決闘・1
戦闘の描写は筆が乗るぜぇぇ!
それはそれとしてラグビー、負けてしまいましたね……
そう、私は4年前の南アフリカ戦からのにわかファンです。
――小春、小春、よくお聞きなさい。
――私は主人を持てて――あなたのパパと出会って、とても幸せだったわ。
――ええ、幸せよ。例えもう会えなくても、あの人と出会って、あなたが生まれたあの時間は、私の永遠の宝物なのだから。
――小春、小春、よくお聞きなさい。
――あなたに、いい男の選び方を教えてあげる。
――小春、小春、寝たふりは止めなさい。ママは真剣よ。
――ええ。いい男の選び方よ。あなたのパパのような。
――いい男の条件。それは顔ではない。腕っぷしでもない。知恵ですらないわ。
――小春、小春、よくお聞きなさい。
――いい男というのはね……
「「レビテーション!!」」
試合開始のゴングが鳴り響くのと同時に、お互いの陣営が同じ念動力を行使する。
ふわりと宙に姿を舞ったのは、小春のトールディオ、ジンのギルドリア、ヒューインのクラヴェナのみ。対して相手陣営はドランガを含めた十機の機体が飛行している。
『くっ! やはり空中戦闘はあちらが有利か!』
「文句を言うな、最初から分かっていたことだろう! ――フライト!」
続けて、飛空の術を自分にかける。
流石に浮遊の術で空中に上がった者に、飛空の術が使えない者はいないらしい。大海を泳ぐかのごとく空中を自由自在に飛空し始めたガムルド領騎士団に苦い顔をしつつ、術を使用する前に四字熟語を加えるせいで若干行動が遅いトールディオを視界の端に収める。
「とにかく、コハル殿に任せるしかない! 我らはサイコバリアを全開にして耐えるのみだ!」
『作戦通りに行くんだな! 了解!』
空中で、サイコバリアを展開する。
身体を小さくして、盾の中に隠れるように身を屈める。完全に防戦一方の構えだが、背に腹は代えられない。
地上の様子を見れば、基本通りシュリィ配下の三機はサイコバリアで前衛を支え、その背後にヒナナ配下のフレミアとクゥシンが並び立ち、二人を囲うように副隊長の三人娘が武器を構えて警戒している。
残ったガムルド騎士団は五機。地上戦は、任せて問題無いだろう。
ジンはサイコバリアを構え直し、相手の攻撃に備えるのだった。
デガスドーガは、相手が三機しか空中を飛行していないことに失笑を隠せなかった。
彼はガムルド領騎士団、通称『天空騎士団』において二番目に年若い男である。鍛え上げられた肉体は鋼を纏っているかのごとく勇烈で、身長もドランガに4ミリの差で勝っている。世間は、もっと大騒ぎしてもいいはずなのだ。
それなのに、世間はドランガばかりを持て囃す。これは一体、どういうことなのか――と、デガスドーガは毎日首を捻っているが、彼以外の隊員は、その理由を熟知していた。
彼は、容姿に優れていないのだ。
優れた美しい筋肉の上に、極太の眉毛と異様な角度の垂れ目に団子鼻、唇は分厚く顎は割れている……そんな奇面相があったら、注目を集めることはあっても女性に人気は出ないだろう。
デガスドーガは前方の三機の動向を注視しながら、今がチャンスなのでは、と考える。
デガスドーガの人気は全てドランガに取られている(と、デガスドーガは考えている)が、ここで一人で敵を倒す功績を見せれば、きっと女性人気は急上昇。ひょっとしたらマホマニテ様も自分を認め直してくれるかもしれないし……上手く行けば、クヤコハルと結婚するのはドランガではなく、自分になるということも……!
『デガスドーガ! 乱れているぞ、陣形を整えろ!』
「うるさい、ドランガ! ここは、自分が……先手を取る!」
『よせ、デガスドーガ!!』
静止するドランガを後に残し、スピードを出して突貫する。
相手は――フライトに慣れていなさそうな、バルドラージェ型機体。右手に握った槍を両手に持ち直し、一直線に相手へ向かう。
「そらそらぁ! 隙だらけだぜぇ!」
『くうぅ……っ!』
己の得意技である三連撃を放つが、相手のサイコバリアに阻まれる。
いい目をしている、とデガスドーガは槍を引きながら舌打ちする。今の連続突きはそれぞれ上段・下段・再び上段と狙ったものだが、全て相手の左腕から発生したサイコバリアで防がれてしまった。相手のサイコバリアは機体全てを覆えるほど巨大なものではないので、こちらの槍の狙いの場所に盾を滑らせて防御した、ということになる。
ならば奥義、とデガスドーガは槍に念動力を集中させる。これこそが、ドランガにも真似出来ないデガスドーガのオリジナル技――『時空』の力を持って槍の周辺に空間を刻む刃を生じさせ、それを回転させながら相手に突撃、相手のバリアごと貫通する必殺の槍技『螺旋削槍』である。
「喰らえ奥義、螺旋さくそ……」
『つぇぇぇぇい!』
「ぐわっ!?」
いざ、奥義を眼前の敵機にぶちかまそうとした瞬間、デガスドーガは突進してきた何かに弾き飛ばされた。
トールディオだ。まるで、先程まで戦っていた機体を庇うような立ち位置に存在するトールディオは、右腕に握った槍を左腕に持ち替え、そのまま空手をこちらに向けている。
『刺突風撃、エア・ニードル!』
「くっ、このっ……!」
トールディオの右腕から、風の針が十本飛び出して、こちらに襲いかかってくる。ジェレの腕輪の効果はどうしたのだ。あの時は、確かに四本しか生み出せなかったはずなのに!
螺旋削槍が生じたままの槍を振り回し、デガスドーガは迎撃に当たる。一本、二本……最初の五本までは撃ち落とした。槍に触れた針は元の風となって、デガスドーガの乗るガレアレースの頬を涼しげに撫でた。
この段階で、彼の力量が抜きん出ていることを示していた。高速で迫りくる風の針を叩き落とすことは並大抵のことではなく、それも五本連続ともなればまさに神業と呼んで差し支えない技量だろう。
だが、そんな彼の実力でも五本弾き飛ばすのが限界だった。左肩に両足、右腕そして胴体に風の針を突き刺さり、デガスドーガは空中に縫い留められて貼り付けになる。
「ぬぅっ! こ、こんなもの……!」
『風刃断絶、ウインド・リッパー!』
「ぐぅぅぅぅ!!?」
空いた左腕でどうにか針を取り除こうとしたその時、相手の次なる念動力がデガスドーガを襲う。
鋭い風の刃と化した一撃が連続で炸裂し、ガレアレースの装甲を削り取っていく。特に左腕に集中した斬撃が深刻なダメージを発生させ、二、三本のケーブルで繋がれているだけの状態となり、追撃の風刃でケーブルを断裂させて左腕を完全に弾き飛ばす。まさに『風刃断絶』、左腕を失ったガレアレースはつい先程まで元気だった左腕部分を見つめて、呆然とする。
(速い! こ、こいつ……次の念動力発射までの、溜め時間……差異が……!)
それが、大きな隙を生んだ。
デガスドーガが真正面を再び見据えた時、トールディオは既にガレアレースの目前へと接近していた。脚部を上げ、踏みつけるかのようにそっと鋼鉄の顔面に足を乗せて、
『天空刻印! エアリアル・ブランディング!』
「うわぁぁぁっ! くっ……そぉぉぉっ!」
念動力を発動。圧縮されたエネルギーが即座に発動、足の下にいたデガスドーガを踏み潰すかのように、巨大な足の形をした衝撃がガレアレースを襲う。
ガレアレースの現在地は先程までいた空中から、地上へと高速で移り変わる。ごうっ、という衝撃音と共に、踏み潰されたガレアレースが陥没している。
デガスドーガに、当然意識は残っていない。小春チームが、早くも一機撃墜した形となった。
(よし! コースケ殿の言ったとおり、コハル殿は支援で使うほうがその性能を発揮できるな!)
ジンは少し離れた場所で空中を泳ぎながら、内心でガッツポーズをする。
(正直……半信半疑だった! 確認の取れぬまま、ここまで来てしまったが……正解だった! コハル殿は支援で戦うときに、その能力を実力以上に行使出来る!)
それにしても、コースケ殿はコハル殿のことをよく見ているな。
やはりコハル殿が日頃から愛を囁いているのが功を奏しているのだろうか。愛を唱えるのは重要だ、私も今の妻に結婚する前、窓の外から幾度となく愛を囁いて現在がある。
空を飛行しながらにこにこ笑顔を見せるジンだったが、トールディオの陰で同じく宙に浮いていたクラヴェナの様子がおかしいことに気付き、ギルドリアを接近させる。
そういえば敵のガレアレースが踏み潰される寸前、手に持った槍を投擲したようだが、回避するまでもなくトールディオには命中しなかった。一体どこを狙っていたのか……
「っ……」
「ヒューイン!?」
いや。異常はすぐに発見された。
クラヴェナの左腕が、槍で貫かれている。未だ時空の念動力を秘めた『螺旋削槍』はクラヴェナのサイコバリアを貫いて、ダメージを与えたのだった。
ヒューインが自機を操作し、クラヴェナが槍を引き抜くと、念動力の効果が切れて元の槍の姿に戻る。傷を負ったクラヴェナの損傷を見るため、ギルドリアが飛来して左腕の様子を確認する。トールディオも、様子を見るために接近してきた。
「無事か、ヒューイン!?」
「左腕は……一応、動く……程度か」
「まさか、あの状態から反撃してくるとは。油断したな」
「すまない……」
責任を感じているのか俯くクラヴェナに、ジンは気にするなとばかりに胸部装甲を軽く叩く。
「あれはしょうがない。とにかく、我らは防御に徹して、コハル殿の支援を受ける形を保つ。まだ、行けるな?」
「ああ、問題ない」
「頑張るよ!」
「よし、それでは散開! 天空の支配者は奴らではなく、このトールディオだということを教えてやれ!」
ジンの言葉で、三人は空中を飛散する。
敵を一機倒したとはいえ、まだまだ油断出来る相手ではない。空中戦は残り九機。ジンは自らに気合を入れ直した。
「やった! 一機撃破したよ!」
一緒に観戦しているアルキウスさんがはしゃいだ声を上げる。
ヒューインを庇った小春が、連続攻撃で見事相手のガレアレースを仕留めたのだ。鮫介も内心の興奮を留めたまま、静かに頷く。
「突出した一機を撃破したという形ですが……幸先は良い。これで空気がこちらに流れれば良いのですが」
「すげぇな、トールディオ! 本当に『ジェレの腕輪』とかいうのを付けてるのかよ!?」
フィオーネさんとラヴァン君も、小春の勝利に沸き立っていた。
まるでテレビで全日本の戦いを観戦しているファンのようだ。鮫介は苦笑し、トールディオを眺める。
「あの能力、まさか訓練中の雑事に依るものだとは思わないな……」
風の針を飛ばす技は、針仕事。
風の刃を放つ技は、裁縫の鋏。
そして最後の風圧で相手を地面に叩きつける技は、アイロンがけから来ているらしい。
風は自由自在とはいえ、そのうちフライパンでも生み出さないだろうな。
鮫介は自分の想像に『そのうちやりかねん』と顔をしかめながら、トールディオを応援し続けるのだった。




