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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
烈風機士編
52/117

決闘・8

ふへー……遅くなりました。決闘、これで終了です。またも最長記録を更新しましたよ……52kbっていう。

まぁ、終わったのは決闘であって、烈風機士篇はもうちょっと続くんですけどね。

あー、やっぱり途中で切れば良かったかな……でも完成させたかったし……頭が回らん。




 最悪の展開だと、鮫介は歯噛みする。

 ジン隊長はフュリルと共に地上へ落ちた。その身を捨て去っての自爆だ。先程までデイルハッドやセレベタルさんが「卑怯者」だの「マホマニテふざけるな」だの叫んでいたものの、今は落ちついている。

 それよりも、小春だ。ドランガを含む四機の機体(ナーカル)に捕縛され、こちらに連行されている。トールディオの首をヘッドバンキングするロックバンドアーティストであるかのようにガクンガクンと揺らしているところを見ると、まだ戦意を失ってはいないようだが……ここからどう逆転するつもりだろう。

 鮫介には無理に思えた。自分なら、とっくに降参しているに違いない。

 でも。でも、小春が約束したのだ。

 絶対勝つ、と。

 ガムルド領機士隊をコテンパンにするところを見ていてくれ、と。

 だから鮫介は、その結末をしっかりと見届けなければならない。目を反らさず、真っ直ぐにグランドラゴールを睨みつけながら、鮫介は思う。

 僕を好きだと言ってくれた、小春。

 この並行世界に呼ばれて、響太郎と比較せずに(・・・・・・・・・)等身大の僕を愛してくれた、小春。

 恋とか愛とかは、分からないけど――信頼には、信頼で返したい。

 やがて、グランドラゴールがトールディオを引き連れて鮫介の眼前に現れた。闘技場最下部の金網を破壊して機体を強引に押し込め、トールディオの頭部を足蹴にし、周囲のガレアロッドたちがサイコバリアを発生して観客たちを護る中、とりわけ慇懃な礼を鮫介に向ける。


「やぁ、こんにちは、コースケ殿。こうして会うのは、ジェレの腕輪を届けた日以来ですね」

「ああ、そうだな」

「カシア・ガムルド・テト・ドランガ。勇者様にお聞きしたいことがあり、推参致しました」


 トールディオが足元でまな板の上の鯉が如くピチピチ元気に跳ねているのも気にせず、優雅にポーズを取りながら鮫介に質問する。まったくバランスを崩さないところは天晴としか言いようがない。

 鮫介は座席に座ったまま、息を吐き出す。左隣のスーはゴードンに退避させてもらったし、右隣のフィオーネさんはラヴァン君を連れて後方へ脱出している。ここに残っているのは鮫介一人だけだ。


「その質問は、今、答えなければならないのものか?」

「ええ。今、じゃないとならないものです」

「……そうか。分かった、答えよう」

「ありがとうございます。実はですね、私の足元に跪いている、コハル……殿がです、ね!」


 暴れているトールディオの頭部を、竜足でがつんと踏んでその動きを封じ込める。鮫介は己の内部に突如として沸き立った感情に全身の総毛が逆立つが、意志の力でねじ伏せる。


「コースケ殿に、愛を捧げていると宣っているのですがね。コースケ殿は、ご存知で……?」

「……ああ、知っている」

「そうですか、それはそれは! ところで、何故、彼女が貴方を愛しているのか……それはご存知ですか?」

「…………いや、それは、知らない……な。俺も……知りたいくらいだ」


 本当だ。いつの間にか、自分に惚れていた。そうとしか言いようがないくらい、鮫介と小春の間には何も無かった……はずだ。

 精々、一緒に熊と戦い、イニミクスとの死闘の際に共闘したぐらいだ。あの頃は「チョロいなぁ」としか思わなかったわけだが……


「ほう。知らない、と。クヤコハル……殿、コースケ殿は、貴方が何故コースケ殿を愛するに至ったか、知らないと申しておりますが」

「……ふん。まぁ、これまでの態度で、そうじゃないかと思ってたさ」


 小春がそっぽを向き、ぼやくように早口かつ小声で答える。

 そのまま、ドランガが口を開くより早く、小春が自棄になったかのように大声で怒鳴り上げた。


「いいさ、聞きたいというなら耳をかっぽじってよーく聞きな! 私が鮫介を愛したのは、『顔』が良かったからじゃない。クロノウスに選ばれた『力』でもない。当然、私の持っていない『知恵』に憧れたわけでもない! 私が愛したのは、鮫介の……『心』、その一点だけだ!」






 ――いい男の条件。それは顔ではない。腕っぷしでもない。知恵ですらないわ。


 ――小春、小春。よくお聞きなさい。


 ――いい男というのはね……


 ――『心』が強い人間のことを指しているの。


 ――その人が、別に聖人のようにあれとは言わない。言ってしまえば、別に犯罪者でも構わないわ。


 ――ただ、その人の『心』が、強くあれば……そうねぇ。


 ――命がけで、(・・・・・)あなたの命を(・・・・・・)救ってくれるような(・・・・・・・・・)


 ――そして、(・・・・)そのことを(・・・・・)当然の行いとして、(・・・・・・・・・・)感謝や報酬を(・・・・・・)要求しないような(・・・・・・・・)


 ――そんな人に、(・・・・・・)恋をしなさい(・・・・・・)






「そう、ママは言っていた。私は信じていなかった。そんな男、探しても見つかるものじゃないって……でも、居た! 私は、見つけてしまった! それこそが音無鮫介、クロノウスに選ばれし並行世界の人間だ!」


 小春は、力強い声で叫んでいた。叫びながら、トールディオはこちらをじっと見つめている。鮫介は、そこに小春の瞳を幻視した。鮫介と小春は、確かに見つめ合っていた。

 しかし、そこに邪魔者が入る。ドランガが苛立ったような声で、トールディオの頭部を蹴りつける。


「成程? 命を救われたから、恋に落ちた、と。それなら、私に好意を抱かないのは単なるタイミングの問題でしょうかね? その時に私がその場にいたならば、必ずや勇者様と同じ行動を――」

「同じ……行動? お前が……? くっ、あはははは!!!」


 耐えきれない、とばかりに小春は吹き出した。

 鎖や紐に縛られたまま、小春はしばらく笑い転げた後、


「無理だよ、お前には」

「何を――」

「だって、あの時の鮫介は……機体に乗らずに、(・・・・・・・・)イニミクスと交戦中(・・・・・・・・・)だったんだから(・・・・・・・・)!」

「な……ば、馬鹿なっ!? そ、それはつまり……生身で、イニミクスと!?」


 ドランガが驚愕し、グランドラゴールの両目をこちらへと向ける。

 確かにイニミクスと生身で戦ったけど、そんなに驚かれることか……と鮫介は首を捻るが、周囲の観客たちから「マジで!?」「あのイニミクスを、生身で……!」という声が上がる。

 そんなに驚くような体験だったのだろうか。確かにあの体験でクロノウスを起動出来るようになったけど……と訝しげな鮫介を尻目に、小春の話は続く。


「そうさ。あの時、鮫介は馬鹿な計画をぶち上げて得意になっていたあたしを説得に来てくれていてな。その時から、こいついいな、とは思っていたよ。ああ、お前もイケメンだって見惚れたかもな? あたしは面食いだからな……ふふっ」

「…………」

「だけどその後、イニミクスに囲まれてな。ヒューインがクラヴェナで出撃したが、こちらのほうに一匹回り込んでいた。絶体絶命のピンチだ。でも、鮫介は何も言わずに飾れられていた斧を降っていた。イニミクスと戦う気だったんだ。あたし達を助けるために!」


 いや、小春を助けるためかと問われれば、自分が助かるためだったのだが……?

 あの場面で……皆の生命が救われればいいだろうとは思った、けど……大切だったのは、自分の生命だった、はず……だ。

 瞳を閉じて鮫介が過去の回想に耽っている間も、小春の段々と熱の籠もってきた語りは続く。


「あたしや仲間も協力しようと表に出た。だけど、あたしは……イニミクスの眼光に恐怖した。あの殺意を直接叩き付けてくるのかのような鋭い瞳に心底怯えて動けなくなった。でも、それを助けてくれたのは、鮫介だ。ドランガ、お前に出来るのか? 迫るイニミクスを前にして、私を横に投げ出して、代わりに攻撃を喰らうことがっ!!!」

「ぐぐっ……そ、それは……!」


 あれ? 僕がイニミクスの殺意を前にビビって動けなくなったことが省略されているな。

 勇者と持て囃されていても、実際の戦闘となると恐怖で動けなくなる、それが判明するいい機会だと思ったんだが……?

 鮫介は眉根を潜めて小さく唸り声を上げている間にも、小春の情熱の籠もったしゃべりは続く。


「そう、鮫介はあたしを助けた。誰だって自分の生命が惜しいあの状況で、迷うこと無く助けてくれた! それも二回だ! イニミクスの二回目の突撃で、回避が間に合わないあたしを庇い、斧を握って鮫介は前に出た! そのまま、イニミクスと心中するつもりだったんだ。ジン隊長の助けで、その場は何とか収まったけど……あたしは、この男に惚れた」

「…………」

「ママの言った通りの男が、目の前に現れた。この男しかいないと思った。私が恋をするのは……この男を置いて他にはないと、そう確信したんだ」


 ん……あの時から、小春の様子が変化した……というか、妙に僕に対する対応が甘くなったと思ったが、本気の本気で惚れていたからなのか……と、鮫介は納得する。

 ひょっとして、対応を間違えてしまったか。あの時、鮫介は小春のことを「ちょろい」と思った。小春は精神的に未熟で惚れっぽいから、一時的に自分に惚れただけなのだろう、と。

 でも、違った。小春は全然ちょろくなかった。彼女は本気で、真剣に……鮫介に恋をしていたのだ。

 ならば、格納庫でのあの婚約の話は……


「だから……悪いな、ドランガ。あたしはもう、恋をする相手を決めているんだ。後からしゃしゃり出てきたお前に恋をすることは、きっと無い」

「……そう、ですか」

「お前には……無いのか? そういう、上から押し付けられたわけじゃない、自由で自然な恋が――」

「黙れ」


 ぐしゃり、と。

 グランドラゴールの脚部が、トールディオの頭部を踏み潰す。流石に機体(ナーカル)に比べて強固な装甲を持つトールディオの頭がそれでトマトのように潰れたりはしないが、額にあるアンテナ部分は損傷して折れ曲がってしまっている。

 この所業に鮫介は怒り心頭であったが、それよりも周囲でトールディオを拘束している天空騎士団の面々が驚いた様子を見せていた。


「ドランガ、どうした!?」

「シシシ、お前らしくもない。冷静(クール)になれよ、ドランガ」

「マホマニテ様の命令を思い出して!」

「……ええ、ええ。貴方が私に惚れないのは理解しましたよ、クヤコハル。ならば、マホマニテ様の命令通り――ここで、貴方を叩き潰します。勇者様が、貴方に愛想を尽かすまでね!」

「がっ!!!」


 再び蹴りを入れられ、トールディオの頭部が地面に沈む。

 ドランガはその光景を見て、笑う。冷酷に。悪辣に。あるいは――今にも泣き出しそうな子供のように。


「それこそが、マホマニテ様の望みならば! 私はその命令を、忠実に実行するのみっ!!!」






 ――カシア・ガムルド・テト・ドランガは、マホマニテの秘書官であるゼランガナンの長子として誕生した。

 幼いころから武術に長け、戦術論法に勤しみ、数々の楽器を操り、礼儀作法も一流と、非の打ち所のない少年時代を過ごす。そんな彼を父は慈しみ、マホマニテもまた、可愛がった。

 そんな彼が街を散歩している時、彼の前で暴動騒ぎが起こったことがある。酒によって暴れていた酔漢を、彼は持ち前の正義感からやり込め、倒すことに成功した。

 惜しみない称賛を野次馬として集まっていた見物人たちから受け取る中、誰かが彼に言った。「彼こそは、トールディオを操る者になるのではないか?」

 トールディオ。それは何世代にも渡って搭乗者の現れたことのない、ガムルド領最大の戦力。その搭乗者こそ、彼だというのだ。

 その噂は領内でどんどん勢いを増し、すぐにマホマニテの耳にも届いた。彼はドランガを呼び出し、笑顔を浮かべてこう告げた。


「ドランガ。貴方がトールディオに乗れる日が来るのを、楽しみに待っていますよ」


 マホマニテは、彼がトールディオに選ばれた勇士であると信じて疑わなかった。父も母も妹も、そしてこの領で一番偉い人からも期待され、ドランガの背筋はしゃんと伸びた。

 そして、15歳になったある日。彼の通う学校で、適性試験が行われた。

 珍しく緊張気味のドランガは胸に手を当てて、小さく吐息をつく。適性試験は本来、機体(ナーカル)に乗れるか乗れないかの適正を問うものだが、ドランガにとっては違う。彼は、機体(ナーカル)への適正を示すわけにはいかないのである。

 虹の七騎士に選ばれた者は、皆、一様に機体(ナーカル)に搭乗出来ない。理由は不明だが、現搭乗員であるグンナルやフィオーネも、機体(ナーカル)に乗ることは叶わなかった。

 いよいよ、ドランガの出番だ。ドランガは強張った顔のまま、適性試験用に用意された機体(ナーカル)の内部に入る。マニューバ・クリスタルへと手を伸ばし、そして――

 機体が、動いた(・・・・・・・)

 視界は高く、コクピットの内部ではなくカメラアイが捉える外の風景を映し出す。

 同時に手足は機械の手足となり、念じた方向と同じように動作する。周囲に集まった観客たちが沸き立ち、事情を知っている友人たちが顔を見合わせ、不安がるような、安心したかのような表情を形作っていた。


 ドランガは、トールディオに選ばれてなどいなかったのだ。


 この事実は彼を気落ちさせるには十分な出来事だった。父や母、妹は自分を慰めてくれた――何せ彼の母親は『ガムルドの白い死神』の異名を持つ凄腕のパイロットだったからだ――が、そんなものは一欠片の同情にもなりやしなかった。

 トールディオに乗れなかった。

 マホマニテの役に立てなかった。

 マホマニテは彼にとって祖母以上の祖母、親戚以上の身内のようなものだった。武道の対戦相手を領外から探してくれたのも、戦術論法の家庭教師を付けてくれたのも、音楽会の大会に誘ってくれのも、全てマホマニテの手腕によるものだ。

 そんな彼女の、期待に添えなかった。

 トボトボと報告のために領主の私室を訪れたドランガは、憔悴しきって背もたれつきの椅子に腰を深く落とし、長い時間ため息を吐き出しているマホマニテと向かい合う。

 マホマニテはドランガをちらりと見て、そして目を反らして呟いた。


「――あ、ああ。おめでとうドランガ。これであなたも騎士、ですか。そう、ですか――」


 後半は、吐き出すような吐息に重ねられて。マホマニテはそう言ったきり、仕事に戻った。

 そう。

 マホマニテは、ドランガに対する興味を失ったのだ。それが何よりも、ドランガの自尊心(プライド)を傷付けた。

 もう二度と、マホマニテ様の期待を損なうことがあってはならぬ。

 ドランガは機体の操作にも熟練し、ガムルド領で一番の使い手となった。視聴者にも人気があると告げられ、嫌々ながらもその容姿を宣伝材料として用いるようにもなった。

 全て、マホマニテがそう望んだからだ。

 大恩あるマホマニテのために、彼女の人形となろう。それが、彼女に育てられた僕の――俺の――私の、恩の返し方だ。


「せ、先輩ー! 待ってくださいよぅ!」


 そんなドランガの背を追う影が、一つ。

 この度、ドランガの部隊に配属となった新人騎士だ。ドランガと同じ学園で、一つ年下の少女。名前は……覚えていない。

 髪は短く、睫毛は長い。身体中から溢れ出ている元気を持て余しているような、そんな少女だった。

 彼女は私の下で、騎士としてのあれこれを学んでいた。遠い異国では、彼女の身分は「従士」と呼ぶべきものなのだそうだが、生憎とここはムー大陸であり、そちら側の常識を持ち込まれても困る。

 とにかく、彼女はなかなかの有望株であった。今はこうして私の指示を待たなければ何も出来ないが、機体(ナーカル)の操作はたまに眼を見張るような動作をするし、念動力の才能も垣間見えた。行く行くは部隊を率いて前線で戦う将軍となってくれるだろう。

 そして――


「えへへっ! ドランガ先輩、捕まえましたぁ!」


 ドランガにとって、彼女は非常に華やいで見えた。

 彼女より容姿に優れた存在は、探せばいくらでもいるのだろう。同じように、彼女よりも機体(ナーカル)の操作に優れた者、智慧有る者、礼儀正しい者も、腐るほどいるに違いない。

 だが、ドランガは彼女が良かった。彼女の存在が、彼女がここに居ることが、全て祝福に思えた。

 有り体に言ってしまえば、ドランガは彼女に恋をしていた。必要以上に彼女を構い、想定以上に世話を焼いた。そして、それをありがた迷惑に思うことなく、彼女も心の底から喜んだ。

 いつか、彼女と結婚して、子を得るのだろう。そんな想像をしていた矢先――


「近頃、騎士団の後輩と仲が良いとの噂を耳にしていますが」

「は……その、」

「私としてはオススメ出来ません。彼女は平民です、貴方とは身分が違いすぎる」


 マホマニテに、見つかってしまった。

 貴族同士の婚姻は、家の格を向上させるのに必須だ。カシア家は領主の重要書類を扱う秘書官、十分に貴族としての地位を確立している。

 だから――貴族である彼が、平民である後輩に恋愛感情を持つなど、許されないのだ。

 彼はマホマニテに従った。やがて彼女は転属となり、不安そうな顔をしながら前線に送られた。その後はどうなったのか知らないが、きっと戦死したのだろう。

 人形。

 そう、自己暗示を自分自身にかけ直す。

 人形、人形、人形、人形、人形。

 人形は口答えをしない。人形は言われたことをきちんとこなす。人形は、主人の命令には絶対服従。

 ああ、だけど。

 あの時、ドランガが口答えしていたら、一体どうなっていただろうか――?




 やがて時が経ち、マホマニテからドランガに一つの命令が下される。

「トールディオの操縦者であるクヤ・コハルと婚姻し、子を成せ」という命令だ。クヤ・コハルのことは既に聞き及んでいた。トールディオをいきなり操縦してみせたという、適正者。

 新しく召喚された勇者様と共に大型イニミクスを討滅し、フルディカ領を未曾有の危機から救ったという噂は耳にしていたが、実際に祝勝会に登場したクヤ・コハルは、思い描いていたトールディオの適正者の姿とあまりにかけ離れていた。

 彼女は品がなく、粗野で知能も低い。何故トールディオに選ばれたのか、理解不能な存在だった。面と向かってマホマニテ様に立ち向かうなど、正気の沙汰ではない。

 そう――正気の沙汰ではないのだ。

 このムー大陸に在住している国民、そのほぼ全てが知っている。「マホマニテに逆らうな」と。

 領民だけでなく、国中、僻地までもマホマニテの勇名や畏怖の念は知れ渡っていた。マホマニテ様は恐ろしい。逆らったらどんな罰を下されるかわからない。だから、彼女の言うことには従おう。

 恐怖政治だと、人は言うだろうか?

 しかし、領主としてのマホマニテの手腕は本物だった。領民を飢えさせないようにあらゆる努力を惜しまず、政策実現のために遠地まで足を伸ばし、子供にも老人にも同じく笑顔を向ける。

 ドランガは近衛騎士としてマホマニテの側に侍りながら、その様子をじっと眺めてきた。

 その上で、マホマニテは正しい存在だと、はっきり確信しているのだ。

 だが――クヤ・コハルはそんなマホマニテ様にはっきりと真正面から逆らった。クヤ・コハルからして見れば自分の父親の仇。しかしマホマニテ様から見れば、自分の息子を殺した男の娘。

 とても相容れない二人。だが――


「それは……パパのやったことだ。悪いとは思うし、必要なら頭も下げよう。だけど……それがなんだと言うんだ?」

「あたしは……実際、トールディオに乗り手として認められた。虹の七騎士を操縦出来る人間が、一人増えたということだ。だが、お前はお前の私欲……我儘で、虹の七騎士の乗り手を消そうとしている。そんなことが、許されていいのか!」


 あれは、事実だ。

 どれだけ綺麗に洗い流そうとしても、消えることなくこびり着いた垢のようなもの。トールディオの選ばれた乗り手を、私欲で排除しようなどと、本来許されるはずがない。

 正しいのは、彼女。なのに、自分はこうしてマホマニテの側についている。

 人形だから。反抗しようなんて、思い浮かばないから。

 ああ、だから、きっと。

 私は、彼女が羨ましいのだ。トールディオを乗りこなし、マホマニテ様に反抗し、自由に愛を語らう彼女に、嫉妬しているのだ。

 なんて浅ましく、なんて下劣な思考回路。天空騎士団の団長が聞いて呆れる。だけど。ああ、だけど。

 この勝負は譲れない。私はマホマニテ様の人形、そうなることを自分で決めたのだから――!


「それこそが、マホマニテ様の望みならば! 私はその命令を、忠実に実行するのみっ!!!」


 ドランガは力強く叫ぶ。命令を、遂行する。

 さぁ、小春。騎士としての私は死んだ。ここにいるのは、君に憧れ、君を貶そうとする穢れた邪竜だ。

 竜の魔の手から、見事逃れてみせよ。君に、その気概があるのならば!






「負け……る、か……よ!」


 小春は頭を持ち上げようとする。

 無理だ。トールディオの頭部はグランドラゴールの脚部に踏まれ、現在額を地面に擦り合わせてしまっているような状況だ。

 それでも、力を込めて頭を持ち上げ、真正面にいる鮫介に視線を合わせる。


「あたしは……ちんちくりんだし、頭だって良くない。顔だってフュリルに醜女呼ばわりだし、おっぱいだって平坦だ。だけど……だけど、決めたんだ」


 鮫介。あたしの愛した男。

 小春の好意は迷惑だろうか。彼に好意を伝える度に、彼の表情が微かに曇ることは理解していた。

 小春の愛の伝え方が、間違っていたのか。それとも、痛い失恋の経験でもあるのだろうか。もしかして――前の世界に、好きな人でもいたのだろうか。

 鮫介は答えてくれない。質問したとしても、静かに笑って返されるだけだ。

 小春には、その真偽が分からない。本当なのか、嘘なのか。

 本当ならば――照れているだけなのだとしたら、その照れが無くなるまで深く愛したい。

 嘘ならば――何か、小春に言えないような事情があるのならば。あたしが救いたい、と小春は願う。

 傲慢だろうか。所詮、別の世界で出会っただけの女が、何を考えているのかと。


「鮫介を愛そうって……! 例え嫌われても、報われなくても……それでも、愛しているんだって……!」


 構わない(・・・・)、と小春は思う。

 自分は、音無鮫介という男を愛した。

 決して、愛されたかったわけじゃない。あたしが、ただ愛してあげたかったのだ。

 勿論、愛して、それに対して愛し返されたのならそれが一番だ。愛し合いされ、いつか子を持ち、やがて老いながらその子の成長を見守る。そんな関係になれたら、どんなに良いことか。

 だから、鮫介。見つめた先の鮫介に、小春は語りかける。


「だから、鮫介……! あたしは、お前を……っ!!!」


 もしも、あたしを愛し返してくれるのならば。

 その証を、見せてくれれば。

 それだけで、十分だから。






 鮫介は、じっと――こちらに視線を向けてくるトールディオ、その先にいる小春と、視線を合わせていた。

 小春は。音無鮫介を、本気で愛しているらしい。

 ならば。鮫介は、何を返すべきなのだろう。

 この並行世界に連れてこられて。鮫介は響太郎の代わりとしての死を望んだ。世界の主人公たる旭響太郎こそが真実の転移者であり、勇者と呼ばれるに相応しい存在だ。鮫介はただの『代役』としか思えなかった。

 しかし日々を過ごすに連れて、自分が代役だという忍従は失われ、代わりに生まれのは正義の味方としての『矜持』だ。

 勇者としてこの世界に召喚されたのだから、勇者としての自覚を――正義の味方として強くなるための剣を持ち、弱き者を護るための盾を握る覚悟を持とうとしている。

 では。そこに、『恋人』が必要なのか、という疑問。

 必要か必要でないかでの問いならば、必要ない、という結論に達する。

 古来より、英雄は女の存在によって酷い目に遭うというのが定説だ。その流れに乗るならば、女は不必要、ということになる。

 一方、必要・不必要論ではなく、要るか要らないかという方向性で語るのならば……どうだろう。

 それならば……要る、のだろうか。恋人がいる生活は心が暖かく、安心出来る。側にいれば力が湧いてくるし、いざという時は頼ることも出来る。

 

 いや。いやいやいや。

 わかっている。ぐだぐだ語ってきたが、問題はただ一つ。仮に恋人が出来たとして、それが――かつての遥万理朱のように――そのうち、響太郎に奪われてしまうんじゃないかという不安だけだ。

 無論、今の鮫介の側に響太郎は存在しない。だが、そのうちひょっこりと現れて、鮫介の側にいる女性陣の心を奪っていくのではないか――そういう疑問が、頭から離れない。

 でも、それは。個人的な見解――我儘だ。

 僕のことが好きだというのならば、そのまま恋人にしてしまえばいいじゃないか。例えそのうち奪われるとしても、それまでは僕の恋人だ。

 なんて。考えられたら幸せなのだろうな、と鮫介は苦笑する。

 胸ポケットから、指輪を取り出す。トールディオのカメラアイが、にわかに明滅したような気がする。紫色に輝くそれを、左手の薬指の先に置く。


 さて、これを嵌めれば見事僕と小春は婚約を交わしたことになる。

 この指輪を嵌めるべきか、嵌めないでいるべきか?


 鮫介の中の良心が囁く。小春がピンチだ。早く嵌めてしまえ。そしてそのまま責任とって結婚でも何でもしてしまえ。

 逆に悪心が耳元で囁く。指輪を嵌めれば確かに小春は救えるだろうさ。だが、その後の責任は取れるのか? 元の世界に帰るんじゃなかったのかい?

 その後も、良心と悪心が交互に囁き合う。早く指輪を嵌めろ。響太郎が現れたらどうするつもりだ? 現れるかどうかは分からない、現れてから危機感を覚えろ。それじゃ遅い。

 鮫介は苦笑した。僕の良心も悪心も、小春を助けることには(・・・・・・・・・・)一切反対していない(・・・・・・・・・)。ただ、その後に起きる何やかんやを論じているだけだ。

 そう。小春が危ない。だから助ける。勇者として当然の行いだ。問題は、その手段であり――


「コースケ君!」


 と、鮫介の名を呼ぶ声。

 振り向けば、神官たちに連れられて脱出したアルキウスさんの姿。何か良い手段でも教えてくれるのかと、耳を傾ける。


「婚約は……その……破棄出来るんだ。だから、今だけ婚約関係を結んで、その後のことはその後考えれば……まぁ……いいんじゃないかな!?」


 うーん、大人は汚い。ていうか、アルキウスさんはどうして婚約のこと知っているんだろう?

 ていうか、妻帯者がそんなこと言うのはどうかと思うが。ほら、フィオーネさんがジト目で睨んでるし。

 と、その時動く小さな影が。ゴードンに抱えられたスーが、何事か叫んでいる。便所の片隅に生えたぺんぺん草の如く無意味な言動だったアルキウスさんと違って、今度こそ良い手段を教えてくれるに違いない。と鮫介は耳を傾け、

 

「その女と婚約関係なんて結ぶ必要なんてないわ! ただ、どうしてもというならしょうがないから結んでしまいなさい。その後は破棄よ破棄、婚約したという事実そのものから捨ててしまえばいいのよっ!!!」


 うーん、子供も汚い。

 そもそも、この世界に召喚されて一ヶ月と経ってない男に突きつける命題じゃない。戦闘を主として召喚したのなら、戦闘のことを悩みたいものだ。それが恋だの、愛だの……自分の埒外と切り捨てたものを呼び起こすのは勘弁願いたい。

 クロノウスという巨大な戦力を、ただ動かせるという一点のみでこの世界に召喚された。それ以外のものは求められていない。武術は響太郎に一度も勝てたことがなく、学問は――何故か小春は鮫介を知恵者だと勘違いしているようだが――中途半端にしか知らず、芸術は才能が感じられない、と教師陣から判を押されている。

 そんな男が? お前は愛されているからその女と婚約するべきか否かで悩め? ふざけてるよな。馬鹿馬鹿しい。

 鮫介は小さくため息を吐き出す。

 答えはもう決まっている。散々悩んでいたのは小春がどうこうじゃない。僕だ。僕自身がまた女性を奪われて傷付くのを恐れているだけだ。

 ぐだぐだ考えるのはもう止めた。だって、答えならもう決まっている。

 勇者ならば、助けを求める声には答えざるを得ない。




 そして、鮫介は。


 指輪を。


 嵌めた。






「あ…………」


 小春は、見た。

 己が用意した、婚約指輪を。

 鮫介が、左手の薬指に、嵌めるのを。


「あ…………あぁ…………」


 アルキウスと、それから祝勝会の会場でも鮫介の隣にいたよく分からない幼女の声は、小春の耳にも届いていた。

 だから、今だけかもしれない。

 形だけで、後から断られるかもしれない。

 だけど。

 だけど、それで構わない。

 あたしが贈った指輪を嵌めてくれた、その一点だけが。

 こんなにも、喜ばしいことなのだから――!!!


「あああああぁぁぁ!! うわああああぁぁぁっ!!!」


 叫び声が、己の喉から絞り出される。

 頭部を踏みつけたられたことへの、苦悶の声か?

 否。

 否、否、否!

 これは、歓喜。

 想いを捧げ、そして受け取って貰えたことへの、歓喜の雄叫び!


「ぬ……なんだ、これは!?」


 そして、雄叫びを咆哮すると共に、機体の背面から何かが飛び出してくる。

 加速のための背面ブースターを作り上げた背中の排出口から、空気の塊が射出されたのだ。その空気の塊は、手の形をしていた。それが二つ、まるで両手が増えたかのようだ。

 その両手が開いた花弁のごとく、外側に掌を向けている。ぞわり、とドランガは首筋に違和感。何事か自身に起こるだろうという危機感に晒され、反射的に叫び声を上げる。


「離れろ!」


 だが、もう遅い。

 空気の手から、風が放出される。その風はトールディオを中心に渦を巻き、強烈な防風へ――竜巻へと姿を変えた。

 トールディオを拘束していた三機のガレアレースは、その竜巻の直撃を受ける。痛烈な強風を浴び、吹き飛ばされそうな機体を拘束している鎖や紐を掴むことでなんとか耐えている。本来トールディオを拘束するための紐や鎖が、逆に彼らの機体の命綱だった。

 風は更に凶悪に勢いを増し、周囲の雨も巻き込んで大嵐の壁と化していた。すぐ側で様子を伺っていた鮫介も慌てて後方へ下がり、ガレアレースたちの機体が浮き上がる。

 瞬間、トールディオが高速で浮き上がった。飛空(フライト)の念動力はまだ効いている。なんの前兆も予備動作もない移動に、グランドラゴールは姿勢を崩し、ガレアレースたちは弾き飛ばされた。

 嵐の壁から外に吹き飛ばされたガレアレースたちは空中でどうにか静止し、元の場所に戻ろうとするが、嵐の壁がその進行を阻害する。

 嵐の壁面が侵入者を押し留めている間に、壁の内側から刃が飛ぶ。放たれた風刃断絶(ウインド・リッパー)は壁の外側にいるガレアレースたちに直撃し、その機械の肉体を細切れにしていく。


「ば……馬鹿な……っ」

「シ……あ、りえ……ねぇ……」

「こんなことって……!?」


 直前までトールディオを拘束していた三機のガレアレースは、一瞬で立場が逆転。撃墜判定を喰らい、それ以上の行動は禁止となる。

 こうなると、彼の運命は台風の中心にいるグランドラゴール――ドランガに託される。

 ドランガは拘束から逃れたトールディオにしがみつき、風の勢いから逃れていた。頭部を踏みつけていたときとは違い、背中にへばり付くように耐えるグランドラゴールの姿は優美さからはかけ離れている。


「ダルオーン、リューゴ、キマラ! くそっ……何が、起きたんだ……っ!?」

「まっ……一言で語るのならば、『愛の勝利』ってところかな!」

「クヤコハル……! 貴様……っ!」


 トールディオが首を伸ばし、グランドラゴールを引き剥がして姿勢を元に戻す。

 槍は拘束されたときに手放したものの、右手に風撃短剣(ソニックエッジ)を出現させ、左手にサイコバリアを発生させて、静かに構えている。

 対するグランドラゴールは右手に氷の槍を作成し、それを握っている。左手はサイコバリアを発生出来ず、おまけに背後と左右は嵐の壁だ。

 こういうのを、外の世界では背水の陣……というのだろうか。

 冷や汗が頬を伝うのを感じる。このドランガが、トールディオと一対一という状況に怯えているのだ。そもそも虹の七騎士相手に機体(ナーカル)が一機だけで勝てるはずもなく、その為にわざわざ策を練り、トールディオを拘束したのだ。

 それなのに。ぐっ、と奥歯を噛みしめるドランガ。この状況に追い込まれた。作戦は失敗だ。その作戦が破れた原因は――


「愛の勝利……だと!?」

「分かるか? 私の中に流れる力だ。これが鮫介への愛、そして鮫介からの愛だ!」

「ば……馬鹿を言うな。アルキウスさんとイリカ家の少女の言葉を聞いただろう!? その愛は破綻するやもしれぬのだぞ、この戦いの後に」

構わないな(・・・・・)!」

「な……何だと?」

「構わない、と言ったのさ、ドランガ。あたしの夢――あたしの願望は、既に叶っている(・・・・・・・)。例えこの後婚約を破棄されようと、問題にはならないんだ」

「馬鹿な。馬鹿な馬鹿な、馬鹿な!」


 ドランガはひるんだ様子で、首を横に振って叫ぶ。


「叶っただと!? あの指輪を嵌めたことが!? あれが仮に婚約指輪だとして……何故それで満足出来る!? その後否定されたら、結局無意味な好意じゃないか!」

「無意味じゃない。あれはあたしが婚約指輪だと説明して贈ったものだ。鮫介はそれを承知の上で嵌めた。後に断るのだとしても、私の想いを理解した上で嵌めたんだ。これで喜ばずに、何とするんだ?」

「勇者様が、それも分かった上で嵌めたのだとしたら!? お前の感情を知った上で、それを利用しようと……!」

「鮫介が、そんなタマかよ」


 くすくすと、小春が笑う。

 その花のような声色に、思わずドランガは目を瞬かせた。


「ああ、二、三週間ばかり共に暮らして知っている。鮫介はそんなことをする奴じゃないさ。あいつは、『勇者』だからな」

「だから……信頼する、と?」

「あいつの趣味嗜好はよく分からない。好きな食べ物も、服の趣味も、知らないことでいっぱいだ。でも、あいつの本質は知ってるつもりだよ。あいつは、死の間際でさえあたしを庇うような奴だってな」

「…………」

「だから、理解(わか)るんだ。指輪を嵌めた行為に秘められた感情――私の愛を受け入れてくれたことが! まさに、まさに……サイコーの気分だよ!!!」


 トールディオの周囲を、空気の波が漂う。気流となった風はトールディオの装甲表面を覆い、追加装甲のように広がった。まるでドランガの大気層の外套アトモスフィア・ギャバジンの如く。

 既に外套を失ったグランドラゴールは、機嫌の良さそうなトールディオに引いたように一歩後退する。すぐ背後は嵐の壁だ。背面のバックパックが流されないよう、立ち位置には気を付けている。


「ああ! そうだ、分かるか、私の気持ちが! 高揚しすぎてダンスでも踊りたい気分だよ! 好きな人に振り向いてもらえることが、こんなに嬉しいことだなんてなっ!!!」

「……私には、よく分からないな」

「ふーん、そうかそうか。私の予測ではお前、恋人とか出来たことないだろ」

「……っ!」

「なら教えといてやるよ。世の中には愛しい人にああしてもらいたい、こうしてもらいたいと願う女が多いようだが。好きな人にああしたい、こうしたいと願うという感情も、あるんだ……よっ!」


 トールディオは飛びかかるように間合いを詰め、右手を振りかぶった。

 その右手には、風の短剣。ドランガは視点を短剣の先に合わせる。


(狙える、カウンター……!)


 もはや、グランドラゴールの勝機は薄い。

 ならば、その薄い勝機を手繰り寄せるまで。負けられない――この戦いには。決闘が始まる寸前、マホマニテに指示を受けたことが思い出される。

 天空騎士団。そんな二つ名を頂く程、この騎士団は強く成長した。本来なら、彼らの自由に戦わせたてあげたかった。だが、マホマニテの指示は隊員たちの多くを犠牲に、クヤコハルを捕らえ、その心情を辱め、屈辱を与えること。

 あの瞬間、マホマニテの命令を受諾した瞬間に、ドランガは『団長』という役職を降りた。だって、マホマニテの命令は絶対なのだから。そんな言い訳を残して、ドランガはただの『隊長』に成り下がった。

 ならば、せめて。それでもドランガを信じ、マホマニテの命令に従ってくれた隊員たちの心意気に殉じねば、犠牲となった彼らに、申し訳が立たない。


(必ず、ここで仕留める――トールディオ!)


 かつて憧れ、そして裏切られたトールディオ。

 この虹の七騎士にだけは負けられない。グランドラゴールは良い機体だ。厚い装甲に、その装甲の重みを感じさせない高機動性。この機体に搭乗してれば、必ずトールディオにも勝てる。――勝てる!


「今だっ、カウンターッ!!」


 トールディオの右腕がこちらに直撃する瞬間、構えていた槍を手放し、トールディオの右腕を破壊するアッパーカットを喰らわせる。

 雷の念動力を込めた一撃はトールディオの右腕を粉砕し、金属製の装甲をぐちゃぐちゃに圧潰して中の機械部分までをショートさせる。見事にカウンターは成功した、ここから反撃を――


「がっ……!!?」


 出来ない。視点がぶれて、振動で揺らめく。

 何が起きたのか。ドランガは未だ振動が続くコンマの世界の中で、グランドラゴールに何が起きたのかを必死に思い返す。

 右腕を振りかぶったトールディオの攻撃。ドランガはそれにタイミングを合わせて、カウンターを放った。ドランガは己の記憶を総動員して、あの時の様子を思い出す。何か、不審な動きは。このグランドラゴールに一撃を与えた、正体は――いた!

 トールディオが背部から排出した、大気の手。それが握り拳の作り、突撃してきたのだ。

 ドランガは、トールディオの右腕を注視していた。だから、下部から襲撃する風の拳に気が付かなかったのだ。


「やってくれる……!」


 どうにか意識を取り戻し、姿勢を安定させたグランドラゴールに、さらなる追撃が降りかかる。

 右腕を潰されたトールディオの、左腕の一撃。サイコバリアで直接相手を叩く、シールドバッシュだ。それと同時にまたもや下部を大気の手が握り拳で飛空している。

 見えた。

 ドランガは苦笑する。一度見た技を繰り返す、素人が。


「ぬぅ……!」


 ドランガは襲いかかるシールドバッシュを、右腕と右膝(・・・・・)で受け止めた。サイコバリアの先端に触れないよう、相手の左腕を挟み込むようにして押さえつける。

 後は襲いかかる大気の手を、左足で受け止めれば問題ない。グランドラゴールは元々ガレアレース系列の機体、脚部は元々重装のところを鍛え上げて恐竜の脚部がごときデザインの特別製となっている。更に今は飛空(フライト)の行使中、空中ではどんな姿勢だろうと問題は――


「なっ……!」


 思わず漏れてしまった、驚愕の声。

 大気の手で、握り拳を開いたのだ。そのまま念動力を集中させ、掌をこちらに向けている――!!!


「馬……鹿、なぁぁぁぁっ!!?」


 ドランガの思考が、疑問で埋め尽くされる。

 その大気の手は、嵐の壁を作るためのものではなかったのか。何故、手に命令を出せる。それ以前、どうやって握り拳の形状に出来たのだ。分からない。分からない分からない、全て理解不能だ――!!!


「トールディオォォォッ!!!」


 グランドラゴールは大気の手が放った衝撃波によって嵐の壁を突き抜け、空中へ投げ出されていた。

 小春が大気の手に命じていたのは、ただのサイコキネシス。そして大気の手を武装として使用したことにより、嵐の壁を作り出す機能が消失。壁が薄くなっていたのだ。

 トールディオは念動力で背面ブースターを作成し、加速。吹き飛んだグランドラゴールへと肉薄する。


(くっ! 次は何をしてくる!? 直接攻撃か!? それとも念動力!!? 何にせよ、防御しなくては(・・・・・・・)……!)


 ドランガは。吹き飛ばされたこの状況でなお、勝利を諦めてはいなかった。

 いなかった、が……先程の大気の手の挙動に惑わされ、流石の天才児といえども、思考が乱れた。

 直接攻撃か、念動力か。一瞬で取捨選択しなければならない場面でどちらにも対応出来るよう、左腕を掲げ――


「あ……っ!!!」


 左腕は、潰されていた。

 ああ、そうだ。トールディオなら何とかしてくれると、そう言って。ヒューインが……あの取るに足らないと思考から打ち捨てた、部下が。

 彼らの全力を以て、左腕を――破壊していたではないか。


 己の選択が間違っていたことに気付くのに、一秒。

 小春はその一秒の間に、グランドラゴールへの距離を詰め終わっていた。


 グランドラゴールの頭部を左腕で握りしめ、トールディオは飛翔する。

 その姿、まさに空中を駆ける緑色の隼。ガムルド領の領紋と同じ、だが木に留まらずに飛び立っている、試合開始前にヒューインの掲げた旗と同じ絵面を観客たちに見せつけて、トールディオは飛ぶ。

 目的地は決まっていた。

 このすり鉢状の円形闘技場、その上座に位置する座席。

 空を見上げ、呆けた顔をしているマホマニテの元へと――


飛翔せし隼、(ファルコン)獲物を捕らえて(ダイ)叩きつける()!!!」


 周囲のガレアレースがサイコバリアを構える中、トールディオをグランドラゴールをマホマニテの眼前にある座席エリアに叩きつけた。

 衝撃を風が舞い、瓦礫の破片が周囲に飛び散る。

 ドランガは、何の反応も示さない。気絶しているのか、それとも敗北を既に悟っているのか。撃墜判定が生じたグランドラゴールは、その重装甲をへこませてダウンしている。

 トールディオはそれを確認すると、マホマニテを見下ろした。眼前で怯えたように身を竦ませるマホマニテを観覧し、その様子に満足したのか、そっと左手を上げる。

 その指は、人差し指だけが高々と上がっている。自分は頂点なんだと、示すかのように。


「グ……グランドラゴール、戦闘不能。よって、この決闘の勝者は……ト、トールディオ! クヤ・コハル選手の、逆転勝利だぁぁぁーっ!!!」


 マホマニテに雇われたのであろう、明らかにガムルド領贔屓のアナウンサーが、声高々に宣言する。

 この決闘の勝利者を。

 ガムルド領の宝、トールディオが不利を跳ね除け、あの拘束された絶望的な状況から勝利をもぎ取ったのだと。




 観客たちの大歓声は、しばらく止みそうになかった。




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