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時空機士クロノウス  作者: 宰暁羅
烈風機士編
42/117

決闘開始直前

今回は早めに行けました。




 決闘場の地下には、だだっ広い空間がある。

 機体(ナーカル)を何十機と待機させ、時には虹の七騎士も置いていた『待機室』の中に、トールディオの姿があった。

 片膝を床に置き、ハッチを開く『駐機姿勢』のトールディオの足元では、小春が難しい顔をしてうろうろしていた。もうすぐ出番なのだから、離れたところで精神統一しているヒューインみたいに、コクピットで待機していれば良いのに。


「小春」

「っ! 鮫介!」


 声をかけると、喜色満面の笑みを見せ、飛び跳ねるようにこちらへ近寄ってくる。

 鮫介は、このテンションの落差に少々驚いた……というより、呆れ気味だった。

 小春曰く、鮫介も恋をすればこの変化が分かる、らしいが……今の鮫介にはさっぱりと理解出来ない代物だ。いつか、自分も恋というもの知れば、この変化が分かるのだろうか……?


「最後に見送りに来てくれたのか? ありがとう、絶対に勝つからな!」


 両の手を握り締めて、小春が笑顔で告げる。

 だが――鮫介には、それが強がりにしか見えなかった。それは、その笑顔が緊張で強張っていたからでも、両腕が微かに震えていたからもでもなく――ただなんとなく、そう思ったのだ。

 それが人間観察の成果なのか、小春がいうところの恋の力なのかは不明だったが……小春がこの戦いに緊張しているのは確かなのだろう。鮫介は小さく吐息を吐き出し、視線を逸らして呟く。


「負けていいよ」

「え?」

「負けても、僕が……結婚式をぶっ潰すから。その後は、トールディオを強奪して……フェグラー領の端にある港町、トラビア辺りに住めばいい」

「…………」

「追手が来ても、こっちは虹の七騎士二機だからな。追い返すのは容易いのだろう。追手が虹の七騎士だったら、まぁ……分からないけど」

「ほ……本、気で、言ってるのか……鮫介?」


 大きく目を見開いて、小春が尋ねる。鮫介は決して小春と視線を合わせようとせず、そっぽを向いたまま、小さく頷く。


「まぁ……そんな生き方も、ありだろうさ」

「鮫介……」

「ただ、この生き方は色々と人間関係を潰すことになる。特にアルキウスさんとフィオーネさん、それにゴードンやカルディア、オトナシ近衛部隊のみんなには二度と会えなくなる。僕は……最終的には仕方ないと割り切るとしても、出来れば……恩返しもしないまま、離れ離れになることは避けたい、かな」

「……恩返し?」

「恵まれた環境を作ってくれたことへの、感謝がある。その感謝を返せないまま別れるのは……辛い」

「お前……自分が恵まれていると思っているのか?」

「当たり前だろう? 召喚された場所にはお迎えがあって、屋敷暮らしに、執事とメイド。勇者なんて称号まで貰って、近衛部隊まで用意されてるんだ。恵まれていないなんて言ったら、バチが当たるよ」


 苦笑する。異世界転移や転生の知識は鮫介が元の世界で呼んだ書物からのものだけだが、それらの主人公は自分よりも恵まれた者もいれば、遥かに過酷な暮らしを強いられた者もいる。そんな彼らと比べれば、呑気に毎日筋トレして過ごしている鮫介は非常に恵まれているのだろう。

 これで、以前の「お前は恵まれていることを自覚したほうがいい」という質問に答えたことになるだろうか。


「前の世界の話はしたかな? 僕は自分の『価値』が見いだせなかった。それなのに、この世界だとみんなが良くしてくれる。だったら、『勇者』の称号に恥じない人間に……助けを求める声に答えられる人間でありたい」

「…………」

「だけど……お前が負けたのなら、しょうがない。僕はそういう願望を全て捨てて、お前のためだけに白馬の王子様をやってやろうじゃないか」

「っ……!」

「だから、この戦いの結末がどうなろうと、僕は構わないよ。勝っても負けても、お前は不当な結婚なんてしなくて済む。いいことじゃないか」

「それ、は……」


 重く、暗い顔で俯く小春。

 少し驚かせ過ぎただろうか。鮫介本人の本音を言えば、小春が勝とうが負けようが、本当にどちらでも良かったのだが……

 あれだけ負けた場合のデメリットを述べたのに、精神が虚無恬淡(きょむてんたん)だろうか。だけど、小春とのトラビアでの生活は大変だろうけどきっと楽しいものになるだろうし、それに――


「あたしは……負けない。負けるわけないだろう、あんな顔がいいだけの奴に!」


 それに、小春は『負け』を自ら選ぶはずのない、ド根性の持ち主だと知っているから。


「勝ってくれるのか?」

「絶対勝つ! さっきまで、ちょっと不安だったけど……お前のためにも、必ず勝利をもぎ取ってやる!」

「そうか……分かった。こっちも訓練をつけてきた日々が無駄にならなくて済む。頑張ってな!」

「応! ……あ、ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

「?」


 その場を離れかけた鮫介を引き止め、小春がごそごそとポケットを探る。

 慌てた素振りで身体に身につけた法衣のあちこちのポケット(多いな!)を弄り、ついに見つけたものを鮫介に差し出す。それは――


「……指輪、か?」


 紫色の宝石をあしらった、銀色の指輪だった。

 鮫介が指輪を手に持って興味深そうに眺めていると、小春は恥ずかしげに自分の左手を顔の真正面まで持ってきて、


「あ、あたしも……付けてる」

「うわぁ」


 小春の左手の薬指を嵌め込まれていたのは、鮫介と同じデサインだが宝石の色が緑色の指輪だった。

 鮫介はふと、何日か前の糸を指に巻きつけて寝室に現れた小春を思い出す。自分の指と指輪のサイズを比べてみると――左手の薬指のサイズにぴったりではないか!


「これか! あのときの糸の意図は!」

「あ、上手い」

「言ってる場合か! ええと、つまり、これは……」

「その……お、お前の世界だと、お前は未成年らしいから、その、つまり……」


 頬を赤らめ、小春がもごもごと何かしらを口ごもる。

 初めははっきりとしなかったが、やがて意を決したのかがばりと顔を上げ、真っ赤な顔をして叫ぶように答えた。


「だ、だから! 結婚指輪にはならないけど、こ、こ、婚約指輪にはなるかなって! そ、それで……買った! 安かった!」

「安かったんかい」

「指輪は高いものはめっちゃ高いんだ! 目玉が飛び出るほどな! でも、安く買えた! 良かった!」

「そうか、良かったな」

「ああ!」


 おそらく、小春は自分が今何を話しているのか正常な判断が出来ていないのだろう。喋っている内容の半分は支離滅裂で、ツッコミ処も多かった。いつの間にはコクピットに乗り込んでいたヒューインが首をこちら側に向けつつ「それ、今言う必要あった?」と言いたげに肩を竦めている。

 しかし……そうか、婚約指輪か。鮫介は手に持った指輪をしげしげと眺める。

 婚約ということは……小春は僕と婚約したがってる……ということに……なる、のか。うん。そうか。うん。

 正直、なんでこいつ僕にこんな惚れてるの? そんな好感度上げるイベントあった? というような疑問で頭がいっぱいなのだが……こんなにちょろかったっけ? いや、流石に婚約指輪を用意するレベルでは無いと思うのだが……?

 大量にクエスチョンマークを浮かべる鮫介と、赤面して俯く小春。この光景がいつまでも続くかと思われたその時、この領の兵士らしき人間がばたばたと駆け寄ってくる。


「そろそろ出番です! 出陣の準備をお願いします!」

「おっと、出撃か……」


 鮫介が指輪を懐のポケットに仕舞い込み、一歩下がる。

 小春はそれを見て一瞬だけ酷く残念そうな顔をしたものの、すぐに笑顔を取り戻し、鮫介に告げる。


「応援席で見ててくれよな! あたしがガムルド領機士隊をコテンパンにするところをよ!」

「ああ、頑張ってくれ」

「指輪は……お前の意思もあるから、嵌めなくても構わない。でも、嵌めてくれるとあたしは嬉しいな!」

「お……おぉ」


 手を振り、トールディオに搭乗する小春を見送る。

 トールディオは隣を歩くクラヴェナに何かを言われ、怒ったようにその背中をバンバン叩いていた。出撃前に壊すなよ?


 さて。婚約指輪を受け取ったのはいいが……嵌めなければならない、のだろうか。

 嵌めたほうが、まぁ、先の言葉通りに小春は喜ぶだろう、そりゃあ。だが、当然のことだが、小春と婚約状態になってしまう。

 自分は、小春のことをどう思っているのだろう?

 そもそも、何故婚約することにこれだけ躊躇しているのか? 答えは……そう、決まっている。


 鮫介が――いつか自分の世界に帰るからだ。


 それがいつになるかは分からない。何年後か、あるいは何十年後か。

 だが、確実に。鮫介は、元の世界に帰るだろう。おそらく、アルキウスさんの次の世代……ラヴァン君が神官長となり、新しい勇者を――鮫介の後継を召喚するその時に、元の世界に帰れるんじゃないかな……分からないけど。

 そんな時に、嫁や子供の存在は確実に重石となる。一緒に連れて行くにしても、高校中退したおっさんが職を探そうと右往左往している脇で、妻子の面倒などとてもじゃないが見切れないだろう。

 おまけに、この世界で鮫介の言語が現地の人間に通用しているのはゴードン曰く、かつての王『ラ・ムー』が予め備えてあった言語解析の塔『バベル』のおかげらしい。

 つまり、こちらの世界の人間が鮫介の元いた世界に来ても、何しゃべっているのかさっぱり分からない……ということになるのだ。

 小春はある程度日本語に慣れているものの、それは文章に限る。日本語を発音することは、しばらくの間は難しいだろう。


「ああ……くそっ」


 悪態をついて、天を仰ぐ。天井は地下とは思えないほど無駄に遠い。

 響太郎ならこういうとき、迷わず指輪を嵌めるのだろう。そういうことを繰り返して(本人は欠片も望んでいない)ハーレムを作り上げた挙げ句、とっとと自分の世界に戻ってきて、それから現地の女のことは綺麗サッパリ忘れるんだ。あいつはそういう奴だ。

 鮫介はそんな真似は出来ない。それこそ好色勇者の烙印を押されてしまう。例え結婚ではなく婚約だとしても、もっと相手の立場を考えて……


「……ん?」


 ふと、何か機械音が響いて、鮫介はいつの間にか下げていた顔を上げた。

 トールディオとクラヴェナが去った方向と逆側から、鋼鉄の足音が響き渡ってくる。それも、複数。

 鮫介が怪訝な顔で待ち構えていると、『彼ら』は駆け足でやってきた。鮫介の前で一度立ち止まり、手で敬礼を作る。

 鮫介が頷いて『彼ら』の来た方向とは逆の道を指差すと、『彼ら』はそれぞれに別れの挨拶をして、その場を去っていった。


「……さて。僕も急ごうか」


『彼ら』の進撃を見送った後、鮫介も急いで観客席にある自分の席へと戻るのだった。




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