ケリン・トホ・ネア・ナレッシュ
「ちょっと待て!」
「ん?」
じゃあ、用意してもらった屋敷へ……といったところで、待ったをかけられた。
神殿の下部を覗き見ると、そこには偉そうな服を着こなした金髪の少年が、お供たちと共にデーン! と立ち尽くしている。
「ラヴァン!」
アルキウスとフィオーネはその少年の姿を確認し、大層驚いたようだった。なんだ?
「時空機士の操縦者、お前に話がある!」
「僕か」
呼ばれたからにはしょうがない。クロノウスに乗り込む前に、神殿を降りて少年の眼前に降り立つ。
「俺様はフルディカ・フェグラー・スタル・ラヴァン! 何を隠そう」
「…………ああ、アルキウスさんの子供か」
「いやー失礼しました! 私とフィオーネの愚息、ラヴァンです」
「こら、親父! 俺はまだ名乗り終わってないぞ!」
「ラヴァン、アルキウスが召喚した勇者様の御前です! 慎みなさい!」
「こ……こいつに臣下の礼を取れっていうのか、お袋!?」
まだ声変わりする前の女の子のような声で、少年……ラヴァンは両親に異を唱える。
ふむ……まぁいきなり現れた男を敬えと命じられても、このくらいの年齢の少年は反発するだけか。
いらぬ敵は無駄に作りたくない。鮫介はラヴァンに頭を垂れた。
「始めまして、ラヴァン様。正式な名乗りは不明ですが、音無鮫介というものです。以後、よろしくお願いします」
「……ほぅ! 異世界人は礼儀というものをわかってるな!」
ラヴァン君は満足した様子で、手に持った……扇子? を、扇いでいる。
何アレ……?仰ぐと眼の前の敵が死ぬとか、そういうマジックアイテム……なわけないよな。この世界が現代に通じてるとわかった今、そういう秘宝みたいなものは……
……あるよ! 可能性! 念動力とか言ってたじゃん! この世界に僕の知らない原理で動いている物品が存在していたら!
ていうかいきなり頭下げたのもちょっとどうかと思った! 日本の常識が他国で通じるかまだ分からないじゃん! いや通じてるみたいだけど!
などと、鮫介が混乱しているのを尻目に、ラヴァンは扇で自分を顔を扇ぎつつ、
「いいかコースケ、このムー大陸は我々が住んでいるのだ。当然、土地の奪回も我らが行わなければならぬ」
「……」
「お前のような異世界人は不要! 我ら土地の者がイニミクスを討伐しなくては、祖先の名折れである!」
「ラヴァン! コースケ殿は私がこの地に招いたのだ! 失礼なことを申すではない!」
「ラヴァン! 晩ごはん抜きにしますよ!」
「ぐっ、ひ、卑怯だぞお袋……」
「お袋ぉ!?」
「は、母上……」
フィオーネに叱られて小さくなり、お供の少年たちに慰められてるラヴァンを見ながら、鮫介はふと思った。
ああ、そうか。
この少年は悔しいのか。
父や母の後を継げず、クロノウスやガルヴァニアスを動かすことも出来ない。
そんな未熟な腕前で、この地を救う(とされている)勇者を目撃したら。
「ラヴァン様、私は――」
「べ、別に母上が何を言おうと、俺は心意気を曲げはしない! 来い、ナレッシュ!」
鮫介の話は耳に入らず、ラヴァンはその男を呼びつけた。
神殿の影から、長身の男がのっそりと現れる。
服装は、フィオーネと同じユニセックスな法衣。しかしフィオーネと違い、黄色ではなく水色を使用している。
鍛え上げられた上半身は余分な脂肪が存在せず、引き絞られている。
『この男とは頼まれても喧嘩したくないな』というような男が、口元を引き締め、ラヴァンの背に立つ。
「こいつはケリン・トホ・ネア・ナレッシュ。『凍結』の操縦者だ」
「ナレッシュ! あなたはトホ領で戦っているはずでは?」
「戦局は優勢になったので……休暇を……」
「もう!? しかし、休暇を使ってまでラヴァンの命令に従わなくても……」
「俺が……好きでやってること……ですから」
いかにも悪役然として登場をしたナレッシュは、鮫介の背後にいるアルキウスやフィオーネと仲良く会話している。
完全に置いて行かれた形となったラヴァンは、手の動きでナレッシュを押さえ込み、続けて鮫介を指差して継げた。
「この通り、ナレッシュはこの時代最強の操縦者だ! 文句があるなら、このナレッシュに挑んでみるか!?」
「いえ、ラヴァン様。戦うまでもなく、私の負けでございます」
「ほう! 聞きましたか父上、母上! この異世界人、自ら敗北を認めましたぞ」
なにせこっちはまだクロノウスを操れない。
機体での勝負は完全に負けだし、肉体で喧嘩としたしてもあの筋肉だ。敗北は容易に想像出来る。
鮫介がクロノウスに乗れないことを知っているアルキウスやフィオーネは何も言わず、じっとこちらを見つめている。
その他の神官たちは何が何やらといった様子で騒ぎになっているが、それだけだ。
「『時空』に認められし異界の者……本当に……俺の勝利で……良いのか……?」
「はい。この場の勝利は、お譲り致します」
しかし低血圧みたいな喋り方する人だな。もっと早くしゃべれないのか?
その後、ナレッシュはラヴァンとごそごそやり取りを行い……
「……まぁ、勝ちは頂くとするか! 今後も楽勝だといいな、ナレッシュ!」
「次もこうなるかは……わかりませんがね……」
とりあえず向こうの勝利ということで決まったようだ。ラヴァンはお供の少年たちと喜びに湧いている。
……あの少年たちは、貴族の息子とかその辺りなんだろうな。ほら、近くにいる神官さんが両手で顔を覆って「情けなや……」って感じを醸し出してるし。
「ではこれで失礼する! コースケは異界に帰らずとも良いのか? 家族が待っているだろう」
「それは……」
何も言わず、学校からいなくなってしまったのだ。僕の両親は大騒ぎだろう。
いや、まず学校を占領したテロリストたちがどうなったかだ。ちゃんと解決したのだろうか?
後方にいるアルキウスをちらりと覗き見れば、至極思いつめた表情をしていた。
……ひょっとして、責任を感じているのだろうか? まぁいいけど。
「……帰るぞ? いいか?」
「はぁ。どうぞ、お帰りくださいませ」
「う、うむ。では、また会おう!」
今異世界に帰らないのか? と訪ねたくせに、「また会おう」なのか。まぁ子供のすることだ。気にするまい。
神殿の影に隠してあった『凍結』を起動させ、その手に乗って、ラヴァンたちは何処かへ行った。
水色をアクセントに白色の『凍結』は、非常に強大で、無双しそうな姿をしていた。
「……はぁ、情けない。あれが我が息子だとは」
「うむ。コースケ君、許しておくれ。あれはまだ十一歳、戦場というものがわかっておらんのだ」
「いえ、別段怒りは覚えてませんので、構いませんが」
早速、フィオーネとアルキウスが謝罪してくるが、鮫介はラヴァンの気持ちもわかるため、軽く流す。
このムー大陸の文化をまったく知らない男に手助けされたくない、という感情だ。
早く馴染まなければ……
「あのナレッシュという男が、虹の七機士の……?」
「ああ。凍結機士グレイサードを操る……ラヴァンの言う通り、最強の男だよ」
「トホで戦い続けていると思ったのですが……まさかもう戦局を変えているとは」
ナレッシュ……風貌でしかわからないが、凄い奴だった。特にあの筋肉が。
僕は元の世界で響太郎と一緒に数多く喧嘩してきたが、あれには響太郎も音を上げるだろう。多分……
「まぁ、息子のことは気にせず、屋敷に向かってくれ」
「晩ごはん抜きですね、ええ!」
「あの、息子さんに関しては、本当にお気になさらず……」
ラヴァン……強く生きろ。