ジェレの腕輪
翌日、鮫介たちは屋敷の裏の広場――鮫介命名、グラウンドに集合していた。
昨夜は昨夜で、色々あったのだが――主に鮫介の激励で調子に乗った小春が夕食を「はいあーん」で食べさせたがったり、風呂場に乱入しようとしたり、添い寝をしようと部屋に押しかけようとしたり――とりあえずは鮫介の「僕は未成年だっつーの!」で全て押し切った。
そんなこんながあった翌朝、朝食を食べ終わった鮫介と小春はジン隊長に請われてグラウンドに足を踏み入れたのだ。
そこで何をするかと言えば、当然小春の訓練だろう。まだ小春はトールディオを動かせるようになっただけで、戦闘は一回もこなしていない――いや、クロノウスに同乗していた分も含めれば経験自体はあるのだが。
そして、虹の七騎士の相手を出来るのは虹の七騎士だけである。即ち、鮫介に白羽の矢が立ったというわけだ。
「鮫介、武器はいらないのか?」
「ああ、素手で構わないよ。多少ハンデを与えなければならないからな」
「一回戦っただけだろう!? くそっ、吠え面かかせてやるからな!」
小春が棍を片手に鼻息を荒くする。棍はこちらを傷付けないように使用する代理の武器であり、本番は槍に持ち替えるらしい。
対する鮫介は何も持ち合わせていない。虹の七騎士は固有の武器というものを持たず、素手がデフォルトだ。徒手空拳で戦えと言われているのだろうか? 一応、炎のヴォルケニオンは刀、氷のグレイサードは大薙刀を使用しているものの、土のディザーディと雷のガルヴァニアスは武器を持たない。搭乗者がまだ見つかっていない藍色――水の七騎士はどうだろうか。
別に武器など持たなくても、クロノウスには空間を切断する能力があるので、要らないと言えば要らないのだが……スーとの出会いで再燃した鮫介の心の中に眠る中二魂を燃やすなら、武器はクロノウスの全長と同じくらいの大剣がいい。それは大きく分厚く大雑把でまさに鉄塊のような……って違う。
この世界における機体の武器は鋳造は出来ても錬成は出来ないので、基本的に西洋の剣のように斬るのではなく、叩き潰すことが主目的となる。グレイサードの薙刀は敵を切断しているが、あれはパイロットのナレッシュが天才すぎるだけというか……才能のない鮫介には真似の出来ない芸当だ。
そんなわけで基本、機体の武装はハンマーなどの打突武器となる。オトナシ近衛兵団のシュリィ隊がハンマーを所持しているのもそういう理由だ。鮫介も、ハンマーを借りてみようかな……と悩んでいたりする。機体用のものは小さくて使えないけど。
「準備はよろしいですか?では、そろそろ始めさせていただきます」
二人の間に入ったジン隊長が、旗を手にして両者に問いかける。
相変わらず専用の機体、ギルドリアに搭乗している。生身のままじゃ踏み潰してしまいそうで怖いからね。だから鮫介たちの訓練が終わるまでは搭乗しっぱなしだ。
「それでは、練習試合……始め!」
「行くぞ、鮫介!」
ジン隊長が旗を振り下ろすや否や、小春が間合いを詰めて棍の一撃を食らわせようと前に飛び出す。
当然、その動きは予想していた。鮫介は右腕を小春の方向に差し出して、叫ぶ。
「空間膨張、ディメンション・エクスパンション!」
「ううっ……!?」
鮫介の前面の空間が一気に膨張する。
表面上変化はないが、小春の混は水の中を進むがごとく、ゆっくりとした動作になる。
「な、なんだ!? 棍が進まない……!」
「この辺りの空間を膨張してるからな。お前の棍は視界に入れている距離より、更に遠い距離を進行している」
そして、棍の到着を待つほど僕も暇ではない。
空間膨張を維持したままクロノウスを右側に動かし、左腕をトールディオに向ける。
「念力放出――サイコキネシス」
「ぶっ!?」
左腕からサイコキネシスの波動が飛び、トールディオの顎を捉える。
「連打」
「ちょっ、ぶふぇっ、待っ……!」
連発された波動がトールディオの顎を親の仇とばかりに穿つ。
小春は連打は勘弁とばかりに棍を手放し、その場を離れた。
「棍を捨てるのが遅い! だからそうやって攻撃を食らっている!」
「お、押忍!」
「虹の七騎士に元々の武装はない。つまり、素手で戦えということだ。棍は余裕があるときに拾えばいい」
今回の戦いの目的は小春の戦闘訓練だ。だからこうして、途中で指導を入れる。横のギルドリアも大きく頷いている。
小春もそれは理解しているのか、姿勢を正して受け入れている。だが次の瞬間には攻撃されてはかなわないとばかりに、大きく距離を離した。いい判断だ。
「天空飛翔――レビテーション!」
小春が念動力を行使する――と、トールディオの姿がふわりと宙に浮かび上がった。
レピュテーションは空中を上下にゆっくりと移動するだけの超能力だが、トールディオは風の力を司る緑色の虹の七騎士。宙を浮くのはお茶の子さいさいといったところか。
「天空飛行――フライト!」
上空まで舞い上がった小春が、更に自らに念動力を重ねがけする。
フライトは空中での飛行――上下左右の動作を自由にする念動力だ。これは空をジクザクに駆けるガルヴァニアスにも出来ない、トールディオ特化能力だ。
これを使用することで、ようやくトールディオの戦いは始まりと言える。戦術において高所を取ることの利を考えれば、トールディオがいかに有利な条件で戦うことが出来るのか分かろうというものだ。
「じゃあ、行くぞ鮫介! 刺突風撃――エア・ニードル!」
小春が念動力で、空中に風の針を作り出す。その数、十四。
針を左右にそれぞれ七つずつ並べた小春は、掛け声と共に一斉に地上の鮫介に向けて掃射した。ただの針と侮るなかれ、風の刃と化した針は虹の七騎士の装甲さえも貫き、縫い止める力を発揮するだろう……ところで念動力を使う際に四字熟語を並べてるのは……僕の真似だろうなぁ。鮫介は内心の恥ずかしさに背中がムズムズするのを感じながら、左腕を前に突き出して叫ぶ。
「光輝巨盾――サイコ・バリア!」
左腕に大型の盾を作り出し、針の攻撃を防ぐ。弾かれて地面に突き刺さった針にも注視していたが、動き出さずにそのまま風となって崩れていった。鮫介はほっとしながら、次の攻撃に備える。
「ちぃっ、やるな……ならば、次はこれだ! 強風裂波――ギガント・サイクロン!」
小春は地上に降りず、もう一撃鮫介に食らわす。
強烈な風が巻き起こり、クロノウスの機体を揺らす。鮫介は身を屈めて、猛烈な風位に耐えるしかない。装甲が引き千切れそうだ。横を見ればギルドリアが慌てて退避しているところだった。くそぅ。
鮫介の精神を焦りが侵食する。この大嵐は不味い。機体を動かすことが出来ない。この状態で、先程の針の攻撃を食らわされたら……
……だが、その考えは杞憂だったらしい。嵐は徐々に収まり、クロノウスは緩やかに行動を再開出来るようになっても、トールディオは動かないままだった。遥か上空よりクロノウスの様子を観察しており、クロノウスが動けると分かると舌打ちをする。
「チッ! これも駄目か。ならば、次の攻撃を……!」
「……?」
「風刃断絶――ウインド・リッパー!」
お次は研ぎ澄まされた風の刃を直接ぶつけてくる。そこら生えている木なら簡単に切断してしまうだろう鋭利な刃が、群れをなしてクロノウスに襲いかかる。
再び鮫介はサイコ・バリアの影に隠れて、亀のように縮こまる。側の大地が斬撃を浴びて亀裂を走らせている。手加減というものを知らないのだろうか?
そうやって斬撃の雨に耐えていると、再び攻撃の速度が低下してくる。鮫介の頭の中を、疑問が埋め尽くした。何故追撃しないのだろうか。一つずつ技を繰り出すだけなのだろうか。よく分からないが……
「くそぅ、これも耐えるのかよ! 厄介な盾だな!」
「……簡易テレポート」
「なら、その盾を弾き飛ばしてやる……ってアレ、いない……うわっ!?」
小春が新たな念動力を発動しようとしたその時、クロノウスの姿は霞のように掻き消えていた。
慌てて周囲を見回す小春の背後に、クロノウスは出現。そのまま、背中に乗っかかる。
「こんちーす」
「鮫介!? ば、バカ、離れろよ!」
「その前に、警告だ。技は単発で使わず、数珠繋ぎに行使すること。ギガント・サイクロン……だったか? あの技と針を発射する技を同時に使用されれば、僕は非常に困っていただろうな」
「お……押忍」
「それと針の技も、地面に突き刺さった後方向転換してクロノウスを狙っていたら、防ぎようが無かった。風は自由だ、もう少し考えて技を使え」
「うぅ……了解」
「……まぁ、技自体はよく出来てたよ。初めての戦闘で、よくあれだけのイメージが出来たものだ。技を増やすのは戦いで選べる選択肢を増やすのと同義だ、これからも精進しろよ」
「お、おう!」
鮫介は再び簡易テレポートを使用して、地上へと戻る。
簡易テレポートは視界に移る場所にテレポートする念動力だ。範囲は距離は通常テレポートより非常に狭いものとなるが、取り回しやすくてすぐに移動出来るのが強みといったところか。そのうち正式な名称を考えないといけないだろう。主に四字熟語だが。
では、もう一戦……と構え直したところで、屋敷のほうからゴードンが手を振りながらこちらに走ってくることに気づいた。
「あれは……ゴードン? 何の用だ?」
「た、大変です、コースケ様!」
クロノウスの足元まで駆け寄ったゴードンは、息を整える間もなく、自らの主人へと要件を伝えた。
「ガムルド領より、お客様が来ております! ドランガ様率いるガムルド領騎兵団が、ジェレの腕輪を持ってきたと!」
屋敷の玄関前には、騎士団の面々と思わしき集団が揃っていた。
総勢十五人。小春との決闘に挑むメンバーだろう。全員が全員、鎧兜を身に着けているのが気になるが……多分儀礼的なものだろう。まさか兜を被って機体に搭乗するわけではあるまい。
男がいれば、女もいる。若い奴もいれば、年寄りも混じっている。背の低い奴も、背の高い奴もいる、非常に雑多な集団だった。
鮫介は、集団の前方で格式張った『気を付け』の構えをしているドランガの前に立つ。
「この屋敷の主人、オトナシ・ニーガタ・ネア・コースケだ。よく来たな、ドランガ」
「カシア・ガムルド・テト・ドランガです。先日はコハル……殿に驚いたとはいえ、正当な挨拶をこなせず、申し訳ありません、勇者様」
「コースケとお呼びください。こちらこそ、先日は禄に挨拶も叶いませんで、すみませんでした」
お互い笑顔で挨拶する。ガムルド領と敵対関係にあるのは小春であって僕ではないからだ。
例え内心どう思っていようと、社会的には健全に平和な関係であると伝える必要がある――と、ここに来る途中ゴードンに散々言われてきた。
マスコミもいないし別にいーじゃんと鮫介は思うのだが(ちなみにこの世界にもマスコミは存在する。テレビの存在しない世界なので主にカメラを使用しているが)、そういう儀礼的、貴族的なやり取りは日頃から使用していないと変なところで癖として出る、と散々文句を言われている。面倒くさいなぁ。
とにかく、挨拶が終わって握手を交わしあった後、ドランガが待ってましたとばかりに告げる。
「ご存知の通り、『ジェラの腕輪』をお持ちしました。コハル殿には、決闘の終了までこの腕輪を付けていただきたく」
「装備者の念動力をニ~三割減衰するという道具ですね。かしこまりました……おい小春、いつまで僕の背に隠れてるんだ」
「う、うむむ……分かったよ、付ければいいんだろ……」
鮫介の背中に小さくなって隠れていた小春は鮫介に促され、緊張した面持ちでドランガの前に立つ。
小春が両腕を差し出すと、ドランガの背後にいた騎兵団が一糸乱れぬ動きで整列し、整列が終わると同時に大声で宣言した。
「我らが領の守護神ドランガよ、ご照覧あれ! 只今を持って残し給うたジェレの腕輪を、必要と唱える者に渡し奉らん!」
……うーん、儀礼的な台詞なんだろうな。「俺たちの大事なものを預けます」と(わざわざ)宣言しているというか……
宣言と共にドランガが小春にジェレの腕輪とやらを装着する。鈍い黄金色をしている腕輪で、何やら文字ものようなものが彫られている。腕輪を嵌められた小春は不思議そうに腕輪を眺めていたが、
「う……」
数秒の間を開けて、その場に跪いた。
慌てて駆け寄る。腕輪は特に光ったり妖しく輝いていたりはしていなかったが、小春は若干苦しそうに喘いでいる。
念動力をニ、三割削るという話だったが、まさか生命力まで削るんじゃあるまいな……と思ったが、介抱しているうちに小春は元の調子を取り戻したようだった。
「小春、大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫……かな」
「良かった。お前の命を狙った罠かと疑ったぞ」
「ガムルド様の名にかけて、そのような真似は致しません」
ほっと一息ついて軽口を叩くと、ドランガから瞬時に真顔で反論される。
冗談とか通用しないタイプなんだろうか。生真面目すぎるのも考えものだな。
「冗談だよ。それより小春、動けるか?」
「特に問題ないぞ」
「じゃあ……早速だがトールディオに乗ってくれ。お前の念動力がどれだけ削れたかを知りたい」
行けるか? と問いかけると、小春は頷いて立ち上がった。
そして少し離れた場所に置いてあるトールディオに乗り込むと、問題なく起動する。ひとまずホッとして、鮫介は真向かいのクロノウスに乗り込んだ。
「じゃあ、さっきの……ギガント・なんたらとかいう技をもう一度使ってくれ。あれの大きさが比較しやすそうだ」
「ギガント・サイクロンな。次はお前の装甲剥ぎ取ってやるからな」
小春は片腕を振り回し、念動力を集中すると、もう一度強風を撒き散らした。
「強風裂波――ギガント・サイクロン!」
鮫介は構える。先程の猛烈な風位を警戒してのことだった。
しかし――風は流れているものの、先程の強風は一切吹き荒ばない。そよ風――と呼ぶには些か乱暴だが、これを強風と呼ぶのは無理があるだろう。
「……針の攻撃も頼む」
「う、うん」
小春は困惑しつつも頷き、針の攻撃を繰り出した。
「刺突風撃――エア・ニードル!」
小春は意気込んで叫んだが――作成された風の針は先程の十四本と違い、僅かに四本。おまけに最後の一本は形が崩れてしまっている。
鮫介が呆れて見ている中、小春はどうにか針を射出するが――装甲を貫通することなく、針は表面で止まり、そのまま風となって崩れた。
「……ニ~三割程度目減り、か。ドランガ、これが……そう見えるのか?」
ニ~三割どころではない。半分以上念動力がトールディオに伝わっていない。
クロノウスを降りた鮫介がドランガに目を向けると、ドランガは緊張した面持ちで立ち尽くしていた。ジェレの腕輪の効果とやらの詳細を、教えられていなかったのかもしれない。
「……私は、そう聞いておりました。その……マホマニテ様に」
「はぁ。マホマニテさんに、ね。成程……」
「それで、その……もしも、ジェレの腕輪が効き過ぎてしまったら、コハル殿にこう尋ねろと……」
「言ってみなよ」
「……予想以上に効果を発揮してしまったようだが、クヤコハル、そなたは虹の七騎士の大神官として、我らにまだ勝利出来ると思っているのか?……と」
「……ふぅん」
鮫介は自身が冷たい吐息を漏らしたことに、少しばかり驚いた。
明らかな挑発だ。おそらくマホマニテさんが文面を考えたに違いない。ドランガの表情を見れば、それは分かる。
そして、
「ハッ! このくらいハンデだ、ハンデ! あたしは絶対に、お前らには負けないからな!」
小春はこういう挑発に、非常に乗りやすいのである。
鮫介がため息をついている間に、事態は悪い方向へ流れていく。トールディオから降りた小春が許可を出したということで、決闘が中止になったり延期になったりということが無くなってしまったのだ。
なんでこいつは、事態を悪化させるのかな!
もういっそガムルド領へ行って礼儀を叩き直してもらうのもいいんじゃないかな……なんて遠い目で考えてたところ、
「では、我らはこれで……訓練もありますので」
「結婚式の準備もしなければなりませんからな」
「……結婚式?」
ドランガの背後にいた騎士がぽつりと呟いた言葉に、ぴくんと反応する。
とてつもなく嫌な予感がしたからだ。
「誰か、結婚するのですか?」
「む。それ、は……」
「鮫介様……本当は、お分かりじゃないんですか?」
ドランガが言うのを逡巡していると、その真後ろにいた騎士が低い声で呟く。
兜を目深に被り、顔は見えないが声からすると女性のようだ。どこかで聞いた声だが……?
「マホマニテ様の発案でね……結婚するのはドランガ様と……そこにいる、コハル殿よ!」
「は、はぁ!?」
「……結婚?」
小春が顔を赤くして驚きの声を上げ、鮫介は……ただただ低いつぶやきを漏らす。
結婚?
結婚だと?
小春が?
僕のことを好きだと言ってくれた、小春が?
それは……詳しい話を聞かなければ……なるまい。
「ドランガ……それは……事実か?」
「はっ! ……あの、勇者様、目付きが……」
「僕の目付きはどうでもいいだろう、ん? それでドランガと……誰が、結婚するって?」
「おやおや、耳が遠くなりましたか? ちゃんと聞こえていましたでしょう……クヤ・ガムルド・ネア・コハル殿ですよ!」
先程の女性が兜を脱ぎ捨て、狂乱したかのような声を上げる。
二十代半ばくらいの細身の女性だ。しかし、やはりどこかで聞いたことのある声だ。果たして……
「フュリル! 余計なことを言うな……!」
ドランガが背後の女性を注意する……って、フュリルさんだったのか。カオカーン潰し討伐に協力してくれた、暗殺者の。
ああそうか、声だけ分かったのはテレパスで会話したからで、コクピットから顔を出していなかったからか。
「小春……一応聞いておくが、ドランガと結婚したいか?」
「したいわけないだろ!? あたしの結婚相手は、その……あたしが決める!」
小春に話を降ってみるが、猛烈な勢いで反発されてしまった。
伺うように目線をちらちらこちらに向けているが……うん……
「本人はこう言っているが……?」
「マホマニテ様は手段を選びませんよ。結婚させるといったら、どのような手段を用いてでも結婚させます。それこそ催眠や洗脳、薬物を用いてでもね!」
「お前は自分の主人をどう思ってるんだ……」
「マホマニテ様は私がこの世に生まれるより前から我がガムルド領を治めている方。その発言に間違いはありません! ええ、ありませんとも! そうですよね、ドランガ様!?」
「……望まぬ者に婚姻を押し付けることは、騎士としてあるまじき行いだが……マホマニテ様がそうしろ、とおっしゃっているのだ。私の一存で変更や中止は……出来ない」
「そうか……」
口元をキツく引き絞って唱えるドランガに、僕は何も言えなくなった。
小春は無論こと、ドランガも望んでいない婚姻。それを強制するマホマニテが、やはり全ての元凶……ということになる。小春をガムルド領に引き入れた後、トールディオをガムルド領の所属のままにするために……即ち、小春を逃亡させないための婚姻というわけだ。
そこまでするか。
鮫介の中で、あの老婆への警戒心が更に高まる。ひょっとしたら、戦争を起こしていたほうが良かったのではないか? いや、そうなると犠牲になる人たちが……
「負けを認めたらどうですか、小春さん!? あなたのような醜女がドランガ様と結婚出来るんですよ、これ以上の幸せはないでしょうに!」
それに食料の問題もある……し……
「てめー、フュリル! 誰が醜女だ……」
「醜女!? 小春のこと醜女って言ったのか、お前!?」
「こ、鮫介!?」
思わず、前に出て叫ぶ。
小春の首に片腕を回して、心のままに大声を上げた。
「この小春の顔を見ろ! どう考えても醜女じゃない、その逆でめっちゃ可愛いじゃないか! 頭湧いてるのか!?」
「ちょっ……!?」
「あ、あなたにその娘の容姿が優れていると証明出来るのかしら!?」
「簡単だ! 理由を三十は確実に言えるわ! いいか、まず……」
「わああぁぁぁ!? 鮫介、もういい! いいからーっ!」
顔を真っ赤に染め上げた小春が腕を振り回して止めたことで、こちらも冷静になることが出来た。
僕は今、何を言おうとしていた?
小春の真っ赤な顔とフュリルや背後の騎士たちの唖然とした顔、ドランガの瞠目した表情で自分が何を言っていたのか把握し、鮫介は頬を紅潮させる。
なんということだ。
現地人相手に、イキってしまった。
こういう異世界転移ものではイキらないほうがいいと思って、どんな場面でも強気に出るのを控えていたのに!
鮫介は赤くなった頬を押さえて、その場に蹲る。
(だって、しょうがないじゃないか。小春が醜女とか言われたんだから……)
誰に言うわけでもなく、心のなかで言い訳する。
小春は可愛いのである。可愛い少女なら鮫介の元居た世界にもいた(そして当たり前のように全員響太郎に惚れていた……)が、小春はその誰よりも郡を抜いて可愛い……と、鮫介は思っている。
その小春の容姿が馬鹿にされたのだ。怒るのは当然じゃないか。
だからイキるのもしょうがない。しょうがないんだ、うん……
「で、では、私達はガムルド領に戻ります。お疲れ様でした、勇者様」
「うん……気をつけて……」
「も、もうちょっと調子上げて行こうぜ? ……ほ、ほら、ドランガの奴に何か言ってやることはないのか?」
「……人に説教出来るほど、歳は取ってないし……」
「ああ、そう……」
小春とギクシャクしたやり取りをしながら、ドランガたちを見送る。
迎えの車三台に乗り込み(一台に何人乗り込んでるんだ?)、ドランガたちは帰路に着いた。ドランガの表情を見る限り、あいつ個人は『敵』では無さそうだ。
となると、やっぱり『敵』はマホマニテただ一人か……
とにかく、今は小春のジェレの腕輪で減衰した念動力をどうにかしないといけない。一にも二にも、訓練だ。
「小春。これから先は減衰した念動力を取り戻すため、毎日地獄の訓練生活だ。ジン隊長は早朝から長距離ランニングを指示するような人物だが、決して悪い人間じゃない。彼の指示をよく聞いて、真面目に訓練に取り組むようにな」
「う、うん」
「――? そこは『押忍』と答えるべき場面では……」
「あ、あの、鮫介」
もじもじと恥ずかしげに身体を揺らして、小春は先程から赤面しっぱなしの表情で囁く。
「その……ありがとうな。醜女って言われたとき、か、可愛いって言ってくれて……」
「あ……う、うん…………だってお前、可愛いじゃん……」
「ふへっ!? そ、そうか……ふへへ……ひひ……」
小春が壊れたようにおかしな笑い声を上げながら、手のひらで両頬を挟み込んで表情を真面目なものに戻そうとしている……焼け石に水だが。
鮫介は……どうすることも出来ず、ただ小春の不審な動きを見守ることしか出来ない。
ここから先、どう動けばいいんだろう?
何度も言うが、鮫介は女性と付き合った経験は皆無だ。何を言えば、どう行動すれば女性が喜ぶかなど想像で補うしかない。響太郎は釣り上げた女性に餌をやることなど皆無だったしね!
とにかく……会話の流れをシリアスなものに戻さなければならない。鮫介はずっと背後でニヤニヤした表情を浮かべていたゴードンの頭を軽く小突くと、近場でギルドリアに搭乗したまま待機していたジン隊長に話しかける。
「そんなわけで、小春の基礎訓練をお願いしたいのですが」
「了解しました。場合によっては、鮫介様にもクロノウスに乗ってもらうことになりますが」
「構わないよ。じゃあ、クロノウスを片付けてくる……」
鮫介がそう言ってグラウンドに置きっぱなしだったクロノウスの元へ向かおうとすると、それを静止するように服の裾を引っ張られる。
小春だ。これ以上何の用だ……? もう脳みそをフル稼働させるようなことは勘弁願いたいのだが。
「鮫介……」
「何だ?」
「あ、あたし……頑張るから! この屋敷で暮らせるように……頑張るから!」
「あ、あぁ……? うん、期待している」
「っ!!! よ……よーし! どんな訓練でもこなしてみせるぞ、ジン!!!」
「その意気ですぞ、コハル様!」
コハルがジン隊長と大声で気合を入れている。何だ……? よく分からないが、小春が元の調子を取り戻したのなら、いいとするか。
そうして、鮫介は再びクロノウスへの歩を進めた、
決闘まであと六日。
失われた小春の念動力を取り戻さねば――!
おわーっ! 月日が! 月日が経過しているーっ!?
というわけで遅れました。まことに申し訳ありません。
やっぱ戦闘中以外の文章書くの厳しいね。今回も訓練中の描写はすらすら書けたのに、そこから抜け出したらもうあかん感じになってたよ……




