決闘開始日
ガルパンはいいぞ。 ※今回の遅刻した理由
いや、本当に面白いですね、ガールズ&パンツァー。何故俺は当時見逃していたのか……
空は、太陽の光を遮る暗雲が渦巻く天気だった。
雨が近づいていると天候が伝えているものの、それでもこの戦いの結末を――先代勇者の娘クヤコハルVSガムルド領騎兵団を見逃す理由になりはしない。人々は競い合うようにガムルド領特殊決闘場『コル・アレナ』に集い、数少ない観客席のチケットを手に入れようと入り口付近で喧々囂々の騒ぎを起こしていた。
あちこちに出店が並び立ち、ダフ屋が陰でチケットを高額で売りさばいているその様は、まるでお祭りのようだ。出店で購入したウインナーサンドを頬張り、関係者席へとこそこそ向かうフードを被って顔を隠した青年――鮫介はどの世界も変わらないな、と小さくため息をつく。
階段を登ると、闘技場の内部へ出た。ローマに存在する円形闘技場と似た外観だが、本来騎兵の戦いに用いるという使用目的のため、何倍も巨大である。
受け取ったチケットに記載された数字に従い、鮫介は自分の座る席を探す。すり鉢状をした観覧席の近場には数多くの招待客――大半がガムルド領の貴族や金持ちなんかだが、家族連れだって座席に座り、和気藹々と決闘の結末について話し合っていた。
奇妙……というか、見慣れない光景として、そんな彼らの脇に機体が座していることだ。それ専用のスペースが設けられており、まだ観客のいないスペースにまで備わっている。あれは、そう、確か……ジン隊長の授業によれば『ガレアロッド』とかいう機種のはずだ。
段々と武勇伝を聞く授業になってしまったが、最初のうちに座学で学んだ内容によれば……機体の製造はつい最近新型が出たばかりだが、その開発スピードは緩やかなものらしい。たった一種類の量産機をたまに改良しながら延々と作り続ける日々に、確か……三世代ほど前から、改良が加えられて二種類になり、うち一種が更に改良を加えて総勢三種類の量産機が誕生した……とか、なんとか。
一種は持続力特化――三種の中で長時間行動出来る機種、『ライヴェリオ』。うちのオトナシ近衛部隊が数多く所持している機体であり、副隊長であるヒナナの『カリワタシ』もこれの改造系らしい。
一種は上半身の能力に優れた『エスケルム』。シュリィの『ビーアメデュア』はこの機体の改造機であるとされている。
最後の一種は下半身の能力に優れた『ガレアレース』。グラウリンデの『レーヴェ』はこれの改造機だとか。
ガレアロッドは、ガレアレースの一世代前の機種のはずだ。型落ちした機種は各領の訓練学校なんかに寄贈されて生徒たちの騎乗訓練に使用されたり、貴族が買い取って家の防衛等に用いるらしいが……この決闘場に並んでいるのは、領主であるマホマニテの部下か、あるいは学校から借りたか何かした代物だろう。漫画の世界では観覧席には結界のようなバリアが貼られて観客を守っているが、現実にはそんなものは存在しないのでいざというときは彼らが盾となって観客を守る……という配慮だろう。
ちなみにヒューインの『クラヴェナ』は現行機の三世代前、まだ分裂する前の最後の量産機『バルドラージェ』とされている。ジン隊長のギルドリアは……あれはどの量産機にも属さない、お金をたくさん支払って改造に改造を重ねた特別製だ。ここで同列に語る代物ではない。
そんなわけで配備されているガレアロッドの集団を眺めつつ、鮫介は自分の席を求めて歩き回っていた。
貴族の中にはガレアロッドではなく、自分の配下である機体を持ち出してきている者もいる。そういうところにはエスケルムやガレアレースの姿が見えた。クラヴェナのような古い機体は……流石にないか。
「おおい、勇者殿!」
「ん? ……おお、グンナル様」
うろうろしているうちに、グンナル老のいるスペースの近くまで来ていたようだった。
近くにいた中年の執事や年かさのメイドさんが頭を下げる中、グンナル老の隣にいた男性がゆっくりとこちらを振り向く。
がっちりとした筋肉を誇る、ひょろりと背の高い男だった。快活そうな見た目とは裏腹に死んだような、今にも眠ってしまいそうな瞳で、鮫介をじっと眺めている。
「……虹の七騎士……クロノウスの搭乗者か……」
「あ、はい。えっと……?」
「勇者殿、こいつは儂の不肖の息子、シュヴェルじゃ。発見されて以来、どうにもこんな調子でのぅ。すまんな」
「あ、い、いえ……シュヴェル様、新たにこの大陸に召喚され、クロノウスに搭乗しているオトナシ・ニーガタ・ネア・コースケです。宜しくお願いします」
「……我が名はルーニ・テルブ・ネア・シュヴェル……これからは背を預ける仲、宜しく頼む……」
シュヴェルは呆とした顔のまま身体を横に揺らして、焦点の合わない視線のままそう告げる。
台詞とは真逆の態度であった。グンナルが疲労の濃い吐息を漏らし、シュヴェルの顔を掴んで決闘場のほうへと戻す。
「まぁ……見ての通り、病気というか、なんというか……医者は精神的な強いショックを受けたとか言っていたか……しばらくはヴォルケニオンを返すわけにはいかんな」
「はぁ……その……お大事に……」
鮫介が頭を下げるが、シュヴェルは決闘場の中心を眺めたまま振り返らなかった。
グンナルの元を去った鮫介は、自分の席探しに戻る。先程のシュヴェルの尋常でない様子を気にはなったが、自分の力ではどうすることも出来ない。
精々、早く治ることを祈ることくらいだ。
「おーい、コースケ君! こっちだよ、こっち!」
再び呼び声。目を向ければ、アルキウスさん手をブンブン振ってこちらを手招いている。
よく観察すれば、フィオーネさんやラヴァン君、いつもアルキウスさんの世話をしている神官も座っていた。フェグラー領一行の席だ。鮫介はほっとため息をついて、アルキウスの元へと歩を進める。
「既に到着していたんですね、アルキウスさん」
「まぁね、コースケ君こそ驚いたよ。いつも通りうちのフィオーネに決闘場まで案内させようと思ったのに、断るんだから」
「すみません。可能な限り、小春に付き添ってやりたくて……」
アルキウスさんの顔には、大きな青あざが付いていた。小春が祝勝会に来たことをフィオーネさんが問い詰めた跡だ。物理で。フィオーネさんは若干不機嫌そうな顔を覗かせているし、間に挟まれたラヴァン君は両親の顔を見て居心地悪そうにしている。
祝勝会が終わって翌日、フィオーネさんが屋敷に来て全て話してくれた。アルキウスさんは要するに、小春にチャンスを与えたかったらしい。
どういうことかというと――
祝勝会の主役は、鮫介と小春だった。ところが鮫介は小春に参加しないよう告げて、自分だけ出席しようと出かけてしまう。
この時小春の胸に飛来したものは、当然鮫介への恨みや怒り――などではなく、己の判断ミスを嘆く心の声、哀悼の意だったという。
一週間前、小春はトールディオに乗ってこの屋敷までやってきて、鮫介の多大な顰蹙を買ってしまった。どうにかして、その汚名を返上したい。どうにかして……
そこに現れたのが――というか、横目で見ていたのがアルキウスである。
祝勝会に赴くフィオーネと鮫介を見送ったアルキウスは隣にいた小春の肩を叩き、にこやかな顔でこう言った。
――祝勝会で、コースケ君は新しい婚約者でも見つけるかもしれないね――
――彼のことを大好きな女性が近くにいれば、監視出来るかもしれないのに――
――ところで、君は祝勝会に行かないのかい? 主役の一人だろうに――
――そうそう、話は変わるけど、トールディオを動かせるのは君だけだって知っていたかい?――
――祝勝会には、各領の領主が集まっている。彼らの前でトールディオの搭乗者だと認めさせることが出来れば、あるいは――
――さあ、どうするコハル? ガムルド領への道のりは、こちらで用意させてもらうけれど……?――
……うん、物理で事情を聞かれるのもしょうがないかな。なんという悪魔の誘惑。
要するに鮫介をダシにして、小春を祝勝会に強制召喚。トールディオの所有権を無理矢理に認めさせようとしたらしい。本当にフェグラー領と戦争を引き起こしたいのかな?
まぁ、いい。いや良くはないけど、起こってしまったことはしょうがない。最悪の場合は顔の青あざが増えることになるだろうけど、それは鮫介の関与しない話だ。だからラヴァン君、そんな「お前なんとかしろよ」的な視線を送るのはやめなさい。
「失礼します」
鮫介はフィオーネさんの左隣の席に座る。正直この人の隣というのはすこぶる嫌な予感しかしないが、右側はラヴァン君が埋めているし、背後の席はゴードンが即座に身体を入れて、前の席を手で勧めるものだから……え、ゴードンならさっきからずっと一緒だったよ? グンナルさんといたときも、この決闘場に来たときも、
「コハルの調子はどうだい?」
「気合入ってましたよ。この場所を奪わせない、とかなんとか……?」
「ふぅむ……やはりコースケ君の存在が彼女の原動力なのだな……」
「……アルキウス?」
「ひぃ!? な、なんでもないよ!?」
フィオーネさんが平坦な声で名前を呼んだだけで、アルキウスさんは驚いて小さくなっている。哀れな……
仕方なく、鮫介は話題を変えるべく声を出した。過ぎ去ってしまったことで、ネチネチ突くのは趣味じゃない。
「この隣にいる機体は、ガレアロッドとかいう名前の機体ですか。数多くいますね」
「ガレアロッドは、マホマニテ殿が数多く引き取った機体です。今でも現役で働けるので戦場に数多くいますけどね」
「テルブ領には『火喰い鳥』っていう二つ名の凄腕の戦士がいるんだぜ! ガレアロッドに乗って、大暴れしてるってよ!」
「リッティ・テルブ・テト・ヴェラクレス君だね。水の念動力を得意としている勇士だよ」
「へぇ。ヴェラクレス、か……」
「あら。ギリシア神話の大英雄『ヘラクレス』に名前が似ているわね」
「へ?」
唐突に左側から少女の声が響き、振り向けば祝勝会で出会った少女・スーがにこやかな笑顔で席に座っていた。
祝勝会のときの余所行きのドレスと違い、その身を漆黒のゴシックな洋装で包んでいる。黒いブーツに革製の黒手袋、おまえに白い日傘まで! 中学二年生頃の若者が発症しやすい精神病患者が好む服装だ。眼帯も付属すれば倍率ドンといったところだが、生憎顔は化粧っ気無い素顔のままだ。
そういう格好は大体の人間が似合っていない……というか、服装に着られているようなものなのだが、スーは非常に黒い服装が似合っていた。細身で可愛いとこういうところで得だなぁ。
「ひぃ、スー!?」
ラヴァン君は悲鳴を上げて隣のアルキウスに抱きついた。
……うーん、この反応は僕的に気になるんだけど。と、鮫介はラヴァン君の態度に眉をひそめる。こういう脅えの態度を取るということは、実際に暴力・脅迫・その他何らかの災難に遭遇したか、それを側で見たか、といったところだが……
鮫介が悩んでいると、スーが鮫介の腕をくいくいと引き、極上の笑みを浮かべる。
「ね、コースケ?」
「あ……まぁ、そうだな」
頷く鮫介。
ラヴァンの態度に不審な点は見受けられるのだが、この少女が何か腹黒いことを企てているとは思えないし、何より彼女には鮫介の知る平行世界の日本の知識――神話・歴史ネタが通用するのである。日頃会話の内容が制限(通じない、という意味)されている鮫介にとって、この点だけで彼女は非常に好意的な存在だった。
「あなたは、確かイリカ家の……?」
「こんにちは、アルキウスさん、フィオーネさん。イリカ・ナロニ・スタル・スーと申します。以後、お見知りおきを」
「何故ここに? 御両親に付いていなくていいのかい?」
「それが、イリカ家は大家族でして。私の座る場所が無くなってしまい、出来ればこちらで応援させていただきたいのですが……宜しいですか?」
「は、はぁ!? 何言ってんだよ、そんなの反対――」
「……」
「ぅぐっ! ……な、なんでもない……」
例の感情を廃した機械のような目でラヴァン君を見つめるスー。自由に目の印象を変化させられるって凄いな。今度こっそりやり方を聞いておこう。
「……? どうしたの、コースケ?」
じっとスーを眺めていると、瞳を元に戻したスーが小首を傾げて尋ねる。
鮫介はなんとなく目のことについて尋ねるのが憚られて、慌てて話題を変換する。
「いや……格好良い服装だな」
「まぁ! そう言ってもらえて嬉しいわ。あなたの世界では、こういう服装は見慣れたものなの?」
「いや……あまり見かけないな。見かけないけど、ある種憧れる服装……といったところか」
「ふぅん。こっちの世界でも、この服装は特異ね。ムー大陸の外からやってきた服飾職人さんが趣味で作っているものなの」
「だろうな。一大ブランドを築いているわけもない、か……」
世の中の中二病集団がこぞって購入しそうではあるが、そいつらだけをターゲットにして販売するわけにもいくまい。
それに、何が好みかは世相に依るからな。漆黒の服装は大人っぽいイメージで人気だった(鮫介の中で)が、中には純白の服装に憧れるものもいるだろうし、丈の短い・長いも変わってくるだろう。スーはゴシック要素の強い服装だが、鮫介の世界ではロリータ感も強いゴスロリが主流だった。たまたまスーが着てこなかっただけで、所持しているかもしれないが……
「コースケは、こういう服装を着ないの?」
「縁がなくてね。実は私用の外出はしたことがないんだ。着替えは全てクローゼットに入っているやつさ」
「まぁ、いけないわ、そういうの。アルキウスさん、コースケに外出する日を作ってあげて?」
「ああ、そういう服装が好みだったのかい? 仕方ないな、ジン隊長と相談して外出日を作るとするよ」
「別に好みというわけではありませんが……了解しました」
「良かったわ。私が色々選んであげるわね、コースケ!」
「……ん? なんでスーが張り切っているんだ?」
「さぁ、なんででしょうね。うふふ」
途中からアルキウスさんも加わり、にこやかな会話が続く。フィオーネさんも慈愛の微笑みを浮かべていて、ラヴァン君だけが脂汗を流して顔を背けている状態だ。
こうして全員(一名除く)が穏やかな感情で過ごせるのも、スーがいるおかげだろう。何もしていないのに心の片隅にするっと入ってくるのは、彼女の才能だ。彼女がもし敵だったら……と考えると、少々恐ろしいものがある。
そうしてのんびり過ごしていると、突如四方から喇叭の音が鳴り響き、全ての準備が整ったことが告げられる。
鮫介が改めて周囲を眺めてみると、観覧席はほとんど埋まっていた。先代勇者の娘というのは、それだけ興味深い存在なのだろうか。
やがて太鼓の音と共に、観覧席の上座に据えられた豪華な座席へとマホマニテが昇り、大声(マイクが存在しない世界なのだ)で宣言する。
「これより、我がガムルド領騎兵団と、先代勇者の娘――クヤコハルとの決闘を、開始いたします!」
老婆の姿に似合わない大音声が決闘場の中を飛び交うと、集まっていた観客が大声でざわめいた。
マホマニテは不敵な笑顔でその大音声に頷いており、やがて両腕で騒ぎを鎮めると、静かに語り始める。
「……そも、この戦いは我が息子の敵討ちとも言えるものです。息子はガムルド領の騎兵として将来を有望視されていましたが……」
その後は、マホマニテによるこの決闘の正当性を語る場となるようだった。
鮫介の隣に座ったフィオーネが、何かに気付いたかのように鮫介の袖を引き、
「コハルのところへ激励に行かなくてよろしいのですか? 狭い倉庫の中で、あなたの言葉を待っていると思うのですが」
と、心配そうな声で言う。
小春に激励、か。それならこの決闘場に来る直前まで小春の側に付き従っていたので必要ない、そう言ったのだが……
「何言ってるんだよ、小春ちゃんだって女の子なんだよ! 何時何時だって君の言葉を待っているに違いないさ!」
「はン! これで最後になるかもしれない女に別れの言葉を伝えないなんざ、勇者の名も落ちたものだな!」
「……相手が男か女かは関係なく、今生の別れがかかっているのならば不安がっていることでしょう。一言だけでも、声をかけて送ってあげるべきです」
「…………」
アルキウスさんやフィオーネさん、挙げ句にラヴァン君にまで言い返されてしまう。
スーは例の機械のような視線で、黙って微笑んでいる。何を考えているのか分からないが、正直めっちゃ怖い。夢に出そう。
「予定では、マホマニテ殿の演説の後、ガムルド領騎兵団の紹介があって、それからトールディオ出陣のようです。挨拶を交わす時間は十分にございますよ」
最後に背後のゴードンにそう言われ、周囲にいた神官たちからも「え、勇者様ここでコハル様のところに行かないの?」「マジで?」「それってどうかと思う」的な視線が集中する。
そうまで言われては仕方がない。鮫介は重い溜息を吐き出して、のっそりと座席から立ち上がった。
「……小春のところに行ってきます」
「ああ、それがいいよ。行ってきなさい」
アルキウスさんがにこやかな顔をして鮫介を送り出す。畜生。誰のせいで今の状況になっている。あの若白髪に呪いあれ。
鮫介は心の中でアルキウスに悪態をつくと、決闘場を駆け下りていくのだった。
(小春かぁ……一緒にいるときの……なんだ、あの甘酸っぱい空気? みたいな……漫画でいうなら点描が浮かび上がっているというか……あの空間すげー苦手なんだけどな……)
そんなことを、考えながら。




