烈風機士編IF・叶わなかった未来と望んだ願い
烈風機士編のIFシナリオです。
今度の主人公は鮫介と小春。果たして、烈風機士編のIFはどこから繋がるのでしょうか!?
……って、今回は結構簡単ですね(笑)
ざざん、ざざんと、波が打ち寄せる音。
8月の陽気にも負けぬ、きらきらと輝く砂浜のキラメキ。
フェグラー領の西に存在する、港町トラビア。そこが、鮫介と小春が逃げ込んだ街の名前であった。
「おお、おはようございます勇者様! 見てってください、今日はアジが安いですよ!」
「うん、おはよう。わぁ、魚がたくさん」
「勇者様! こっちの野菜も水々しくて美味しいですよ、お一つどうですか!?」
「ご機嫌よう勇者様! こちら、本日の果実です。コハル様にも食べせさせてあげてください!」
「ゆうしゃさまー、あくしゅしてー」
「はいはい、ちょっと待っててね」
鮫介は腰を下ろし、群がってきた子供たちと握手をする。
宗介は、この街でも人気だった。
カオカーン潰しを撃破したという実績もある。
それ以上に、何やらこの街の人々は、鮫介たちに優しかった。なんでこんなに優しいんだろう、と疑問に思うくらい。
――小春が決闘において、敗北して数ヶ月。
約束通り結婚式に乱入し、小春を奪い去った鮫介は怒り狂ったマホマニテの放つ追跡部隊を撃退しながら、どうにか港町トラビアに潜伏していた。
今頃、自分の暮らしていた屋敷の周囲はマホマニテの兵士に取り囲まれているに違いない。
屋敷で働くゴードンやカルディアに悪いことをしたと思っているが、こればかりは仕方なかった。
だって、小春のピンチだったのだ。
だったら、助けに入るべきだ。そうだろう?
そう心を偽った結果、鮫介は現在、トラビアに隠れ住んでいる。
いや、隠れ住んでいる、と表現するのは適切ではないだろう。
虹の七機士はとにかく巨大だ。並の機体の2倍の全長は30メートルを誇り、隠す場所も一苦労なのである。
ところが。
トラビアの面々はこの血に辿り着いた鮫介と小春を労り、何も言わずにクロノウスとトールディオの二機を地下の格納庫に隠してくれた。
何故、そこまでしてくれるのか。
当然湧いた質問は、まぁいいから、という笑顔で押し流された。
結局理由も皆目検討もつかないまま、こうして日頃のんびりと過ごさせてもらっている。
「ああ、そうそう。コハル様なら、先程堤防沿いの先代勇者様の像の前で見かけましたよ。挨拶がまだなら、是非」
「うん? ああ、ありがとう。じゃあ、行ってみるよ」
「お気を付けて! 今夜辺り嵐になるので、海には近づかないでくださいよ!」
言われた通り堤防への通り道である海岸線を歩いていると、やたらと子供たちとすれ違った。
どうやら、海岸を遊び場にしているらしい。
握手をせがまれながら、海は今日の夜から危険だと忠告しておく。幸い聞き入れてくれて、子供たちと別れながら小春の行き先を追う。
小春は先代勇者の石像の近く、ベンチに座っていた。
もの石像はこの前の勇者降臨祭の際、鮫介に存在を隠されるように白い布で覆われていたわけだが、今は普通に公開されている。
元芸能人らしい、それなりにイケメンの素顔で海側を指さしている、雄々しい姿。
これはかつて、海からイミニクスが上陸しようとした際にその危機を伝えた姿らしいが、本当のところは誰も知らない。
小春はそんな石像を眺めている。
自分の父親の石像を見る娘というのは、どんな気分なのだろうか。鮫介には分からない。
「小春」
「お、鮫介か。よくここにいるって分かったな」
「住民が教えてくれたよ。いい住民ばかりだな、この街は」
「そうだな。なんでこんなに優しくしてくれるのか謎だけどな」
そう言って、微笑む小春は。
お腹が、少しばかり膨らんでいた。
まるで、妊娠しているかのように。
……
…………
………………
いや! いやいやいや!
待ってほしい。僕の話を聞いてほしい。
と、誰に言い訳をしているのか分からないが、とにかく鮫介は回想する。
結婚式をぶち壊し、ガムルド領から小春を救い出したあの日。
逃げ延びたケズスレッテでマホマニテの追跡部隊に遭遇し、逃げ去るようにトラビアへ逃れたあの時。
ようやく一息つけると、自分の部屋のベッドとして充てがわれた旅館の一室で、小春の訪問を受け。
そして……その……小春に襲われたというか、なんというか……
鮫介は首を横に振る。
確かに、自分も悪かったところもある。
あの日は今までの逃亡生活が祟って、酷く疲労していた。頭が回らなかった、と言い訳してもいいだろう。
ただ……あれはなぁ……
鮫介はあの日のことを回想する。疲労感満杯でベッドに突っ伏したあの日、部屋に何者か――まぁ、小春しかいないわけだが――が侵入してきて。
いきなりぶちゅーからの。
どったんばったん。
鮫介はもう疲れに疲れきっていたから、小春を追い出すのも億劫で。
一緒に眠ることだけは許可して。
一緒のベッドで眠って。
か~ら~の?
ずっこんばっこん。
で、妊娠したってわけ。
……いや、省略しすぎた感はあるけれど。
とにかく、ヤってしまったことの責任は取らなければならない。
あの時のが見事に大当たりして、三ヶ月。
まあお腹に目立った変化はないものの、見る人が見れば少しだけ膨らんでいるのが見て取れる。
「太っただけだろ?」と小春に言ってボコにされた経験から、鮫介は確信する。
小春は妊娠している。
それはきっと、間違いない……はず……だ。
間違いだと、思いたいけれど。思いたいけれどー!
まだ未成年の鮫介だが、この世界だと既に成人済みだということになっている。
ならば、責任は持つのは当然のことである。
うわあああ!!!
嫌だぁぁぁぁっ!!!
……なんて叫んでも、事実は変わらないのだから。
「鮫介? どうした、遠い目をして」
「いや……自分も遠くまで来たなぁ、と感じてな」
「うぅん?」
小春が首を傾げて鮫介を見やる。そりゃそうか。
小春の隣に並んで座った鮫介は、小春の腹を優しく撫でる。
そこには確かに、新たな命が芽吹いていた。
……うん。
この子のためにも、生きなければならない。
「おお、鮫介様、コハル様」
「ん? なんだ、町長のおっちゃんか」
「こら、コハル。失礼だろ……ああ、すみません、町長さん」
「ははは、いえいえ。親しく思ってくださるのならば、それに勝る喜びはありませんよ」
……小春の言うことでないが、この街の人間はつくづくおかしいと、鮫介も感じている。
この少々腹の出た普通のおじさん、といった印象の町長・フィッツァさんもそうだが、街で会った誰も彼も――子供は別だが――が、皆、逃亡してきた鮫介たちに優しいのだ。
乗ってきた機体は保護してしっかりと整備してあり。
鮫介がアルキウスに宛てた手紙は、しっかりと届けてくれて。
こうして街中に出れば、いらない商品が余っていると称して様々な道具や食べ物を自主的に分けてくれる始末。
正直、疑うな、と言うほうが無理があるだろう。
「んん? どうかなされましたか?」
「フィッツァさん。あなたはどうして、そこまでしてくださるのです? 僕たちは……精々がカオカーン潰しを撃破したくらいで、それ以外のことは何もしておりません。ここまでされる所以は……」
「由縁は、あるのですよ」
「え?」
「ああ、いえいえ……コースケ様たちには、海賊かぶれになった孫娘たちを救い出してくれた恩もありますからのぅ」
「そんなこともありましたか……」
言われた通り、この町長の孫娘と、その舎弟たちが海賊を名乗り、近くの漁場を荒らしていたのを退治したことがあったのだ。
その時はこのトラビアに隠れ住まわせてもらっているお礼だと言ったのだが、成程、その時のことを恩に感じていたのならば……いや。
「しかし、それでは釣り合いません。フィッツァさんのお孫さんを救ったことはフィッツァさんに直接感謝されることはあっても、街全体でこうも親しくされるのは……」
「むぅ。不満ですか?」
「不安、ですね。何か、良からぬことを企んでしないかと無意味に邪推してしまいます」
「ふむぅ……」
町長は何事か考えるように唇を尖らせ右往左往していたが、やがて頭を横に何度か振るとため息をつき、
「……『時の流れは河のよう。流れ通りに進むこともあれば、遡ることも出来る。だが、遡ってもその過去が未来が続くとは限らない』……」
「え?」
「知りませんか。まぁ、そうでしょうな……」
フィッツァさんは何事か深く考える素振りを見せ、
「……きっとこの未来は、私の知る未来のあなたから続かない世界になっているのでしょう」
「は?」
「いえいえ、こちらの話です。ですが、そうですね……」
疑問顔を浮かべる鮫介にくすりと微笑み。フィッツァさんは漁仕事で焼けた肌でむん、と豪快に笑い、
「……あなたたちに、お会いさせたい方がいます」
「僕たちに?」
「誰それ?」
「会えば、分かるかと。驚きますよ、なにせ――」
フィッツァさんが笑う。何かを企んでいるような、そんな子供のような笑顔で。
そして、その名前を聞き、鮫介と小春は飛び上がって驚くのだった。
――これは、小春が決闘に敗北し、その先に続く未来を掴み取れなかったIFの話の物語。
フェグラー領主アルキウスの庇護の下、鮫介と小春はマホマニテの執拗なまでの追跡を振り払い、トラビスに潜伏している。
果たして、そのトラビスで待ち構えている、フィッツァさんの紹介する人物とは一体何者なのか。
フェグラー領とガムルド領のきな臭くなった関係性を憂いながら、二人はお互いの幸せのため、そして生まれてくる新たな生命のためにも、今日も一歩踏み出して前進していく――
町長の語った「海賊かぶれのお孫さん」は、そのうち本編のシナリオに登場する予定です……そ、そのうち(汗)




