の穴の出口を細かく変更しており、相手に防御させない工夫を凝らしている。
このまま鋼鉄の塊を何度もライヴェリオにぶつけ、ダメージ過多で大勝利。そう思っていたのだが……
「ふ、ふはははは! どうだ、この連撃は!? そ、そろそろ……ぜぃぜぃ……降参、したく、なったんじゃない……の……か……!?」
「うるせー、ほがっ! 息が切れてるぜ……はぶしっ!」
「その武装テレポート、念動力を多く……ぐぺーん! ……使用するみたいね……あぐじょっ!」
コースケ殿の様子がおかしい。息が切れ、動きにフラフラと安定性がない。まるで念動疲労を起こしたような疲労感が、クロノウスの肩に伸し掛かっている。
これは……念動疲労の一歩手前、念動力の使用過多の状態だ。
よくよく考えてみれば、クロノウスは時空の穴を何度も塞ぎ、幾度となく別の場所に開いているのだ。当然、その度に念動力を行使して。そうやって何度も何度も穴を開け締めしていたら、まだ念動力を使い始めて一ヶ月ほどしか経過していない勇者様の念動容量が保たないのだ――!
「くぅっ……! 武装テレポート解除……っ! こうなったら、直接ぶん殴りに行ってやる……!」
「来いやぁ! 相手が勇者様だろうと、手加減しねぇぜ!?」
「例え訓練だろうと、虹の七騎士に勝利したという名誉! 手放すわけにはいかないわね……っ!」
名残惜しげにヨーヨーを手放し、武器庫からフレイルと星型の鉄球を鎖で繋いだ打撃武器――モーニングスターを引っ張り出して構えるクロノウスに、対抗してナイフを構えるライヴェリオが二機。既に装甲こそズタボロになっているが、それでも高まった戦意を隠そうとはせずにクロノウスにぶつけている。
その他、セレベタル氏が短機関銃を片手にクロノウスに狙いを定めている。勇者様も自分が狙わていることをしっかり自覚しているのか、直様左手で空間膨張を放てる姿勢だ。セレベタル氏もそれが分かっているから、迂闊に銃撃をせず隙を伺っている……ようだ。
「僕は勇者――そして、この機体は時空機士クロノウス! こんな訓練で、負けるわけには――っ!」
一瞬即発の空気を破ったのは、クロノウスだ。モーニングスターの鉄球を空中でブンブン振り回しながら、一歩、二歩と前へ進む。
そして三歩目――と、突然地面が割れた。踏み締めていた地面の突然の消失にクロノウスは思わずたたらを踏み、バランスを崩して転倒する。
「痛って!? な、何が起き――っ!?」
「はっ! 捕まえましたよ、コースケ殿!!!」
言葉にしたのは、もう一機のライヴェリオだ。それが地面の下から現れ、クロノウスの片足を手に持った雷の紐で縛り上げながらニッと笑った――ように私の目には見えた。
あれは確か……男女比的に最後の男性騎兵、グラウリンデ隊配下のデイルハッド氏。
罠を仕掛けるために姿を隠していると思っていたが、まさか地面の下に潜っていたとは――!
「土属性の念動力で、ずっと地面を掘っていたんですよ……! あなたが油断するその時までね……!」
「そ、そこまでするか……!? これは訓練だぞ……!?」
「訓練でも真剣にやれ。勇者様が言った言葉ですよ――そして、この『雷蜘蛛の巣糸』に引っかかったわけですね!」
「うおぉ!?」
立ち上がろうとしたクロノウスは腰を落としたライヴェリオに全力で雷の紐を引っ張られ、またしても転倒してしまう。
そこを容赦なくセレベタル氏が銃撃するが、クロノウスは咄嗟に右腕で空間膨張を発動、銃弾を回避。
更にスビビラビ氏とメルボア女史にナイフ片手に飛びかかられるが、左手で強引に上半身を起こし、口からサイコバリア……否、あれは時空の念動力を使った障壁か、とにかくそれを展開。二機の攻撃をかろうじて弾き返した。
「なぁ!? 口からサイコバリア!?」
「要塞吐息、フォートレス・ブレス……何とか間に合った、か……!」
「何よそれぇ!? 全身のありとあらゆる箇所から防御壁が構築可能ってわけ!?」
「なかなか厄介ですね! しかし、例え全身にバリアを張れたとしても、対抗手段はいくつか思い付けますよ!」
再度デイルハッド氏が雷蜘蛛の巣糸とやらを引っ張り、クロノウスを立ち上がらせない。
機体の大きさが半分しかないライヴェリオでクロノウスの重量を引っ張るのは並の力量では物理的に不可能だろうに、それをやってのけるデイルハッド氏は機体の重心を何処に持っていけば重い物体を運べるのか、本能的に理解しているのだろう。それが才能なのか、訓練の賜物なのかは私には理解が及ばなかったけれど。
「さあ、コースケ殿! この私、サラマ・ダロン・テト・デイルハッドと勝負していただきましょう!」
「ああ……望むところだ! この勇者、オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケが相手になってやる!」
「それでこそ『勇者』の二つ名を受け継ぎし者! その疲労困憊の身体でどこまでやれるのか、楽しみですよ!」
そうして。コースケ殿とデイルハッド氏、二人の男は楽しそうに笑う。
だが。私には――コースケ殿が真に戦いを楽しんで笑っているのか、その判断がつかなかった。
彼はきっと――無理をしている。いや、無理と言うより無茶と言うべきか。
コースケ殿はこの最終模擬戦が始まる数日前、勇者としての叙勲を受けたばかりだという。これは私の勝手な予測、いや妄想であるが――その事実が、彼を『勇者』として閉じ込めてしまったのではないか。
彼は本来、『勇者』と呼ばれるべき人格の持ち主ではない。
戦いのない世界で『勇者』なんて呼ばれることなく、平和に、穏やかに、生活していくべき人物だった。
それを……こちらの世界に強制的に呼び寄せ、『勇者』という称号を与えてその行動を縛り付け、生き方を強制してしまっている。
私は、それが不安だった。
過去に召喚された勇者たち。その三人と同じ短命の運命を、この少年を歩んでいるのではないか。
勇者の称号によって『勇者に相応しくない行動』を制限し、戦いの場で華々しく散らせようという魂胆が透けて見えてるのではないか。
そして――それを承知の上で、この少年を自らを『勇者』と名乗っているのではないだろうか。
戦闘の様子を眺めながら、私は自らの不安がぞくぞくと上昇していくのを止められなかった。
う、うーん、思ったより長くなっちゃったな……
最終試練は次回で完結です。多分。きっと。おそらく……




