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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
烈風機士編
46/117

決闘・3




「くぅぅ……このっ!」


 空中戦は、意外というか、順当に、というか――円陣を組んだガムルド領騎士団は、左腕に傷を負ったヒューインの愛機『クラヴェナ』を重点的に狙い初めた。

 通称『天空騎士団』は三機の機体(ナーカル)でクラヴェナを囲い、攻撃。もう一機がサイコバリアを常時発動して周囲の警戒に当たる四人一組(フォー・マンセル)での戦いを心がけている。

 一方、クラヴェナはデガスドーガの攻撃により、日頃から慣れた動作――左腕でのサイコバリア発動がしにくい状態である。右腕でサイコバリアを発動してみるものの手慣れていないせいか形は小さく、歪だ。

 故に、攻略は簡単。さっさと始末して、次の敵に移ろうか――と団員たちが考えていたその時。


「こいつ、速っ……!?」


 嵐が。強烈な暴風が吹き荒れ、サイコバリアを発動した機体をその勢いのまま押しのける(・・・・・)

 ダメージこそ与えられないものの、その重量差は歴然だ。トールディオの半分ほどしか全長を持たないガレアレースは弾き飛ばされ、宙を舞う。

 奇しくも、それは同時期に下方で行われていた鋼鉄駆鎧と同じ戦法だった。急いでヒューインのもとに駆け付けたトールディオは、勢いそのままに右手を振りかざし、今まさにクラヴェナに必殺の一撃を与えようとしていたガレアレースに念動力を放つ。


「強風裂波――ギガント・サイクロン!」

「むうぅ……!!!」


 必殺の挙動中だったガレアレースは避けきることが出来ず、猛烈な大嵐の只中に取り残される。

 機体の装甲がぎしぎしと軋み、バラバラに分解されそうな強風にただただ耐えていると、目の前に突然、巨大な黒い影が立ち塞がった。

 その黒い影がこの嵐を引き起こしていると認識する間もなく、その陰は左手をかざし、大きく叫ぶ。


「業風裂波――メガ・タイフーン!!!」

「くぅあ!? ぎゃ、逆回転の竜巻が……千切れるぅぅぅっ!!?」


 黒い影――トールディオが引き起こした逆回転の竜巻が、竜巻の渦の中で藻掻いていたガレアレースに直撃する。

 互いの渦の中に沈んだガレアレースは二つの大渦の中で突然やってくる風波に踊らされ、装甲がバラバラに引き千切られる。ほぼ骨格だけとなったガレアレースに足を乗せて、トールディオが――小春が申し訳無さそうに呟く。


「すまん、お前の出番はここまでだ……天空烙印! エアリアル・ブランディング!」

「そんなぁぁぁっ!!!」


 若干弱めに念動力を調整したエアリアル・ブランディングに押されて、ガレアレースは地上へと落下した。

 それを見届ける暇もなく、トールディオは前進。離れて暴風が収まるのを眺めていたもう一機のガレアレースに接近、右手に握った槍を振るう。


「次は俺ってか! だが、狙いが甘いぜ!」


 槍が届く瞬間、ガレアレースは腰から剣を抜いてトールディオと打ち合った。重量差から弾かれはしたものの、なんとか一撃を防ぐことに成功する。


「よしっ! 次は俺の番だ、喰らえっ! アイス・ジャベリン!」


 距離を取ったガレアレースは念動力を行使。周囲に氷の槍を六本生み出し、それをトールディオに投擲する。

 彼はこの技に自身を持っていた。騎士団の中で一番氷属性の念動力が上手いと評価され、事実、ガムルドでさえ四本が精々のアイス・ジャベリンを六本も精製可能だ。この六本のアイス・ジャベリンの一斉攻撃は、ガムルドやデガスドーガでさえ全てを防ぐことは叶わなかった。ましてや全長が二倍はあるトールディオだ、必ず串刺しになる、そう確信したのだが……


「な、なんだとっ!?」


 避ける。

 かわす。

 まるでダンスのステップを踏むかのごとく、最小限の動きでトールディオは氷槍を避け続ける。あのドランガでさえ、避けるときはもう少し幅を広げるというのに! この少女は上半身だけを反らし、あるいは足を滑らせて、無駄のない動きで攻撃をかわし続けているのだ。


「ジェレの腕輪本当に付けてんのかよっ!? ありえねぇ、念動力が削れてる中でこんな動きは……っ!!!」


 氷槍の最後の一本をスケートリンクで踊るように避けられ、ガレアレースは苛立ちと恐慌を隠せず剣を振りかぶった。こいつはここで仕留めなければならない。ならないんだ――っ!

 トールディオは槍を振り回して剣を握った右手の手首を勢いよく叩き、その手から剣を取り落とさせる。相手が剣を捨て、慌てて腰のハードポイントから別の武器を引き抜こうとする瞬間、既にトールディオは左腕を振り抜いていた。


「風撃短剣――ソニック・エッジ!」


 その左腕には、風の短剣が形作られている。

 宮殿の舞踏場でダンスに誘われたような、そんな小粋なステップを刻みつつ、その手刀の形をした左腕は右腕、両足、左腕と瞬時に四肢を切断していく。


「くそぉ! ありえねえだろ、そんな動きはぁぁぁっ!!!」


 胴体と首だけが空中浮遊しているあわれなミノムシと化したガレアレースを捨て置き、トールディオは周囲の様子を確認する。

 クラヴェナは無事だ。先程の連携攻撃で多少ダメージを受けたが、問題はあるまい。

 ジン隊長は――先刻のクラヴェナと動揺に四機の敵に囲まれている。機体が無事だし本人の技量もあって致命傷は避けているようだが、それもいつまで持つか。

 小春は反射的にトールディオの背中の翼に四つの推進機を念動力で作り上げていた。自分が何をしているかの認識もなく、強烈な風の念動力を巻き起こして加速。ジン隊長の元へと瞬時に距離を詰める。


「今、助ける!」


 言葉が届くのが速いか、行動に移すのが速いか。

 前線で剣を閃かせているガレアレースに突撃したトールディオは、ガレアレースがサイコバリアを貼るよりも早く風の刃を備えた左腕を振りかぶる。


「三枚におろしてやるぜ!」


 そして、左腕を振り下ろす――寸前。

 がつん、と金属音。右腕から炎の剣を作り出したエスケルムが、ガレアレースを庇う形でトールディオの刃を受け止めている。


「こ、こいつ……!?」

「うわぁぁぁぁっ!!!」


 エスケルムは叫び、炎の剣を滅茶苦茶に振り回した。トールディオは左腕の短剣でそれを防ぎつつ、後退する。


(くそっ、何処から来やがったんだこの機体(ナーカル)!? さっきまで近くにいなかったはずだけど……!?)


 小春は突然出現したエスケルムの存在を不可解に思い、左腕の短剣を消しながら槍を構え、


(ドーガ兄ぃの仇! クヤコハル……必ず仕留めてみせる!)


 エスケルムのパイロット――パレーダは炎の出力を上げ、目の前の『敵』に対して油断なく剣を構える。


 パレーダは十五歳で、天空騎士団の中で一番若い。

 数多くのエリートが選出された天空騎士団であるが、彼女は成人年齢と同一歳――即ち、誕生日を迎えてから一年と経たない内に十五人の中に選出された、まさに天才児であった。

 成長すれば、ガムルドをも凌ぐ天空の王者となろう――皆はそう信じている。

 そんな彼女はムー大陸では珍しい褐色の肌(・・・・)に、アッシュブロンドの髪(・・・・・・・・・・)の持ち主である。両親は普通の肌に黒髪の持ち主であるにも関わらず、だ。

 パレーダが生まれた直後、旦那は妻の不貞を疑い、家族は大混乱だったという。

 旦那の先祖に褐色の肌、妻の先祖に銀髪の者がいたことにより、特殊な隔世遺伝が起きたということで決着はついたが――一度失われた信頼は、元通りにはならなかった。

 オシドリ夫婦と例えられる程に仲の良かった夫婦は喧嘩が耐えなくなり、パレーダもその悪意から逃れられずに愛情の籠もった教育からは無縁の生き方を余儀なくされた。

 彼女の生き方はとにかく単純だ。『ただ我慢して時を過ごす』、それだけで大抵のことはなんとかなった。

 問題を起こして教師を家に呼び込むのは最悪だ。お仕置きと称して、顔以外の目立たない場所を殴られた後に押入れの中に詰め込まれる。

 つまり課外授業は全て断り、幼年学校も少年学校も、どれだけ嫌な事態に遭遇しようと『我慢して』何事も無かったかのように振る舞う。それだけで、時を過ごすに任せた。

 そんな生活が何年も続き、パレーダが感情の発露の仕方を忘れた暗い少女として生きていたある日、転機が訪れた。

 友達を作らず、余計なトラブルに巻き込まれず、ただ植物のように平穏な生活を送っているパレーダ、十二歳。彼女が通う少年学校に、彼がいた。

 デガスドーガ。同じく天空騎士団に選ばれた青年。

 この頃の彼は十五歳、少年学校の最年長だった。

 彼の父親は騎兵で、テルブ領やダロン領を転戦して戦っている、という噂はパレーダの耳にも届いていた。何せ本人が自慢げにあちこちで話すのだから。

 だから、彼の将来の夢も騎兵となることだった。騎兵となるには誕生日に機体(ナーカル)に乗れなくてはならないのだが、彼は乗れると疑っていなかったし、周囲の人間も彼が乗れないとは思わなかったようだ。

 パレーダはその時は彼のことはなんとも思わず、自分の将来について漠然と考えていた。騎兵になれるならそれでいいが、なれなかったらどうしよう。お父さんは騎兵じゃないし……

 そんなことを考えていたある日、全校生徒を集めて適性試験が行われた。生徒たちを目撃者とし、騎兵としての力量を本人に確かめさせるのだ。

 結果は――デガスドーガは、落ちた。機体(ナーカル)を動かせなかったのだ。

 周囲がざわつく中、彼はハッチを開き、外に出た。居並ぶ全校生徒を見下ろし、笑顔を形作って、こう口にした。


「はっはっは! 諸君、俺の大器晩成な才能は、まだこの機体(ナーカル)を動かすには至らなかったようだな! だが、俺は必ず騎兵になる! 例え今はなれなくても、いつか……必ず……!」


 それは、今思えば彼なりの強がりだったのだろう。だが、当時のパレーダはそうは思わなかった。『ああ、彼は乗れなかったんだな。可哀想に』……そんなことを、頭の中にぽつんと浮かべる程度だった。

 それから数ヶ月が経ち、またもや適性試験が行われた。機体(ナーカル)に乗れて浮かれる者、乗れなくて悔し涙を浮かべる者、様々な人間が悲喜交交の感情を見せる中――

 彼が、いた。

 教師たちを振り切り、機体(ナーカル)のコクピット席へと入り込み、そして――弱々しくもその足を動かしてみせた、彼が。


「どうだ! 言った通り、俺は大器晩成だった! 俺は騎兵になり、やがて騎士にまでなって大勢する! 夢は、諦めなければ叶うのだ!」


 ハッチを開き、猛烈な勢いで叫んだ彼は、とても輝いて見えた。次の適性試験までを恐怖のうちに過ごし、乗れなかったらどうしようという不安に脅え、その全てに打ち勝った、魂の叫びだった。

 そして、彼は騎兵となり、卒業していった。その後の彼がどうなったかは、天空騎士団に選ばれた時点で判断出来るだろう。『己の運命を変えた男』として、少年学校でちょっとした有名人になっている。

 パレーダは、そんな彼の姿が瞳に焼き付いて離れなかった。『夢は諦めなければ叶う』、そう言った彼の笑顔を、今でも思い出せる。

 心が燃え盛るようだった。何か行動しなければ気が済まなかった。

 彼女は何か取り憑かれたかのように積極的になり、両親に対して『いい加減仲直りしろ』と申し出た。両親は無感情だった娘が突然そんなことを言い出したことに驚き、話し合いの場が即座に設けられ、仲直りすることを決めた。

 無論、長年のいざこざがすぐに解決するわけでもないが、それでも彼女が長い間秘めていた願いが――『諦めなければ叶う』瞬間だった。

 そうして三年後、十五歳となったパレーダは機体(ナーカル)を動かすことに成功。騎兵としてガムルド領の守備隊の一員となり、現在はこうして天空騎士団に選ばれるほどの実力を得た。

 その過程で大恩あるデガスドーガと再会、彼より年下ということで可愛がられているが、あのときの礼を言えぬまま時が経ち――まぁ、長くなるのでこの話は後で語るとして。


「勝負だ、クヤコハル!」


 エスケルムに搭乗したパレーダは炎の剣の切っ先をトールディオに向け、


「やろうってのか! いいぜ、掛かってこいよ!」


 トールディオに乗った小春は槍を両手で構えながら、そう嘯いて相手の出方を待つ。

 まさに一触即発。

 二機の間に火花が走り、大いなる激突の瞬間を観客も感じ始めたところで――




「隙有りぃ!」

「ぐへっ!」


 ジン隊長が二人の対決に注目していた機体を真っ二つに切断し、撃破していた。


「油断したな、馬鹿め」

「チクショー! いい場面が見れると思ったのにー!」


 地面に落ちていく機体(ナーカル)の声は、激しい怒りが滲み出ていたという……





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